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2010年1月3日日曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(20)

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 お知らせ
 明日(4日)以降は、再び火曜日と金曜日にアップします。
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 空腹感を満足させることのできる場所を探して、渡辺は車を走らせた。その間、沢木はワープロリボンの中身を夢中になって読んでいた。
 環七通り沿いにあるファミリー・レストランに入った二人は、何よりもまず空腹感を満足させることに努めた。沢木はもろみソースのかかったチキンソテーのセットを、渡辺は大根おろしが乗ったビーフステーキのセットを注文し、お互いビールを口に運びつつそれを食した。食後のコーヒーを飲みながら、沢木はセブンスターを、渡辺はショートホープを吹かした。
 沢木が切り出した。
「それではお話ししましょう」
 渡辺は周囲を見渡し、近くに人がいないことを確認すると小さくうなずいた。
「一九九二年二月、相模重工に衛星写真技術研究室が設置されました。これは国需製品企画部(軍需部門を担当している部署)と、航空宇宙事業部共同の研究開発チームです。これを指揮したのは白石和哉副社長兼国需製品企画部長です。当時、国際的な軍縮気運が起こる中、日本でも防衛事業の縮小が叫ばれ始めました。これを懸念した白石副社長は、新たな利潤目標を模索する中で、偵察衛星に目をつけました。また、宮本誠航空宇宙事業部長は、二〇〇〇年には国内で三百億、世界では八千億円と推定される、衛星画像データ市場に興味を抱いていました。今でいうプロメテウス計画は、この両者の思惑の一致によりスタートしたのです。その翌年の五月、一つの事件が起こりました。北朝鮮による日本海への弾道ミサイル発射実験です。このことは国防関係者に大きな衝撃を与え、これまでにない偵察衛星論議を呼び起こしました。ここに第三の人物が登場します。時の防衛事務次官、牧野将明です。彼は白石副社長からプロメテウス計画を聞かされると、それに大きな関心を示すと同時に、後に牧野レポートと呼ばれる報告書を作成しました。それは…」
 それはこのような報告書だった。

『包括的多重層防衛戦略構想―弾道ミサイルからの防衛と装備近代化について―』
 一九九三年十一月  防衛事務次官  牧野 将明
 構想提起にあたって
 今年五月。北朝鮮により弾道ミサイル「ノドン一号」が日本海に試射された。この件に関し我が国は独自に事態を知るに至らず、在日米軍からの情報提供により、初めてこれを知るところとなった。これは日本の防衛体制を根底から揺るがす問題であり、なおかつ、非常に憂慮すべき問題である。それは、これが試射でなかった場合、着弾地点が日本海でなかった場合を想像してみれば、一目瞭然のことと推察される。
 近年、北朝鮮の核開発疑惑が叫ばれる中、その弾道ミサイル―より具体的にいうならば、核を搭載した弾道ミサイルが、万が一にも日本に放たれた場合、我が国の防衛体制の現状では、その迎撃はおろか迫り来る危機すら察知することなく、惨憺たる光景を目の辺りにすることにより、初めてその事実を知ることとなるのである。これでは一体何をもってして防衛というのだろうか。また、これまでの防衛政策とは何だったのか……
 四方を海に囲まれた我が国の領土特性を考慮すれば、敵なるものが我が国に対してその武力を行使するルートは、間違いなく空と海である。現在の国防体制でも、通常兵器(航空機や艦船など)によるものならば、それを早期発見し撃破することも可能である。しかし、弾道ミサイルについてはどうか。もはやいうまでもないであろう。
 今我が国にとって最も驚異となるものは、弾道ミサイルである。今日の国際社会においては世界的規模の戦争や、我が国に対する侵略行為などは起こり得ないであろう。だが、弾道ミサイルについては例外である。なぜなら、弾道ミサイルの発射は、ほんの少数の人間の意思により可能であるからだ。特に、独立国家共同体の国々が保有する核弾道ミサイルについては、どこまで政治的・軍事的統制が保たれているかは疑わしいものであり、少数の無知なる者や悪意ある者が、その力を行使せんとする可能性は大いなる驚異である。しかるに、弾道ミサイルに対する防空システムの確立は……
 このような防衛戦略を実現するためには、偵察衛星の存在が不可欠である。敵に知られることなくその戦力を把握し、また、早期のうちにその手のうちを見て取れるものは、偵察衛星をおいてほかに皆無であろう。しかしながら我が国には、一九六九年に衆議院で採択された、「宇宙開発及び利用は平和目的に限る」とする国会決議がある。また、偵察衛星運用開始には約一兆円(詳しくは後述)規模の莫大な予算が必要とされる。さらに、我が国の憲法上の問題などもあり……では、我が国はこのまま目と耳をそがれたままの、盲目的かつ粗略な防衛体制でいいのであろうか。
 米ソの冷戦終結、ソ連邦の解体、これらの影響により、今年、ロシアは衛星写真の販売を発表し、これを受け米政府も衛星写真の商業販売を解禁した。また、米国を中心とする外国企業により、商業衛星もいくつか打ち上げられる予定である(資料七)。このことは、我が国が特に「偵察衛星」と称する目耳を持たずとも、高解像度衛星写真(解像度一メートル=軍事的に価値のある写真)を入手することができることを示唆している。そして、実際にこれらの衛星写真を購入することは可能であろう。が、しかし、ことは国防に関わる事柄である。諸外国や外部機関に依存するような形態で、はたして即戦力となる情報を入手することができるのだろうか。またここに大いなる懸念が生ずる。やはり、我が国防衛機関独自の「目と耳」を持つことが必要なのである……
 我が国において衛星技術を有する企業は、相模重工、東芝、日本電気、三菱電気の四社である。その中でも相模重工は、打ち上げのためのロケット技術を有するとともに、衛星写真を提供する商業衛星の開発に最も意欲的である。信頼できる筋からの情報によると、相模重工は既に解像度一メートルの衛星写真技術を獲得し、また、実験衛星打ち上げの準備を推進中である……

「……というようなものです」
 沢木は続けた。
「牧野レポートは政府と防衛庁を動かす原動力となり、昨年六月、相模重工と自衛隊により、それは具体的な方向へと動き出したんです。そして、牧野レポートの確信部分とは、偵察衛星、早期警戒衛星、AWACS(早期警戒管制機)、レーダーサイト、そしてABM(弾道弾迎撃ミサイル)などによる、彼の言葉を借りれば“包括的多重層防衛戦略”なるもので、簡単にいえば日本版SDI、あるいはTMD(戦域ミサイル防衛)ということになるでしょう。まあ、このようにしてプロメテウス計画は、いつしか壮大な防空計画へと変貌していったわけです。そして、プロメテウスは完成し、今年の四月に打ち上げられ、地球の周りを高度七〇〇キロで二日周期に回っているんです。プロメテウスに搭載された高解像度衛星写真システムは、十五キロメートル四方を、解像度一メートルという鮮明さでとらえることができます。現在日本が保有する商業衛星〈ふよう〉の能力が、解像度十八メートルといえば、いかにプロメテウスのシステムが優れているかがお分かりになるでしょう」
 渡辺は二本目のタバコに火をつけながら尋ねた。
「で、沢木さんはプロメテウス計画のどの部分に関わっているんだ?」
「仮に国家防空戦略システム、といわれているコンピューター・システムの開発です」
「なんだい、そりゃ?」
「偵察衛星、早期警戒衛星、各種レーダー網からの情報を包括的に分析し、その結果から最も適した迎撃作戦を立案する。さらに、必要な情報をABMに転送し発射。その結果を判定し、必要ならば次ぎなる作戦を立案する。これらのことをすべて自動で行えるコンピューター・システムの構築です」
 渡辺は首を横に振りながら言った。
「まるでSF映画だな」
「実現可能なシステムですよ。ただし、実際にそこまでやるとなるととても相模一社の技術力ではカバー仕切れません。いずれは日本のほとんどの重工業メーカー、及び研究機関が参加することになるでしょう」
「俺にはとても信じられんよ。そんな国防上の極秘事項を知る―いや、その計画自体に関わっている人間が目の前にいるなんてね」
 沢木は軽く微笑んで冗談っぱく言った。
「まあ、こうみえても私は相模の最高頭脳ですから」
 それはそうだろう、と渡辺は思ったが、からかってみたくなった。
「俺はそんなこと始めて聞いたぞ。一体誰が言ってるんだ?」
「木下ですよ。彼の原稿が世に出てれば、渡辺さんもそれを目にしたでしょうに……」 とぼけた沢木の言いように、渡辺の心は笑っていたが、それを顔には出さなかった。沢木はこの手の冗談は通じないのだろうと思った。
「ところで沢木さん。これは私の個人的興味からの質問なんだが、そういうことに関わることに対してどう思っているんだ」
「兵器開発、などにですか?」
「ああ」
 沢木は唇を噛み締め小さく唸ると、火のついていないタバコを両手でいじりながら話し始めた。
「かつて、マンハッタン計画の指導者である核物理学者ロバート・オッペンハイマーは、“罪を知った科学者”という言葉を口にしたと伝えられています。私にもいつの日か、そんな言葉を口にする日があるのかも知れません―今、私の胸のうちにはさまざまな思いがあります。それを一口に説明するのはなかなか難しいことでして…… それは……例えば、渡辺さん、あなたもSOPにいたのなら、人を撃ったたことがあるでしょう。例えテロリストとはいえども。その時、あなたはいろいろなことを考えたはずだ。例えばそういうことです。何が正しいのか、あるいは何が正義なのか―いや、この話しはまた今度にしましょう」
 沢木は手に持っていたくしゃくしゃのタバコに火をつけた。
 渡辺には沢木の考えが、あるいは迷いというものが分かったような気がした。いみじくも沢木が言ったように、正義という名の殺人をSOP時代何度も行ってきたのだから―
「なるほど、非常に参考になったよ」
 沢木と渡辺はともに感じ取っていた。お互いに共通な思いを持っているを―
 守るべきものを守れなかったこと―
 自分の行為に対する葛藤―
 しばらくの沈黙の時間が過ぎた後、沢木が言った。
「渡辺さん、プロメテウスに関連してもう一つ言っておくことがあります」
「何だ」
「プロメテウスの管制センターはどこにあると思います?」
「種子島か? いや、自衛隊施設のどこかか?」
 沢木はかぶりを振った。渡辺はいぶかりながら―
「じゃあ、どこにあるんだ」
「相模重工川崎工場ですよ。就業者数六千人の……」
「何てこった! そこをテロの標的にでもされたら―六千人もいるのに!」

続く…

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