【案内】小説『エクストリームセンス』について

 小説『エクストリームセンス』は、本ブログを含めていくつか掲載していますが、PC、スマフォ、携帯のいずれでも読みやすいのは、「小説家になろう」サイトだと思います。縦書きのPDFをダウンロードすることもできます。

 小説『エクストリームセンス』のURLは、 http://ncode.syosetu.com/n7174bj/

2010年4月30日金曜日

2010年4月29日木曜日

2010年4月26日月曜日

小説の構想

小説の構想を練り始めました。

海鮮ラーメン

お昼は海鮮ラーメン。エビ、イカ、アサリ、カニ入り。おいしかったです。
*Docomo F-01Bにて撮影。

2010年4月25日日曜日

横浜公園のチューリップ

*Docomo F-01Bにて撮影。

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(52、最終話)

 午後五時二十五分。そろそろ終業のベルが鳴ろうかという相模重工本社のオフィスで、沢木聡はIBMのコンピューターに向かい報告書を作成していた。誰に見せるためのものでもないその文書は、報告書というよりも、彼自身のこの夏の体験を整理するためのものだった。

『エクスプロラトリー・ビヘイビア計画に関する報告書』
               一九九五年八月三十一日
               総合技術管理部  沢木 聡

人の可能性とはどこまで広がるのだろう。
あるいは、
人の能力とはどこまで掘り下げられるのだろうか。
人の心の奥底には、何が棲み何をさせようとしているのか。
善なのか、悪なのか。
知あるところには希望が満ち、
勇気あるところには道が開かれるだろう。
人は生まれた瞬間から命が尽きるまで、
知と勇気を携えながら、人生を冒険し、探究し、
歩んでいかなくてなるまい。
―Exploratory Behavior―
それは、未知なるものへの探索行動である。

 沢木はここまでキーボードを打つと、「ふふっ」と笑いながらつぶやいた。
「報告書に序文なんていらないか」
 彼はタバコに火をつけると回転椅子を回して窓に向き、眼下に広がる横浜港を見渡した。
 ややあってからドアがノックされると、秋山美佐子が書類を持って入って来た。
「沢木さん。下期の予算案ができましたのでチェックしてください。それと、明日はメカトロニクス事業部の……」
 沢木は窓の外を見つめたままだった。
「沢木さん、聞いてますか?」
「んん。ああ、聞いてたよ」
 秋山は沢木の脇へと歩み寄り、冗談っぽく尋ねた。
「どうしたんです? センチな気分にでもなっていたんですか」
 沢木は薄く笑うと答えた。
「そんなこともないけどね。ただ、今年の夏は終わってしまうのがさびしいような気がして」
「そうですね、私もそう思います。この夏はいろいろありましたから。たいへんだったけど、とても貴重な夏でした」
「そうだね」
 秋山は遠くを見つめながら言った。
「人美さんはこの先の人生をどう生きるんでしょう」
「心配かい?」
「ええ、少し」
「大丈夫さ」
「どうしてです?」
「アリスはさぁ、不思議の国や鏡の国を冒険する中でさまざまな出来事に遭遇するけれど、自分自身のバイタリティーと想像力でそれらを乗り越えて行くでしょう。僕が思うに人美さんはアリスだよ。大丈夫、心配いらないさ」
「アリスかぁ」
 秋山はちょっと尋ねてみたくなった。
「ねえ、沢木さん。人美さんがアリスなら、私はなあに?」
 沢木は即答した。
「君はトム・ソーヤだよ」
 少し不満だった。
「どうして私は男の子なんです?」
「君はいつでも少年のような目と、少年のような夢を持っているからさ。どう? いいでしょう」
「そう言われれば悪くはないですけど…… まあ、一応納得しておきます」
 二人は見つめ合って微笑んだ。
「ところで沢木さん、今回の出来事の総括をまだ聞いていませんが」
「そうねえ、キーワードは四つかな。一つはフィジオグノミック・パーセプション、次いでエクスプロラトリー・ビヘイビア、さらにブラッド・アンド・サンダー、リアクション・フォーメーションの四つ」
 秋山は再び冗談っぽく言った。
「解説をどうぞ」
 沢木はタバコの揉み消し答えた。
「フィジオクグノミック・パーセプションは心理学用語の一つで、例えば、太陽が笑ってるというような、生命を持たないものが感情を持っているように感じることをいうんだ。あるいは、壁にできた染みをじっと見ているうちに人の顔や何かの形に見えてくる、というようなことも同じ言葉で表現される。つまり、サイ・パワーの存在を知らずにある状況からさまざまな憶測―妄想や想像も含んでだけど、そうして人美さんのことを思い巡らしていた我々は、あたかも壁の染みを見て人の顔だ、と言うのに等しかったと思うんだ」
「なるほど」
「そしてエクスプロラトリー・ビヘイビア。計画を始めた時点ではサイ・パワーの有無に関しては正しい答えを出すことはできなかった。しかし、いずれにしろ未知なるテーマへ挑んだことには変わりない。そういう意味で、僕はこの計画を“未知なるものへの探索行動”と名づけたんだ。そして、結果的には未知なるものに出会ったわけだ」
「一つ質問があるんですけど、沢木さんはなぜ一気に計画を押し進めたんです? 渡辺さんの調査が済んでから片山さんたちを動かしてもよかったと思うんですが、何か確信が?」
「確信なんてまるでなかった。確かなのは、分からない、この一点だけ。そこでどうするか考えたんだけど、どうせ分からないことなら、考えられる手をすべてやってみることが一番なんじゃないかと思ってね。それだけだよ」
「相変わらずですね」
「何が?」
「論理的なところと楽観的なところの差が激しいんですよ、沢木さんは」
「そうかな」
「そうですよ」
「まあ、そうしておくかなぁ。さて、次にブラッド・アンド・サンダーだけど、意味は映画なんかの血なまぐさいシーンのことをいうんだ。これは僕が奇妙な出来事と臨死を体験し、泉さんが傷つき、そして人美さん自身も精神的にまいったあの夜のことを指している。つまり、人美さんの力には、ある時には恐ろしさも含まれる、という事実を警鐘する意味でのキーワードだね」
「そうですね。彼女自身の制御を離れたところに、もしかしたらもっと大きな力が存在するかも知れませんからね」
「ああ。そういう意味で、我々は可能な限りの技術力を持って彼女を援助をしてあげないと」
「人美さんは運がいいわ」
「どうして?」
「だって、ファイア・スターターのチャーリーは、政府の研究機関に狙われたために、悲劇的な体験をすることになるんですよ。その点、人美さんは沢木さんに出会ったんだから、これは幸いといえるわ」
「なるほど。でも、正直言って技術者としての好奇心は持っているよ。彼女の力を解明したい、それをさらなる技術に利用したい。そういう思いがないと言ったら嘘になるさ」
「それは私も同じです。それともう一つの興味は、人美さんにサイ・パワーがあるのなら、ほかにもサイ・パワーを持っている人がいていいはずでしょう。そこなんですよ、私の最大の関心事は」
「まあ、僕が願うことは一つだけだね。それは、鮫島のような人間にサイ・パワーがないように、ということさ」
 秋山はくすくすと笑いながら言った。
「そしたら沢木さん、またたいへんですね」
 ここで話しが脱線し、しばらく他愛のない話しが続いた後、沢木は最後のキーワードを説明した。
「リアクション・フォーメーションの本来の意味は、抑圧された感情とは逆の感情が起こるという防衛反応のことをいうんだ。例えば、ある人のことが憎くてたまらなかったが、それをずっと我慢していた。そうするうちに防衛反応が起こり、憎かった人に逆に優しくする、というようなことなんだ。人美さんはおそらく相当な精神的抑圧を受けていたと思うんだけど、それを最終的には跳ね飛ばし、本来あるべき自分の姿に戻ろうと努力した。これは正しい意味でのリアクション・フォーメーションとは異なるけれど、そうしたことのキーワードにはできると思ってね」
「なるほど。で、最終弁論は?」
 沢木は立ち上がり秋山を椅子に座らせると、自分は机に腰掛けて語り出した。
「エクスプロラトリー・ビヘイビア計画は、人美さんの父である哲司氏の意向を受けて開始された。すなわちそれは、人美さんの周囲で起こった不可思議な出来事に何らかの関連性があるのか? ということを解くことだった。渡辺さんの調査の結果、謎は謎を呼び、ある種の疑惑が一人の少女に浮かび上がった。我々はそれを追求しようとした結果、ついにその存在を確認するに至った。しかし、すべての謎が解き明かされたのではなく、以前として過去に起こった出来事に関しては灰色のままだ。そこで、僕は思うんだが。もうそんなことはどうでもいいと思うんだ。確かな事実、人美さんがサイ・パワーを持っているということ、そして、彼女には未来があるということ、それだけあれば十分であり、何も過去に起こったことを掘り返して、それを見山氏に報告することはないし、また、人美さんもそれを知る必要はないはずだ。大切なことは、今、彼女がどう生きようとしているか、そして未来がどうあるべきか、ということだと思うんだ。
 君も知っているように、僕は常々真実とはどんな場合においても明かされるべきだ、と考えてきた。それは、偽りは新たな偽りを呼び、真実によって傷つくことよりも、偽りによって傷つくことのほうがより大きく深いと考えてきたからだ。しかし、かつてヘーゲルはこう言った、理想的なものは現実的であり、現実的なものは理想的であると。これを今回の出来事に当てはめるならば、仮に人美さんが過去の出来事を起こしていたのだとしても、今の彼女はそれを知らないはずだ。もしそれを知っていたのなら、今の彼女はなかったと思う。つまり、現実的なものは理想的である、と考えられるんじゃないんだろうか。
 僕の義務として、見山氏への報告という仕事が残っているけれど、僕は真実を伝える気はない。見山氏にはカントの有名な言葉を持って答えに替えようと思っている。それは、内容なき思想は空虚であり、概念なき直感は盲目である、という言葉だ。そして、僕自身の言葉としては、何よりも今の人美さんから真実を悟るべきだ、という一言に尽きる。これは僕自身にもいえることで、今までの僕は過去のある出来事に捕らわれてきた。しかし、大切なことは今であり未来であると、そう思えるようになったんだ。十八歳の少女があれほどの冒険を乗り越えようとしているのに、自分は一体何をやっていたのだろうってね。
 サイ・パワーに関して言えば、これはまだまだ未知の領域で何とも言えない。しかし、多く生物がそうであるように、人も進化の過程でさまざまな能力を身につけてきた。そうしたことから考えていけば、安定した環境の中で暮らす人類から微妙な差異を持った個体が誕生し、その中にサイ・パワーを持つ者がいたとしても、決しておかしくはない話しだと思うんだ。あるいは、すべての人間に潜在能力としてサイ・パワーが存在するのだが、それが覚醒していなかったり、気づかなかったり、ないと信じ込んでいたり、そうしたことで表に現れてこないのかも知れない。
 まあ、いずれにしてもサイ・パワーは存在し、その一つの現れとして物理的な影響をおよぼすことができるわけだから、既存の物理学以外の真理が存在することになるはずだ。当面は、そんなところを切り口としてサイ・パワーに取り組んでいこうと思ってる。
 そして最後に、我々がサイ・パワーを研究するにしても、人美さんを何よりも尊重し、彼女の自発的な協力のもとに進めなくては、僕らは罪を犯すことになる。おそらく技術者や科学者という者は、そうなってしまったらおしまいなんだろうね」
 秋山は深くうなずくと、笑顔に変えて言った。
「たいへんよくできました」
「そうかい? ありがとう」
「さあ、帰りましょう」
「そうだね」
 秋山はドアに向かって歩いて行った。その後ろ姿に当たるオレンジ色の陽光は、歩調に合わせて揺れる彼女のシニヨンと白いリボンを光らせていた。彼は、それを見ながら彼女に声をかけた。
「ああ、秋山さん」
 秋山が振り返る。沢木は側に歩み寄って言った。
「僕はね、高校の時に飛行機を造ったんだ。といっても、ハングライダーとスクーターのエンジンを組み合わせたいわゆるライトプレーンなんだけど、今度の休みにそれを十五年ぶりに飛ばしてみようと思ってるんだ。よかったら、君も一緒に来ないかい。一応二人乗りなんだけど」
 秋山は首を捻りながら尋ねた。
「十五年ぶり? ちゃんと飛ぶんですか」
 沢木は明るい口調と笑顔で言った。
「ああ、君と一緒なら飛べるさ」
 秋山は満面に笑みを浮かべて答えた。
「はい、お供します」


                     (終)

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(51)

終章 沢木と人美 ― Sawaki & Hitomi


 ロサンゼルス時間、八月三十一日、木曜日、午前十時。ロサンゼルスの郊外に居を構えていた人美の両親のもとへ、愛しい我が子からの手紙がやって来た。
 人美の母、康恵は手紙を握り締めると夫の会社へと車を飛ばし、人美の父、哲司のオフィスに入ると「あなた、人美から手紙ですよ!」と大声で叫んだ。

 お父さん、お母さんへ
 二人とも元気にしてますか? そちらの暮らしにはなれましたか? 私はとても元気にしてますし、白石さんの家での生活は、わが家のように快適でリラックスできます。おじさまも、おばさまも、二人いる家政婦の人たちも、私にとてもよくしてくれます。
 さて、今年の夏は、私にとって忘れることのできない貴重なものとなりました。
 ひとつは、新しい発見がありました。でも、このことはとても不思議な、信じられないようなできごとなので、秋に二人が帰って来た時にゆっくりと話したいと思います。その時に、二人がどんな反応をするのか分かりませんが、素直に理解してくれることを願っています。
 もうひとつは、すばらしい人たちとの出会いがありました。それには白石家の人々も含まれるのですが、特別なのは沢木聡さんという男の人です。誤解しないでくださいね、恋愛がどうとかいうことではありません。沢木さんはおじさまの会社の人で、三十二歳で、独身で、葉山に住んでいて、とてもきれいな恋人?がいます。実は、ひとつめの発見に関していろいろな事件が起こったのですが、それを乗り越えることができたのも、沢木さんのおかげなのです。沢木さんは頭がよくて、というより想像力のある人で、感性の豊かな人です。そして、沢木さんの周囲にいる人々も個性的です。きれいな恋人?の秋山さん、不思議な存在の渡辺さん、そうした多くの人たちと出会うことができました。
 それからもう一つ、彩香との友情も深められました。彼女の個性的な想像力は私を励まし、深刻な問題でも、時には楽観的な考えが必要なんだ、ということを教えてくれました。やはり彩香は最高の友達です。そして、沢木さんと同じく、彼女の助けがなければ、この夏を乗り越えることはできなかったと思います。
 最後にもうひとつ。私は今考えていることがあって、それは、アメリカに行くのはやめようか、ということです。まだ決めたわけではありませんし、お父さんとお母さんとも相談しなければいけないことだと思います。でも、今の私にとって大切なことは、アメリカに行くことよりも、この夏出会った人たちとの関わりを深めることや、そうした人たちから何かを学ぶことにあるように思うのです。せっかく出会った友人と、あと半年たらずで別れてしまうのは、とてももったいないように思えるのです。
 とにかく、今度会った時には話すことがたくさんありますから、その時を楽しみにしています。では、くれぐれも身体を大切に、危ない地域には行かないように。
                              人美


 父は手紙を読み終わるとオフィスの窓際に立ち、ロサンゼルスの町並みを見つめながら、娘が一つ大人になったような、たくましくなったような、そんな実感を胸に抱いた。そして、やがては独立し、自分の人生を歩んで行くのだと、何かさびしいような思いに駆られた。しかし、娘は元気そうだし、希望に満ち溢れている。発見とはおそらく超能力のことであろうが、彼女はそれに臆することなく、前進しようとしている。父、見山哲司はロサンゼルスの青い空を見上げながら心の中でつぶやいた。
 沢木さん、ありがとう


 八月二十六日付の各新聞社の夕刊、及びテレビのニュースは、相模重工沢木聡の拉致事件を大きく報道した。報道の内容は、主犯は国際的テロリストの鮫島守であり、彼を含め二人のテロリストがSOP第三小隊によって射殺され、一名は仲間割れにより殺され、残り一名が現行犯逮捕された、というものだった。いずれの報道にも、沢木と一緒に見山人美が拉致されていたという事実は見当たらなかった。また、里中涼がSOP総括委員会に提出した公式の報告書にも、その事実が記載されることはなかった。
 里中は、この事件にはもう一つの隠された事実が存在し、それを解く鍵は一人の少女にあると確信していた。しかし、その事実にまで言及することは、おそらく少女にとって好ましくなく、SOPが関与することでもないであろうと判断し、それを公にすることを避けたのだ。だが、一個人としては、その真実に高い関心を持っていた。
 テロリストの生き残り―眼鏡の男は、里中から執拗なまでの取り調べを受けたが、完全黙秘を続け、この事件の背後に存在する巨悪を追及するまでには至らないまま、書類送検された。また、相模重工に対するテロ警戒体制も解除され、SOP第六小隊は相模重工川崎工場から撤収した。
 星恵里は通常任務に戻り、里中、西岡のコンビは、巨悪に迫るべく地道な捜査活動を再開した。


 一九九五年九月十八日、相模重工総合技術管理部内に沢木直轄の新しい部署が設置された。ASMOS開発のための付属機関と称して設置された意識科学研究室は、この夏にその存在が実証されたサイ・パワーを専門的に研究する部署であり、その室長には桑原久代が就任し、アドバイザーとして松下順一郎も名を連ねた。そして、沢木と人美の信頼関係のもと、彼女の持つ力の研究が開始された。
 これより前、沢木拉致事件の際に負傷した渡辺昭寛と進藤章は、同じ病院の同じ病室で入院生活を送っていたが、後遺症が現れることもなく無事退院することができた。しかし、入院中進藤の他愛のない話しを聞かされ続けていた渡辺は、「これでは頭が変になってしまう」と、医師から退院許可が出る前に情報管理室の仕事に復帰した。
 渡辺は、相模での仕事は番犬のようなものだ、とマイナス思考でいたのだが、この夏の出来事に直面し、自分にもまだやることはある、と新たな目的意識を持ち、特に意識科学研究室の機密保全に関しては、細心の注意を持って職務にあたった。
 また片山広平は、エクスプロラトリー・ビヘイビア計画で得た貴重なデータをもとに、PPSの性能向上のために研究を開始し、十一月には同棲中の恋人と入籍し、また、結婚式を行うと発表した。
 岡林敦は師である沢木の指導のもと、ASMOSを始めとするソフトウェアの開発に従事し、また、彼のライフワークでもあるゲームソフトの製作に打ち込む日々を送り始めた。
 白石会長はそのほとんどを自宅で過ごし、本社に出向くことは余りなかったが、健康状態は以前として良好で、とりわけ精神状態に関しては、人美の存在のためか、平静かつ健全そのものだった。
 こうしてエクスプロラトリー・ビヘイビアの夏は過ぎていった。一人の少女への疑問から始まったこの夏の出来事は、多くの人々の思想や意識に変化を生じさせ、また、人々の出会いをもたらす結果となった。そして、この後に沢木や人美に訪れる、あるいは周囲の人々―彩香や渡辺、里中や星たちに訪れる、知と勇気が試される冒険の数々を乗り越えるための土台となるのだった。


 八月三十一日、木曜日、人美の夏休み最後の日。午後から白石邸のプールで遊んでいた見山人美と泉彩香は、日が落ちてきた午後五時ごろ、プールサイドの椅子に座り、家政婦の橋爪が作ってくれたチョコレートパフェを食べながら話し合っていた。
 彩香が言った。
「あーあ、でもショックー」
 人美が尋ねる。
「何が?」
「だって、私の寝ている間に大事件が起きるなんて……」
 人美は呆れ顔で言った。
「またそれ」
「だって、見たかったんだもん。SOPが突入するところとか、人美のパワーが炸裂するとことか…… きっと、それを見ていたら凄い刺激になって、とっても凄い小説が書けたろうになぁ」
「もう、だめな人。私は怖かったんだから」
「でも、結果的に助かったんだからよかったじゃない」
「人ごとだと思って」
 人美が頬を膨らますと、彩香は小さな微笑みを浮かべた後に言った。
「でも、本当によかった。人美がもとの人美に戻って。やっぱり人美は元気じゃないとね」
「彩香のお蔭よ。今回はいろいろ助けてもらったから」
「今回“も”、でしょう」
 人美は笑いながら答えた。
「そうねぇ、そうしときましょう」
「ところでさぁ、今後の展開はどうなるの?」
「展開?」
「だって、沢木さんも人美のパワーを知ったわけでしょう。あの人は技術者なわけだし、超能力の実体を研究するとか、そういう刺激的なことはないの?」
「ああ、そのことなんだけどね、沢木さんがいろいろと考えてくれてるの。それで、沢木さんが一番強調してることは、パワーを使うことで私の身体に害がないかっていうことなの。そういうことを防ぐためにもある程度の研究が必要だって」
「んー、それには私も賛成だわ。ほら、いろいろな職業病っていうのもあるわけだしさ」
「別に私は超能力者を職業にする気はないけど」
「でも、これから人美は愛と正義のために闘うわけだから、そのためにも万全な体制でいないとね」
「彩香はどうしてもその路線でいって欲しいのね」
「ええ。だって、私の書き始めた今度の小説は、超能力を持つ少女のお話なんですもの。もちろんモデルは人美よ」
「モデルになるのは構わないけど、ちゃんと最後まで書いてね」
「ええ、今度は大丈夫よ。構想はかなりまとまっているから」
「へえー、具体的にどんな話しになるの」
「じゃあ、特別に教えてあげよう。まず、一人の女の子がいてね、その娘には超能力があるの。でも、悪者と闘うとか、そういうことじゃなくてね、ごくごく普通のお話なの。例えば、友達の飼っている犬が迷子になっちゃって、その犬を超能力を使って探すとか、そんな感じなの。そして、私が一番主張したいことは何かというと、超能力なんて特別凄い力じゃなくて、誰もが一つくらいは持っている得意なことの一つなんだっていうことなの。だってさあ、人美がどんなにパワーを使ったって、会長みたいに大きな会社を作れるわけじゃないし、沢木さんみたいにいろんなものが創れるわけでもないじゃない。主役の女の子はね、最初は自分のパワーに戸惑い悩むんだけど、段々そういうことが分かってきて、そして、自分が決して特別なんじゃないってことを確信するの。まあ、こんな感じね」
 人美は彩香の感性の魅力を再認識すると同時に、間接的に自分へのエールを送ってくれているのだと思い、幸せな気分になった。しかし、余り誉め過ぎると彩香はすぐに調子に乗ると思い、こう言った。
「んーん、何かとても面白そう。それに、主役の女の子に共感できそうだわ」
「そうでしょう」
「でも彩香って不思議な人ね。賢いのかおバカさんなのか分からないもの」
 彩香はパフェをテーブルに置くと、人美の腕をとってプールへと投げ込んだ。その後、日没近くまで白石邸のプールからは黄色い歓声があがり続けたのであった。


続く…

2010年4月24日土曜日

alan 1st concert -voice of you- in TOKYO 2010.01.24

 購入から随分と時間が経ってしまいましたが、alanの『alan 1st concert -voice of you- in TOKYO 2010.01.24 [DVD]
』をやっと見ることができました。



 alanの夢がまたひとつ叶って良かったです。


駅のホームに車が。横浜駅横須賀線ホームの光景です。

2010年4月21日水曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(50)

 午前五時八分。大和丸の停泊する埠頭にじっと立ち、海から昇る朝日を見つめていた橋本は、彼の運転手が持ってきた受信装置に耳を傾けた。
「……作戦終了。人質は無事救出、犯人は共犯者一名を除き全員死亡、鮫島守も本隊により射殺された。繰り返す、SOP13より神奈川県警本部へ。作戦終了……」
 橋本はこの時朝日に誓った。
「鮫島、敵は必ずとってやる」
 彼の頭上を調布飛行場へ帰還するエアステーションが通過していった。


 沢木と人美はSOPの隊員に手錠を外してもらい、資材倉庫の外へと出て行った。二人が並んで歩いていると、秋山が沢木に走り寄り、そして抱きついた。沢木が両手で秋山を受け止めると、彼女の髪の毛が頬に当たり、彼女の匂いがし、彼女の体温を感じることができた。そして、彼女の胸の膨らみから伝わる命の鼓動を感じ取った時、沢木はこう彼女に囁いた。
「よかった。君に会えて」
 人美は少し離れたところから、抱き合う二人を笑みをたたえながら見ていた。
 だから言ったでしょう。沢木さんには想ってくれる人がいるって
 そこへ、担架に載せられた渡辺が通りかかった。彼は人美と目が合った時、何も言葉をかけはしなかったが、にっこりと満面に笑みを浮かべると、人美に向かって拳を突き出し、そして親指を立てた。その笑顔は、渡辺がこの夏初めて見せた笑顔だった。見つめ合う二人に言葉などいらない―人美も同じようにして親指を立て、そして笑みを返した。


 里中は鮫島の死体に向かって言った。
「散々暴れた割にはあっけない最後じゃないか。一体お前は何を考えていたんだ。できればそれを聞かせて欲しかったよ」
 里中が振り向くと、星と西岡の二人が立っていた。星は瓦礫の山を見回しながら言った。「里中さん、これは一体どういうことかしら? 爆薬を使った形跡は今のところないし、不思議だわ」
 里中は答えた。
「疑問はいつか解決されるさ」
「いつかって?」
「さあ? いつかだよ」
 西岡が言った。
「沢木さんと見山さんの事情聴取はいつにする?」
「先に眼鏡をつるしあげたいから…… そうだな、明日にするか。ただし、沢木さんだけな」
「どうして?」
「あの娘のことは記録から削除する」
 今度は星が言った。
「どうして?」
「そりゃ、分かるだろう。普通じゃないからさ」
「でも」
「それもいつか分かることさ。でも、今は知らなくていい、というより、別にしておいた方がいいよ。多分、あの娘のために」
 二人は首を捻りながらも、取り敢えず里中の言うことを承知した。
「ああそれとさぁ」
 里中が言った。
「渡辺さんがサメを撃ったこともなしな。いろいろ不都合だから」
 星が尋ねた。
「じゃあ、誰が撃ったことに?」
「誰でもいいけど、そうねぇ、恵里さんにしとこうか」


 救急隊員に傷の手当を受けた人美は、黒いスカイラインの後部席に座っていた。そこへ沢木がやって来た。
「やあ」
 沢木が声をかけると、人美は尋ねた。
「さっきの女の人は誰?」
「職場の同僚だよ」
 人美はにこっと笑いながら言った。
「奇麗な人ね」
「ああ、そうだね。ところで、大丈夫かい?」
「私は全然平気よ。傷もかすり傷だもん」
「そう、よかった。精神的には?」
「それも大丈夫」
「本当かい?」
「ええ。私ね、自分の力がこの先どうなるのか、って考えると正直言って不安なの。でもね、沢木さんがさっき言ったでしょう。自分の力なんだから信じなさいって。そう思って力を使ったら自分のイメージどおりに使うことができたの。だから私、もう落ち込んだりしないわ。いつかきっと、この力を思いどおりに操ってみせる。それに、大人になったらなくなってしまうかも知れないし…… とにかく前向きに考えるようにするわ」
 それははつらつとした少女の姿だった。
「そうか、それを聞いて安心したよ」
「だからね、沢木さんも、過去の夢の惰性で生きてる、なんて思っちゃだめよ」
「ああ、そうだね。私も前向きに生きることにしよう」
 二人は微笑み合った。
「沢木さん、一つお願いがあるの」
「なんだい?」
「ずっと友達でいてね。そして、力になって」
「ああ、もちろんだとも」
 こうしてこの夏芽生えた沢木と人美の友情は、この先二人に訪れる冒険の数々を乗り越えるための原動力となるのだった。そして、二人はいつでも助け合い、信頼し合うことで、無敵ともいえるパワー―知恵と勇気を手に入れるのだった。

 
終章 沢木と人美 に続く…

2010年4月18日日曜日

2010年4月17日土曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(49)

 おそらく自分は死ぬのだろう。男が目覚めて最初に思ったことがそれだった。しかし、恐怖を感じることはなかった。このままずっと動かずに、死の時を待つのもいいだろう―そんな思いになりかけた。だが、自分は一体何をしてきたのだろう、という疑念が浮かんだ途端に、なぜか強烈な怒りが込み上げてきた。
 長髪の男は人美のサイ・パワーに翻弄された後、事務机の上に横になっていた。多くの血液が体外に流出した彼の命が尽き果てるのは、もはや時間の問題だった。
 この怒りを持ったまま死ぬことなどできない。絶命間近に狂気の頂点に達した長髪の男は、その行き場のない怒りを銃に委ねた―ぶっ殺してやる!
 男はMP5を握り締めると事務机の上に立ちあがり、獣のような叫び声とともに銃弾を撃ち放った。蛍光灯が割れ、窓ガラスが割れ、壁に穴が開き、書類の束が吹き飛んだ。
 太った男は事務室を出たところで階段を見張っていたが、突如始まった銃声にSOPが突入して来たと思い、仲間を援護すべく事務室に戻った。だがその途端、彼の内蔵は数十発もの弾丸を浴び、すべての臓器が混ざり合い、吹き飛ぶ結果となった。
 沢木と人美は凶行が開始された直後、ソファの後ろに転がり込むように身を隠した。だが、一発の銃弾が人美の左腕をかすり、さらに太った男の断末魔の叫びを聞いた時、とてつもなく大きな恐怖感が表出し、彼女の自己防衛本能は猛烈な勢いでサイ・パワーを開放させた。
 風が吹いた―
 それは、猛烈な流れだった―
 MP5を乱射し続ける長髪の男は、風によってバランスを崩したために銃口を自分の足首に向けてしまった。彼は吹き飛んだ足とほぼ同時に、事務机の上から床に落下した。
 人美の起こした風は、書類や伝表を巻き込みながら次第に渦を形成し、窓ガラスと二つのドアを吹き飛ばし、ファイリングケースや本棚を次々となぎ倒していった。


 長髪の男による銃声が轟いた瞬間、里中はSOP13部隊に強行突入を指示した。
 資材倉庫の屋上に待機していた第一班―星たちは非常階段から、第二班は屋内の階段から、それぞれ事務室を目指して走った。
 一方、長髪の男の位置を赤外線照準器で明確に捕捉していた第五班の狙撃手は、五〇口径の銃口を天井に向けて発砲した。その途端、床に転がって悶え苦しんでいた長髪の男の身体は、強烈な爆音とともに宙に舞い上がった。資材倉庫一階から撃たれた五〇口径の弾丸は、二階の床を貫通し長髪の男を即死させた。
 五〇口径を構える狙撃手たちは、鮫島と眼鏡の男にも照準をセットしていた。が、引き金を引こうとした時、一人の隊員が叫んだ。
「天井が落ちるぞっ!」
 この時、天井には無数のひびが入り、コンクリート片がパラパラと落ち始めていた。


 眼鏡の男の位置からは、非常階段を駆け下りる星たちの姿を確認することができたが、人美によって起こされている暴風を避けるために腹這いになり、銃を構えるどころではなかった。それでも何とか体制を立て直そうと床に手を突いた時、手の下の床にひびが走るのを感じ取った。そして、何とも不気味な金属音。
 沢木は床に転がっていた人美の側に這って進み、「人美、人美!」と叫んだ。一種のトランス状態に入っていた人美は、沢木の声により常態に戻された。
「沢木さん、私……」
 そう言いかけて人美は息を飲んだ。額から血を流した鮫島が、沢木の首を閉めあげたからだ―「沢木さーん!」
 最初に窓側の壁が吹き飛んだ―
 そして、事務室の床は蟻地獄のように中央からくぼんでいった―


 絶え間なく続く資材倉庫からの破壊音に、渡辺は倉庫に向かって走り出した。秋山も同様に走り出そうとしたが、里中に腕を掴まれ阻まれた。
「彼らに任すんだ」


 吹き飛んだ壁の破片を辛うじて避けることができた星は、爆薬? と思いながらもすぐさま暗視装置を装着し、瓦礫の山となった倉庫一階を、非常階段の踊り場から見渡した。「みつけたわ」
 鉄骨に足を挟まれてしまった眼鏡の男は、もはやこれまでと観念し、腰のホルスターから短銃を抜くと自分の頭に当てた。が、銃は衝撃とともに彼の後ろへと弾かれた。彼が顔の近くにあった右手に目を映すと、手の甲には小さな赤い光が当たっていた。彼は両手を挙げ降伏の意を表した。赤い光は、星の構えるMP5のエイミング・ポイント・ジェネレーターからの光だった。


 沢木の身体には傷一つできることはなかった。落ちたという感覚はまるでなく、ふわっと舞い降りた、そんな印象だった。
 沢木は起きあがるとうつぶせに倒れた鮫島を見たが、その背中からは細い鉄骨が突き出していた。「死んだか」と小さくつぶやき、後ろを振り返り人美を捜した。
 人美もまた、床が崩れた際に怪我を追うことはなかった。彼女のサイ・パワーは、彼女自信と沢木の身を守ったのだ。
 人美は言った。
「終わったみたい」
「そうだね」
 だが、鮫島は生きていた―
 鮫島は両腕を踏ん張り、身体を串刺しにした鉄骨を抜きながら立ちあがった。
「貴様ら、ぶっ殺してやる。それで、本当の終わりだ」
 沢木と人美に逃げ道はなかった。一方には積みあげられた自動車部品の山があり、後は崩れた床の瓦礫の山だった。両手を手錠で拘束された二人には、それらは乗り越えられない壁だった。
 鮫島はじわりじわりと二人に近づいて行った。
 沢木は言った。
「人美、逃げろ、早く」
 人美は首を横に振りながら言った。
「無理よ、どうすればいいの!?」
 沢木は側にあった鉄パイプを両手で持ち、間近に迫った鮫島に挑んだ。しかし、鮫島は鉄パイプを受けるとそれを奪い取り、沢木を突き飛ばした。そして、強烈な力で彼の首を締めあげた。
 使わなきゃ。今力を使わなければ……
 人美は念じた。しかし、何も起こらない。
「どうして!? どうすればいいの!」
 沢木は必死の思いで鮫島の腹の傷を膝で蹴りあげた。「うっ」という低いうめき声、それとともに首を締める力が弱まった時、沢木は叫んだ。
「人美、自分を信じろ! 君の持つ力なんだ!」
 そうなのだろうか? でも、沢木さんが死……
「そんなのいやーっ!」
 人美は目を閉じ、沢木を救う、ただそれだけを念じた。すると、頭の中にイメージ見えてくる。鮫島が沢木を放し、そして身体が動かなくなるところが。人美はこの時確信した。
 できる、きっとできる
 人美は静かに目を開き鮫島を見つめた―
 静かに風が吹き出し、人美の前髪をなびかせた。そして、彼女のサイ・パワーは彼女の意のままに開放された。それはとても静かな、穏やかな力だった。
 鮫島の身体からは力が抜け、沢木を放すと身体をぶるぶると震わせながら後退りした。並の人間ならこれで動くことができなかったであろうが、鮫島の執拗なまでの執念は、人美のサイ・パワーに抵抗するだけの力を発揮させた。
 鮫島は震える右手を動かし、腰のホルスターから短銃―ブローニング・ハイパワーを抜くと、人美に狙いを定め引き金を引いた。
 この時、人美の目の前に渡辺が飛び出した。彼は人美を抱き抱えるようにして自らの肉体を盾とし、その結果、彼の左大腿部に弾丸が命中した。
「渡辺!」
 沢木がそう叫ぶ間にも、鮫島は二発目の狙いを沢木の頭部につけようとしていた。
 渡辺は人美を見やりながら言った。
「目をつぶってろ!」
 渡辺は人美が自分の胸元に顔を沈めたのを確認すると同時に、鮫島の額に銃口を向け、そして撃った―
 二発の銃弾が飛び交った。しかし、命中したのは一発だけだった。
 仰向けに倒れた鮫島の耳には、ジェット機の飛行音が聞こえていた。それは、彼が乗るはずのエアステーションだった。
 終わりとは、こんなものか? あっけない
 渡辺の撃った銃弾を眉間に受けた鮫島は即死に近い状態だったが、死に至るまでのごく僅かな時間に、こんな言葉をつぶやいた。
「ドゥルジの開封を……」
 鮫島守の三十八年間の人生は終わった。

 
続く…

一色そば

一色そばのせいろ天盛です。海老が大きくておいしいです。葉山に来られたときは、葉山御用邸近くの一色そばに立ち寄ってみてください。

そば屋一休み

神奈川県立近代美術館の近くに「一色そば」という旨いそば屋があります。まずはビール。

散歩

休日。散髪してサッパリした後、着の身着のまま神奈川県立近代美術館にやって来ました。

2010年4月11日日曜日

経営レポートの作成

 今日は休日出勤となったので、以前から作ろうと思いながらなかなか手の付けられなかった「経営レポート」を作成してみました。

 「経営レポート」といってもさまざまですが、今回作成したのは、我が社のファンダメンタルズを捉えることを目的としたレポートです。
 我が社の会計システムは富士通のGLOVIAであり、これにはGLOVIA関数というAPIが備わっていますので、これをExcelからコールすることで動的なレポートを作成できます。
 レポートの構成は下記の4つのセクションです。
  • 損益計算書
  • 資金別貸借対照表
  • ROEモデル
  • ステークホルダー分配計算書
 GLOVIAとExcelを使うと、このようなレポートは簡単に作成できます。
  • GLOVIAのDataViewerを使って合計残高試算表を勘定科目単位で取得し、CSVファイルにエクスポートします。
  • CSVファイルの勘定科目コードを使って、残高を取得するGLOVIA関数を埋め込みます。これで動的な合計残高試算表ができあがります。
  • 後は、損益計算書、資金別貸借対照表に合わせてデータ項目の配置換え(セルの移動)を行い見栄えを整えます。
  • 次に、ROEモデルやステークホルダー分配計算書に必要な派生属性を算出する式などを埋め込みます。
 このようにしてできあがった「経営レポート」は、「再計算」を行うことでいつでも最新データを取得できます。

 ここで登場したGLOVIA関数とDataViewerは、我が社はGLOVIA会計システムを採用した理由の一部です。ただし、GLOVIA関数は使いやすいとは言い難いものです。将来的にはWebサービスとして利用できるようになると、より柔軟な運用ができるようになると思います。

 資金別貸借対照表は、私が気に入っているレポートのひとつです。損益資金、固定資金、売上仕入資金、安定資金、流動資金、現金預金の各資金区分によって、過去から現在に至るまでの資金の調達と運用の流れを捉えることができます。
 また、CSR会計のレポートのひとつであるステークホルダー分配計算書は、付加価値の創出量とステークホルダーへの分配額を把握することができます。私は利益よりも付加価値を重視していますので、これは欠かすことのできないセクションです。

2010年4月10日土曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(48)

 絶え間なく続く不安といらだちの中で、彼女の心臓はその重さを増し、まるで異物が体内にあるかのようだった。が、彼女はそれを必至に耐え、最善をつくし、その結果相模のスタッフを効率よく調布飛行場に送り出すことができた。関係機関への連絡が一段落した今、彼女は沢木のオフィスの彼の椅子に座り、闇の中に静まり返った横浜港を眺めていた。そして、これまで続いていた緊張がいくらか緩むと、暗く悲しい気持ちが立ち込めてきた。 オフィスのドアが開くと、両手にコーヒーカップを持った片山が入って来た。彼はその一つを秋山に差し出した。
「ありがとう」
 秋山は両手でカップを受け取ると、再び夜景に視線を戻した。片山は言った。
「何だよ。今にも泣き出しそうな顔だな」
「……」
「君は強い人なのに…… 好きなんだな、沢木のことが」
 秋山は膝の上に運んだコーヒーカップに視線を落とすと、小さな声で答えた。
「ええ。でも、ずっと片思い……」
 それは痛々しいくらいの声音だった。
「そんなことないさ。あいつだって君のことが好きなんだよ」
 片山は、視線を下げたままの秋山を見やりながら続けた。
「秋山、一つヒントをやろう。沢木が君と話す時、自分のことを何と呼ぶか。俺の知ってる限り、その一人称は君にしか使わない」
 一人称? 私、俺、僕…… 僕?
 秋山は立ち上がり、片山に向き直って言った。
「片山さん。私、追浜工場に行ってもいい?」
「行ってどうなるものでもないよ」
「ええ、分かってます。でも、側にいたいんです」
 片山は“やれやれ”というような顔で答えた。
「仕方ない、ここは俺が引き受ける。行っておいで」
「ありがとう」
 秋山が小走りにオフィスを出て行くと、片山は沢木の椅子に座り、夜景を見ながら一人つぶやいた。
「全く、世話のやける二人だよ」


「サメよりシャチへ」
「こちらシャチ、どうした?」
「犬どもに囲まれた」
「どんな犬だ」
「三番だ」
「支援しようか?」
「いや、こちらで何とかする。しかし、最初の手はキャンセルだ」
「分かった。無理するなよ」
「心配するな。サメは不死身だ」
 無線連絡が途絶えた後、橋本は深い溜め息を一つ吐き、田宮石油会長の田宮総吉へと連絡した。
「鮫島がしくじりました」
「そうか」
「私としては支援してやりたいのですが」
「何をバカなことを。しくじった奴のことなどほうっておけ、しょせん奴は消耗品だ」
 橋本が自動車電話の受話器を置くと、彼の運転手兼ボディーガードの男が尋ねた。
「どうします、戻りますか?」
「いや、このまま出港時間まで待とう」
 橋本は心に決めた。例え鮫島が来なくても、大和丸が出港するまではここで待とうと。


 鮫島が橋本に連絡するために事務室を出ている時、長髪の男の獣のような目は人美の身体に注がれていた。そして、男は人美に近づいて行った。
 沢木は人美をかばうようにして立ち上がり、男に向かって言った。
「何だ」
 男は沢木に「どけっ!」と怒鳴りながら彼の脇腹に足蹴りをいれた後、人美の腕を掴むと「こっちへこい! かわいがってやる」とにやけながら言った。人美は男の手を振り解こうと「放してっ!」と言いながら抵抗したが、男の握力は異常なまでの強さだった。沢木は男に体当たりし、転んだ男の傷口を足で踏みつけた。男は「うわーっ!」と叫びながら猛烈な勢いで立ち上がり、沢木をソファに突き飛ばすとMP5を構えた。引き金は引かれる寸前だった。その時―

 風が吹いた―

 それは、静かな流れだった―
 人美が「だめーっ!」と叫んだ瞬間、空気が動き出した。そして―
「うわぁーっ!」―長髪の男は喉が張り裂けるかのような叫び声をあげると銃を落としてその場に立ち尽くし、身体全身を小刻みに震わせ始めた。顔は真っ赤になり血管が浮き出て、傷口からは「シュッ、シュッ」と時折微量の血しぶきが上がった。
 沢木は人美を見た。それは始めて見る怒りの表情だった。そして、彼女の前髪は風によって小さくなびいていた。
「人美」
 人美は沢木の呼び声に怒りを静めた。
 風が止んだ―
 鮫島と傭兵たちが駆けつけて来ると、長髪の男は身体を硬直させたまま後ろに倒れた。「てめーら、何しやがった!」
 太った男がそう怒鳴ると、鮫島が叫んだ。
「やめろ!」
 眼鏡の男が長髪の男の脈を取る。
「生きてる」
「手当してやれ。デブ、お前は外を見張ってろ」
 鮫島はこの時思っていた。
 さっきの風は何だ


 コンピューターのモニターを見ていた里中は、今起こった事務室の中の出来事をつぶさに見ていたと同時に、笠谷小隊長に突入のゴーサインを出した。しかし、事態の収集を見て取るとそれを中止させ、鮫島に電話した。
「里中だ。飛行機の手配ができた、午前五時十五分に着陸させる」
「よし、分かった」
「人質は無事だろうな。取引のルールは守れよ」
「当然だ」
 切れた電話機を耳に当てたまま、里中はしばらく考えた。
 男の動きが止まったのはなぜだ。倒れたのは?…… 何があったんだ


 沢木と人美は寄り添うようにして再びソファに座っていた。
「ごめんね、怖かったろう。私がもっと強ければ……」
 沢木がそう言うと、人美は遠くを見据えたまま答えた。
「私が怖いのは、いつだって自分自身よ」
「どういう意味だい?」
「見たでしょ。さっきのは私がやったの」
 ついに告白を受けた沢木の心臓は高鳴った。
「どうやって?」
「超能力、っていうのかしら。私には特別な力があるの」
「なぜ怖い? 身を守るために使った力じゃないか」
「ええ、確かに。でも、殺してしまうかも知れない。自分ではコントロールできないの」
「いつから力を?」
「最近、だと思うけど」
 人美は沢木を見つめて言った。
「ねえ、沢木さん」
「なんだい」
「私のことが、怖い?」
 沢木は笑みを浮かべながら首を横に振り、優しい声音で答えた。
「君のことが怖いわけないだろう」
 人美は笑みを浮かべると、沢木の胸に顔を沈めた。
「沢木さんは彩香と同じことを言うのね」
「誰だい? 友達?」
「ええ、親友よ」


 多くの特殊部隊では、隊員たちに射撃や格闘技などの戦闘技術のほかに、特殊技能を最低一つは身につけさせるように訓練している。例えばSOPには、爆発物、化学兵器、情報分析、通信、医療のスペシャリストが存在し、これにより部隊全体の能力値を高めている。
 鮫島と行動をともにする三人の男たちは、皆かつては何らかの特殊部隊またはゲリラ部隊にいた人間たちであり、眼鏡の男は医療技術を、太った男は爆破技術を、長髪の男は通信技術を修得していた。
 荒い息をしながら事務机の上に横になっていた長髪の男は、眼鏡の男から治療―止血とモルヒネの投与―を受けていた。鮫島は、長髪の男がこの処置により、脱出までの間生きながらえることを望んでいた。そして、どうせ死ぬのなら、自分が脱出するために役立って死んでもらわなければ、支払った報酬の元が取れないと考えていた。


 里中は当初、鮫島たちが飛行機に乗り込むために外へ出て来たところを急襲しようと考えていた。しかし、決戦の時はそれより早まるかも知れない、という直感から、13部隊にいつでも作戦行動に移れる体制を指示した。これにより、星がいる第一班と第三班は資材倉庫の屋上に身を潜ませ、第二班は一階の階段下に、第四班は非常階段の下に、第五班は事務室の真下に、それぞれ移動した。
 そんな中、午前三時四十分、秋山の乗ったインテグラが追浜工場に到着した。正門の前には何人かの警官が立ち、パトカーと救急車が回転灯を輝かせながら停車していた。彼女が警官に声をかけてからしばらくすると、西岡が出迎えにやって来た。そして、彼の案内でSOPの指揮車へと向かった。
 指揮車の中に入った秋山に渡辺が声をかけた。
「やっぱり来たか」
「ええ、心配で」
 里中が言った。
「渡辺さんが育てた優秀な部下たちが問題の解決にあたっています。どうか彼らを信頼してやってください。期待を裏切ることはないはずです」
 秋山は取り敢えずうなずいた。そして、渡辺の横に座ると闇の中に浮かぶ資材倉庫に目をやった。
 沢木さん、戻って来てね


続く…

2010年4月7日水曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(47)

 総合技術管理部の秘書室で、片山とともにいらだちと不安の時を過ごしていた秋山のもとに、渡辺からの電話が入ったのは午前二時五十分のことだった。彼女は海老沢社長に連絡し―海老沢は本社へ向かう車の中でこの知らせを聞いた―エアステーションの使用許可を得たものの、大きな障害を一つ取り除かなくてはならなかった。それは、相模重工所有のエアステーションが駐機されている調布飛行場の運用時間が、午前八時三十分から午後四時三十分であるということだった。飛行機を一機飛ばすためには、管制塔を運用し、しかるべき手続きと準備を行わなければならないのだ。彼女は白石会長に連絡し、彼の政治力に期待した。
 連絡を受けた白石は、彼にとって大切な二人の人物のために最善の努力を果たした。その結果、既に招集していたSOP総括委員会と、叩き起こされた運輸大臣の措置により、調布飛行場をエアステーションが飛び立つまでの間、その運用を相模重工に任せることが決定された。
 これを受けた秋山と片山は、沢木組の航空部門のスタッフ九名を、川崎工場のヘリで調布飛行場へ送り込むことを決めた。また、この事態を聞きつけた航空宇宙事業部長の宮本誠は自分の部下に招集命令を出し、調布飛行場へ向かわせた。このことにより、飛行場施設の運用及び機体の整備を行うに十分なスタッフが調布飛行場に送り込まれ、午前四時四十分に眠気眼のパイロットが飛行場に着いたころには、エアステーション1はいつでも飛べる体制に準備されていた。
 しかし、こうした相模の行動とは裏腹に、SOP総括委員会が現場の指揮権がある里中に伝えた命令はこうした内容だった。早期のうちに強行突入し、テロリストを排除せよ。そして結び言葉は、失敗は許されない、だった。委員会の連中の言うことはいつもこうであり、里中を始めとするSOPの隊員たちのいらだちの原因となった。だが里中は、SOP総括委員会に言われるまでもなく、鮫島に空の散歩を楽しんでもらう気も、沢木と人美にスカイダイビングを楽しんでもらう気もさらさらなかった。彼は鮫島が飛行機に乗り込もうとした時に、一気に勝負をつけるつもりだった。


 鮫島は、自分の出した要求に対する返事がなかなか返ってこないことにいらだっていた。そして、午前三時を過ぎたころ、そのいらだちの矛先を沢木に向けた。
「相模は何をしてるんだっ!」
 この時、人美は沢木に寄りかかって眠っていた。
「大きな声を出すのはやめてくれ、彼女が起きるだろう。それに、飛行機を飛ばすのにはいろいろと手続きが必要だ。タクシーを呼ぶようなわけにはいかないんだよ」
 鮫島は憮然とした表情で言った。
「気に入らん。貴様はなぜそんなに落ち着いている。たいていの人間なら殺すと言われれば、泣き叫びながら命乞いをするものだ」
 沢木は穏やかな口調で答えた。
「さあ、自分でも分からないね。しかし、ただ一つだけ確かなことは、私はお前たちのような人間に命乞いなどする気はない、ということだ」
 その言葉を聞くと、鮫島は沢木の正面のソファに腰掛けた。
「ふふっ、さすがは日本の頭脳とまでいわれるだけの男だ、立派だよ」
「尋ねたいことがあるんだが」
「何だ」
「お前は何のためにこんなことをするんだ。理想のためか、それとも金か」
 鮫島は懐からタバコを取り出し、火をつけた後に答えた。
「まあ、いくつか理由はあるが、一つは金であり、一つは報復だ」
「報復? 一体何の」
「腐った人間たちへさ―堕落した資本主義社会の豚どもに、恐怖を思い知らせてやるのさ」
「お前はコミュニストなのか?」
「この俺にイデオロギーなど関係ない」
「ではどういうことだ」
「貴様は今の日本の人間たちをどう思う? 平和に、幸せに、明るく楽しく、そんなふうに暮らしているように見えるか? 俺に言わせれば、奴らは目先のことしか考えていないのさ。何を学でもなく大学で暇をつぶし、大した能力もなく就職する。そして、一部の“できる”連中に寄生して給料泥棒をしてるのさ。お前の部下に、お前ほど稼げる奴がいるか? いやしないだろう。どいつもこいつも、ほとんどの奴らが寄生虫なんだ。そんな男たちがバカな女と結婚し、生まれた子供がまたでき損ないだ。街を歩いている若い連中を見てみろ。女はみんな娼婦の予備軍で―その娘だってそうさ」
 鮫島は人美を指差して言った。
「この娘はそんなじゃない」
「そして、男はそのけつを追っかけ回す盛りのついた豚さ。そんな連中がまた結婚し子供を生めば、この世は劣性遺伝子で埋め尽くされてしまう。結局この日本の連中は、悦楽に支配され、悦楽を求めるがままの人生をただ生きながらえているのさ。日本だけじゃない、アメリカもヨーロッパの国々も、先進国とは名ばかりで、物質的豊かさの中で人間が本来あるべき姿を失っているんだ。俺はそんな連中が許せない。だから、俺は世の中をだめにした連中に報復するのさ」
 沢木は鮫島の言うことに、少なからずうなずくところがあった。
「なるほど。しかし、暴力によりそれを主張すれば、結局犯罪にしかならない。そして、何も変わらない。そうだろう?」
「ある日本の国粋主義者はこう表現したことがある、肉体言語、と。第一、俺は“変えよう”などとは考えていない。だめになったものを破壊するだけだ」
「だめの判断はお前の価値観に過ぎん」
「ふふっ。まあ、貴様のようなものを創る世界にいる人間には分からんことだ。破壊、殺戮、混沌、そんなものを見続けてきた俺にしか分からないことだ」
「だろうな」
「お前は何を思って生きている」
「さあ、何だろう? そうだな、過去の夢の惰性かも知れない」
「惰性?」
 鮫島はその答えを以外に思った。この手の男は、野心に満ちていると想像していたからだ。
「貴様もつまらぬ男だな」
「お前ほどじゃないさ」
「口の減らない男だ。ところで、その娘は何だ? お前の女か?」
 沢木は薄い笑みを浮かべながら言った。
「いや、彼女はアリスさ」
「アリス?」
「そう、不思議の国のアリスさ」
 それを聞いた鮫島は、鼻で「ふっ」と笑うと沢木の前から立ち去った。
 寝たふりをして二人の会話を聞いていた人美が沢木に尋ねた。
「沢木さん」
「やあ、目が覚めたかい?」
「さっき言ってた、過去の夢の惰性ってどういう意味?」
 沢木はにこりと微笑み、「聞きたい?」と尋ねた。
「ええ。だって、意外な言葉だもの」
 沢木は静かな溜め息を吐いた後に語った。
「かつて、私には同じ夢を見られる人がいた。しかし、その人は私を残して遠くに逝ってしまったんだ。私だけが夢の中に取り残されたんだよ」
「それじゃ、沢木さんは仕方なく夢の中にいるの?」
「すべてがそうではない。しかし、夢は二人で見たほうがよりよいものだと私は思うよ」
「そういう人はいないの?」
「んー、どうだろう?」
 人美は力強く言った。
「いるわよ、絶対。沢木さんにはいると思うわ」
「……」
「沢木さんの側で、沢木さんのことを想って、同じ夢を見てくれる人がいるわよ。私には分かるの、ずっと前からその人は沢木さんを大切に想ってくれてるわ」
 この時、沢木は人美が秋山の肉体を通じ、メッセージを送ってきた時のことを思い出した。
「どうして人美さんに分かるの?」
「それは……」
 それは人美自身にもどこに根拠があるのか分からない発言だった。しかし、彼女は沢木を見守る優しい影を感じ取っていた。
「いや、いいんだ。君らしい言葉だ、ありがとう」

 
続く…

2010年4月4日日曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(46)

 白いバンが京急追浜駅前の交差点に近づくと、鮫島はバンを運転する太った男に指示した。
「あの交差点を左折しろ」
「何があるんだ?」
「横須賀自工の工場だ」
「そこで籠城するのか?」
「そうだ」
「で、その先は?」
 ここで沢木が口を挟んだ。
「そうか! テストコースを使う気か」
 鮫島が答えた。
「そのとおりだ。貴様が人質にいると分かれば、相模は喜んでエアステーションを寄越すだろう」
 横須賀自動車工業の追浜工場には、一キロ強の直線を有する巨大なテストコースがある。鮫島はこのテストコースを滑走路代わりにして、相模重工に用意させたビジネスジェット機―エアステーション1で、国外への脱出を図ろうと考えていた。
 白いバンは追浜工場の敷地内へと入り、テストコース近くにある資材倉庫の中で車を止めた。一方、渡辺は白いバンが倉庫の中に入ったところで車を降りた。
 バカなやつらだ。自分から檻の中に入るとは
 渡辺は上空を旋回しながら倉庫を監視するナイトハウンドの姿を認めると、ひとまずタバコに火をつけた。


 午前二時七分。SOP本部の屋上にあるヘリポートから、SOP13部隊を乗せたボーイングCH47Jチヌークが飛び立った。
 チヌークは、川崎重工がライセンス生産する全天候型輸送ヘリコプターであり、SOPでは隊員や武器弾薬類、指揮車の輸送に使用されている。最大積載重量は約一三トン、最大速度二九八キロ、航続距離二〇五七キロのスペックを誇り、ナイトハウンドと同様、防弾加工された機体を艶消し黒で塗装している。
 また、このチヌークで隊員たちとともに現場に向かう指揮車は、SOP1が小隊規模以上で行動する時―これを行動レベル2といい、レベル1は班規模の行動、レベル3は中隊規模の行動を意味する―に出動する。この指揮車は、相模重工が陸上自衛隊に納入していた四輪駆動の装甲車をSOP仕様に改良したもので、現場においては小隊の作戦指令室として機能する。
 各隊員と指揮車をつなぐものは、隊員たちが頭部に装備する無線機とモニターカメラが一体になったヘルメットであり、これにより音声や映像を指揮車に送信できる。指揮車にはこの映像を映す一四インチのモニターが七台あり、モニター一台は画面を四分割して一班分の映像を映し出し、六台のモニターにより全隊員の“視界”が映される。残りのモニター一台は、全二十四画面の中から任意の画像に切り換えできるようになっている。
 さらに、指揮車には戦術コンピューター・システムと呼ばれる高度なワークステーションや赤外線カメラなどが装備されていて、ナイトハウンドと連携することにより、膨大な量の情報を収集、解析できる。
 午前二時十七分。チヌークは鮫島たちが籠城する資材倉庫の近くにあるビルの裏手に着陸した。後部のハッチが開くと隊員たちが一斉に飛び出し、セオリーどおりの行動を開始した。
 第一に、警備員から資材倉庫の見取図を入手し、その情報を指揮車のコンピューターに入力する。そこへナイトハウンドの収集した情報を加え、コンピューター画面上に資材倉庫の立体モデルを作成する。さらに、赤外線カメラを使い、倉庫のどこに人質と犯人がいるかを探索する。赤外線カメラとは、熱源の発する赤外線をとらえる特殊なカメラであり、このカメラを用いれば、壁の向こう側にいる人間を透視するかのように見て取ることができる。そして、資材倉庫の立体モデルに赤外線カメラの映像を重ねることにより、内部の状況の一部始終を監視することができるのだ。
 第二に行われるのは、情報からの隔離である。その一つが電話配線を遮断することで、これは犯人が特定の交渉人以外にコンタクトをとるのを防ぐためである。また、状況によっては無線器や携帯電話の電波を妨害する“ジャミング”も行われるが、これを実行するとSOPの無線も使用できなくなるため、常時使用されることはない。


 渡辺はスカイラインに乗り込み、チヌークの着陸した地点に車を進めた。途中で出会う第三小隊の隊員たちは皆かつての部下であり、彼はすれ違いざまにある種の懐かしさを感じていた。
 第三小隊長の笠谷将樹は近づいて来るスカイラインを笑顔で出迎え、車を降りた渡辺に親しげに声をかけた。
「よう、久しぶりだな。元気そうじゃないか」
「ああ、SOPを辞めたおかげで健康状態は良好だ」
「ふふっ。しかし、やってることは大して変わりなさそうだな。里中から聞いたよ」
「静かに暮らしてくつもりだったんだが、相模の厄介になったのが間違いのもとだった」
 笠谷将樹は渡辺と同じ三十六歳で、渡辺がSOPを辞職した時に第三小隊の隊長に任命された。ともにポイントマンであった二人は、“栄光の第三小隊”を築いた立役者であると同時に、多くの困難な任務を切り抜けてきた“戦友”だった。
 渡辺と笠谷が話しをしていると、ナイトハウンドから降りたSOP131の四人が側に歩み寄って来て、かつての上官に再会の言葉を発した。そんな中、星は「はじめまして」と渡辺に声をかけた。彼女を見た渡辺は、一瞬、女? と見下しかけたが、その制服の襟に特級射撃手徽章が付いているのを見て取ると、その考えを改めた。
 特級射撃手徽章とは、最も勝れたCQB技術を持つ隊員に与えられるバッチであり、かつては渡辺もSOPの制服に付けていたものである。そして、この徽章を付ける者こそが、エースと称されるのである。現在、SOPの隊員の中でこの徽章を身に付けている者は、星と笠谷の二人しかいない。
 渡辺は星に言った。
「いいバッチをつけてるな。SOPに女がいるのは知ってたが、まさかエースとは」
 笠谷が言った。
「彼女は星恵里。お前が辞めた後に入ってきて、あっという間にそいつを付けるまでになった。まあ俺の見たところじゃ―そうだな、SOP史上最強ってところかな」
 渡辺は半信半疑で「ほう」っと言った後、星の持つMP5を見て感想を漏らした。
「エイミング・ポイント・プロジェクターか。俺はそんなものに頼りはしなかった」
 エイミング・ポイント・プロジェクターとは、銃に取り付ける照準器の一つであり、取り付けた銃の平均着弾点にレーザー光線を照射することにより、狙いを定めることができる装置である。
 星はその言葉に反論した。
「お言葉ですが、私はこれを使わなくても標的を射抜く技術は持っています。しかし、私はそれ以上の精度を求めているんです」
「それ以上とは?」
「相手が例えテロリストでも、できることなら命は奪いたくないんです。そのためには、ウイークポイントをより正確に撃つことが要求されます。これはそのために付けています」
「なるほど、優しいんだな。しかし、どこの対テロ部隊もそうだが、標的には可能な限りの銃弾を撃ち込むことを指導している。SOPもその例外じゃない。一発で仕留めるのは難しいことだ。かつての俺はそれでしくじった」
「もちろん状況によります。ですが、私の求めるものは必要最小限の弾で最大の効果を得ることです」
「ふふっ。その腕、どれほどのものか楽しみにさせてもらうよ」
「どうぞ、ごゆっくり見学してください」
 そう言うと、星はにこっと笑顔を浮かべた。


 沢木と人美は資材倉庫の二階にある事務室のソファに座らされていた。かなり大きなこの事務室は、ドアを入るとすぐにファイリングケースによる仕切りがあり、その向こう側に二人の座るソファとコーヒー・テーブルが置かれていた。ドアは東側の壁にあり、北側の壁にはテストコースが見渡せる窓と、屋外に設置された非常階段へのドアがあった。
 長髪の男は部屋の中央より窓側に並べられた事務机の上に銃を構えて座り、渡辺に撃たれた傷の痛み止めに注射されたモルヒネのせいで、ニタニタと薄気味悪い笑いを浮かべながら二人を見張っていた。眼鏡の男は閉ざされたブラインドに穴を開け、外のようすを探り、太った男はドアの陰から一階と屋上に通じる階段を見張っていた。また、鮫島は事務机の上に脚を載せ、踏ん反り返って座っていた。
 そんな中、沢木は、我ながら落ち着いたもんだ、と思っていた。最初に殺すと言われた時も動揺しなかったし、人質にされている今も恐怖を感じることはなかった。それがなぜかを考えはしなかったが、八年前から彼の心の中に宿っている虚無感は、こうした状況下でも彼に冷静さを与えていた。
 一方、人美はテロリストたちよりも、自分自身の力に不安を感じていた。力を使わなければならない時が来るのだろうか、コントロールできるのだろうか。それとも、暴走してテロリストたちを殺して…… そう思うと、彼女は沢木に身体を寄り沿わせ、頬を彼の肩に載せるのだった。


 渡辺と笠谷小隊長は、指揮車の中で強行突入の可能性を模索していた。そこへ、事故処理の渋滞に巻き込まれたために到着が遅れた里中と西岡の二人がやって来た。
 笠谷が言った。
「根岸港からにしては遅かったじゃないか」
 里中が答える。
「いやー、申し訳ない、渋滞に引っ掛かってね。で、状況は?」
 笠谷はコンピューターのモニターを指差しながら言った。
「まあ、見てのとおりだ。犯人は鮫島を含めて四人、人質はここに座らされている二人だ」
 西岡が尋ねた。
「部隊の配置は?」
「一班から四班までは通常装備で倉庫の周囲に展開してる。五班には五〇口径を装備させて倉庫一階に待機させた。六班はライフル装備でテストコース側に二名、ナイトハウンドに二名だ」
 里中が言った。
「強行突入した際の勝算は?」
「取り敢えずは我々に有利だ―これだけ状況を把握しているんだから。まあ、二流が相手なら五〇口径だけで決着がつくだろう。しかし相手は鮫島だ。おそらく仕掛けを作って待ってるだろう」
「だろうね。ほんじゃ、一応要求を聞いてみますか」
 笠谷は遮断中の電話回線を接続し、里中が電話をかけられるようにした。
「もしもし、里中だ」
 里中の耳元で鮫島の低い声が響いた。
「ふふっ、貴様もしつこい奴だな」
「あんたがのこのこ帰って来るから悪いんだよ。俺だっていつまでもお前に構ってられるほど暇じゃぁないんだよ」
「だろうな、では早速本題に入ろう。相模にエアステーションというビジネスジェット機を用意させろ」
「ジェット機だと、冗談じゃない。お前に逃げられた上、パイロットまで人質にされるんじゃ歩が悪過ぎる」
「心配するな、ジェット機は俺が操縦できる。それに、人質も空で釈放してやる」
「空で? スカイダイビングでもさせる気か?」
「そのとおりだ」
「バカなことをいうな」
「ふふっ。自分の命がかかっているんだ、パラシュートの紐を引くことぐらいできるだろう。どうだ、悪い取引じゃないだろう。相模にとっちゃ飛行機の一機ぐらい安いもんだし、人質も無事に釈放される。そして、俺も貴様とおさらばできる。最も勝れた選択だ」
「一体どこへ逃げる気だ。北朝鮮か?」
「どこへ行こうと貴様の知ったことじゃない。返事はイエスかノーか、それだけでいい」「あっそう、相模に問い合わせてみるよ。それで、飛行機はどこに用意すればいいんだ」「ここのテストコースに着陸させろ。もっとも、この暗いコースじゃ着陸は無理だろう、日が昇るまで待ってやる。今日の日の出は五時八分だ。その時刻きっかりにはエアステーションをここの上空で旋回させろ、着陸は十分な明るさになってからでいい。それと、パラシュートを二つ用意するのも忘れるなよ」

 
続く…

2010年4月3日土曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(45)

 午前一時四十分。里中は捜査第七班の部下たち五名を率い、横浜市の根岸港にある田宮石油根岸製油所の埠頭に停泊中の、大和丸という名の石油タンカーを監視していた。なぜなら、田宮石油が所有するこのタンカーが、テロリストの密入国や国外逃亡に関与しているという疑惑を持っていたからだ。
 とあるビルの屋上から双眼鏡で大和丸を見つめていた西岡が言った。
「鮫島は来るかな?」
 隣にしゃがんでタバコを吹かしていた里中が答えた。
「さあ? でも、張ってみる価値はあるさ」
「もし鮫島の乗船が確認できたらどうする?」
「出港してからSOP1に乗り込んでもらう。袋のネズミさ」
 この時、里中の携帯電話が鳴った。それは鮫島を追跡中の渡辺からだった。
 西岡は電話を切った里中に尋ねた。
「なんだい?」
 里中はにやりとして答えた。
「へへっ。鮫の奴、葉山にいるよ」


 里中からの連絡により、SOP本部で待機中だったSOP131(SOP第一セクション第三小隊第一班)が―すなわち、星を含む四人の隊員が、ナイトハウンドと呼ばれる戦術ヘリコプターで出動したころ、秋山は電話のベルに起こされた。
「もしもし……」
「渡辺だ。沢木と人美が拉致された」
「ええっ!」
 驚きとともにベットから落ちた秋山は、その衝撃で目を覚ました。
「だっ! 誰に」
「木下を殺った連中だ。今追跡してる」
「沢木さんは!? 二人は大丈夫なんですか!?」
「取り敢えず怪我はしてないはずだ」
「渡辺さんたちは? 大丈夫ですか?」
「進藤が撃たれて救急車を手配したが、心配ないと思う。SOPにも連絡した、すぐに応援が来てくれるだろう」
「分かりました。私は社に出社して対応に備えます」
「そうしてくれ」
「渡辺さん」
「何だ」
「沢木さんを、頼みます」
「……心配するな。必ず助け出す」
 秋山は電話を切ると慌てて着替え、髪を振り乱しながらマンションを飛び出し、愛車のインテグラで本社に向かった。


 沢木と人美を乗せた白いバンは、国道一三四号線を通ってJR逗子駅前を過ぎ、京浜急行の線路沿いの道を横浜市に向かって走っていた。
 時速三〇〇キロ強のスピードで飛行するナイトハウンドは、白いバンを追う渡辺からの連絡を受けながら飛び続け、午前一時五十五分、横浜横須賀道路と京浜急行線が交差する付近の道路で目標を捕捉した。
 鮫島が雇った男たちが口を動かした。
「畜生! ナイトハウンドだ」
「びくつくなデブ、こっちには人質がいるんだ」
「ボス、どうするんだ」
 助手席に座る鮫島は答えた。
「当初の脱出経路は使えない。ひとまずどこかに籠城するしかないな」
 ハンドルを握る太った男が言った。
「でもよボス、籠城なんかしたらSOPの思う壷だぜ。やつらは人質救出のエキスパートなんだ」
「俺はお前たちをCQBの得意な奴らと聞いて雇ったんだ」
 後ろの席で長髪の男の傷を手当していた眼鏡の男が尋ねた。
「それじゃ、ボスはSOPと初めから戦う気で」
「まあ、ある程度は予想してた。とにかく、今は戦うことだけを考えろ。脱出方法は俺が考える」
 長髪の男は銃を沢木たちに向けながら、不敵な笑みを浮かべて言った。
「へへっ、おもしろくなってきたぜ」
 バンの後ろ―荷台部分に座らされていた沢木と人美は、小さな声で話していた。
「沢木さん、私たちどうなるの?」
「大丈夫、私の仲間が動いてくれている、それにSOPも。きっと助かるさ」
「でも、一人は撃たれたわ。あの人は大丈夫かしら」
「撃たれたのは脚だ。早期に治療を受ければ心配ない」
「本当?」
「ああ。とにかく、チャンスを待つんだ、いいね」
「はい」
 沢木は思った。
 人美はなぜ力を使わないんだろう? 今以上に危機的状況に陥らないと力を発揮できないのか? あるいは…… まあいい―しかしまいったなぁ。あんなに銃を撃たれて、ピアノは大丈夫だろうか?
 人美も考えていた。
 力を使えば…… でも、コントロールできるかしら? 悪い人でも人間だわ、缶や花瓶のようにするわけにはいかない、そしたら私は人殺しだもの。どうしよう―でも、なんか沢木さんは落ち着いてるなぁ。怖くないのかなぁ?……
 二人がそんなことを思っている時、地図を見ていた鮫島は突然沢木に質問した。
「エアステーションの滑走距離を教えろ」
「なぜ?」
「貴様死にたいのかっ! 余計なことを言わずにさっさと答えろ!」
 鮫島が大声を出すと人美はビクっとした。それを感じ取った沢木は答えた。
「離陸が九六三メートル、着陸が八九〇メートルだ」
「航続飛行距離は!」
「三五五八キロ」
 二つの答えを聞いた鮫島はほくそ笑みながらつぶやいた。
「ふふっ。余裕だな」


 白いバンは時速一〇〇キロ近いスピードで、国道一六号線を南下し始めた。バンの約二〇メートル後方には渡辺の乗るスカイラインが、そして、上空にはナイトハウンドが、それぞれ白いバンを追跡していた。
 星が搭乗するナイトハウンドの正式名称は、相模MD/AH93Jといい、これは相模重工がアメリカのマクドネルダグラス社の技術協力を得て開発したSOP仕様のヘリコプターである。一九九四年から陸上自衛隊にも導入され始めたナイトハウンドの任務は、SOPの作戦行動時の情報収集、管制などであり、防弾加工された黒い機体に赤外線暗視装置、高感度指向性マイク、サーチライト、コンピューターなどの近代装備が施されている。最大速度三一二キロ、航続距離三六八キロのスペックを誇るナイトハウンドには、パイロットとオペレーターのほか、SOPの隊員四名(つまり一班)が搭乗できる。
 星は現場に車で急行中の里中に無線連絡した。
「こちら131。271聞こえますか」
 里中が応答した。
「こちら271」
「目標は国道一六号線で進路を南に変更、横須賀方面に向かっています」
「13はどうしてる」
「アラート1でスタンバイしてます」
「了解」
 里中は思った。
 横須賀方面だと。鮫の奴どこへ行く気だ?

 
続く…