【案内】小説『エクストリームセンス』について

 小説『エクストリームセンス』は、本ブログを含めていくつか掲載していますが、PC、スマフォ、携帯のいずれでも読みやすいのは、「小説家になろう」サイトだと思います。縦書きのPDFをダウンロードすることもできます。

 小説『エクストリームセンス』のURLは、 http://ncode.syosetu.com/n7174bj/

2010年1月31日日曜日

昨日のTwitterより

業務にはストック系とフロー系の2種類がある。ストック系とは、商品情報を参照するというようなユースケース。フロー系とは、受注から出荷までの流れを管理するというようなユースケース。
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ストック系の業務は、非定型な業務である可能性が高い。例えば、商品情報を参照するというようなユースケースは、業務の様々なシーンで要求されると思う。
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また、ストック系の業務の特徴として、細かな要求が変化しやすいことがあげられる。例えば、レポートに関する要求は、報告する相手やシーンによって異なることが多い。
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仮に、ストックされた情報を様々な条件で抽出し、加工していくことをBI( Business Intelligence )とした時、BIの業務の性質はストック系であり、固定された仕組みでは多様な要求に答えきれず、陳腐化してしまう可能性が高い。
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そこで、私はストック系の業務に対しては、なるべくコストをかけずにIT化すべきであるとの方針をとっている。
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ストック系の業務を低コストで実現するための手段として、Microsoft OfficeのInfoPathがある。データ構造やそれに対するCRUDがそれほど複雑でないのなら、ソリューションの候補として有力と思うのだが、あまり活用されている例を知らない。
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InfoPathによって安価に構築したソリューションであれば、もしも陳腐化したとしても、ためらわずに捨ててしまうことができるかもしれない。逆に、管理項目の増加によりデータ構造が複雑化したり、アクセス制御を細かに設定する必要があるのなら、何らかのDBに移行してもいいだろう。
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我が社では、基幹業務のデータはSQL Serverに格納されている。これを再利用しようとするならば、SQL Server + Excelの組合せも、大変安価にストック系の業務を実現してくれる。
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いずれにしても、ストック系の業務にはできるだけ既存資源を活用し、手間をかけずに早く、安く、要求を実現し、PDCAサイクルによってソリューションを進化させていくことが重要であると感じている。
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このような考えを持っている時に、新たなシステム要求が出現した。当初は手組みで開発しようと考えていたのだが、要件開発を行ってみると、ほとんどがストック系の業務であることが明らかになり、また、フロー系の業務もそれほど複雑なものではなかった。となると、手組みで開発することは疑問だ。
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そんな時、Salesforceと出会った。存在は知っていたが、ここでの出会いとはトライアル版を評価することである。その結果、Salesforce CRMには、ほとんどのストック系業務がフィットするのではないかという仮説を得た。そして検討の結果、昨日Salesforceと契約した。
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Salesforceがどれほどの価値をもたらすのかは、やはり実際に業務に使ったところを自分自身の目で確かめなければ分からないが、私の思想にフィットする可能性は、他のソリューションよりも相対的に高いと考えている。
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私がSalesforceを選んだ理由は以上であり、クラウド・コンピューティングというキーワードは背景でしかない。それは、例えば相対的に安価なソリューションである理由のひとつが、世界的規模で資源をシュアしている結果であることなどである。

2010年1月29日金曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(28)

 時がさかのぼること午後三時過ぎ、葉山の本部はひっそりと静まり返っていた。人美を巡る議論は底を突き、誰もが精神的疲労を感じ、口を開くことすら億劫というような状態だった。誰かがポンと答えを渡してくれたならどんなにか楽だろう。しかし、彼らは自分自身の手で答えを探さなくてはならないのだ。なぜなら、彼らは開拓者であり、冒険者であるから―
 その静けさを打ち砕いたのは電話のベルだった。
「もしもし、相馬です。分かりましたよ、ついに!」
 秋山の取った受話器から、相馬の勢い勇んだ声が飛び込んできた。
「ちょっと待ってください。沢木さんと替わります」
 彼女は沢木に「相馬さんからです」と告げ、外部スピーカーとマイクのスイッチを入れた。マイクに近寄った沢木が言った。
「沢木です。何か分かりましたか」
「つながりましたよ。見山と溺死体」
 スピーカーの前に集まって来た沢木組の面々がどよめいた。
「彼女を救った男の一人を見つけたんです。その人は海の家の経営者で、その時のことをよく覚えていましたよ。なんせ、少女を救うなんてことは、彼にしてみればちょっとした英雄伝ですからね」
「でっ! 確認は? 間違いないんですか!?」
 沢木が問い質した。
「ええ、写真で確認しました。見山のことも、友達の泉でしたっけ? それから溺死した男二人、すべて顔を確認できました」
 岡林が思わずつぶやいた。
「すっげぇー」
「念のため、その時いた別の二人にも面通ししてもらったんですが、結果は同じです。あの日見山人美を襲ったのは、海で死んだ男たちだったんですよ」
 沢木は唇を噛み締めた。なんてことだろう。予想していたこととはいえ、ショックは隠せなかった。これはもう偶然の域を越えている。偶然の域を…… やはり彼女は……
「もしもし、もしもし……」
 相馬の呼びかけに答える者はしばらくいなかった。皆、沢木と同じ衝撃を味わっていた。ややあって、ようやく沢木が答えた。
「ああ、すみません。どうもご苦労様でした」
「いえいえ。それじゃ、私の任務はこれで終わりましたから―ほかに何かありますか?」「いえ、もう十分です。元の仕事にお戻りください」
「分かりました。それじゃあ、本社に取り敢えず戻りますので、失礼します」
「はい。本当にお疲れ様でした」
 電話がとぎれた後も沈黙の時間は続いた。それぞれが思い思いの場所に座り、直面した事実をどう受け止めたらいいものか苦慮していた。ある者は単なる偶然と思っていた。しかし、偶然がもたらすことにも限界がある。もはやサイ・パワーは確実のものなのか? そういぶかっていた。またある者は最初からそれを信じていたが、いざ自分がそれに接しているのかと思うと、何ともいえぬ恐怖心が湧きあがってくるのだった。そしてまたある者は、偶然であろうとサイ現象であろうと、そのことを人美という少女が知った時、彼女は一体どうなるのだろう? あるいは彼女はそれを意図的に行使しているのだろうか? そんな思いで不安になっていた。だが、誰の心にも、答えとなるべきものはみいだせなかった。そして心の中は曇り、不安、恐怖、疑問、迷いが駆け巡り、そうしたそれぞれの思いが、彼ら―沢木、秋山、片山、岡林、松下、桑原―を不思議な空間へと送り込んだのだった。
 そのころ、人美は自室のベットの上で服を着たまま眠っていた。彼女の意識下の恐怖心と、無意識下の眠りへの欲求が互いに激しくぶつかり合い、ついに欲求が勝利したのだ。安らかな寝息をたて、死んだように、深く、深くと眠りの中へ、自身の心の中へと導かれていくのだった。そして、彼女の眼球がピクピクとうごめくレム睡眠を迎えると、精神は肉体を離れ、自分を見つめている者のもとへと旅立った。
 沢木たちの沈黙はその声によって破られた。時間が止まり外の世界と隔離され、彼らのいる場所は現実世界から脱した異次元空間のごとく、異様な空気が渦巻いていた。音はなく、ただその声が聞こえるだけだった。
「あなたたちはだーれ?」
 秋山の口から発せられたその声音は、優しいそよ風のように繊細で、少女の純真な心を物語るかのような、甘く切ない問いかけだった。
「えっ!?」
 沢木は突然の問いかけにはっと我を取り戻し、声のほうを向いた。
「どうして私を見つめるの?」
 皆、息を飲んだ。彼らに問いかけるその声音は、秋山から発せられてはいるものの、彼女の声ではないことに既に皆が気づいていた。それは彼女に乗り移った何かだった。
「ねえ、誰なの?」
 秋山の身体を借りた何かは、執拗に彼らを問い質した。沢木は彼女に歩み寄ろうとしてて突き進んだが、その行く手を「話しかけないほうがいいわ、多分」という桑原の言葉に阻まれた。
「どうして答えてくれないの? 答えもしないのに、どうして私に構うの?」
 秋山は鋭い視線で沢木を見つめながらそう言ったが、誰も答える者がないと知ると、もの悲しげな表情を浮かべ涙を流し始めた。その表情にいたたまれなくなった沢木は、ついに言葉を投げかけた。
「人美? 君は見山人美さんだろう?」
 秋山の顔をした人美は答えた。
「ええ、そうよ」
 その瞬間、沢木を除く者たちは身震えした。もはや偶然という逃げ場はなくなり、サイ現象は実在する、という事実のみが示された。―ええ、そうよ―その一言が証明したのだ。それは、発見の喜びや遭遇の興奮という感情の前に、ただただ驚愕させるだけの事実であった。しかし、これは沢木には当てはまらなかった。彼の心の奥深くで固まりつつある探究心と人美に対する想いは、この事実と遭遇したことによってより増強され、彼の行動を支配した。彼女を知りたい、そして守ってやりたい……
 人美は暇なく言葉を続けた。
「やっと答えてくれたのね。あなたは誰?」
 沢木はソファに座った人美の前まで近づくと、その前にしゃがみ込んで名乗った。
「私は沢木聡」
 人美は涙を流すのを止め、頬を流れた滴を手のひらでぬぐいながら言った。
「そう、沢木さん。私をずっと見ていたのは、あなた?」
「そうだよ」
「そうだと思ったわぁ。ずっと前から意識してたの、あなたの視線を」
「ずっと前って、どのくらい?」
 彼女はかぶりを振りながら言った。
「だめよ、質問するのは私よ」
「そうだね」
 沢木はにっこりと微笑み答えつつも、何ともいえぬ不思議な気分に包まれていた。今、自分は何の抵抗もなく、こうして人美の精神と会話している。一度も会ったことのない彼女と、一度もしたことのない方法で。目の前で起こっているサイ現象を、これほど無垢な状態で受け入れている自分の心理とは何なのだろう。そんな気分だった。彼は自身の心の奥底にある、行動を支配するものを意識下で理解していたわけではなかった。
「なぜ私を見つめるの?」
「答えに困るな」
「どうして?」
「自分自身でもよく分からないんだよ、どうして君を見ているのか。でも、君には非常に魅力的な―そうだなぁ、一種の才能がある。それを見届けたいと思っているのかも知れない」
「才能? どんな?」
「……」
 答えに苦慮する沢木を見て取った人美は、もういいわ、と言うかのように微笑むと、新たなるテーマを彼に示した。
「ねえ、あなたが怖いものはなーに?」
「私に怖いものなんてないさ」
 決して嘘ではない答えだった。彼は八年前にとても愛していた女性を失って以来、自分は過去の夢の惰性で生きている、という観念が頭を支配し、もはや怖いものなど何もない、得るものはあっても失うものは何もない、とずっと思っていた。
「本当?」
「ああ。私はとても大切なものを既に失ってしまっている。そのことに比べれば、もう怖いものなんてないよ」
「それは違うと思うわ。だってあなたには…… 止めとくわ」
「気になるな」
「自分で考えるのね。他人が口を挟むことじゃないから。それと、あなたは多分私と一緒、自分自身が怖いと思うわ」
「自分? よく理解できない。なぜ君は自分が怖いの?」
「私の心の中には何か別のものが棲んでいるのよ。それがとても怖い夢を見せるの。もしかしたら、私の知らないところで悪いことをしているのかも……」
 人美は視線をふっと下に落とすと、息を深く吸い込みながら天井を見あげた。沢木はその仕草から、彼女が抱く恐れや不安に対する思い込みの程度を見て取った。
「ねえ、見山さん」
「人美でいいわ」
「じゃあ、人美さん。一緒に互いの恐怖を取り除こうよ」
「それは無理よ」
「どうして?」
「だって、あなたは恐怖を自覚してないもの」
「教えてくれないかい?」
「だめ、さっきと一緒。自分で考えるのね―とにかく、私に構うのはもうやめて。じゃないと…… じゃないとあなたはひどいめに遭うわ、きっと」
「どんな?」
「自滅するわ」
 沢木は十分に言葉を選んだつもりで尋ねた。
「死ぬ、ってこと?」
「そんな感じかもね―私、もう行くわ。二度と会うことはないと思うから…… さようなら」
 人美は去って行った。沢木は何度か彼女の名を呼んだが、答える声はなかった。彼女が抜けた秋山の身体は、彼に覆いかぶさるように倒れ込んだ。彼はそれを受け止め「秋山、大丈夫か!?」と叫んだ。すかさず松下が「そこに寝かせて!」と指示し、沢木は秋山をソファに寝かせた。松下は秋山の首に手を当て脈を取り、呼吸数を数え、ペンライトで瞳孔の動きを確認した。その間、こんな怒号が飛び交った。
「もう止めたほうがいいよ。彼女は悪魔だ!」
 岡林の叫びを受けて片山が言った。
「そんな言い方は止めろ!」
「じゃあ、なんて言うんだよ!」
「そんなこと知るか!」
「分からないで偉そうなこと言うなよ!」
「何だと!」
「無責任だよ!」
「じゃあ、ここでやめることが責任あるって言うのか!? ええ!」
 それを止めたのは桑原だった。
「うるさい! 黙って!」
 ペンライトの光を消しながら松下が言った。
「大丈夫、気を失ってるだけだ。だが念のため、明日にでも精密検査を受けさせたほうがいいだろう」
「上で休ませましょう」
 桑原がそう言うと、沢木は秋山を両腕で抱き上げ、二階に向かって歩き出した。
「どうするんだよ、一体?」
 岡林が震えながら、誰に言うともなくそう尋ねた。
「うろたえるんじゃない」
 片山にそう言われた岡林は、再び声を荒げた。
「うろたえて悪いのか! ただごとじゃないんだぞ! 人美は沢木さんが死ぬって言ってるんだぞ!」
 今度は松下が制した。
「止めろ! 二人が争うことじゃない。とにかく、秋山君が意識を取り戻したところで、みんなで今後のことを話し合おう」
 秋山を抱き抱えた沢木は、怒鳴り合った二人のほうを振り返って言った。
「片山、岡林、すまない」
「……」
「片山、観測機材の電源を切ってくれ。それから、ウッドストックを呼び戻してくれ」
 それだけ言うと沢木は二階へと上って行った。
 二階の仮眠室にたどり着くと、沢木は秋山を簡易ベットの上に寝かせ毛布を掛けると、彼女の顔が近くに見える位置にあぐらをかいて座った。そこへ桑原が入って来て、彼の隣に座ると尋ねた。
「終わりにするんですか?」
 沢木は秋山を見つめたまま答えた。
「いいえ、止めません。人美の顔、見たでしょう。彼女は誰よりも怯えてる。このまま放り出すわけにはいきませんよ、絶対」
「そうね、基本的には賛成よ。私もこのままでは引き下がれない思いだから。でも、あなたは彼女に警告されたのよ。これ以上は危険かも知れない……」
「私はねぇ、桑原さん。どんな問題にでも必ず解決方法があると確信しているんです。今はその方法を思いつきもしませんが、絶対にある、そう信じてるし、また、それを見つけなければいけないと思ってます。今ここで彼女を一人にしてしまったら、彼女のほうこそ自滅してしまうような気がするんです。私はそんなことは嫌なんですよ。彼女を守ってやりたい。もしも私に怖いものがあるとすれば、彼女がそうして自滅してしまうことですよ」 桑原はそれに対して何も言わなかった。しかし、心の中ではこんなことを彼に話しかけていた。
 あなたにとって怖いもの、人美がさっき言いかけたことは、多分そういうことじゃないと思うんだけど。もっと別のものを、あなたの深層心理は恐れているんじゃないかしら

続く…

2010年1月27日水曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(27)

 鮫島守の頭は疑問で一杯だった。なぜSOPが? なぜあんなに早く里中が? 大平が刺したのか? いや、例えそうだとしても、一般警官ならともかく、やって来たのは里中だ。木下を殺ったのが俺の仕業とかぎつけたのか? それも違う、そんなはずない。だとしたら…… プロメテウスの情報漏れ―それならSOPが動いていることもうなずける。ならば、川崎工場は……
 鮫島は都内の雑居ビルに用意された自分の隠れ家で、そんなことを考えていた。撃たれた傷―彼にしてみればほんのかすり傷程度。事実軽傷だった―からは今も血がにじみ出ていたが、彼は長い間の経験で身に付けた精神力により、それを神経から切り離すことができた。肉体的な苦痛をコントロールすることなど、彼には容易いことだった。
 鮫島は高校を卒業すると陸上自衛隊に入隊し、そこで戦士としての基礎を学んだ。しかし、自衛隊での生活は、あらゆることに関して欲求不満のもととなった。駐屯地での生活、間抜けな上官の怒号、現実感のない戦闘訓練、不完全燃焼の肉体、愚痴ばかりこぼす同僚、あいまいな自衛隊の位置付け、偽りの平和に戯れる危機感に欠ける国民、政治の不誠実。そうした彼の不満は日を追うごとに累積し、ありあまる力を思い存分開放できる場所を求めさせた。
 数年の後、彼はフランスに渡り、そこで外人部隊への入隊を志願した。訓練を終え、初めて派遣されたのはアフリカだった。彼の戦士としての類稀なる才能は確実に開花され、水を得た魚のように生き生きと、活力にみなぎり、そして誰よりも強く勇ましかった。
 彼は戦いの中からある種の信念―政治的でもあり、宗教的でもあった―を見出した。それは、「この世の中には卑劣にして強大なる権力が存在し、多くの善良なる民を迫害、弾圧し、己の力と私腹を固持せんとしている」という観念であり、「間違った思想には力を持って対抗しなければならない」という答えだった。その確信を得てからは外人部隊を離れ、ある時は共産主義と闘う人々と、またある時は国粋主義と闘う人々と、そしてまたある時は迫害される少数民族とともに闘った。しかし、彼なりの理想の達成の道は険しく、多くの壁が立ち塞がった。また、行く度にも積み重ねられた狂気の世界―暴力と破壊、死、混沌、野心、憎しみに包まれた世界―での生活は、次第に彼の心を狂わせた。いつしか彼の信念は彼自身の手によってねじ曲げられ、金で動く殺人マシーンへと変貌していった。
 鮫島が日本に戻って来たのは四年前、一九九一年の十一月の寒い冬のことだった。久しぶりに日本を見た彼は思った。この世の中に、まだこんな陳腐な平和を携えた国があるなんて、と。
 彼が帰国したのは、日本のある組織に雇われたためだった。その組織は〈民の証〉と称する右派系テロ組織であり、“民族の独立”というスローガンのもと、天皇の立憲君主たる地位の改善、憲法の自主制定、左翼思想の非合法化、日米安保条約の解消と自衛隊の正規軍化、他民族の排除など、テロを持ってこれらを現体制に訴えた。
 〈民の証〉を形成するのはテロリストだけではなく、政治団体、企業、マスコミ、新興宗教団体などの一部も加わっていた。中でも改元党と称する政党は、〈民の証〉の後押しを受けて誕生した政党であり、一九八五年から高まりをみせたナショナリズムの波に乗って、その年の総選挙で八議席を奪ったのを皮切りに、一九八七年には十五議席を得て、さらに一九九一年には二十六議席を有する野党第二党にまで昇りつめた。その間、テロに関与していること、〈民の証〉の支援を得ていることなど、黒い噂は絶えずささやかれたが、ナショナリズムをくすぐる彼らの問いかけに、多くの有権者が票を入れていったのだ。
 このような当時の背景の中、鮫島は金に操られるがままに、与党のリベラル派の旗手である代議士と共産主義政党の党首、現体制に影響力を持つ実業家二人、計四人を暗殺し、さらに在日米軍基地に対する爆破テロ(死者十四名、重軽傷者三十一名)、有力企業の社長の誘拐など、悪の限りをし尽くしたのだった。
 しかし、鮫島や〈民の証〉、改元党の栄華も長くは続かなかった。彼らに執拗に迫ったのが、SOP第二セクションの捜査官、里中涼だった。彼の追求は鋭く的確であり、一九八七年のSOP創設以来、一九九三年までの六年間に、〈民の証〉の指導者二名をテロ対策法違犯の罪で、改元党の代議士と大手出版社の週刊誌編集委員をテロ扇動の罪で、さらにテロの実行犯数名を逮捕した。また、SOP第一セクションの活躍もあいまって、国内右派系テロ集団は壊滅に近い打撃を被り、一九九三年の総選挙では、改元党は六議席と惨敗した。が、里中の最大の目標は鮫島だった。
 里中は、SOP第一セクション一個小隊を率いて、鮫島のアジトと目される場所に踏み込んだ時、思わず絶句した。鮫島はその時既に海外へ逃亡した後だった。
 それから二年、鮫島は再び帰って来たのだ―
 鮫島はベットに横たわりながらつぶやいた。
「確かめてみるか……」
 彼は銃による傷を自ら治療した後、かつら、口髭、眼鏡を用いて変装し、相模重工川崎工場へと向かった。途中で車を一台失敬し、千鳥橋から川崎海底トンネルへと抜ける道路を走る車の車窓から、川崎工場を守るSOPの隊員を確認したのは、午後六時過ぎのことだった。
 やはり獲物はばれていたようだな。どうやらどこかに切れ者がいるらしい


 そのころ里中はというと、西岡とともに大平勇一をSOP本部に連行し、数時間に渡る取り調べを行っていた。
 プロメテウス計画は国防に関する最重要機密であり、それを漏らした大平には、“国家の安全保障に関する情報を漏洩した罪”が適応されてしかるべきだった。しかし、SOP総括委員会の意向により、彼は夕飯時には自宅に帰ることが許された。なぜなら、大平を罰するための裁判が行われれば、プロメテウス計画が公になってしまうからだ。また、相模重工も、彼を企業秘密漏洩のかどで告訴することはなかったが、理由はこれと同じである。だが、彼はその日をもって相模を解雇され、その数カ月後には一家そろって彼の生まれ故郷である岩手県に帰ったと噂された。
 中途半端な正義感を持つ者ならば、大平に対するこのような措置を許しはしなかっただろう。しかし、里中はそれを黙認し、彼を自宅まで送り届けてやった。大平は車を降りる時、里中に向かって不安げに尋ねた。奴はまた私を狙うでしょうか、と。里中は、父を迎えに飛び出して来た少女に微笑みかけながら答えた。「もう大丈夫だよ」と。そして大平に向き直ると、「奴も私と一緒でね、小者には興味がないんですよ」と言いアクセルを踏み込んだ。
 里中と西岡を乗せた車は、鮫島の陰を追って夜の街へと走り去って行った。

続く…

2010年1月23日土曜日

要求関係モデル

 現在、来期の行動計画を策定中ですが、今年は要求の関係に着目して計画を練っています。
 今までは、私が社にとって必要だと考えた要求を、コスト削減や生産性向上などの一般的な価値として、定性的に、あるいは定量的に表現してきました。しかし、一般化された価値では、ステークホルダー間で共有がスムーズにいかない場面があり、計画の確定、予算の承認までに時間を要することがあったのです。
 そこで、今回はステークホルダーの1人ひとりに、具体的な価値を示すことを目的として、要求の関係を整理することにしました。

 まず、予算編成方針などから経営層の要求であるトップダウン要求を洗い出します。次に、私の要求をピックアップします。そして、下図のように、トップダウン要求を実現するのはボトムアップ要求である、という関係が成り立てば、ボトムアップ要求には妥当性があり、経営層にとっても価値ある要求である、という関係が成り立ちます。また、私はボトムアップ要求の出所を説明しやすくなり、経営層は理解しやすくなる考えられます。

 しかし、ボトムアップ要求がトップダウン要求に直接結びつかないことがあります。例えば、次のようなケースです。
  1.  トップダウン要求: 経常利益を○○億円以上にする。 
  2. ボトムアップ要求: 不用なPC等を廃棄処分する。
  不用なPC等の廃棄は必要なことであり、そのための予算が必要ですが、このままではトップダウン要求に対する妥当性が説明できません(「当たり前」であるとか「常識」は、要求同士の関係を何も説明していません)。
 そこで、下図のように要求と要求を接続するためのブリッジ要求を見つける必要があります。これを見つけることができれば、それぞれの要求は次のように文章化できます。



  1. トップダウン要求は、ブリッジ要求を内包し、ブリッジ要求はボトムアップ要求により実現される。
  2. ボトムアップ要求は、ブリッジ要求を実現し、ブリッジ要求はトップダウン要求に含まれる(または、実現する)。
 先の例も、ブリッジ要求を加えることで関係を整理できます。

  1. トップダウン要求:経常利益を○億円以上にする。
  2. 【ブリッジ要求:コストを削減する。】
  3. 【ブリッジ要求:無駄を排除する。】
  4. ボトムアップ要求:不用なPC等を廃棄処分する。

  このような手法により、情報システム部門として来期必要なすべての要求を整理したものが、下図になります。

 ブリッジ要求は、単に要求同士を橋渡しするだけでなく、管理層の要求に結びつくことが考えられます。したがって、要求関係モデルを作成することは、経営層、管理層、実務層のそれぞれに、全体整合のとれた価値を提供する可能性を高めます。もちろん、システム開発の要求分析にもこの手法は適用できます。


*上図から一部を抜粋し、具体例を示します。


 黄色で示したボトムアップ要求は、ブリッジ要求として性質を合わせ持っているため、このような位置に表現しています。
 「サーバー更新」というのは、保守期間の終了により自然発生するボトムアップ要求です。しかし、トップダウン要求は「利益目標の達成に繋がる投資を積極的に検討すること」ですので、単純にリプレースするのではなく、そこに投資対効果を高めるためのアイデアが要求されます。そこで、「サーバー更新」とトップダウン要求のふたつに答えるために、「仮想化技術の導入による所有コストの削減計画」というブリッジ要求を加えています。

  1. トップダウン要求「経常利益を○○億円以上にすること」は、トップダウン要求「利益目標の達成に繋がる投資を積極的に検討すること」を内包する。
  2. ボトムアップ要求「サーバー更新」は、トップダウン要求「利益目標の達成に繋がる投資を積極的に検討すること」の検討要素である。
  3. ブリッジ要求「仮想化技術の導入による所有コストの削減計画」は、上位要求を満たす要素である。
  4. ボトムアップ要求「仮想化実験」は、ブリッジ要求「仮想化技術の導入による所有コストの削減計画」を実現するために必要なプロセスである。
  5. ボトムアップ要求「次期ITインフラストラクチャー」は、上位要求を実現する。

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(26)

 神奈川県の三浦海岸にある海の家の座敷で、情報管理室の相馬はふて寝をしていた。彼は先週の月曜日から今日を含めた九日間を、三戸海岸で溺死した二人の男の足取りを探るべく捜査に費やしてきたのだが、これといった情報は何も得られず、連日を炎天下にさらされて、いい加減嫌気がさしてきたところだった。彼のすぐ脇の卓袱台の上にはビールの空き缶が二缶と、食べかけの枝豆が置かれていた。
「お客さん、お客さん!」
 バイトの若い女性が言った。
「何か鳴ってますよ、電話じゃありません?」
 彼は目を覚まし、「ああ、すまない」と言いながら携帯電話機を耳に当てた。
「もしもし、沢木ですが」
「ああ、こりゃどうも。あいにくまだ何も掴めてませんよ」
「こちらで有力な情報が得られました。二人の溺死体があがった日、人美は長浜海岸に友人の泉彩香と遊びに行っています。その帰り道、海岸近くの公園で二人の男に襲われかけたところを三人の男性に助けられています」
 彼は沢木の説明を聞きながら、目を完全に覚ましていった。
「そうか! 分かった。すぐに長浜海岸をあたってみる」
 彼はおもむろに靴を履くと、勢いよく海の家を飛び出そうとした。しかし、行く手をバイトの女性に阻まれた。
「お客さん! お勘定、まだなんですけど」


 相馬が海の家で勘定を払っているころ、渡辺、里中、西岡の三人が乗った車は、大平の自宅にまもなく到着しようかというところだった。
 地図を見ながら助手席に座る渡辺が言った。
「次ぎの角を左に曲がって一〇〇メートルほど行った右側だ」
 西岡はハンドルを左に切り、その角を曲がった。その時、「止まれ」と渡辺が指示した。「どうかしました?」
 後部席にいた里中の問いに、渡辺が前方を指差しながら答えた。
「あのタクシー」
 見ると、タクシーから大きな書類ケースを持った男が、足早に近くの家の中に消えていった。
「大平?」と里中が聞くと、渡辺はうなずいた。
 西岡が言った。
「さてと、どうしますかね。あのようすじゃ、中に誰かいそうですよ」
 次いで渡辺が―
「木下を殺った奴かもな」
 里中は―
「可能性は大ですね。大平が川崎から何を持ち去ったかは知りませんが、自身の意思での行動ならば、もっと計画的に行動したはずだ。押し込み強盗よろしくSOP隊員をねじ伏せて、急いで自宅に帰って来たところを見ると―こりゃ、物騒なお客がいそうですよ」「大平には妻と娘がいる。人質に捕られているかも知れん」
 渡辺がそう言った後に、西岡が言った。
「お客は複数かも知れない」
 里中は頭に手をあてがいながら言った。
「まいったなー、第一セクションの連中を連れてくりゃよかった―ああ、忘れてた。ここに一人いる」
 里中は渡辺の顔を見ながら尋ねた。
「こういう場合、どういう戦術をとります?」
 渡辺は答えた。
「とにかく状況を把握しないことには。まずは偵察だな」
「そうですね」と言いながら、里中は懐からSOP正式採用銃であるベレッタM92Fを取り出し、それを渡辺に渡した。
「これは渡辺さんが持っててください。大丈夫ですね」
 この“大丈夫”という言葉には、里中の渡辺に対するある想いが込められていた。彼は渡辺がSOPを辞めた理由を知っている。あの敗北に喫した人質救出作戦の際、その舞台となったテロリストのアジトを突き止めたのは里中だったからだ。そして今、大平の娘が人質に捕らわれているかも知れないのだ。
 渡辺と目と目を合わせた里中は、やや口調を明るくして続けた。
「私はろくに射撃訓練も受けてないですから」
 西岡もそれは踏まえたうえで、「いいのか? 今は民間人だぞ」と言った。
「俺が持っているよりはましだ」
「しかし、万が一のことがあったら」
「その時はお前がやったことにするさ」
 西岡は苦虫を噛み潰したような顔を里中に見せながら、自分の銃のスライドをカチャリと引いた。
「心配するな、腕は衰えていないよ。多分……」
 そう言いながら渡辺は車を降りていった。
「聞いたか? 多分だぞ、多分」
 里中は西岡の言うことを無視して言った。
「ささっ、行った行った」
 三人は大平の家へと歩き始めた。


「ご苦労だった」
 木下を殺った男は満足げに言った。ダイニングのテーブルの上には大平の持って来た資料が広げられ、椅子に座らされた娘に覆いかぶさるようにして、男はそれを眺めていた。「約束は果たした。さっさとこの家から出て行ってくれ」
 男は薄ら笑いを浮かべて言った。
「よし、いいだろう。ただし、俺がここに来たこと、お前に資料を持って来させたこと。そういったことをサツにばらしてみろ。例え俺が捕まろうと、俺の仲間が必ずお前たちを殺しに来るだろう。分かったな」
「ああ、誰にも言わん、約束する」
「では、お前は女房の隣に座れ。娘は勝手口を出たところで放してやる。それまでそこを動くんじゃないぞ」
 男は娘を抱き抱えると、ナイフをその頬に当て、後退りをしながら部屋を出て行った。 その途端、大平と妻の座るソファの裏にある、庭につながる大きな窓は音もなく静かに開いた。気配を感じた大平は、振り向きざまに思わず声を発しそうになったが、それよりも早く、飛び出した里中が彼の口をふさぎ、SOPの身分証明書を見せ、じっとしているようにと動作で指示した。やや遅れて西岡も入って来た。西岡は銃を抜き、足音を消して男が出て行った廊下のほうへと進んだ。一方、勝手口近くの裏庭にいた渡辺は、里中からの無線により男の接近を知り、側にあった物置の陰に銃を構えて身を忍ばせた。
 勝手口の前にたどり着いた男は、そのドアを開け、外のようすをうかがった。人の気配はない。男は娘を下ろすと、口をふさいでいたガムテープをはがし、ロープを解いてやった。娘はしばらく男をじっと見ていた―それは憎しみが半分と、拘束から解放してくれたことへの感謝の気持ちが半分だった―が、「行け!」と怒鳴られると、父と母の待つ部屋に向かって駆け出した。男が外へ出ようとした時、「あぁー!」という娘の悲鳴と、「ドタッ!」という音が男に聞こえた。部屋の入り口に隠れていた西岡に、娘がぶつかり転んだのだ。西岡は娘の足を引っ掴むと強引に部屋の中に引きずり込み、銃を構えて「SOPだ! 動くな!」と叫んだ。しかし、男は既にイングラム(小型の機関銃)を構えていた。彼は胸にガムテープでそれを止めていたのだ。シュシュシュシュシュシュッ―とサイレンサー付きのイングラムは音を発し、「バキバキバキ……」と廊下の突き当たりの壁に穴を開けた。とっさに身を隠した西岡は、銃声がとぎれたのを期に、部屋から身を乗り出して銃を撃とうとした。しかし、男は勝手口から外に出ていた。
 男は渡辺の目の前に飛び出して来た。渡辺は物置越しに銃を構え「これまでだ!」と叫んだが、男の反応は極めて早く、彼に向けてイングラムを乱射した。彼も身を隠しながら二発撃ち、このうち一発が男の左腕に当たった。「ううっ」と身を屈めた男に、西岡が素早く飛び掛かった。渡辺もすぐに西岡に加勢した。だが、男の力は一八〇もの背丈と屈強な肉体を誇る二人を持ってしても制することができなかった。男は背中にまとわりついた西岡を背負い投げにし、近づいて来た渡辺に回し蹴りを放った。が、渡辺はこれを両手で受け、掴んだ男の脚を手前に思い切り引き、男の身体にしがみついた。そして男の目開き帽に手を伸ばし、それをはぎ取った。
 勝手口まで来ていた里中は、その男の顔を見た途端一瞬息が止まった―そんな!―が、すぐに叫んだ。「鮫島っ!」―木下を殺った男―鮫島は、ナイフで渡辺の腕を切りつけ、立ち上がろうとした西岡の顎に蹴りを入れ、さらに催涙ガスのスプレーを撒き散らしながら庭の弊を乗り越えて逃走した。渡辺も西岡もこれを追おうとしたが、催涙ガスによる涙と痛みで視界を奪われ、それを阻まれた。里中はやや遅れて―あまりにも意外な人物の顔を見たためにすぐに動けなかった―弊を飛び越え追跡を試みたが、鮫島の姿は既に消えていた。彼は拳を握り締め、怒りの表情をあらわにした。これほどまでに感情を高ぶらせたのは、鮫島という男が里中にとって、これまでで唯一取り逃がした獲物だったからだ。
 彼は無線で本部に連絡し、鮫島の手配及び鑑識を寄越すよう要請した。
 里中に近づいて来た渡辺は、ハンカチで目を押さえながら言った。
「あいつを知ってるのか」
「ええ。ちょうど渡辺さんが辞めたころから暗躍しだしたテロリストですよ。それも一流の……」
 よろよろと目と顎を押さえながら西岡も側に来て言った。
「奴は海外に脱出したんじゃ?」
「ひょっこり帰って来たんだろう。おふくろの味でも懐かしくなって……」
 里中は渡辺に向き直り続けた。
「渡辺さん、奴は非常に邪悪な男です。十分用心したほうがいい。それからお貸しした銃は、そのまま持っていて結構です。あなたの身を守るために」
「そんなに危険な奴なのか? 詳しく教えてくれ」
「ええ―しっかし、まいったなぁー」
 突然口調の変わった里中に西岡は尋ねた。
「何が?」
「鮫島を取り逃がしたことを恵里さんが知ったら…… 何て言うかなぁ……」
 川崎工場にいるSOPのエース、星恵里がくしゃみをしたのは午後十二時四十一分のことだった。

続く…

2010年1月19日火曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(25)

 居間のソファに座り、ただぼうっとして時を過ごしていた人美は、響き渡るサイレンの音にはっと我を取り戻した。時刻は八月十五日の正午ちょうど。サイレンは第二次世界大戦の犠牲者をしのぶものであった。ふと見ると、千寿子がダイニングルームのテーブルの側に立ち、黙祷をしている姿が映った。人美もそれに習い、黙祷を捧げた。
 サイレンが鳴り止み、人美は目を開けた。と同時に、千寿子の呼び声がした。
「人美さーん、お昼ですよ」
「はーい」と答えて食卓に着いたものの、食欲はあまりなく、食べ物を箸で突っ突くのが精一杯だった。
 向かいの席に着いていた千寿子が心配そうに尋ねた。
「食欲ないみたいね。まだ、昨日の夢のことを気にしてるの?」
 人美はうつむいたまま答えた。
「ええ、何だかとても気になって」
「そのようすじゃ、睡眠もろくにとってないんでしょう」
「ええ」
 千寿子はどうしたらよいのやらと思案しながらも、話しをしていれば少しは気分も変わるだろうと思い、「今までにも怖い夢を見たことがあって?」と尋ねた。
「はい、何回かはありますけど。こんなに続くのは初めてです」
「続く?」
「そうなんです。この家に来る前にも、昨日と全く同じ夢を何回か見ているんです。でも、彩香が心配して泊まってくれてからは、しばらく見てなかったのに……」
 人美は今にもべそをかきそうな顔をしていた。
「そう、それなら彩香さんに遊びに来てもらうといいわ。泊まってもらってもいいのよ、遠慮しないでね」
「ありがとうございます。でも、彩香、今日は用があって出掛けてしまって」
「あら、心細いわね…… それにしても、いつからそんな夢を見るようになったの?」
「七月の二十九日、日曜日の夜からです」
「まあ、よくはっきり覚えているわね」
「ええ、ちょっとやなことがあって」
「なーに、やなことって? もしかしたらそれが原因なんじゃないの、よかったら話してみて」
 人美は彩香と一緒に長浜海岸に遊びに行った帰り道、二人の男に襲われそうになったことを話して聞かせた。
「まあ、何てことでしょう。でも、大事にならなくてよかったわ、本当に」
 千寿子は人美の話しに驚きつつも、自分の推測を言ってみた。
「よほど怖かったでしょう。それがきっかけかも知れないわね」
「でも、そのこと自体はそれほど気にしてなかったんです―もちろん怖かったけれど、その後、彩香と一緒に笑い飛ばしてしまったくらいですから……」
「そう。でも、ほかに原因らしいものもないわけだし、専門的なことは分からないけど、トラウマ(精神的外傷)っていうの? それかも知れないわ」
 千寿子は沢木にこのことを伝えようと思った。


 葉山の本部では、出前の麺類や丼ものの昼食を摂りながら、沢木たちによる討議が進められていた。議題はもちろん人美に関することであり、その焦点は、昨夜彼女を襲った悪夢とその時観測された脳波の解釈に絞られていた。
 松下が言った。
「どうにも分からんというのが正直なところなんだよ。ただ、脳波形には三サイクルの棘徐波や鋸歯状波がみられるんだ」
 沢木が尋ねた。
「それはどういうことなんです?」
「つまり、昨夜人美さんの身に起こったことは、“てんかん”の発作に類似しているということなんだ―あくまで、脳波からいえばだがね」
 秋山が言った。
「“てんかん”には昨夜のようなケースもありうるんですか? 夢にうなされるような」「んん、まあ、ないとはいえんと思うが…… “てんかん”と一口に言っても症状はさまざまでね、発作の形式だけだって、痙攣発作、失神発作、精神運動発作、精神発作、自律神経発作とあるんだ。例えば、覚醒時から発作が始まり夢を見ているような状態に移行する〈てんかん性朦朧状態〉は鋸歯状波を伴うんだ。それから考えれば人美さんは“てんかん”を起こしたといえなくもない。だが、例え“てんかん”だったにしても、昨夜観測された脳波の振幅は異常の一言に尽きる。一時的に記録された周波数だって六〇ヘルツだ。脳波というのは速くても四〇ヘルツぐらいまでだからね」
 沢木は一番心配していることを尋ねた。
「昨夜のようなことがまた起こった時に、精神的な障害や脳に損傷を及ぼすような可能性は?」
「んー、難しい質問だね。しかし、可能性はあるよ。精神的興奮などによって急激な血圧上昇があると、脳の血液循環に障害を引き起こすことがある。具体的な病名で言えば、脳卒中とか、脳出血とかね。だが、今現在分かっていることからでは、何とも判断しかねる。彼女を直接診察できればいいんだが、全くもどかしい限りだよ。せめて脳波の出現箇所を特定できればいいんだが」
「つまり、脳のどの部分から異常波が出力されているか、ですか?」
「んん」
「分かりました。ソフトの変更で何とかなるか、検討してみます」
「できそうか?」
「PPSは全部で八カ所設置されていますから、それぞれの位相差を解析すれば位置を特定できるでしょう。ただし……」
 ここで電話が鳴り、応対した秋山が沢木に言った。
「沢木さん。本社からの転送で、会長の奥様からだそうです」
「奥さんから? 何だろう」
 沢木は電話に出た。
「もしもし、沢木ですが」
「あーよかった。やっとつながったわ」
「すみません、今出先なものですから。それで、ご用件は?」
「実は、人美さんのことなんですけど」
「えっ」
 沢木は一瞬驚いた。千寿子にはこの計画に関することは内密にしてあるのだ。
「ああ、お預かりしているというお嬢さんのことですね」と一応とぼけながら、沢木は皆に会話が聞けるように外部スピーカーのスイッチを入れた。
「ついさっき人美さん自身の口から聞いたんですけど。七月二十九日に……私としてはそれが原因じゃないかと思って」
「そうですか、それにしてもどうしてそれを私に?」
 千寿子はくすっと笑った後に答えた。
「誰だって分かりますよ。うちに近寄らない片山さんが珍しく来たと思ったら、人美さんのお父さんが来た日に沢木さんと秋山さんが来る。そうかと思えば何人かの人たちが人美さんの部屋に出入りをする。最も、具体的に何をしてるかまでは分かりませんけどね」
 沢木は苦笑しながら答えた。
「それもそうですね。どうもありがとうございました、非常に参考になりました」
 千寿子は重々しい口調で言った。
「沢木さん、何をしてるかは知りませんが、くれぐれもよろしく頼みますよ。お願ね」
「はい、ベストを尽くしますので」
 沢木が電話を切ると、待ってましたとばかりに岡林が叫んだ。
「その男って! 例の溺死した……」
 沢木は短縮ダイヤルのボタンを押しながら言った。
「かもな」

続く…

2010年1月17日日曜日

手法の比較

*言葉足らずと思い緑字部分を補足します。

 本投稿は、要件定義時における設計への踏み込み具合について、ふたつの手法を比較することで検討しています。従いまして、下記赤字の目的とは、要件定義を意味しています。


 簡単な業務モデルを基に、要件定義手法「RDRA」と分析設計手法「ICONIXプロセス」によるモデリングを比較してみました。
 RDRAは要件定義手法なので、設計や実装には原則触れません。ICONIXプロセスは分析から設計へのプロセスなので、下図の一部であるロバストネスモデルはその橋渡しとなる予備設計を行います。
 これらは性質が異なりますので、どちらが優るかという話ではなく、目的を達成するためにはどちらの手法がフィットするか(あるいはどうミックスするか)の問題です。
 プロジェクト特性やプロダクト特性、開発の局面により、特性を認識したうえで使いこなすことが重要です。


(ここから先は見積もりをも含めて)
 同じように、業務フローとユースケースシナリオ、ユースケースの粒度、ユースケースポイントかファンクションポイントかストーリーポイントか? これらの内どれが優れているとか、唯一絶対の手法はどれかではなく、いかに効率的に、正確に、問題や解決の領域を表現し、コミュニケーションできるかの選択であると考えています。
 つまり、より多くの手法等を学び、適用の対象となる物事に合わせていいとこ取りできればよいと思うのです。

シーケンス図から見積もりへ

 先の投稿「Enterprise Architectでシーケンス図」にて作成したシーケンス図を基に、昨日はコストと期間の見積もりを行いました。

 まず、今回のプロジェクト特性は次のようなものです。
  1. 我が社の商品情報をWebサイトにて公開する。
  2. 商品情報ページは既に存在しているが、基幹システムの稼働に伴い、情報の参照先を基幹システムのDBに切り替える。
  3. DBに対しては、新たなテーブルの追加など、いくつかの修正および旧DBからの移行作業が発生する。
  4. 関連するWebページの画面デザインをリニューアルし、参照・検索ロジックなどをDBに合わせて修正する。
  5. 非機能要件として、アプリケーションサーバーや負荷分散装置の再設定などがある。また、メールサーバーの移設など、付帯作業を含む。
  6. 開発人員は、Webデザイナー1名、プログラマー1~2名程度で可能とみる。
 見積もりの方法はいろいろ考えられますが、まずはソフトウェア開発にかかる工数を見積もるために、シーケンス図からタスクを洗い出しました。
  1. 画面数:4(内、新規3) → 画面のデザイン・作成、レビュー、調整など。
  2. エンティティ数:4(内、新規2) *エンティティはDBのレコードセットとみる。 → DBの作成、データ移行、クエリの作成など。
  3. メッセージ数:28(内、新規または修正26) → 詳細設計、コーティング、テスト
 次に、これらのタスクに対してストーリーポイントを1、2、3、5、8、10の値で相対評価し、規模を見積もります。今回は、95ストーリーポイントでした。
 規模が分かったので、この規模をこなすための期間を導出しますが、今回は私の経験則として、1日あたり3ストーリーポイント(やや余裕を持たせて)を消化できると予測しました(3ベロシティ)。
 よって、95ストーリーポイントを3ベロシティで割った31.7が開発日数です。

 開発単価としては、今回のプロジェクト特性をこなす人材としては高めの月150万円を設定してみました。これは、見積もりに余裕を持たせるための措置です。月20日とすると1日あたり75,000円。以上から、2,375,000円(…a)という開発費が算出されました。

 今回のプロジェクトには、非機能要件や付帯する作業が含まれますが、これらについては委託業者が出した理想日をそのまま作業日数として加算することにしました。この合計は61日。よって4,575,000円(…b)が算出されました。

 以上、a + b = 6,950,000円が、今回のプロジェクトの税抜き開発費用の見積もりです。

 明日はこの見積もりを基に、委託会社との価格交渉に臨みます。

Enterprise Architectでシーケンス図

昨日は、我が社のWebシステム開発案件の見積を出すために、Enterprise Architectを使ってシーケンス図を作成しました。考えてみると、最近は要件開発が多く、ほとんど設計をしていなかったので、まともなシーケンス図をEnterprise Architectで書いたのは初めてかもしれません。

Enterprise Architectを使う前は、Visioを使っていました。今でもVisioは好きなツールのひとつですが、UMLモデリングに関しては、やはり専用ツールであるEnterprise Architectが機能、表現力、生産性の点で圧倒的に優っていると認識しています。
上図は、ロバストネス分析で抽出したバウンダリ、コントロール、エンティティを基に作成したシーケンス図ですが、ストレスなく、よって思考が妨げられることなく、気持ちよくモデリングできました。そして、Enterprise Architectの最も素晴らしい点は、安価であるということです。

関連記事
性質変換によるデスクワークの工場化
ソフトウェアの開発プロセスについて
Open Knowledge System
流麗な上流工程の研究(メモ)
コンテキストモデル(カスタマイズ版)
流麗なシステム開発の上流工程を実現するために
小さな要件開発
システム開発の要件定義に関する考察
要件開発の進め方~私のRDRA運用法~
RDRA(2) - RDRAとの出会い
RDRA

2010年1月15日金曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(24)

 人美はうたた寝から目を覚ました。昨夜はあの恐怖に襲われて以来、また悪夢を見るかも知れないという脅迫観念に駆られて一睡もできなかったが、やはり身体は睡眠を必要としている。気分転換に本を眺めていた人美は、知らず知らずのうちに机に突っ伏して寝いってしまっていたのだ。
 机の上に置いてある小さな鏡に映った自分の顔を見た時、思わず笑ってしまった。なぜなら、彼女の頬には腕枕の跡が、きっちりとついていたからだ。しかし、その笑顔は長くは続かなかった。悪夢の記憶がすぐに蘇えってきたから―「はー」と溜め息混じりの声を発しながら、両手で髪の毛をくしゃくしゃにしながら考え込んだ。
 あーあ、一体どうすればいいんだろう。あんな夢、しばらく見ていなかったのに…… そうだ! また彩香がいてくれたら、変な夢は見ないかも…… 彩香に来てもらおう 人美は足で床を蹴って回転椅子を回し、身体をドアのほうに向けた。その時―
 スーっと音もなくドアが開いた。
「あれっ」誰だろう? と思い、「誰かいるんですか?」と小声で言った。しかし、返事は返って来なかった。彼女はドアに歩み寄り廊下をのぞき込んだ。
「おかしいなぁ」
 だーれもいないのに
 彼女はそれをいぶかしく思ったものの、きっときちんと閉まってなかったのね、と片付け、居間にある電話に向かって歩き出した。彼女が階段にさしかかった時、ドアは静かに閉まった。誰もいないのに、独りでに―
 居間に入った時、タイミングよく電話が鳴った。しかも、それは彩香からだった。
「人美が電話に出るなんて珍しいわね。いつもお手伝いさんが出るのに」
「ちょうど彩香に電話しようと思ってたところだったの」
 人美は明るく努めた。
「やっぱりね」
「何が?」
「何となくそんな気がしたの―人美が連絡して来るような。以心伝心って奴ね」
「ふふっ、そうね。ところで彩香―」
「おーとっ、残念でした。悪いけど今日は家族でお出掛けなの。お姉さんの誕生日でね、一家でお食事なのよ。一種の家庭サービスね―三人そろわないとお父さんがごねるから」「そうなんだ。どっちのお姉さん」
 彩香は三姉妹の末っ子だった。
「二番目」
「そう。じゃあ、たのしくね」
「うん、明日なら遊びに行けるから。バイバーイ」
 人美は受話器を置いた後にふと思った。
 兄弟かぁ、いいなぁ。私ならお兄さんが―ないものねだりしてもしょうがないよ―でも、弟か妹なら可能性あるかなぁ
 人美は兄弟のいる自分を思い浮かべてみた。が、すぐに悪夢のことを思い出し、不安な気持ちにさいなまれるのだった。
  

 葉山の本部に戻った沢木と沢木組の面々が、昨夜の人美に現れた現象についての分析を試みているころ、渡辺は晴海埋め立て地にあるSOP本部にいた。相模重工の警備及び木下殺害事件の捜査を命じられたSOP本部長の田口謙吾警視監は、相模に渡辺がいることを知っていたので、彼に連絡し、細かい情報を得るために本部へ招いたのだった。
 本部長室には、渡辺、田口本部長のほかに、もう二人の男がいた。どちらも渡辺とは知り合いで、SOP第二セクション捜査第七班に所属する捜査官である。この二人はコンビを組んで仕事をしているのだが、体格も性格も何もかも、まったく対照的なコンビだった。 一六〇と背が低く、優しそうな顔の男は里中涼といい、SOP第二セクションきっての切れ者でとおっている。彼は国家公務員採用試験Ⅰ種に合格し、警察庁に入庁したいわゆるキャリア組である。警察官としての彼の非凡な才能―その明晰な頭脳は、警部補として渋谷区の渋谷警察署捜査一係での研修中に既に発揮されていた。不可解な一つの難事件と、二つの殺人事件、そしてテロ工作を一件、彼はほぼ彼自身の手で解決した。これは極めて異例のことである。なぜなら、キャリア組として“現場”に研修に来る者など、その目的は“現場”の見聞であり、実質的な捜査に携わること、ましてや事件を解決するなどということは皆無に等しいからである。その後、彼の捜査力は高く評価され、出世街道をひた走る土台が構築されたのだが、SOP創設と同時に第二セクションへの参加を志願し、今日に至った。SOPに入隊して八年、これまでに数多くのテロリストを摘発し、二つのテロ組織を壊滅に追い込んだ現在の彼は三十四歳、階級は警部である。
 里中の相棒を務めるのは、一八〇強の背丈とタフな肉体、たいていの子供なら怖がってしまうような顔、そして、妻と三つになる娘を持つ西岡武信、三十二歳である。
 彼は里中とは対照的に、高校を卒業してから警察官になり、交番勤務から始めたノンキャリアの代表のような男である。彼の武器はその鍛え抜かれた肉体にあり、空手、柔道、剣道において“段”を有し、射撃の腕前も極めて優秀であった。外勤警察官をへた後、機動捜査隊の一員として長らく活躍していた彼は、本来SOP第一セクションに志願したのだが、あろうことか上司の不手際により、第二セクションに配属されてしまった。しかし、上司の不手際は思わぬ幸運を彼にもたらした。それは、里中との出会いである。
 誰もがおっとりとした頭脳派の里中と、気短にして肉体派の西岡とのコンビなど、うまくいくわけがないと信じていた。だが、それは思い違いであった。コンビを組んで八年、二人は常にSOP第二セクションの功績の担い手であった。
「なるほどね、やっと全体像が見えてきたよ」
 田口本部長が渡辺からの説明を聞いた後に言った。
「まったく上の連中ときたら、いつも肝心なことは秘密にしてやがる」
 西岡がSOP総括委員会をいぶかしく思いながらそう言うと、そのメンバーである田口本部長は苦笑しながら言った。
「そう言うな、私だって知らなかったことなんだ」
「とにかく、木下を殺った奴を一刻も早く捕まえてください。八〇年代後半の、あの悪夢のようなテロ活動の復活などごめんですからね」
 渡辺の要求に田口本部長が答えた。
「捜査は里中率いる第七班に担当させる。加えて第二班、計十二人の捜査官を投入する。まあ、我々を信用しておけ」
 その言葉を受けた里中は、いつもと変わらぬのんきさで「えー、何とかしますよ」と言った。
 渡辺はSOP時代、里中とは何度となく共闘している。例えば、里中が突き止めたテロ計画を、渡辺が阻止するというような形で。したがって、渡辺は里中の実力を熟知しているのだが、里中の発する独特の声音は、いつ聞いても頼りないものであった。
 渡辺は里中に尋ねた。
「で、どこから手をつけるんだ?」
 その問いに里中が答えようとした時、本部長室の電話が鳴った。電話を取った本部長が里中に向かって言った。
「里中、お前にSOPの女戦士様からだ」
 それは川崎工場に展開中のSOP16部隊の女性隊員、星からの電話だった。
「やあ、恵里さん。どうしたの? 今川崎にいるんでしょう」
「もう、名前で呼ぶのやめてって言ってるでしょう。それより、伝えておきたいことがあってね。里中さんに直接」
「何?」
「木下殺しの一件、里中さんが担当するんでしょう。実は、ついさっきここに賊が侵入してね。設計図か何か、はっきりとはしないんだけど、何かを持ち去ったらしいの」
「おやおや、SOP第一セクション一個小隊が出張っていながら、とんだ大失態だね」
 星は声を大きくして言った。
「大失態はないでしょう! 人がせっかく正規の連絡前に、少しでも早くと思って連絡してあげたのに。大体ね、16部隊は経験の浅い隊員が多いんだから、文句があるなら本部長に言ってよ!」
「はいはい、そんなぁ怒らないで。で、賊に関して何か分かってることはあるの?」
「名前は大平……」
「はーい、分かりました。それじゃ、へましなでね。バイバーイ」
 里中は電話を切るとすぐに渡辺に向き直り尋ねた。
「大平勇一って社員、知ってますか」
「ああ、木下に情報を漏らした社員だ」
「なーるほど」
 里中はにっこりと微笑んで言った。
「渡辺さん、どこから手をつけるか決まりましたよ。まずは、大平の家へ案内してください」
 渡辺はこの時強く思った。沢木といい、里中といい、インテリとされる部類の人間はどうも苦手だと……

2010年1月14日木曜日

モデリングの一般業務に対する効用

 ある作業を部下に任せているのですが、「ヌケ」がポロポロと発見されます。一昔前の私であれば、「何をやってるんだ」っと注意していたかもしれません。しかし今日は、「非機能的要求が未定義だからヌケが出るんだよ」と、作業を改善するためのアドバイスを具体的にすることができました。なぜこのようなことができたかというと、コンテキストモデルを部下に作らせていたからです。

 今回の案件は、A社製の複写機をB社製に変更する、というもので、(IT関係の専門知識が不用という意味で)一般的な業務と私は認識しています。難易度も高くはないので、部下に任せていました。しかし、ひとつだけ注文を付けて、「この業務のコンテキストモデルを作っておくように」と指示してありました。

 そして今日、部下からの報告に対して「これは? あれは?」と質問をすると、ヌケが散見していることが確認されたので、取り敢えず、もう一度良く確認するようにといって打合せを終わりにした後、部下の作ったコンテキストモデルを確認しました。
 部下は、コンテキストモデルと要求モデルを作成していました。このふたつのモデルがあるのに、どうしてヌケが起こるんだろう? よく見ると、機能的な要求はモデル化されているのですが、非機能的な要求が完全に欠落しているのです。なるほど、要は、もう少し早い段階でモデルをレビューしなかった私の「ヌケ」だったのです。

 今回の案件の機能的要求は、
 A2がコピーできる、とか、A4を毎分何枚コピーできる。
 というようなものです。

 非機能的要求は、
 複写機の入れ替えは通常業務時間外に行う、とか、設置スペースは十分か?
 というようなものです。

 これらの要素をモデルに表現できていれば、ヌケが散見することはなかったはずです。しかし、今回のなによりの収穫は、このような業務においてもコンテキストモデルと要求モデルが効果を発揮できるということです。つまり、ヌケの原因を明確に私と部下は知ることができたのです。

 コンテキストと要求のモデルを作るということは、問題の対象とアクターを抽出し、それらの振る舞いを規定することです。これができていれば、その後の作業(今回であれば、機種を選定する、見積をとる、段取りを組む)は漏れなくスムーズに行えるはずです。

 今日の収穫をもとに、ある程度の複雑性(それがどの程度のものであるかは今は分かりませんが)を持った業務に対しては、必ずコンテキストモデルと要求モデルを作成することにします。

2010年1月12日火曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(23)

 都内のとあるホテルの一室で白石会長を待ち構えていた内閣官房長官は、政府のプロメテウス委員会及びSOP総括委員会のメンバーである。白石から事態の説明を受けた官房長官は、すぐさま首相官邸へと向かい対応を協議した。その結果、SOP総括委員会が緊急招集されたのは、白石が会議室を出てから約一時間半後の午前十時二十分だった。
 SOPの指揮監督権を持つSOP総括委員会を構成するメンバーは、内閣総理大臣、副総理(現在の副総理は大蔵大臣)、内閣官房長官、法務大臣、国家公安委員長の五人の国務大臣、及び警察庁長官、警視総監、公安調査庁長官、SOP本部長の九人である。
 会議は迅速に進められ、約二十分で終了した。ここで決定されたのは次ぎの三点―一つ、相模重工へのテロ行為警戒のため、相模重工施設が所在する各警察本部へ警備体制を執るよう命令する。二つ、特に川崎工場については、SOP第一セクションを持ってこれにあたり、その法的根拠はテロ対策法及びSOP法の該当条項による。三つ、木下殺害事件については、SOP第二セクションへ捜査が引き継がれる―以上である。
 この二つめの指令を受けたのは、アラート5体制(五分後に出動できる体制)で待機していた、SOP16部隊(SOP第一セクション第六小隊)の総勢二十五人である。
 戦術部隊であるSOP第一セクションでは、四人編成の班が六班集まり一個小隊を形成する。小隊には小隊長がいるために、一個小隊の人員は二十五人ということになる。また、小隊は全部で六隊あるので、SOP11部隊からSOP16部隊まで、総勢百五十名の隊員がいる。第一セクションを率いるのは隊長(階級は警視)であり、その下に副隊長(階級は警部)がいる。
 また、三つ目の指令を受けたのは、SOP第二セクションの二つの班である。
 捜査部隊であるSOP第二セクションでは、六人編成の班が十班集まり捜査部を形成する。つまり、六十人の捜査官がいるのだ。捜査部を率いるのは捜査主任(階級は警視)であり、その下に捜査補佐官(階級は警部)がいる。
 さらに、第一セクションと第二セクションを統括するのがSOP本部長(階級は警視監)であり、その上に内閣直属のSOP総括委員会が置かれている。
 SOPは警察庁のもと、警視庁、北海道警察本部、各管区警察局と同列に位置する組織であり、その機能はアメリカのFBIに類似している。SOP法のもと、強力な権限が与えられている彼らは、テロ対策法に基づく諸事項を実践するための組織である。
 近代的な兵器で武装した第一セクションは、ほとんどの行動がSOP総括委員会の意志により決定されるが、いざ出動となれば、一般警察や行政機関への指揮権すら発動でき、その戦術の多くはイギリス陸軍のSAS(特殊空挺部隊)を規範にしている。
 一方SOP第二セクションは、特にSOP総括委員会の判断を仰がなくとも、SOP本部長の意志により捜査活動が行える。また、その捜査権には制限がなく、日本国内のどこであろうと、一般警察より優先して活動することができる。公共の安全と秩序を守ることを目的とする第二セクションの具体的な活動内容は、テロ事件の捜査と防止、学生運動及び労働運動の過激行動の防止、右翼と左翼の監視、諜報活動の防止などである。


 午前十時五十五分。墨田川の河口に近い晴海埋め立て地にあるSOP本部から、ヘリコプターでやって来たSOP16部隊は、既に川崎工場に展開していた。
 相模重工川崎工場は、横浜市川崎区の千鳥町と名づけられた埋め立て地にあり、その隣には東京電力の川崎火力発電所がある。千鳥運河、大師運河、塩浜運河、京浜運河に囲まれた、川崎港に浮かぶこの埋め立て地への地上からの侵入路は、国道一三二号線が通る千鳥橋と、東扇島へ続く川崎港海底トンネルの二経路だけである。なお、この工場での主な生産品は、産業用ロボット、土木建築機械、鉄道車両、特殊車両、小型船舶などである。
 つい最近二十六歳の誕生日を迎えたばかりの彼は、SOPの制服を着、手にはドイツ製のMP5SD3(短機関銃)を構える自分の姿に、強い誇りを抱いていた。彼は、厳しい関門と半年間に渡る激しい訓練に耐え抜き、ようやく正式隊員と認められ、SOP16部隊に配属されたのだ。今日は彼にとって初めての、出動を経験した日であった。
「何だよ。せっかくの初出動が警備とはなぁ……」
 彼にはどんな戦闘の中においても、冷静かつ敏速に行動できる自信があった。そんな彼にとって、一日のほとんどを棒立ちして過ごすであろう警備任務は、このうえなく退屈な仕事であった。彼は持ち場から離れ、一人ふらふらと歩き出した。
「あれっ」
 彼はそうつぶやいた。大きな書類ケース―A3サイズくらいあった―を抱え込むように持った男が、周囲を盛んに気にしながら建物の隅を歩いたいたからだ。彼はその男に走り寄って職務質問をした。
「あーそこの人、ちょっと待ってください」
 ケースを持った男、それは妻と娘を人質に獲られた大平だった。
「なんですか?」
「私はSOPの者です」
 彼は誇らしげに言った。
 言わなくたって分かるよ、タコ
 大平はそう思いながらも―
「SOPが何の用でしょう。私は急いでいるんですが」
「お手間はとらせません。ただ、ちょっとそのケースの中身を見せていただきたいのですが」
 大平は毅然として答えた。
「これは設計図です。部外者には見せられません」
 新米隊員の彼も負けじと言った。
「そうはいきませんよ。残念ですが我々SOPには特権があるんですよ。それにあなた、急いでいると言ったわりには、やけに周囲に目配りしならがら歩いてましたよね」
「どんなふうに歩こうが勝手でしょ」
「まあ、とにかく中を見せてもらいます」
 大平はどうしようか迷っていた。この中にはプロメテウス管制センターの設計図と川崎工場の見取図が入っているが、見たところでこのバカには分からないだろう―いや、大きく書かれた文字は、こいつにだって“プロメテウス”と読めるだろう。それを問い合わされたら一巻の終わりだ。自分にはこれを持ち出す必要性も命令もないのだから……
 大平はこれより少し前、プロメテウス管制センター内に侵入した。彼は、管制センターで働くかつての部下に頼んで中に入れてもらい、LAN(コンピューター・ネットワーク)のデータ・バンクから必要な図面をプリント・アウトしたのだ。
 新米隊員の手がケースに伸びてきた。
「分かりましたよ。今見せますから」
 大平は隊員の手を振り払い、ケースのチャックを少し開けた。この時である。新米隊員がミスを犯したのは―
 大平は、ケースをのぞき込むようにして近寄って来た隊員の顔めがけて、渾身の力を込めてそのケースを振りあげた―「ボカ」―鈍い音がした。さらに、不意の衝撃のためにのけ反った隊員に向けて素早く二発目―「うう……」―今度は隊員のうめき声のほうが大きかった。大平のケースは彼の急所に見事命中したのだ。
「やった!」と大平は思わず叫んだ。新米隊員は彼の前にうずくまっている。
 SOP何てちょろいもんだぜ
 大平は走り去って行った。
 ややあって、うずくまる新米隊員は四人の同僚―それは第五班の隊員たちで、彼らは持ち場の移動をしている途中だった―に発見された。
 第五班のコマンダーは新米に走り寄って尋ねた。
「どうしたんだ!」
 新米は涙目で答えた。
「男が、何かを持って逃げました」
「何を」
「分かりません。しかし設計図か何かじゃないかと思います。A3サイズぐらいの薄いケースを持ってました。特徴は……」
 それを聞いた第五班のディフェンマンは、直ちに無線で本部に連絡し、男を手配した。まだ構内にいるはずである。
「それにしても、何だって一人なんだ。第一、丸腰の人間にやられるなんて……」
 コマンダーは新米を叱責した。SOPの隊員であることの鉄則は、何よりも単独行動を自重し、互いに協力し合い難局を克服することにある。そのために四人編成の班が設けられているのだから。
 SOPの班を構成する四人の隊員には、厳格な役割分担がある。それは、班を指揮するコマンダーと、家屋などへの侵入や戦闘をリードするポイントマン、ポイントマンの安全を確保するディフェンスマン、後方の警戒と散弾銃、爆薬などの追加装備をするバックアップである。
 新米隊員を取り囲んだチームメイトのもとに、後からゆっくりと歩いて近寄って来たのは、ポイントマン―実際にはポイントウーマンだが―を務める、星恵里だった。
 彼女は二十七歳の一見か弱そうな女性に見えるが、実はCQB(近接戦闘)の腕は超一流であり、エースと呼ばれるにふさわしい手腕を持っていた。エースの称号は、SOPを辞職した渡辺と、彼の右腕だった現第三小隊長である男、そして星恵里を除いてほかにはいない。
 星はふと見たコンクリートの地面の上に、きらりと光るものを見つけた。それを拾い上げた彼女は新米隊員に尋ねた。
「あなたが見たのはこの男?」
「そ、そうです。そいつです」
 ディフェンスマンは星からそれを取りあげると無線機に向かって言った。
「賊の正体が分かりました。名前は大平勇一、相模の社員です。所属は航空宇宙……」 大平は胸にクリップで付けられた身分証明書を落としていってしまったのだ。しかし、構内で彼は発見されなかった。彼は不測の事態に備えて、川崎工場からの脱出経路を調べてあったのだ。それは、産業廃水を浄化する施設から下水道へとつながる経路だった。
 信号待ちで停車していたトラックの荷台に飛び乗り、千鳥橋に設けられた検問を彼が無事突破したのは、午前十一時六分のことであった。


2010年1月11日月曜日

Twitterアーカイブ

これからの業務システム系のSEに必要なスキルとはなんだろう?
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Windowsの優勢が今後も続くと仮定するならば、Microsoftのサーバーアプリケーション群とOfficeアプリケーションの連携によるソリューション構築は有望だと思う。コストとスピードに対するユーザー企業の要求が強まる中で、MSのテクノロジーが安くて速いことは間違いない。
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例えば、SQL ServerとExcelの組み合わせは、非常に安価なBIを提供できる。特に、我が社のユーザーのようにITスキルが低めのユーザーを抱えている企業にとっては、使い慣れたExcelのインターフェースは受け入れやすいものとなるだろう。
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既存の資産を活用することは、当然のことながら0から開発するより安い・早いを提供する。「うまい」かどうかはユーザー企業の腕次第であるが、その意味において、クラウドコンピューティングは選択肢として有望だ。
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我が社ではセールスフォース・ドットコムの仕組みを導入する予定であるが、いわゆる固定されたパッケージと違い、開発環境と実行環境がセットになったプラットフォームは、強力な武器になると認識している。
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セールスフォースを私が支持する理由は、固定された利用料を払えば、いくらでもアプリケーションを拡張できることだ。データを増やしても、機能を増やしても、アプリケーションを増やしても、料金が変わらないことは大きな魅力である。
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ということは、ITに関する優れた人材を有する企業(構想力、企画力、開発力に優れた人材を有する企業)は、これまで以上にその優位性を活かせるだろう。少なくとも、セールスフォースに関しては、開発できる人材がいなければその効力を最大限に発揮することはできない。
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既存の資産を生かすということでいえば、Webサービスを活用することもこれまで以上に重要となるはずだ。例えば、AmazonのWebサービスは、我が社にとってもビジネスの可能性を大きく広げる可能性を秘めている。
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以上を考えると、既存の資産をいかに有効に活用していくかということが大きなキーワードであると考えられる。しかし、どんなにテクノロジーが発展しても変わらないことは、ビジネスとITをいかに融合するかということであり、いわゆる上流工程をこなす人材の重要性は今後も維持されるだろう。
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したがって、ソリューション構築の上流工程に関するスキルは、これまで以上に重要なファクターとなり、この上流工程を司れるエンジニアを抱える企業は、おそらく既存資産を活用したソリューションにおいても、そうでない企業よりうまく使いこなすことができると考えられる。
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クラウドの最大の魅力は、世界的規模でシュアされた結果としてのコストである。その意味において、プライベートクラウドなるものにはイノベーションがない。
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クラウドがもたらすイノベーションは、特に中小IT企業の再編を促すと思われる。なぜならば、イノベーションによって従来のビジネスモデルが陳腐化するからだ。
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これは、技術者にとっては歓迎される出来事として歴史に刻まれるかもしれない。中小IT企業に所属する技術者たちが、最適配置される可能性があるからだ。
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新しい技術に挑戦したくても、その機会に恵まれなかった技術者たちに、イノベーションの結果として新たな創造の場が提供されて欲しいと願う。逆に、競争力に乏しい領域にいる技術者は、大きな苦戦を強いられるだろう。
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こうしたイノベーションの中で、枯れた技術を柱とするビジネスの対価はデフレを起こすのではないか?
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一般ユーザーにとっては、ITがますます分かりづらいものになるだろう。新しくて便利なサービスが安く、相対として逆となる古いサービスが高いことは、営業担当者を悩ますかもしれない。
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いずれにしても、提案力のないIT企業の淘汰は時間の問題だと思う。経営者の今後の舵取りしだいでは、寿命はもっと短くなるだろう。そうした中で技術者は、生き残るすべを自分自身で見つける必要がある。
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今、手元のiPhoneからsalesforceにアクセスできる。こういう時代なんだなぁ…

2010年1月8日金曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(22)

八月十五日、火曜日、午前六時十二分。閑静な住宅街の一角に位置するある一戸建ての家では、その家の主婦により朝食の準備が着々と進められていた。また、その夫はダイニングルームに置かれた円い木製のテーブルに座り、熱心に新聞を読んでいた。
「あなた、幸子を起こしてきてくれませんか」
夫は妻の声には見向きもせず、相変わらず新聞を読んでいる。夫を釘づけにしている記事は、『軍事評論家殺される』という見出しの記事だった。妻は仕方なく、フライパンの上に載ったハムエッグを気にしながら階段のところまで歩いて行き、「幸子! 朝よ、起きなさーい!」と大声を出した。妻はすぐさま耳を澄ましたが、返事も物音も一向にしなかった。もう一度声をかけようと思い、最初の一言―「さち……」まで言いかけた時、その声は悲鳴に変わった―「きゃぁー!」
夫は驚きのあまり新聞を引きちぎって、「どうした!」と叫びながら妻のいる階段の下に駆け込んだ。階段の上を見上げた夫は声も出ずに硬直した。愛しいの七歳の娘はパジャマ姿で、口にガムテープを張られ、腕と脚をロープに縛られていた。そして、何よりも夫婦を畏怖させたものは、ナイフを持った巨人の腕に抱き抱えられていることであった。その巨人は、夫が熟読していた記事の当事者、つまり、ジャーナリストの木下賢治を殺した男だった。
木下を殺った男は、まず、彼と手を組む組織のところへ行き、木下の所有するワープロと互換性のある機種を用意させ、フロッピーディスクの中身を頂戴した。そして、そのほかに持ち去った手帳や資料などと照らし合わせ、その内容をじっくりと吟味したのだった。その結果、木下に情報を提供した相模重工社員、大平勇一の存在を知るに至ったのだ。 大平は相模重工本社にある衛星写真技術研究室に所属する技術者であり、その地位は研究主幹であった。年齢は四十三歳、三十七歳の妻と七歳の娘を持つ男である。また、彼の自宅は東京世田谷区の駒沢オリンピック公園の近くにあった。
男はある計画を立案し、その前段階として、寝静まる大平家へ一階の勝手口から侵入し、その時を待っていたのだった。
黒い目開き帽で顔を隠した男は、鋭く大きなナイフを娘の頬にあてがいながら、ゆっくりと階段を下りて来た。大平と妻はそれに押されるかのように、ダイニングルームとリビングルームがつながる部屋へと後退りして行った。
「なっ 何なんだ。娘をどうするつもりだ!」
大平は妻をかばいつつ叫んだ。
「心配するな。俺の言うとおりにすれば、娘と女房、そしてお前にも、危害を与えるつもりはない」
「目的は何なんだ!」
「まあ、そうあせるな。ゆっくり話してやる。だがその前に―」
男はたすき掛けにした黒いナイロン製の鞄の中から、ロープとガムテープを取り出すと、大平の前に投げつけた。
「これで女房を縛り、口をテープでふさげ。話しはそれからだ」
大平は床に落ちたロープを見つめながら言った。
「まさか、木下を殺したのは……」
「つべこべ言わずに早くしろ!」
男は娘を抱く腕の力を強めた。少女の顔が歪む―「んーう……」
「わっ! 分かった」
大平は床からロープを拾い上げると、妻を縛り始めた。妻はがたがたと震えながら、黙ってされるがままに従った。
「大丈夫。何とかなるさ」
大平は小声で妻に呼びかけながら、ロープを妻の身体に巻いていった。
「しっかりときつく縛れよ。足首にもガムテープを巻いて、済んだらそこのソファに座らせろ」
男は夫婦から二メートルほど離れたところから、その作業を注意深く見守った。大平は作業を終えると、妻をリビングルームに置かれた陶製のソファに座らせた。
「よし、お前も隣に座れ―いや、その前にあのガスコンロの火を止めろ」
ハムエッグはジュージューと悲鳴をあげていた。大平は言われたとおりガスコンロの火を止め、妻の隣に腰掛けた。男は彼の着席を確認すると、自分の後ろにあったキッチン・テーブルの椅子を引きずり寄せ、そこに腰掛けた。娘は男の膝の上に座らされ、相変わらずナイフをあてがわれている。
「さて、それでは自己紹介といこう。俺は昨日、木下を殺した人間だ。お前の対応いかんによっては、この娘も殺すことになるかも知れん、それをよく肝に銘じておけ」
大平はブルブルっと身体を震わせながら、首を縦に何回も振った。妻はしくしくと涙を流し始めた。男は続けた。
「お前は相模重工の社員であり、衛星写真技術研究室の一員だな」
「ああ、そうだ」
「よし、では俺の望みをかなえてもらおう」
「何だ」
「川崎工場及びプロメテウス管制センターの見取図が欲しい」
「そっ、そんな。一体何に使うんだ」
「余計な干渉は命取りになるぞ。イエスかノーか、どっちだ」
大平は必死に訴えた。
「そんなのは無理だ。川崎工場の見取図ならともかく、管制センターのほうは総合技術管理部の管轄だし、その部の部長の許可が必要だ」
「では、お前では用意できないと?」
「ああ、無理な注文だ」
男はうつむき、もの悲しげな口調で言った。
「そうか、残念だ。非常に残念でならない」
そして娘を見つめながら続けた。
「こんなかわいい娘が、この若さにして人生を終えなければならないとは、無能な父を恨むがいい」
男は娘に当てたナイフを頬から外し、喉もとへと移した。そして大平に視線を移すと、少しずつナイフの刃を娘の首の皮膚にめり込ませていった。
「やめてくれー!」
大平は立ち上がりながら叫んだ。男がナイフを娘の首から離すと、そこには一本の赤い筋ができていた。
「何てことを」
大平はそうつぶやき、妻は激しく首を振りながらもがいた。娘は涙を滝のように流している。
「では、再び聞こう。俺の望みをかなえてくれるかな」
「分かった、何とかする。だが、すぐというわけにはいかない。しばらく時間をくれ」
「どのくらいだ」
「川崎工場への往復の時間と、見取図を入手するのに必要な時間…… 半日以上かかる―嘘じゃない、あそこはガードが堅いんだ。特に、プロメテウスに関するものは―分かるだろう」
「よし、そのくらいの理解は示してやろう。ただし、妙な小細工をしてみろ、娘と女房の身体は血と肉の塊となり、その判別すらつかないほどになるだろう。分かったな」


午前八時三十分。始業を告げる鐘が相模重工本社内に響き渡るころ、最上階の大会議室には十二人の男性と一人の女性が、大きなドーナツ状の机に座っていた。まず、白石会長、その左に海老沢社長、右には紅一点の矢萩専務。海老沢の隣に白石副社長兼国需製品企画部長。以下、航空宇宙事業部長の宮本誠、衛星写真技術研究室長、川崎工場長、厚木工場長、相模総合研究所所長、富士総合試験場管理部長、防衛庁の実務代表者であるプロメテウス研究部会座長などが白石会長を囲むように着席し、白石の真向かいの席には沢木が、その横には渡辺が座っていた。渡辺を除く十二人は、プロメテウス計画実行委員会のメンバーであり、実行委員長には白石副社長が着任していた。
司会進行役の白石副社長が口火を切った。
「本日は早々からのお集まり、ご苦労様です。さて、本日緊急に委員会を招集いたしましたのは、会長からの火急の要請によるためです……」
沢木は今朝の七時三十分に車で白石会長を迎えに行くと、本社に向かう車内で木下殺しの一件などを話して聞かせた。白石は息子である白石副社長に電話をし、プロメテウス実行委員会の招集を促したのだ。
「では会長、ご趣旨を説明願います」
白石会長は軽くうなずくと、沢木を見やり言った。
「沢木」
まったく、不精者だなぁ
そう思いつつ沢木は答えた。
「では、私からご説明いたします。昨日、木下賢治というジャーナリストが殺害されました……」
沢木はことの経緯を説明し、さらに―
「そこで入手したのが、これからお配りする木下の草稿です」
ここで配られたものは、渡辺が徹夜で仕上げたものだった。彼は昨夜沢木と別れた後、ワープロリボンを持って本社へ戻り、そのリボンをカセットから引きずり出し、A4の用紙に切り貼りしたのだった。
二十八ページにもなる草稿を読み終えた各委員からは、口々に困惑の声があがった。
白石副社長が衛星写真技術研究室長に向かって怒鳴った。
「何ということだ! これ程までに情報が漏れていたなんて。君は部下にどういう教育をしているんだ! 管理能力に疑問があるぞ!」
やれやれ、また始まったか
火の粉はそんなことを思った沢木と渡辺にも降り掛かった。
「それに渡辺室長、君も君だ! こういう事態を招かないために、情報管理室は存在しているんだぞ! 聞くところによると君は最近沢木部長と―」
渡辺は白石副社長の言葉を遮り言った。
「お言葉ですが副社長。我々にすら秘密にしておきながら―」
さらに海老沢社長が割り込んだ。
「まあまあ、お互い大きな声を出すのは止めたまえ。副社長、実は沢木君には別件で動いてもらっているんだ。そして、渡辺君はその手伝いをしている。これは私も会長も承知していることだ。それに、いまさら責任云々を言ったところで―まあ、情報を漏らした者については処分を考えるにしても―結局は後の祭りだ。それよりも、今我々にとって重要なことは、何をなすべきか、ということだ。違うかね」
この言葉に怒れる二人は静まった。
矢萩専務が言った。
「それで、我が社がテロを受ける可能性はあるのですか? 犯人は情報を公開することが目的なのかも……」
渡辺が答えた。
「その程度の腹づもりなら、殺しまではしないでしょう」
川崎工場長が声を震わせながら言った。
「では、やはりテロを? 川崎が狙われるんですか?」
「断言はできませんが、その可能性は大です」
渡辺がそう言うと、白石会長が判断をくだした。
「うむ、分かった。早速政府側へ事態を説明し、警備の要請をしよう。また、相模の各施設並びに全社員に対し、細心の注意を勧告する。以上でいいかな」
再び川崎工場長が懸念を表した。
「会長。お分かりのこととは思いますが、川崎工場には六千人の従業員と、育児施設には十八人の子供や赤ん坊がいます。ぜひとも十分な警備体制をひいていただきたいと思います」
白石会長はその言葉にうなずくと、渡辺に尋ねた。
「渡辺君、君の専門家としての意見は?」
「SOPの出動を要請するのが最も適切かと」
渡辺の答えに矢萩専務が質問した。
「そんなことが要請できるんですか?」
「テロ対策法第三十四条の三項、及びSOP法第七条の四項に該当するケースです」
「よし。わしは早速官房長官を尋ねる。後のことは海老沢、頼んだぞ」
白石会長は足速に会議室を出て行った。
沢木は思った。
ふう、どうやら説明係で終われそうだ
この会議が重要であることは分かっていたが、沢木は早く本部に帰りたい一心だった。
人美さんは大丈夫だろうか?

続く…

2010年1月7日木曜日

Twitterより

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全社のシステムを運用管理する立場にいると、利害関係者間の意見が対立する場面によく遭遇します。よくあるケースは、全体最適と部分最適や、トップダウン要求とボトムアップ要求のトレードオフです。
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例えばセキュリティ。簡単にいえば、ユーザーは好き勝手にPCを使いたい。一方、管理側はガバナンスやコンプライアンス上のリスクをコントロールしたいと考えます。この場合、規制が弱ければ業務の柔軟性は高まりますが、リスクのコントロールは下がり、規制を強めれば逆の結果となります。
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トレードオフの関係が成り立つ時は、対立を構成する要素の一つひとつの価値よりも、それらのバランスが重視されます。そして、そのバランスに利害関係者が合意できれば、全体として価値を共有できたことになります。
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私が重視するバランスとは概ねこのようなことであり、中立というようなことを意味するものではありません。利害関係者の合意があれば、左に寄ることも右に寄ることもあるということです。そして、合意形成はオープンな場で行われるべきだと考えます。
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我が社では、現在クラウドの導入にあたり社内の合意形成を進めています。具体的には、Salesforce CRMをカスタマイズして導入する計画です。
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対象となる問題領域のシステム化にあたって、私が約1年前に見積もった手組みの場合の開発費は、約2000万円です。この当時は、RFPを私が作り、複数社からプロポーザルを受けることを考えていましたので、その後、要件開発を私が行いました。その結果を受けての見積は、約1600万円です。
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これに対して、salesforce.comのパートナー企業が提出した初期費用(私の見積額約1600万円に相当する部分)は約650万円です。世界的にシュアされた資産を利用するのですから、手組みと勝負にならないことは予想していましたが、これほどの価格差は驚きを感じました。
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では、維持費用はどうなるのか? 手組みの場合は、VMにシステムをパッケージ化し、自社運用する想定でしたので、外部コストはほとんど0になる見込みです。クラウドでは、年間約500万円の維持費用がかかります。となると、2年目以降の累積投資額はクラウドの方が高くなります。
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さて、手組みとクラウド(salesforce)、どちらを選択するか? 最も私が重視したのは柔軟性と拡張性です。Salesforce CRMは、導入後自由にカスタマイズすることができます。というよりも、開発環境と実行環境がセットになったものです。
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ですから、要件の変更にも、新たな要件による新規のアプリケーション開発も、社内で対応できますから外部コストを極小化できます。ただし、このコスト圧縮効果を定量的に測定することは難しいです。適当なシナリオを与えても、結局は確立の範囲を超えることはありません。
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ここは、定性的な理解を社内で共有することと、導入後、システム部門が継続的に価値を提供することができれば、きっと我が社の利害関係者は、このIT投資案件に満足を得るはずです。
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現在の私の予測として、Salesforce CRMという開発と実行のプラットフォームは、情報集約型の業務であればほとんど対応できると思っています。逆、フローを重視する業務では適用が難しいかと…
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Salesforceがシステム障害を起こしたニュースは既に承知していますが、私が管理するシステムも、業務を数時間にわたって止めたことが数回あります。システム障害を0にすることは不可能であり、一定のリスクは容認しなければなりません。そして、全体としてのバランスをとるのです。
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2010年1月6日水曜日

Twitter 昨日のつぶやきダイジェスト

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私としては、利益よりも付加価値を重視したい。
AM 07:25
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利益は、将来の夢や希望をかなえるための原資であり、また、リスクに備えるための原資である。
AM 07:31
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付加価値は、利益と企業の社会的責任を包括するものである。
AM 07:34
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例えば、費用にカウントされる人件費は、経済活動を行う組織体によって生み出された付加価値であり、雇用を生み出している。
AM 07:40
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付加価値をステークホルダーに開示する手法として、CSR会計の体系にステークホルダー別分配計算書がある。このような会計の開示方法は、今後、企業価値を図る重要な情報になると思う。
AM 08:44
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企業は、さまざまな要素が有機的に結合したものであり、その分析には相応の時間を必要とする。素早く企業のファンダメンタルズを知りたい場合、私はまず直近の決算報告から資金別貸借対照表を作成し、ROEモデルとステークホルダー別分配計算書(推計)を導出する。
AM 08:55
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資金別貸借対照表は、貸借対照表を組み換えることにより、資金の調達と運用を性質別に捉えることができる表で、私は損益も含む表(つまり、合計残高試算表の組み換え)として作成しています。
AM 09:30
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2010年1月5日火曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(21)

 午後十一時四十分。観測機材の前に置かれた回転椅子に座り、うとうととしていた岡林は、薄く開かれたまぶたの隙間から、ちらつく光が入ってくるのに気がついた。
「たたたたたたっ、たいへんだぁー!」
 岡林は階上の仮眠室へ駆け込むと、簡易ベットの上で休んでいた松下の体を揺すりながら叫んだ。
「松下さん! 起きて起きて! たいへんなんだから!」
「うーう、なんだぁ岡林、また寿司でも食い損なったか」
「いいから早く早く! 早く下に来て!」
 松下は目をこすりながら立ち上がった。それを確認した岡林は今度は階下ヘ駆け降りて行き、ちらつく光の源を横目でにらみながら電話機を引っ掴むと、短縮ダイヤルのスイッチを押した。
 ちょうどその時刻、沢木を乗せた横須賀線の電車は、東戸塚の駅を出るところだった。月曜日の遅い時間の電車とあってか、彼の周囲には人影はなく、その車内は閑散としていた。沢木と渡辺は東京駅で別れ、沢木は電車で葉山の本部へ、渡辺は車で本社へと、それぞれ戻ることにしたのだ。
 携帯電話機を耳に当てた沢木は、そこから発せられた大声に思わず耳を背けた。
「岡林か? どうした」
「たたたたたたっ、たいへんなんですよ!」
「何が、何が起こった!」
 その答えをしたのは松下だった。彼は外部スピーカーとマイクのスイッチを入れ、動転した岡林に変わって答えた。
 「抽出波に変化が現れてる。周波数は―」
 松下は目を凝らし、ちらつく光の源―人美の脳波を映し出すCRTに表示された数値を読み取った。
「およそ六〇ヘルツ、振幅は激しく増減している」
 沢木は腕時計に目をやった。この時間人美はおそらく寝ているはずだ。
「夢? 夢でも見てるんですか?」
「おそらくそうだろう。しかし、この脳波は異常だ」
「分かりました。とにかく観測を続けてください。私は今横須賀線の車中です。後一時間ぐらいでそちらに行けると思いますので」
「分かった。状況が変化したらまた報告する」
 沢木は通話スイッチをオフにすると、すぐにオンにしてウッドストックに電話した。
「沢木です。何か変わったことはありませんか」
 答えたのは森田だった。
「いえ、何もないですが。どうかしましたか」
「こちらの観測状況に変化が現れています。どんな些細なことでも構いません、何かあったらすぐにチャーリーに連絡してください」
 沢木は次ぎに白石邸に電話した。沢木の耳元で呼び出し音が何回、何十回と鳴った。それは永遠に続くかのごとく、長い長い時間に感じられた。
 これだから年寄りは困るんだ。早く出ろ
 沢木はいらつき、毒づいた。
「もしもし、白石だが」
 安眠を妨げられたその声も、幾分いらつき気味だった。
「沢木です。人美さんの脳波に変化が発生しました」
「何だって、どういうことだ」
「今は何とも、それより会長に確認してもらいたいことがあります」
「何だ」
「人美さんの部屋にそっと近づいて行って、中のようすをうかがって欲しいんです。ただし、どんな状況であっても、こちらの指示があるまでは絶対に部屋の中には入らないようにしてください」
 人美はうなされていた。激しく寝返りをうちながら、全身に汗をかき、呼吸も荒かった。それはうなされてるというよりも、苦しみ悶えているといったほうが適切だった。人美にあの悪夢が再び襲って来たのだ。
 ワイヤレスホンを右手にしっかりと握り締めた白石は、人美の部屋のドアの近くまでたどり着いた時、その苦痛に歪んだ声を聞いた。彼は思わず後退りをしながら、小さな声で沢木に言った。
「苦しんでるようだ」
「ええ、私にも聞こえました」
「どうする、うなされてるのか? いや、何かの発作―もしかしたら怪我をしたのかも。だったら待ってはおれんぞ!」
「もう少し待ってください。部屋を離れて待機していてください。いいですね」
「ああ、だがなるべく早くしろ」
 沢木はチャーリーに電話した。
「松下さん、人美は声をあげて苦しんでるようです。何か予測はできませんか!?」
 沢木は車窓の外を流れる陳腐な夜景を見ながら遅い電車を呪っていた。電車は今、大船駅のホームに滑り込もうとしている。時刻は午後十一時五十二分。横須賀線は定刻どおりに運行されていた。
「何とも言えない。何しろこんな脳波を見たのは生まれて初めてだ。エネルギーが大き過ぎる! こんなエネルギーは脳波にはないはずなんだ!」
 松下は自分の目に飛び込んでくるちらつく光に当惑されていた。
「人美の身体や精神に対して危険ということは?」
「分からん! 沢木君、一度この状態にストップをかけよう。ゆっくりとこれを分析し、対処法を考えるべきだ!」
「分かりました」
 再び白石に電話する。
「会長。人美の部屋に入ってください!」
 白石はその言葉を最後まで聞き終わらないうちに電話機を放り出すと、人美の部屋に突入した。人美は苦しんでいる、悶えている、苦しみ悶えている。
「人美君! 人美! 大丈夫か! おい、しっかりしろ!」
 白石は人美の両肩を掴み、激しく揺すりながら叫んだ。
「もうだめだ! 終わりだ!」
 人美は泣き叫んだ。
「あなたは誰! 誰なの! 助けてー!」
 人美は激しく口を開け閉めしている。
 舌を噛む
 白石はとっさにそう判断し、人美の頬を思い切りひっぱたいた。
 ピシャッ!―叫び声が止んだ。
 人美はぐったりとしながらも、徐々にまぶたを開けていった。
「人美君、大丈夫か」
 白石はそっと声をかけた。
「ああ、おじさま。怖かった。私とても怖い夢を見たの」
 人美は鼻を鳴らしながら静かに涙を流した。
「もう大丈夫だ。夢は終わったよ」
 白石は人美の頬にそっと手を寄せると、その頬を流れる滴をぬぐってやった。


 日付が変わったころ、沢木を乗せた電車は鎌倉駅を出たところだった。いらいらと落ち着かない沢木のもとに、やっと連絡が入った。
「ああ、会長。心配しましたよ」
「悪い夢にうなされていたようだ。しかも、かなりの激しいうなされようで、わしは舌でも噛み切るんじゃないかと思ったほどだよ」
「そんなにですか」
「ああ、しかしもう大丈夫だ。今家内と一緒に居間でココアを飲んでいるよ。落ち着きを取り戻してる」
 沢木は深い溜め息を吐いた。彼をずっといらだたせていたもの―守るべきものを守れないこと―その懸念が溜め息とともに吹き出した。
「そうですか、安心しました。何だか偉く疲れてしまいましたよ」
「何を言っとるんだ、いい若いもんが。はははははは……」
 白石は豪快な笑い声を発していた。その声に沢木はより安堵の気持ちを深くした。
「ところで会長、明日―いえ、もう今日ですね。午前七時三十分にお迎えに参りますのでそのつもりでいてください。詳しい話しはその時にまた……」
 一方、本部では早くも松下によるデータの解析作業が始まっていた。岡林は今だ興奮冷めやらずといった趣で、盛んに松下に向かって口を動かしていたが、手だけは松下に命じられたとおり―データの検索やプリント・アウトをすることなど―に着実に動かされていた。
 人美は千寿子の腕に肩を抱かれながら、ココアをすするようにしてゆっくりと飲んでいた。頬には涙の跡がつき、目は今だに真っ赤だった。人美を抱いた千寿子の腕には微弱な振動が伝わり、まだ悪夢から完全に覚めきっていないことを知らせていた。
 沢木を乗せた電車は午前十二時九分に逗子駅に到着した。ホームに降り立った沢木はすかさずセブンスターを口にくわえ、その煙を深く深く吸い込むと、「ふぅー」と溜め息混じりに吐き出した。彼は日に二十本弱のタバコを吸うが、そのほとんどは思考の手助けをするものである。彼は物事を考える時にはタバコの煙をまとわせる。しかし、今くわえたタバコは、ただ単にほっとしたいがためだった。
 今日は忙しい一日だった。人美、そしてプロメテウス。だが始まったばっかりだ
 ゆっくりと歩く沢木を尻目に、タクシーの順番を争う人々が、彼の横を慌ただしく駆け抜けて行った。

続く…

2010年1月4日月曜日

経営の継続的改善基盤のV字品質モデル

 我が社では来期の予算を編成する時期となり、先日、予算を所管する我が課の課内会議がありました。その席で、資料の端に描いたモデルを清書してみました。
 ドラフト版ということで公開しますが、システム開発のウォーターフォール モデルのV字品質モデルに、経営のPCDA上の概念を当てはめてみました。
 いろいろな概念が社内に溢れているので、それらの関係性を整理する必要があると思いメモしたものです。

2010年1月3日日曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(20)

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 お知らせ
 明日(4日)以降は、再び火曜日と金曜日にアップします。
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 空腹感を満足させることのできる場所を探して、渡辺は車を走らせた。その間、沢木はワープロリボンの中身を夢中になって読んでいた。
 環七通り沿いにあるファミリー・レストランに入った二人は、何よりもまず空腹感を満足させることに努めた。沢木はもろみソースのかかったチキンソテーのセットを、渡辺は大根おろしが乗ったビーフステーキのセットを注文し、お互いビールを口に運びつつそれを食した。食後のコーヒーを飲みながら、沢木はセブンスターを、渡辺はショートホープを吹かした。
 沢木が切り出した。
「それではお話ししましょう」
 渡辺は周囲を見渡し、近くに人がいないことを確認すると小さくうなずいた。
「一九九二年二月、相模重工に衛星写真技術研究室が設置されました。これは国需製品企画部(軍需部門を担当している部署)と、航空宇宙事業部共同の研究開発チームです。これを指揮したのは白石和哉副社長兼国需製品企画部長です。当時、国際的な軍縮気運が起こる中、日本でも防衛事業の縮小が叫ばれ始めました。これを懸念した白石副社長は、新たな利潤目標を模索する中で、偵察衛星に目をつけました。また、宮本誠航空宇宙事業部長は、二〇〇〇年には国内で三百億、世界では八千億円と推定される、衛星画像データ市場に興味を抱いていました。今でいうプロメテウス計画は、この両者の思惑の一致によりスタートしたのです。その翌年の五月、一つの事件が起こりました。北朝鮮による日本海への弾道ミサイル発射実験です。このことは国防関係者に大きな衝撃を与え、これまでにない偵察衛星論議を呼び起こしました。ここに第三の人物が登場します。時の防衛事務次官、牧野将明です。彼は白石副社長からプロメテウス計画を聞かされると、それに大きな関心を示すと同時に、後に牧野レポートと呼ばれる報告書を作成しました。それは…」
 それはこのような報告書だった。

『包括的多重層防衛戦略構想―弾道ミサイルからの防衛と装備近代化について―』
 一九九三年十一月  防衛事務次官  牧野 将明
 構想提起にあたって
 今年五月。北朝鮮により弾道ミサイル「ノドン一号」が日本海に試射された。この件に関し我が国は独自に事態を知るに至らず、在日米軍からの情報提供により、初めてこれを知るところとなった。これは日本の防衛体制を根底から揺るがす問題であり、なおかつ、非常に憂慮すべき問題である。それは、これが試射でなかった場合、着弾地点が日本海でなかった場合を想像してみれば、一目瞭然のことと推察される。
 近年、北朝鮮の核開発疑惑が叫ばれる中、その弾道ミサイル―より具体的にいうならば、核を搭載した弾道ミサイルが、万が一にも日本に放たれた場合、我が国の防衛体制の現状では、その迎撃はおろか迫り来る危機すら察知することなく、惨憺たる光景を目の辺りにすることにより、初めてその事実を知ることとなるのである。これでは一体何をもってして防衛というのだろうか。また、これまでの防衛政策とは何だったのか……
 四方を海に囲まれた我が国の領土特性を考慮すれば、敵なるものが我が国に対してその武力を行使するルートは、間違いなく空と海である。現在の国防体制でも、通常兵器(航空機や艦船など)によるものならば、それを早期発見し撃破することも可能である。しかし、弾道ミサイルについてはどうか。もはやいうまでもないであろう。
 今我が国にとって最も驚異となるものは、弾道ミサイルである。今日の国際社会においては世界的規模の戦争や、我が国に対する侵略行為などは起こり得ないであろう。だが、弾道ミサイルについては例外である。なぜなら、弾道ミサイルの発射は、ほんの少数の人間の意思により可能であるからだ。特に、独立国家共同体の国々が保有する核弾道ミサイルについては、どこまで政治的・軍事的統制が保たれているかは疑わしいものであり、少数の無知なる者や悪意ある者が、その力を行使せんとする可能性は大いなる驚異である。しかるに、弾道ミサイルに対する防空システムの確立は……
 このような防衛戦略を実現するためには、偵察衛星の存在が不可欠である。敵に知られることなくその戦力を把握し、また、早期のうちにその手のうちを見て取れるものは、偵察衛星をおいてほかに皆無であろう。しかしながら我が国には、一九六九年に衆議院で採択された、「宇宙開発及び利用は平和目的に限る」とする国会決議がある。また、偵察衛星運用開始には約一兆円(詳しくは後述)規模の莫大な予算が必要とされる。さらに、我が国の憲法上の問題などもあり……では、我が国はこのまま目と耳をそがれたままの、盲目的かつ粗略な防衛体制でいいのであろうか。
 米ソの冷戦終結、ソ連邦の解体、これらの影響により、今年、ロシアは衛星写真の販売を発表し、これを受け米政府も衛星写真の商業販売を解禁した。また、米国を中心とする外国企業により、商業衛星もいくつか打ち上げられる予定である(資料七)。このことは、我が国が特に「偵察衛星」と称する目耳を持たずとも、高解像度衛星写真(解像度一メートル=軍事的に価値のある写真)を入手することができることを示唆している。そして、実際にこれらの衛星写真を購入することは可能であろう。が、しかし、ことは国防に関わる事柄である。諸外国や外部機関に依存するような形態で、はたして即戦力となる情報を入手することができるのだろうか。またここに大いなる懸念が生ずる。やはり、我が国防衛機関独自の「目と耳」を持つことが必要なのである……
 我が国において衛星技術を有する企業は、相模重工、東芝、日本電気、三菱電気の四社である。その中でも相模重工は、打ち上げのためのロケット技術を有するとともに、衛星写真を提供する商業衛星の開発に最も意欲的である。信頼できる筋からの情報によると、相模重工は既に解像度一メートルの衛星写真技術を獲得し、また、実験衛星打ち上げの準備を推進中である……

「……というようなものです」
 沢木は続けた。
「牧野レポートは政府と防衛庁を動かす原動力となり、昨年六月、相模重工と自衛隊により、それは具体的な方向へと動き出したんです。そして、牧野レポートの確信部分とは、偵察衛星、早期警戒衛星、AWACS(早期警戒管制機)、レーダーサイト、そしてABM(弾道弾迎撃ミサイル)などによる、彼の言葉を借りれば“包括的多重層防衛戦略”なるもので、簡単にいえば日本版SDI、あるいはTMD(戦域ミサイル防衛)ということになるでしょう。まあ、このようにしてプロメテウス計画は、いつしか壮大な防空計画へと変貌していったわけです。そして、プロメテウスは完成し、今年の四月に打ち上げられ、地球の周りを高度七〇〇キロで二日周期に回っているんです。プロメテウスに搭載された高解像度衛星写真システムは、十五キロメートル四方を、解像度一メートルという鮮明さでとらえることができます。現在日本が保有する商業衛星〈ふよう〉の能力が、解像度十八メートルといえば、いかにプロメテウスのシステムが優れているかがお分かりになるでしょう」
 渡辺は二本目のタバコに火をつけながら尋ねた。
「で、沢木さんはプロメテウス計画のどの部分に関わっているんだ?」
「仮に国家防空戦略システム、といわれているコンピューター・システムの開発です」
「なんだい、そりゃ?」
「偵察衛星、早期警戒衛星、各種レーダー網からの情報を包括的に分析し、その結果から最も適した迎撃作戦を立案する。さらに、必要な情報をABMに転送し発射。その結果を判定し、必要ならば次ぎなる作戦を立案する。これらのことをすべて自動で行えるコンピューター・システムの構築です」
 渡辺は首を横に振りながら言った。
「まるでSF映画だな」
「実現可能なシステムですよ。ただし、実際にそこまでやるとなるととても相模一社の技術力ではカバー仕切れません。いずれは日本のほとんどの重工業メーカー、及び研究機関が参加することになるでしょう」
「俺にはとても信じられんよ。そんな国防上の極秘事項を知る―いや、その計画自体に関わっている人間が目の前にいるなんてね」
 沢木は軽く微笑んで冗談っぱく言った。
「まあ、こうみえても私は相模の最高頭脳ですから」
 それはそうだろう、と渡辺は思ったが、からかってみたくなった。
「俺はそんなこと始めて聞いたぞ。一体誰が言ってるんだ?」
「木下ですよ。彼の原稿が世に出てれば、渡辺さんもそれを目にしたでしょうに……」 とぼけた沢木の言いように、渡辺の心は笑っていたが、それを顔には出さなかった。沢木はこの手の冗談は通じないのだろうと思った。
「ところで沢木さん。これは私の個人的興味からの質問なんだが、そういうことに関わることに対してどう思っているんだ」
「兵器開発、などにですか?」
「ああ」
 沢木は唇を噛み締め小さく唸ると、火のついていないタバコを両手でいじりながら話し始めた。
「かつて、マンハッタン計画の指導者である核物理学者ロバート・オッペンハイマーは、“罪を知った科学者”という言葉を口にしたと伝えられています。私にもいつの日か、そんな言葉を口にする日があるのかも知れません―今、私の胸のうちにはさまざまな思いがあります。それを一口に説明するのはなかなか難しいことでして…… それは……例えば、渡辺さん、あなたもSOPにいたのなら、人を撃ったたことがあるでしょう。例えテロリストとはいえども。その時、あなたはいろいろなことを考えたはずだ。例えばそういうことです。何が正しいのか、あるいは何が正義なのか―いや、この話しはまた今度にしましょう」
 沢木は手に持っていたくしゃくしゃのタバコに火をつけた。
 渡辺には沢木の考えが、あるいは迷いというものが分かったような気がした。いみじくも沢木が言ったように、正義という名の殺人をSOP時代何度も行ってきたのだから―
「なるほど、非常に参考になったよ」
 沢木と渡辺はともに感じ取っていた。お互いに共通な思いを持っているを―
 守るべきものを守れなかったこと―
 自分の行為に対する葛藤―
 しばらくの沈黙の時間が過ぎた後、沢木が言った。
「渡辺さん、プロメテウスに関連してもう一つ言っておくことがあります」
「何だ」
「プロメテウスの管制センターはどこにあると思います?」
「種子島か? いや、自衛隊施設のどこかか?」
 沢木はかぶりを振った。渡辺はいぶかりながら―
「じゃあ、どこにあるんだ」
「相模重工川崎工場ですよ。就業者数六千人の……」
「何てこった! そこをテロの標的にでもされたら―六千人もいるのに!」

続く…

2010年1月2日土曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(19)

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 お知らせ
 2009年12月29日から2010年1月3日まで、『エクスプロラトリー ビヘイビア』を毎日アップします。
 元日は、年賀メッセージを1日掲載することにしたため、アップしませんでした。
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 午後九時を少し過ぎたころ、黒いスカイラインは木下のアパートの近くに止まった。木下の部屋の前には、幸いにして人の姿はなかった。
 木下の部屋の前まで来ると、渡辺はドアの前にしゃがみ込み、車から持って来た鞄の中から細長い金属の棒を取り出し、それを玄関ドアの鍵穴へと差し込んだ。
「そんなものを持ち歩いている何て、穏やかじゃないですね」
 沢木が小声でそう言うと、渡辺はむっとした顔をして答えた。
「ここへ来ようと言ったのは、どこのどいつだっけ」
 渡辺はカチャカチャという音をしばらく鳴らした後、やや大きめのガチャリという音をさせた。ドアが開き、二人は中へと入って行った。
 玄関を入ってすぐの居間につながる廊下には、生々しい赤い染みが懐中電灯の光に浮かび上がっていた。渡辺は居間のほうへと進み、沢木は赤い染みをよけながら彼に続いた。「さあ、お望みの場所ですよ、沢木さん」
 沢木は居間を見回した。正面の窓の側には大きな机があり、その上にはデスクトップ型のワープロが置いてあった。机と反対側の壁際には本棚があり、軍事関係、技術関係の本がずらりと並んでいた。
「とにかく調べてみましょう。私はこの居間を調べますから」
「よし、俺はほかの部屋を見よう」
 渡辺は寝室へと入って行った。
 沢木はワープロが置かれた机に歩み寄り、その上を眺めた。普通ならば置かれているはずの資料やフロッピーディスク、打ち出された原稿など、そのようなものは机の上にはなかった。三つある引き出しの中も全部調べてみたが、やはり何もない。
 空振りだったかなぁ
 沢木はそう思いつつ、本棚のほうへと移動した。
 それにしても熱転写プリンターなんかでよく仕事が間に合うなぁ
 ジャーナリストという仕事柄を想像した沢木は、印字速度の遅い熱転写プリンターは非合理的だと思った。
 待てよ、熱転写プリンターだと
 沢木はすっと回れ右をして、再びワープロに近づいた。そして、ワープロと一体型になったプリンターの内部を懐中電灯で照らし、そこをのぞき込んだ。
「ようし」
 沢木はそうつぶやくと、プリンターの用紙挿入口の蓋を開け、さらに透明のカバーを外し、インクリボンカセットを取り出した。
 熱転写プリンターは、オーディオ・カセットテープのような構造をした、インクリボンカセットにより印字を行う。この際、印字した文字は白抜け文字となってインクリボンに残り、カセット内に巻き取られている。つまり、そのインクリボンカセットで印刷されたすべての文章が、カセット内に残っているのだ。
 沢木は懐中電灯をワープロの上に置き、その明かりのもとでインクリボンを引き出し始めた。しばらくリボンを引き出すと、沢木はほくそ笑んだ。
「渡辺さん! 渡辺さん!」
 小さな叫び声に気づいた渡辺が、小走りに沢木の脇にやって来た。
「どうした?」
 沢木はインクリボンを指差した。渡辺がのぞき込むと、“軍事衛星プロメテウス”の文字が見えた。
「やれやれ、立派なもんだよ沢木さん。あんたはきっといい警官になれる」
「話しを整理しましょう」
 沢木が言った。
「木下はプロメテウスに関する極秘事項を知っていた。そして、このワープロで記事を書いていた。なのに印刷物もフロッピーディスクもない。ということは、誰かが持ち去ったことになる。警察じゃないとしたら、それは木下を殺った奴だ」
「そうだな。そして、殺しの理由がほかにあるならば、プロメテウスに関連するものを持ち去る必要はない。つまり、犯人はプロメテウスについて知りたかった。そして、それを他の人間に知られたくなかった」
 沢木は大きくうなずいた。
「渡辺さん、条件はそろいましたよ。お話ししましょう、プロメテウスについて」
「ああ、だがその前に……」
 渡辺は険しい表情をして言った。
「今度は渡辺さんですか、何です?」
「腹が減ったよ」
 沢木は笑って答えた。
「私もです」

続く…

2010年1月1日金曜日

新年、あけましておめでとうございます。

新年、あけましておめでとうございます。

昨年は、大変大きな失敗を契機に、さまざまなことを学んだ一年であり、苦しいこともありましたが、大変充実した一年でした。

今年も昨年同様、新しいことに挑戦し、大いに学び、価値を生み出すことに精励できればと思っております。

新年早々、いくつかのプロジェクトを同時に進めていくことになりますが、関係者のみなさまのご協力なしには進まぬことばかりです。

本年も、どうぞよろしくお願いします。


The value is a balance.

私は、バランスから生じる最適な価値の実現を目指します。


2010年元旦
Satohru