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2010年1月15日金曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(24)

 人美はうたた寝から目を覚ました。昨夜はあの恐怖に襲われて以来、また悪夢を見るかも知れないという脅迫観念に駆られて一睡もできなかったが、やはり身体は睡眠を必要としている。気分転換に本を眺めていた人美は、知らず知らずのうちに机に突っ伏して寝いってしまっていたのだ。
 机の上に置いてある小さな鏡に映った自分の顔を見た時、思わず笑ってしまった。なぜなら、彼女の頬には腕枕の跡が、きっちりとついていたからだ。しかし、その笑顔は長くは続かなかった。悪夢の記憶がすぐに蘇えってきたから―「はー」と溜め息混じりの声を発しながら、両手で髪の毛をくしゃくしゃにしながら考え込んだ。
 あーあ、一体どうすればいいんだろう。あんな夢、しばらく見ていなかったのに…… そうだ! また彩香がいてくれたら、変な夢は見ないかも…… 彩香に来てもらおう 人美は足で床を蹴って回転椅子を回し、身体をドアのほうに向けた。その時―
 スーっと音もなくドアが開いた。
「あれっ」誰だろう? と思い、「誰かいるんですか?」と小声で言った。しかし、返事は返って来なかった。彼女はドアに歩み寄り廊下をのぞき込んだ。
「おかしいなぁ」
 だーれもいないのに
 彼女はそれをいぶかしく思ったものの、きっときちんと閉まってなかったのね、と片付け、居間にある電話に向かって歩き出した。彼女が階段にさしかかった時、ドアは静かに閉まった。誰もいないのに、独りでに―
 居間に入った時、タイミングよく電話が鳴った。しかも、それは彩香からだった。
「人美が電話に出るなんて珍しいわね。いつもお手伝いさんが出るのに」
「ちょうど彩香に電話しようと思ってたところだったの」
 人美は明るく努めた。
「やっぱりね」
「何が?」
「何となくそんな気がしたの―人美が連絡して来るような。以心伝心って奴ね」
「ふふっ、そうね。ところで彩香―」
「おーとっ、残念でした。悪いけど今日は家族でお出掛けなの。お姉さんの誕生日でね、一家でお食事なのよ。一種の家庭サービスね―三人そろわないとお父さんがごねるから」「そうなんだ。どっちのお姉さん」
 彩香は三姉妹の末っ子だった。
「二番目」
「そう。じゃあ、たのしくね」
「うん、明日なら遊びに行けるから。バイバーイ」
 人美は受話器を置いた後にふと思った。
 兄弟かぁ、いいなぁ。私ならお兄さんが―ないものねだりしてもしょうがないよ―でも、弟か妹なら可能性あるかなぁ
 人美は兄弟のいる自分を思い浮かべてみた。が、すぐに悪夢のことを思い出し、不安な気持ちにさいなまれるのだった。
  

 葉山の本部に戻った沢木と沢木組の面々が、昨夜の人美に現れた現象についての分析を試みているころ、渡辺は晴海埋め立て地にあるSOP本部にいた。相模重工の警備及び木下殺害事件の捜査を命じられたSOP本部長の田口謙吾警視監は、相模に渡辺がいることを知っていたので、彼に連絡し、細かい情報を得るために本部へ招いたのだった。
 本部長室には、渡辺、田口本部長のほかに、もう二人の男がいた。どちらも渡辺とは知り合いで、SOP第二セクション捜査第七班に所属する捜査官である。この二人はコンビを組んで仕事をしているのだが、体格も性格も何もかも、まったく対照的なコンビだった。 一六〇と背が低く、優しそうな顔の男は里中涼といい、SOP第二セクションきっての切れ者でとおっている。彼は国家公務員採用試験Ⅰ種に合格し、警察庁に入庁したいわゆるキャリア組である。警察官としての彼の非凡な才能―その明晰な頭脳は、警部補として渋谷区の渋谷警察署捜査一係での研修中に既に発揮されていた。不可解な一つの難事件と、二つの殺人事件、そしてテロ工作を一件、彼はほぼ彼自身の手で解決した。これは極めて異例のことである。なぜなら、キャリア組として“現場”に研修に来る者など、その目的は“現場”の見聞であり、実質的な捜査に携わること、ましてや事件を解決するなどということは皆無に等しいからである。その後、彼の捜査力は高く評価され、出世街道をひた走る土台が構築されたのだが、SOP創設と同時に第二セクションへの参加を志願し、今日に至った。SOPに入隊して八年、これまでに数多くのテロリストを摘発し、二つのテロ組織を壊滅に追い込んだ現在の彼は三十四歳、階級は警部である。
 里中の相棒を務めるのは、一八〇強の背丈とタフな肉体、たいていの子供なら怖がってしまうような顔、そして、妻と三つになる娘を持つ西岡武信、三十二歳である。
 彼は里中とは対照的に、高校を卒業してから警察官になり、交番勤務から始めたノンキャリアの代表のような男である。彼の武器はその鍛え抜かれた肉体にあり、空手、柔道、剣道において“段”を有し、射撃の腕前も極めて優秀であった。外勤警察官をへた後、機動捜査隊の一員として長らく活躍していた彼は、本来SOP第一セクションに志願したのだが、あろうことか上司の不手際により、第二セクションに配属されてしまった。しかし、上司の不手際は思わぬ幸運を彼にもたらした。それは、里中との出会いである。
 誰もがおっとりとした頭脳派の里中と、気短にして肉体派の西岡とのコンビなど、うまくいくわけがないと信じていた。だが、それは思い違いであった。コンビを組んで八年、二人は常にSOP第二セクションの功績の担い手であった。
「なるほどね、やっと全体像が見えてきたよ」
 田口本部長が渡辺からの説明を聞いた後に言った。
「まったく上の連中ときたら、いつも肝心なことは秘密にしてやがる」
 西岡がSOP総括委員会をいぶかしく思いながらそう言うと、そのメンバーである田口本部長は苦笑しながら言った。
「そう言うな、私だって知らなかったことなんだ」
「とにかく、木下を殺った奴を一刻も早く捕まえてください。八〇年代後半の、あの悪夢のようなテロ活動の復活などごめんですからね」
 渡辺の要求に田口本部長が答えた。
「捜査は里中率いる第七班に担当させる。加えて第二班、計十二人の捜査官を投入する。まあ、我々を信用しておけ」
 その言葉を受けた里中は、いつもと変わらぬのんきさで「えー、何とかしますよ」と言った。
 渡辺はSOP時代、里中とは何度となく共闘している。例えば、里中が突き止めたテロ計画を、渡辺が阻止するというような形で。したがって、渡辺は里中の実力を熟知しているのだが、里中の発する独特の声音は、いつ聞いても頼りないものであった。
 渡辺は里中に尋ねた。
「で、どこから手をつけるんだ?」
 その問いに里中が答えようとした時、本部長室の電話が鳴った。電話を取った本部長が里中に向かって言った。
「里中、お前にSOPの女戦士様からだ」
 それは川崎工場に展開中のSOP16部隊の女性隊員、星からの電話だった。
「やあ、恵里さん。どうしたの? 今川崎にいるんでしょう」
「もう、名前で呼ぶのやめてって言ってるでしょう。それより、伝えておきたいことがあってね。里中さんに直接」
「何?」
「木下殺しの一件、里中さんが担当するんでしょう。実は、ついさっきここに賊が侵入してね。設計図か何か、はっきりとはしないんだけど、何かを持ち去ったらしいの」
「おやおや、SOP第一セクション一個小隊が出張っていながら、とんだ大失態だね」
 星は声を大きくして言った。
「大失態はないでしょう! 人がせっかく正規の連絡前に、少しでも早くと思って連絡してあげたのに。大体ね、16部隊は経験の浅い隊員が多いんだから、文句があるなら本部長に言ってよ!」
「はいはい、そんなぁ怒らないで。で、賊に関して何か分かってることはあるの?」
「名前は大平……」
「はーい、分かりました。それじゃ、へましなでね。バイバーイ」
 里中は電話を切るとすぐに渡辺に向き直り尋ねた。
「大平勇一って社員、知ってますか」
「ああ、木下に情報を漏らした社員だ」
「なーるほど」
 里中はにっこりと微笑んで言った。
「渡辺さん、どこから手をつけるか決まりましたよ。まずは、大平の家へ案内してください」
 渡辺はこの時強く思った。沢木といい、里中といい、インテリとされる部類の人間はどうも苦手だと……

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