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2010年1月12日火曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(23)

 都内のとあるホテルの一室で白石会長を待ち構えていた内閣官房長官は、政府のプロメテウス委員会及びSOP総括委員会のメンバーである。白石から事態の説明を受けた官房長官は、すぐさま首相官邸へと向かい対応を協議した。その結果、SOP総括委員会が緊急招集されたのは、白石が会議室を出てから約一時間半後の午前十時二十分だった。
 SOPの指揮監督権を持つSOP総括委員会を構成するメンバーは、内閣総理大臣、副総理(現在の副総理は大蔵大臣)、内閣官房長官、法務大臣、国家公安委員長の五人の国務大臣、及び警察庁長官、警視総監、公安調査庁長官、SOP本部長の九人である。
 会議は迅速に進められ、約二十分で終了した。ここで決定されたのは次ぎの三点―一つ、相模重工へのテロ行為警戒のため、相模重工施設が所在する各警察本部へ警備体制を執るよう命令する。二つ、特に川崎工場については、SOP第一セクションを持ってこれにあたり、その法的根拠はテロ対策法及びSOP法の該当条項による。三つ、木下殺害事件については、SOP第二セクションへ捜査が引き継がれる―以上である。
 この二つめの指令を受けたのは、アラート5体制(五分後に出動できる体制)で待機していた、SOP16部隊(SOP第一セクション第六小隊)の総勢二十五人である。
 戦術部隊であるSOP第一セクションでは、四人編成の班が六班集まり一個小隊を形成する。小隊には小隊長がいるために、一個小隊の人員は二十五人ということになる。また、小隊は全部で六隊あるので、SOP11部隊からSOP16部隊まで、総勢百五十名の隊員がいる。第一セクションを率いるのは隊長(階級は警視)であり、その下に副隊長(階級は警部)がいる。
 また、三つ目の指令を受けたのは、SOP第二セクションの二つの班である。
 捜査部隊であるSOP第二セクションでは、六人編成の班が十班集まり捜査部を形成する。つまり、六十人の捜査官がいるのだ。捜査部を率いるのは捜査主任(階級は警視)であり、その下に捜査補佐官(階級は警部)がいる。
 さらに、第一セクションと第二セクションを統括するのがSOP本部長(階級は警視監)であり、その上に内閣直属のSOP総括委員会が置かれている。
 SOPは警察庁のもと、警視庁、北海道警察本部、各管区警察局と同列に位置する組織であり、その機能はアメリカのFBIに類似している。SOP法のもと、強力な権限が与えられている彼らは、テロ対策法に基づく諸事項を実践するための組織である。
 近代的な兵器で武装した第一セクションは、ほとんどの行動がSOP総括委員会の意志により決定されるが、いざ出動となれば、一般警察や行政機関への指揮権すら発動でき、その戦術の多くはイギリス陸軍のSAS(特殊空挺部隊)を規範にしている。
 一方SOP第二セクションは、特にSOP総括委員会の判断を仰がなくとも、SOP本部長の意志により捜査活動が行える。また、その捜査権には制限がなく、日本国内のどこであろうと、一般警察より優先して活動することができる。公共の安全と秩序を守ることを目的とする第二セクションの具体的な活動内容は、テロ事件の捜査と防止、学生運動及び労働運動の過激行動の防止、右翼と左翼の監視、諜報活動の防止などである。


 午前十時五十五分。墨田川の河口に近い晴海埋め立て地にあるSOP本部から、ヘリコプターでやって来たSOP16部隊は、既に川崎工場に展開していた。
 相模重工川崎工場は、横浜市川崎区の千鳥町と名づけられた埋め立て地にあり、その隣には東京電力の川崎火力発電所がある。千鳥運河、大師運河、塩浜運河、京浜運河に囲まれた、川崎港に浮かぶこの埋め立て地への地上からの侵入路は、国道一三二号線が通る千鳥橋と、東扇島へ続く川崎港海底トンネルの二経路だけである。なお、この工場での主な生産品は、産業用ロボット、土木建築機械、鉄道車両、特殊車両、小型船舶などである。
 つい最近二十六歳の誕生日を迎えたばかりの彼は、SOPの制服を着、手にはドイツ製のMP5SD3(短機関銃)を構える自分の姿に、強い誇りを抱いていた。彼は、厳しい関門と半年間に渡る激しい訓練に耐え抜き、ようやく正式隊員と認められ、SOP16部隊に配属されたのだ。今日は彼にとって初めての、出動を経験した日であった。
「何だよ。せっかくの初出動が警備とはなぁ……」
 彼にはどんな戦闘の中においても、冷静かつ敏速に行動できる自信があった。そんな彼にとって、一日のほとんどを棒立ちして過ごすであろう警備任務は、このうえなく退屈な仕事であった。彼は持ち場から離れ、一人ふらふらと歩き出した。
「あれっ」
 彼はそうつぶやいた。大きな書類ケース―A3サイズくらいあった―を抱え込むように持った男が、周囲を盛んに気にしながら建物の隅を歩いたいたからだ。彼はその男に走り寄って職務質問をした。
「あーそこの人、ちょっと待ってください」
 ケースを持った男、それは妻と娘を人質に獲られた大平だった。
「なんですか?」
「私はSOPの者です」
 彼は誇らしげに言った。
 言わなくたって分かるよ、タコ
 大平はそう思いながらも―
「SOPが何の用でしょう。私は急いでいるんですが」
「お手間はとらせません。ただ、ちょっとそのケースの中身を見せていただきたいのですが」
 大平は毅然として答えた。
「これは設計図です。部外者には見せられません」
 新米隊員の彼も負けじと言った。
「そうはいきませんよ。残念ですが我々SOPには特権があるんですよ。それにあなた、急いでいると言ったわりには、やけに周囲に目配りしならがら歩いてましたよね」
「どんなふうに歩こうが勝手でしょ」
「まあ、とにかく中を見せてもらいます」
 大平はどうしようか迷っていた。この中にはプロメテウス管制センターの設計図と川崎工場の見取図が入っているが、見たところでこのバカには分からないだろう―いや、大きく書かれた文字は、こいつにだって“プロメテウス”と読めるだろう。それを問い合わされたら一巻の終わりだ。自分にはこれを持ち出す必要性も命令もないのだから……
 大平はこれより少し前、プロメテウス管制センター内に侵入した。彼は、管制センターで働くかつての部下に頼んで中に入れてもらい、LAN(コンピューター・ネットワーク)のデータ・バンクから必要な図面をプリント・アウトしたのだ。
 新米隊員の手がケースに伸びてきた。
「分かりましたよ。今見せますから」
 大平は隊員の手を振り払い、ケースのチャックを少し開けた。この時である。新米隊員がミスを犯したのは―
 大平は、ケースをのぞき込むようにして近寄って来た隊員の顔めがけて、渾身の力を込めてそのケースを振りあげた―「ボカ」―鈍い音がした。さらに、不意の衝撃のためにのけ反った隊員に向けて素早く二発目―「うう……」―今度は隊員のうめき声のほうが大きかった。大平のケースは彼の急所に見事命中したのだ。
「やった!」と大平は思わず叫んだ。新米隊員は彼の前にうずくまっている。
 SOP何てちょろいもんだぜ
 大平は走り去って行った。
 ややあって、うずくまる新米隊員は四人の同僚―それは第五班の隊員たちで、彼らは持ち場の移動をしている途中だった―に発見された。
 第五班のコマンダーは新米に走り寄って尋ねた。
「どうしたんだ!」
 新米は涙目で答えた。
「男が、何かを持って逃げました」
「何を」
「分かりません。しかし設計図か何かじゃないかと思います。A3サイズぐらいの薄いケースを持ってました。特徴は……」
 それを聞いた第五班のディフェンマンは、直ちに無線で本部に連絡し、男を手配した。まだ構内にいるはずである。
「それにしても、何だって一人なんだ。第一、丸腰の人間にやられるなんて……」
 コマンダーは新米を叱責した。SOPの隊員であることの鉄則は、何よりも単独行動を自重し、互いに協力し合い難局を克服することにある。そのために四人編成の班が設けられているのだから。
 SOPの班を構成する四人の隊員には、厳格な役割分担がある。それは、班を指揮するコマンダーと、家屋などへの侵入や戦闘をリードするポイントマン、ポイントマンの安全を確保するディフェンスマン、後方の警戒と散弾銃、爆薬などの追加装備をするバックアップである。
 新米隊員を取り囲んだチームメイトのもとに、後からゆっくりと歩いて近寄って来たのは、ポイントマン―実際にはポイントウーマンだが―を務める、星恵里だった。
 彼女は二十七歳の一見か弱そうな女性に見えるが、実はCQB(近接戦闘)の腕は超一流であり、エースと呼ばれるにふさわしい手腕を持っていた。エースの称号は、SOPを辞職した渡辺と、彼の右腕だった現第三小隊長である男、そして星恵里を除いてほかにはいない。
 星はふと見たコンクリートの地面の上に、きらりと光るものを見つけた。それを拾い上げた彼女は新米隊員に尋ねた。
「あなたが見たのはこの男?」
「そ、そうです。そいつです」
 ディフェンスマンは星からそれを取りあげると無線機に向かって言った。
「賊の正体が分かりました。名前は大平勇一、相模の社員です。所属は航空宇宙……」 大平は胸にクリップで付けられた身分証明書を落としていってしまったのだ。しかし、構内で彼は発見されなかった。彼は不測の事態に備えて、川崎工場からの脱出経路を調べてあったのだ。それは、産業廃水を浄化する施設から下水道へとつながる経路だった。
 信号待ちで停車していたトラックの荷台に飛び乗り、千鳥橋に設けられた検問を彼が無事突破したのは、午前十一時六分のことであった。


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