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2010年1月19日火曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(25)

 居間のソファに座り、ただぼうっとして時を過ごしていた人美は、響き渡るサイレンの音にはっと我を取り戻した。時刻は八月十五日の正午ちょうど。サイレンは第二次世界大戦の犠牲者をしのぶものであった。ふと見ると、千寿子がダイニングルームのテーブルの側に立ち、黙祷をしている姿が映った。人美もそれに習い、黙祷を捧げた。
 サイレンが鳴り止み、人美は目を開けた。と同時に、千寿子の呼び声がした。
「人美さーん、お昼ですよ」
「はーい」と答えて食卓に着いたものの、食欲はあまりなく、食べ物を箸で突っ突くのが精一杯だった。
 向かいの席に着いていた千寿子が心配そうに尋ねた。
「食欲ないみたいね。まだ、昨日の夢のことを気にしてるの?」
 人美はうつむいたまま答えた。
「ええ、何だかとても気になって」
「そのようすじゃ、睡眠もろくにとってないんでしょう」
「ええ」
 千寿子はどうしたらよいのやらと思案しながらも、話しをしていれば少しは気分も変わるだろうと思い、「今までにも怖い夢を見たことがあって?」と尋ねた。
「はい、何回かはありますけど。こんなに続くのは初めてです」
「続く?」
「そうなんです。この家に来る前にも、昨日と全く同じ夢を何回か見ているんです。でも、彩香が心配して泊まってくれてからは、しばらく見てなかったのに……」
 人美は今にもべそをかきそうな顔をしていた。
「そう、それなら彩香さんに遊びに来てもらうといいわ。泊まってもらってもいいのよ、遠慮しないでね」
「ありがとうございます。でも、彩香、今日は用があって出掛けてしまって」
「あら、心細いわね…… それにしても、いつからそんな夢を見るようになったの?」
「七月の二十九日、日曜日の夜からです」
「まあ、よくはっきり覚えているわね」
「ええ、ちょっとやなことがあって」
「なーに、やなことって? もしかしたらそれが原因なんじゃないの、よかったら話してみて」
 人美は彩香と一緒に長浜海岸に遊びに行った帰り道、二人の男に襲われそうになったことを話して聞かせた。
「まあ、何てことでしょう。でも、大事にならなくてよかったわ、本当に」
 千寿子は人美の話しに驚きつつも、自分の推測を言ってみた。
「よほど怖かったでしょう。それがきっかけかも知れないわね」
「でも、そのこと自体はそれほど気にしてなかったんです―もちろん怖かったけれど、その後、彩香と一緒に笑い飛ばしてしまったくらいですから……」
「そう。でも、ほかに原因らしいものもないわけだし、専門的なことは分からないけど、トラウマ(精神的外傷)っていうの? それかも知れないわ」
 千寿子は沢木にこのことを伝えようと思った。


 葉山の本部では、出前の麺類や丼ものの昼食を摂りながら、沢木たちによる討議が進められていた。議題はもちろん人美に関することであり、その焦点は、昨夜彼女を襲った悪夢とその時観測された脳波の解釈に絞られていた。
 松下が言った。
「どうにも分からんというのが正直なところなんだよ。ただ、脳波形には三サイクルの棘徐波や鋸歯状波がみられるんだ」
 沢木が尋ねた。
「それはどういうことなんです?」
「つまり、昨夜人美さんの身に起こったことは、“てんかん”の発作に類似しているということなんだ―あくまで、脳波からいえばだがね」
 秋山が言った。
「“てんかん”には昨夜のようなケースもありうるんですか? 夢にうなされるような」「んん、まあ、ないとはいえんと思うが…… “てんかん”と一口に言っても症状はさまざまでね、発作の形式だけだって、痙攣発作、失神発作、精神運動発作、精神発作、自律神経発作とあるんだ。例えば、覚醒時から発作が始まり夢を見ているような状態に移行する〈てんかん性朦朧状態〉は鋸歯状波を伴うんだ。それから考えれば人美さんは“てんかん”を起こしたといえなくもない。だが、例え“てんかん”だったにしても、昨夜観測された脳波の振幅は異常の一言に尽きる。一時的に記録された周波数だって六〇ヘルツだ。脳波というのは速くても四〇ヘルツぐらいまでだからね」
 沢木は一番心配していることを尋ねた。
「昨夜のようなことがまた起こった時に、精神的な障害や脳に損傷を及ぼすような可能性は?」
「んー、難しい質問だね。しかし、可能性はあるよ。精神的興奮などによって急激な血圧上昇があると、脳の血液循環に障害を引き起こすことがある。具体的な病名で言えば、脳卒中とか、脳出血とかね。だが、今現在分かっていることからでは、何とも判断しかねる。彼女を直接診察できればいいんだが、全くもどかしい限りだよ。せめて脳波の出現箇所を特定できればいいんだが」
「つまり、脳のどの部分から異常波が出力されているか、ですか?」
「んん」
「分かりました。ソフトの変更で何とかなるか、検討してみます」
「できそうか?」
「PPSは全部で八カ所設置されていますから、それぞれの位相差を解析すれば位置を特定できるでしょう。ただし……」
 ここで電話が鳴り、応対した秋山が沢木に言った。
「沢木さん。本社からの転送で、会長の奥様からだそうです」
「奥さんから? 何だろう」
 沢木は電話に出た。
「もしもし、沢木ですが」
「あーよかった。やっとつながったわ」
「すみません、今出先なものですから。それで、ご用件は?」
「実は、人美さんのことなんですけど」
「えっ」
 沢木は一瞬驚いた。千寿子にはこの計画に関することは内密にしてあるのだ。
「ああ、お預かりしているというお嬢さんのことですね」と一応とぼけながら、沢木は皆に会話が聞けるように外部スピーカーのスイッチを入れた。
「ついさっき人美さん自身の口から聞いたんですけど。七月二十九日に……私としてはそれが原因じゃないかと思って」
「そうですか、それにしてもどうしてそれを私に?」
 千寿子はくすっと笑った後に答えた。
「誰だって分かりますよ。うちに近寄らない片山さんが珍しく来たと思ったら、人美さんのお父さんが来た日に沢木さんと秋山さんが来る。そうかと思えば何人かの人たちが人美さんの部屋に出入りをする。最も、具体的に何をしてるかまでは分かりませんけどね」
 沢木は苦笑しながら答えた。
「それもそうですね。どうもありがとうございました、非常に参考になりました」
 千寿子は重々しい口調で言った。
「沢木さん、何をしてるかは知りませんが、くれぐれもよろしく頼みますよ。お願ね」
「はい、ベストを尽くしますので」
 沢木が電話を切ると、待ってましたとばかりに岡林が叫んだ。
「その男って! 例の溺死した……」
 沢木は短縮ダイヤルのボタンを押しながら言った。
「かもな」

続く…

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