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2010年1月29日金曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(28)

 時がさかのぼること午後三時過ぎ、葉山の本部はひっそりと静まり返っていた。人美を巡る議論は底を突き、誰もが精神的疲労を感じ、口を開くことすら億劫というような状態だった。誰かがポンと答えを渡してくれたならどんなにか楽だろう。しかし、彼らは自分自身の手で答えを探さなくてはならないのだ。なぜなら、彼らは開拓者であり、冒険者であるから―
 その静けさを打ち砕いたのは電話のベルだった。
「もしもし、相馬です。分かりましたよ、ついに!」
 秋山の取った受話器から、相馬の勢い勇んだ声が飛び込んできた。
「ちょっと待ってください。沢木さんと替わります」
 彼女は沢木に「相馬さんからです」と告げ、外部スピーカーとマイクのスイッチを入れた。マイクに近寄った沢木が言った。
「沢木です。何か分かりましたか」
「つながりましたよ。見山と溺死体」
 スピーカーの前に集まって来た沢木組の面々がどよめいた。
「彼女を救った男の一人を見つけたんです。その人は海の家の経営者で、その時のことをよく覚えていましたよ。なんせ、少女を救うなんてことは、彼にしてみればちょっとした英雄伝ですからね」
「でっ! 確認は? 間違いないんですか!?」
 沢木が問い質した。
「ええ、写真で確認しました。見山のことも、友達の泉でしたっけ? それから溺死した男二人、すべて顔を確認できました」
 岡林が思わずつぶやいた。
「すっげぇー」
「念のため、その時いた別の二人にも面通ししてもらったんですが、結果は同じです。あの日見山人美を襲ったのは、海で死んだ男たちだったんですよ」
 沢木は唇を噛み締めた。なんてことだろう。予想していたこととはいえ、ショックは隠せなかった。これはもう偶然の域を越えている。偶然の域を…… やはり彼女は……
「もしもし、もしもし……」
 相馬の呼びかけに答える者はしばらくいなかった。皆、沢木と同じ衝撃を味わっていた。ややあって、ようやく沢木が答えた。
「ああ、すみません。どうもご苦労様でした」
「いえいえ。それじゃ、私の任務はこれで終わりましたから―ほかに何かありますか?」「いえ、もう十分です。元の仕事にお戻りください」
「分かりました。それじゃあ、本社に取り敢えず戻りますので、失礼します」
「はい。本当にお疲れ様でした」
 電話がとぎれた後も沈黙の時間は続いた。それぞれが思い思いの場所に座り、直面した事実をどう受け止めたらいいものか苦慮していた。ある者は単なる偶然と思っていた。しかし、偶然がもたらすことにも限界がある。もはやサイ・パワーは確実のものなのか? そういぶかっていた。またある者は最初からそれを信じていたが、いざ自分がそれに接しているのかと思うと、何ともいえぬ恐怖心が湧きあがってくるのだった。そしてまたある者は、偶然であろうとサイ現象であろうと、そのことを人美という少女が知った時、彼女は一体どうなるのだろう? あるいは彼女はそれを意図的に行使しているのだろうか? そんな思いで不安になっていた。だが、誰の心にも、答えとなるべきものはみいだせなかった。そして心の中は曇り、不安、恐怖、疑問、迷いが駆け巡り、そうしたそれぞれの思いが、彼ら―沢木、秋山、片山、岡林、松下、桑原―を不思議な空間へと送り込んだのだった。
 そのころ、人美は自室のベットの上で服を着たまま眠っていた。彼女の意識下の恐怖心と、無意識下の眠りへの欲求が互いに激しくぶつかり合い、ついに欲求が勝利したのだ。安らかな寝息をたて、死んだように、深く、深くと眠りの中へ、自身の心の中へと導かれていくのだった。そして、彼女の眼球がピクピクとうごめくレム睡眠を迎えると、精神は肉体を離れ、自分を見つめている者のもとへと旅立った。
 沢木たちの沈黙はその声によって破られた。時間が止まり外の世界と隔離され、彼らのいる場所は現実世界から脱した異次元空間のごとく、異様な空気が渦巻いていた。音はなく、ただその声が聞こえるだけだった。
「あなたたちはだーれ?」
 秋山の口から発せられたその声音は、優しいそよ風のように繊細で、少女の純真な心を物語るかのような、甘く切ない問いかけだった。
「えっ!?」
 沢木は突然の問いかけにはっと我を取り戻し、声のほうを向いた。
「どうして私を見つめるの?」
 皆、息を飲んだ。彼らに問いかけるその声音は、秋山から発せられてはいるものの、彼女の声ではないことに既に皆が気づいていた。それは彼女に乗り移った何かだった。
「ねえ、誰なの?」
 秋山の身体を借りた何かは、執拗に彼らを問い質した。沢木は彼女に歩み寄ろうとしてて突き進んだが、その行く手を「話しかけないほうがいいわ、多分」という桑原の言葉に阻まれた。
「どうして答えてくれないの? 答えもしないのに、どうして私に構うの?」
 秋山は鋭い視線で沢木を見つめながらそう言ったが、誰も答える者がないと知ると、もの悲しげな表情を浮かべ涙を流し始めた。その表情にいたたまれなくなった沢木は、ついに言葉を投げかけた。
「人美? 君は見山人美さんだろう?」
 秋山の顔をした人美は答えた。
「ええ、そうよ」
 その瞬間、沢木を除く者たちは身震えした。もはや偶然という逃げ場はなくなり、サイ現象は実在する、という事実のみが示された。―ええ、そうよ―その一言が証明したのだ。それは、発見の喜びや遭遇の興奮という感情の前に、ただただ驚愕させるだけの事実であった。しかし、これは沢木には当てはまらなかった。彼の心の奥深くで固まりつつある探究心と人美に対する想いは、この事実と遭遇したことによってより増強され、彼の行動を支配した。彼女を知りたい、そして守ってやりたい……
 人美は暇なく言葉を続けた。
「やっと答えてくれたのね。あなたは誰?」
 沢木はソファに座った人美の前まで近づくと、その前にしゃがみ込んで名乗った。
「私は沢木聡」
 人美は涙を流すのを止め、頬を流れた滴を手のひらでぬぐいながら言った。
「そう、沢木さん。私をずっと見ていたのは、あなた?」
「そうだよ」
「そうだと思ったわぁ。ずっと前から意識してたの、あなたの視線を」
「ずっと前って、どのくらい?」
 彼女はかぶりを振りながら言った。
「だめよ、質問するのは私よ」
「そうだね」
 沢木はにっこりと微笑み答えつつも、何ともいえぬ不思議な気分に包まれていた。今、自分は何の抵抗もなく、こうして人美の精神と会話している。一度も会ったことのない彼女と、一度もしたことのない方法で。目の前で起こっているサイ現象を、これほど無垢な状態で受け入れている自分の心理とは何なのだろう。そんな気分だった。彼は自身の心の奥底にある、行動を支配するものを意識下で理解していたわけではなかった。
「なぜ私を見つめるの?」
「答えに困るな」
「どうして?」
「自分自身でもよく分からないんだよ、どうして君を見ているのか。でも、君には非常に魅力的な―そうだなぁ、一種の才能がある。それを見届けたいと思っているのかも知れない」
「才能? どんな?」
「……」
 答えに苦慮する沢木を見て取った人美は、もういいわ、と言うかのように微笑むと、新たなるテーマを彼に示した。
「ねえ、あなたが怖いものはなーに?」
「私に怖いものなんてないさ」
 決して嘘ではない答えだった。彼は八年前にとても愛していた女性を失って以来、自分は過去の夢の惰性で生きている、という観念が頭を支配し、もはや怖いものなど何もない、得るものはあっても失うものは何もない、とずっと思っていた。
「本当?」
「ああ。私はとても大切なものを既に失ってしまっている。そのことに比べれば、もう怖いものなんてないよ」
「それは違うと思うわ。だってあなたには…… 止めとくわ」
「気になるな」
「自分で考えるのね。他人が口を挟むことじゃないから。それと、あなたは多分私と一緒、自分自身が怖いと思うわ」
「自分? よく理解できない。なぜ君は自分が怖いの?」
「私の心の中には何か別のものが棲んでいるのよ。それがとても怖い夢を見せるの。もしかしたら、私の知らないところで悪いことをしているのかも……」
 人美は視線をふっと下に落とすと、息を深く吸い込みながら天井を見あげた。沢木はその仕草から、彼女が抱く恐れや不安に対する思い込みの程度を見て取った。
「ねえ、見山さん」
「人美でいいわ」
「じゃあ、人美さん。一緒に互いの恐怖を取り除こうよ」
「それは無理よ」
「どうして?」
「だって、あなたは恐怖を自覚してないもの」
「教えてくれないかい?」
「だめ、さっきと一緒。自分で考えるのね―とにかく、私に構うのはもうやめて。じゃないと…… じゃないとあなたはひどいめに遭うわ、きっと」
「どんな?」
「自滅するわ」
 沢木は十分に言葉を選んだつもりで尋ねた。
「死ぬ、ってこと?」
「そんな感じかもね―私、もう行くわ。二度と会うことはないと思うから…… さようなら」
 人美は去って行った。沢木は何度か彼女の名を呼んだが、答える声はなかった。彼女が抜けた秋山の身体は、彼に覆いかぶさるように倒れ込んだ。彼はそれを受け止め「秋山、大丈夫か!?」と叫んだ。すかさず松下が「そこに寝かせて!」と指示し、沢木は秋山をソファに寝かせた。松下は秋山の首に手を当て脈を取り、呼吸数を数え、ペンライトで瞳孔の動きを確認した。その間、こんな怒号が飛び交った。
「もう止めたほうがいいよ。彼女は悪魔だ!」
 岡林の叫びを受けて片山が言った。
「そんな言い方は止めろ!」
「じゃあ、なんて言うんだよ!」
「そんなこと知るか!」
「分からないで偉そうなこと言うなよ!」
「何だと!」
「無責任だよ!」
「じゃあ、ここでやめることが責任あるって言うのか!? ええ!」
 それを止めたのは桑原だった。
「うるさい! 黙って!」
 ペンライトの光を消しながら松下が言った。
「大丈夫、気を失ってるだけだ。だが念のため、明日にでも精密検査を受けさせたほうがいいだろう」
「上で休ませましょう」
 桑原がそう言うと、沢木は秋山を両腕で抱き上げ、二階に向かって歩き出した。
「どうするんだよ、一体?」
 岡林が震えながら、誰に言うともなくそう尋ねた。
「うろたえるんじゃない」
 片山にそう言われた岡林は、再び声を荒げた。
「うろたえて悪いのか! ただごとじゃないんだぞ! 人美は沢木さんが死ぬって言ってるんだぞ!」
 今度は松下が制した。
「止めろ! 二人が争うことじゃない。とにかく、秋山君が意識を取り戻したところで、みんなで今後のことを話し合おう」
 秋山を抱き抱えた沢木は、怒鳴り合った二人のほうを振り返って言った。
「片山、岡林、すまない」
「……」
「片山、観測機材の電源を切ってくれ。それから、ウッドストックを呼び戻してくれ」
 それだけ言うと沢木は二階へと上って行った。
 二階の仮眠室にたどり着くと、沢木は秋山を簡易ベットの上に寝かせ毛布を掛けると、彼女の顔が近くに見える位置にあぐらをかいて座った。そこへ桑原が入って来て、彼の隣に座ると尋ねた。
「終わりにするんですか?」
 沢木は秋山を見つめたまま答えた。
「いいえ、止めません。人美の顔、見たでしょう。彼女は誰よりも怯えてる。このまま放り出すわけにはいきませんよ、絶対」
「そうね、基本的には賛成よ。私もこのままでは引き下がれない思いだから。でも、あなたは彼女に警告されたのよ。これ以上は危険かも知れない……」
「私はねぇ、桑原さん。どんな問題にでも必ず解決方法があると確信しているんです。今はその方法を思いつきもしませんが、絶対にある、そう信じてるし、また、それを見つけなければいけないと思ってます。今ここで彼女を一人にしてしまったら、彼女のほうこそ自滅してしまうような気がするんです。私はそんなことは嫌なんですよ。彼女を守ってやりたい。もしも私に怖いものがあるとすれば、彼女がそうして自滅してしまうことですよ」 桑原はそれに対して何も言わなかった。しかし、心の中ではこんなことを彼に話しかけていた。
 あなたにとって怖いもの、人美がさっき言いかけたことは、多分そういうことじゃないと思うんだけど。もっと別のものを、あなたの深層心理は恐れているんじゃないかしら

続く…

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