【案内】小説『エクストリームセンス』について

 小説『エクストリームセンス』は、本ブログを含めていくつか掲載していますが、PC、スマフォ、携帯のいずれでも読みやすいのは、「小説家になろう」サイトだと思います。縦書きのPDFをダウンロードすることもできます。

 小説『エクストリームセンス』のURLは、 http://ncode.syosetu.com/n7174bj/

2009年10月24日土曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(1)

小説エクスプロラトリー ビヘイビア』は笹沼透(Satohru)の著作物であり、著作権法によって保護されています。無断で本小説の全部または一部を転載等利用した場合には、民事罰や刑事罰に問われる可能性があります。

『エクスプロラトリー ビヘイビア ― Exploratory Behavior』

人の可能性とはどこまで広がるのだろう。
あるいは、
人の能力とはどこまで掘り下げられるのだろうか。
人の心の奥底には、何が棲み何をさせようとしているのか。
善なのか、悪なのか。
知あるところには希望が満ち、
勇気あるところには道が開かれるだろう。
人は生まれた瞬間から命が尽きるまで、
知と勇気を携えながら、人生を冒険し、探究し、
歩んでいかなくてはなるまい。
― Exploratory Behavior ―
それは、未知なるものへの探索行動である。

第一章 フィジオグノミック パーセプション ― Physiognomic Perception

うだるような暑さの中、全身ににじみ出る汗をぬぐおうともせず、彼はベッドに座りながらある一点を見つめ、思索を繰り返していた。開け放された窓からは塩気を含んだ海からの生ぬるい風と、神経を逆なでするような無数のセミの鳴き声がなだれ込んできていた。彼の視線の先には、壁に画鋲で留められた一枚の写真があり、そこには十八歳の少女が一人写っていた。ショートカットの栗色の髪、シャープな顔の輪郭、見つめられたら凍りついてしまいそうな瞳、余計な脂肪などただの一つもついていないようなスレンダーな身体、かわいらしくも妖艶な雰囲気、そんな少女の写真だった。
彼の名前は沢木聡。相模重工の主席研究員として、総合技術管理部に籍を置く技術者である。彼にその少女の写真を渡したのは、同じ相模重工の白石会長だった。
昨夜、沢木は白石の自宅に呼び出された。彼は白石からいたく信頼され、期待されていた。この晩も、現在進行中のプロジェクトの件で話があるのだろうと思っていた。しかし、展開は全く意表をついた―
白石はいきなり写真を机に置くと、沢木に感想を求めた。
「この娘をどう思う」
沢木はしばらく写真を見つめた後に答えた。
「独特な雰囲気のある少女ですね、誰なんですか」
白石には子供が一人いるが、とっくに成人し、現在相模重工の副社長の椅子に座っている。
「わしの古い友人の娘でな、今度海外に赴任することになったんだが、高校卒業まで後七カ月ということで、それまでの間、わしのところで預かることになったんだよ」
「そうですか。でも、なぜ私に写真を? まさかお見合いでもないでしょう」
白石は笑みを漏らしながら答えた。
「君には若過ぎる相手だろう」
沢木は三十二だった。白石は話を続けた。
「実は、わしも半信半疑なのだが、この娘には何か不思議な力があるらしいのだよ」
「不思議な力ですか。超能力とでも?」
沢木は冗談っぽく言った。
「よく分からん」
そう言いながら白石は机のところまで歩いて行き、引き出しの中から数枚の便箋を取り出した。
「これを読んでみてくれ、友人がわしに相談するために送ってきた手紙で、これまでの不可解な出来事のいくつかが書いてある」
沢木は便箋を手に取り読み始めた。

白石 功三殿

一九九五年七月十三日  見山 哲司

前略。ここ一年あまりご無沙汰しております。貴兄並びにご家族の皆様、お変わりなくお過ごしでしょうか。私は来月七日からアメリカに赴任することが急に決まり、その準備に追われる毎日を過ごしています。
さて、お手紙を差し上げたのは、貴兄に相談したいことがありましたからです。その相談とは人美のことです。
お陰様を持ちまして、人美もこの五月で十八歳になりました。友人にも恵まれているようで、高校生活を謳歌しております。しかしながら、私は最愛の娘である人美を、とても恐ろしく思うことがあるのです。貴兄にはおそらく信じられないことと思いますが、人美には何か恐ろしい力、不思議な力があるように思えてならないのです。一言で言えば、超能力とでもいいましょうか。
このような相談を一体どこにすればいいのかと悩んだ挙げ句、貴兄のことを思いついたのです。現在、貴兄の相模重工は世界でも屈指の重工業メーカーにまで成長し、さまざまな研究機関があると聞いております。貴兄に力をお借りすれば、人美の持つ力について、何か答えが出せるのではないかと勝手に想像した次第です。
まずはこれまでに起こった、人美がしでかしたであろう出来事を、いくつかご紹介します。どうか、バカげた妄想と思わずに最後まで読んでください。そして、お力を貸して頂ければ、たいへん幸せと思います。
最初の出来事は人美が七つの時、小学校に入学した年のことでした……

沢木は手紙を読み終わると、ワイシャツの胸ポケットからタバコを取り出し、その煙を深く吸い込んだ。
「感想は?」
白石が尋ねた。
「非常に興味をそそられますね。ここに記された出来事は、単なる偶然にしては話しができ過ぎています。何か…… 何かあるのかも知れませんね」
白石は期待どおりの沢木の反応に満足しながら言った。
「思ったとおりだ。好奇心旺盛の君のことだ、きっとそんな反応をすると思ったよ」
沢木は苦笑しながら答えた。
「とはいうものの、見山氏の推測を手放しに受け入れるつもりはないですがね」
沢木はタバコの灰を灰皿に落とした。
「で、会長は私に何をやれと言いたいんですか」
白石はいつになく真剣な眼差しで沢木を見つめながら言った。
「ずばり言おう。真相を究明してくれないか」
沢木は深い溜め息を吐いた。
「会長、確かにこのことは興味を引かれるテーマではあります。ですが、私の専門は制御システム工学ですよ。超自然的現象の有無を確かめるなどというものは専門外です」
沢木はその好奇心とは裏腹に、慎重にことを構えた。
「それはよく分かっているよ。しかしな、沢木。この手紙を寄越した見山という男は、娘と過去の出来事を関連づけて、真剣に悩んでおるのだ。わしとしてはなんとか力になってやりたいのだよ。偶然でも超能力でも原因は何でもいい、とにかく見山君を安心させてやりたいんだ」
「ですが会長。そういう趣旨ならば興信所なり何なりに、調査を依頼したほうがよいのではありませんか」
「ああ、そういった選択も見山君と考えたよ。だが、ことは娘さんに関わるデリケートな問題だ。仮に原因が人美さんの能力によるものだった時のことを考えてもみろ、やはり信頼できる者に調査をさせるのが一番だ。そうは思わんか」
「ええ、それには同感ですが……」
白石は腰かけたソファから身を乗り出して尋ねた。
「沢木。君は超能力をどう思う。そんなものは存在しないと思うかね」
「いいえ、ないとは思いません。しかし、あるとも思いません。つまり、私の既知の範囲では、存在云々は語れないということです」
白石は声を若干張りあげた。
「ならば沢木よ。この機会にそのことの有無を確認しようではないか。はたして人美さんに超能力があるのか、あるいは偶然とはいくつも重なるものなのかを」
沢木はタバコを揉み消しながら言った。
「会長。会長はあくまで、この件を私にやらせたいのですか」
「ああ、そうだ。君は信頼できると同時に、頭の切れる男だ。なにがしかの策を必ず講じられるはずだ。考えてみろ、あるだろう、切り口が」
沢木はしばし考えた後、白石の言わんとしていることが分かった。
「なるほど、確かにASMOSを使えば、ある程度のことはできるかも知れませんね。しかし、それはあくまで見山人美という少女に特異な精神的能力がある場合に限定されます。真相究明となると、人員、時間、資金も必要になります」
「すべては君に任せる。君が思いどおりにことを進められるよう、取り計らおう」
白石は一息おいてから言葉を続けた。
「もしもだ。もしも、超能力なるものを発見できたなら、そのメカニズムを解明できたなら、これは間違いなくある種の革命をもたらすぞ。そうなれば、我が相模の可能性もますます広がるというものだ」
白石はしたたかな笑みを浮かべた。沢木はその笑みを見ながら、白石の商魂たくましさを改めて知ったと同時に、彼の本心がどこにあるのか、それが気になった。
「会長、正直におっしゃってください。会長は、見山親子のためにことの究明を図りたいのですか、それとも、相模の利益のためですか。はっきり言っておきますが、私は一人の少女を利潤追求と結びつけるような考え方は受け入れられません」
そう語る沢木の目は、白石に威圧感さえ与えるほど鋭かった。白石はその目を見ながら思った。
やはり、この男に限るな
そして言った。
「両方だよ、沢木。わしは見山親子のことを心から心配している、と同時に相模の未来も考えている―技術屋の華は新しいものを発見すること、すなわちチャレンジだ。常識や手垢のついた知識にしがみついていては何もできん。沢木、君ならそれができるはずだ」
沢木は白石に相模重工への誘いを受けた時の言葉を思い出した。
〈技術者はあらゆる可能性にチャレンジせねばならない。私は君に冒険の舞台を用意しよう〉
沢木はYS‐11を創った男に敬意を込めて答えた。
「分かりました、可能な限りのことをやってみましょう」

続く…

0 件のコメント:

コメントを投稿