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2012年10月13日土曜日

小説『エクストリームセンス』 No.16

小説『エクストリーム センス』は笹沼透(Satohru)の著作物であり、著作権法によって保護されています。無断で本小説の全部または一部を転載等利用した場合には、民事罰や刑事罰に問われる可能性があります。

 

 23時55分。2機の〈やましぎ〉は航空自衛隊熊谷基地に着陸した。貨物室ハッチが開くとSOPの隊員たちが一斉に飛び出し、次いで隊員輸送用バス2台と作戦指揮車1台が降ろされた。数分遅れて飛行速度の遅い2機のナイトハウンドが到着し、エンジンが止まると静かになった熊谷基地のヘリポートに里中涼の声が響いた。
 「集合!」
 SOPの隊員たちが里中の前に整列する。見山人美は何が始まるのだろうと思いながら沢木聡とともに隊列に近づいた。
 「いよいよ作戦開始だが、何よりも優先しなければならないことはミサイルの発射を阻止することだ。第2に、テロの背景を探るためにテロリストを確保したい。この二つがある中で、現場でどう判断するかは一人ひとりに任せる」
 そこまで言うと、里中は沢木と人美に視線を移した。
 「沢木、見山両氏にはSOPの作戦に同行していただきます。以後作戦終了までは私の指揮下に入っていただきますのでご了承ください」
 沢木は深くうなずき、人美は「はい」と答えた。
 「では、皆に幸運を」
 そう言って里中が敬礼すると、整列したSOP隊員たちが一斉に返礼する。里中の敬礼がなおるとSOPの隊員たちはそれぞれのポジションに散っていった。そして翌7月26日、0時10分。走行距離で約21キロ先の作戦地点へ車で移動する先発隊――第3小隊と第5小隊が分乗する隊員輸送用バス2台と、射撃手2名を乗せた熊谷警察署の覆面パトカー1台――がサイレンを鳴らすこともなく出発した。それは、どこからやって来るか分からないテロリストたちに気づかれないようにするためだった。後発隊となるのは2機のナイトハウンド。1号機はテロリストを急襲する里中、星恵里、西岡武信。2号機には沢木と人美が搭乗した。
 ナイトハウンドの機中で、沢木はEYE'sの秘密を人美に話し出した。
 「今まで言わなかったけど、実はEYE'sの動作モードはもうひとつあるんだ。貸してごらん」
 沢木は人美からスマートフォンを受け取り、カチューシャを模したアイコンをタップしてEYE'sを起動し、隠しコマンドを入力してパスワード認証画面を出した。
 美しい人が見える山
 沢木は入力したパスワードを人美に見せてほほえみかけ、OKボタンを押すとモード切替の選択肢にハイパフォーマンス・モードが現れた。
 「これでいつでもハイパフォーマンス・モードが使える。このモードにすると、人美さんのパワーをEYE'sは増幅する。同時にASMOSとリアルタイムで通信できるようになってESが使えるんだ」
 人美は大きく深呼吸してから言った。
 「初めてなのに、使いこなせるかしら?」
 「僕の作ったASMOSはバカじゃない。君から学んだことをいかして、必ず君を助ける」
 人美はうれしい顔をして答えた。
 「ASMOSは、沢木さんだもんね」

 0時33分。発射地点まで後4キロほどのところで、イム・チョルはファミリーレストランの前で車を止めさせた。そして、ユン・ヨンに言った。
 「ヨン、ここで待っていてくれ。うまくすれば1時間もしないで帰ってくる。少し休んでてくれ」
 ユンは意外な言葉に「どうして?」と静かに尋ねた。
 「ヨンをテロリストにしたくない」
 イムの気持ちはうれしかった。しかし、ユンにとって最も意味のあることは、どんなことでも二人でやり遂げることだった。北朝鮮が崩壊し解放軍となったイムたちについて行ったユンは、しばらくして選択を迫られた。それは、イムが解放軍を離れる時だった。その時イムはユンに言った。
 「ついてこないか? これから先の人生もいろいろあるだろうが、二人なら乗り越えていけると思うんだ」
 田舎育ちの世間知らずで満足な教育も受けたことがなく、家族を捨てたユンに一人で生きる術などなかった。今やイムしか頼れる者はいない。でも、これからは頼るばかりでは駄目だ。自分もイムの役に立たなければ…… その時、ユンはイムにどこまでもついて行き、どんなことでも二人で乗り越えようと決心したのだ。ユンはイムに答えた。
 「二人でやることだから意味があるんでしょう。チョルが何かを背負っているのに、私は待つだけなんて耐えられない。一緒に行きましょう、今まで通り……」
 そう言うとユンはそっとほほ笑んだ。

 イムたちの乗るワンボックスカーは、利根川(とねがわ)の川岸に子供の背丈ほどに群生する雑草の中で車を止めた。月明かりはなく電灯もない場所ではあったが、利根川にかかる橋の街灯によってわずかな視界が保たれていた。イムは暗闇に目が慣れると車を降り、髪の乱れによって強まってきた風を認識した。ミサイル攻撃への風の影響を心配したイムだったが、パクの全く問題ないとの返事に安心して言った。
 「さあ、仕事にかかろう。ゴールは目前だ」
 ユンは辺りを見張り、三人の男たちはフラッシュライトの明かりを最小までに減光し、HMG-2の発射台の設置を開始した。
 川岸には利根川と平行に走る小高いサイクリングコースがあり、その丘の向こう――川岸から死角になる場所を移動しながら、HMG-2の発射地点を慎重に探索していたSOP隊員たちは、茂みにうごめく人影を暗視ゴーグルを通して発見した。作戦指揮車がその場に移動し、SOP第3小隊長の笠谷の指揮に従ってSOPの隊員たちはテロリストと目される人影を大きく包囲した。笠谷小隊長は拡声器で人影に呼びかけた――OEC(オリエント経済共同体)発足以来、SOPの隊員は英語に加えて朝鮮語を話せることが必須条件となっていた。
 「こちらはSOPだ。君たちを包囲した。そこで何をしている。両手を頭の上に載せてこちらに出てきなさい」
 突然のことにイムたちは動揺した。
 「何でSOPがいるんだ!」
 「計画が漏れたの?」
 「はめられたんじゃ……」
 「分からない。どうしてだ?」
 イムは深呼吸をして自分を落ち着かせた。そして声をかけた。
 「とにかく発射準備を急げ」
 パクはHMG-2のケースからパームトップ・コンピュータを取り出し、発射台にセットされたHMG-2に接続して攻撃プログラムの設定を始めた。現在位置、攻撃位置、弾道パターン…… その間に、キムはもう1機のHMG-2を発射台へと運んだ。2機の高機動誘導ミサイル、HMG-2は、夜空を鋭角ににらんでいる。
 SOP作戦指揮車内の分析官から丘で指揮を執る笠谷小隊長に無線が入った。
 「X線カメラ映像が準備できました」
 ヘッド・マウント・ディスプレイに映る映像でHMG-2の機影を確認した笠谷小隊長は、語気を強めてもう一度投降を呼びかけた。
 「ミサイルから離れなさい! こっちへ出てくるんだ!」
 この時既に、パクは2機目のHMG-2に攻撃プログラムをセットしているところだった。X線カメラのライブ映像により、HMG-2の機影と投降に応じないテロリストたちを確認したナイトハウンド1号機に乗る里中は、「よし、行け!」と叫んだ。その声は無線機を通じてナイトハウンド2号機に乗る人美の耳にも入った――いよいよ戦闘が開始される。そんな生まれて初めての場面に手が汗ばむのを感じながらも、人美はEYE'sをハイパフォーマンス・モードに切り替えた。これにより人美とASMOSはリアルタイム通信が行われるようになり、バイオフィードバックによって人美の脳は最大限に活性化し、同時にエクストリームセンスが起動する。すると、人美の目の前にインフォクラウドが浮かび上がった。人美の目が捉える現実空間とASMOSからの情報が意識下で合成され、脳裏に拡張現実空間を作り出したのだ。
 「俺がSOPを引きつける! みんなはミサイルを発射したらすぐに逃げろ!」
 そう叫びながらキムがワンボックスカーに乗り込もうとすると、ヘリのごう音が急接近してきた。そして投光器の強力な光が一瞬キムの視界を奪う。目を細めながら光源の方向に目を向けると、200メートルほど離れたところでヘリがホバリングしているのが確認できた。キムが手に持つ小型機関銃――イングラムM11の射程距離はせいぜい70メートル、ヘリには届かない。しかし、きっとやつらは狙撃銃を持っているのだろう。この戦闘力の違いはキムに抑圧されていた軍人時代を思い起こさせた。激しい怒りの感情がキムの全身を支配する。
 「畜生、お前らはそうやって俺たちを見下すのか!」
 キムは「うぉーーっ!」と叫びながらイングラムを乱射し、ドンキホーテのようにヘリに向かって走り出した。
 「キムっ!」
 イムは飛び出していったキムを援護するために、ワンボックスカーの影から届かぬはずの光源に向かってMP5を撃った。
 星と西岡は、有効射程距離2,000メートルにもなる大型狙撃銃――M82A1に暗視スコープを付けてHMG-2を狙うが、風で機体が揺れ狙いを定められない。西岡が操縦士に向かって叫ぶ。
 「くそっ! 揺れを止められないのか!」
 「無理です!」
 地上からは短機関銃の発射音が散発的に聞こえてくる。SOPとテロリストは銃撃戦を展開しているはずだ。そんな状況の中、ナイトハウンドの床にうつぶせ、狙撃銃の暗視スコープから見える標的に星は全神経を集中した。チャンスは必ずある――星の鼓動が周囲の音を消し去った時、ナイトハウンドの機体は一瞬安定した。すさまじい発射音と反動――その音は現場を旋回するナイトハウンド2号機の人美にも届いた。
 「やったの?」
 そう言って自分を見る人美に沢木はかぶりを振った。50口径もの弾丸がHMG-2を捉えたのならば、内部の液体燃料が爆発するはずだがその音は聞こえない。星の放った弾丸はHMG-2をそれ、地面の土を飛散させただけだった。星は微動だにせず集中を持続し次のチャンスを得ようとしていた。
 「やつら大型ライフルで狙ってるぞ!」
 そう言うイムの後ろにユンは隠れた。二人はワンボックスカーの影にいたが、作業するパクは狙い撃ちされてもおかしくなかった。イムが叫ぶ。
 「パク、まだか! 早くしないと!」
 パクは冷静に作業を続けながら同じことを繰り返し心の中で唱(とな)えていた。
 何が何でも俺は撃つ。俺は、一番うまくこいつを扱えるんだ…… 俺ならできる、やってやる……
 キムは「畜生!」と叫びながらナイトハウンドに向かって走り続け、地上のSOPやナイトハウンドに乱射を続けていた。その弾丸――届きはしないのだが――にひるんだナイトハウンドの操縦士は、機体をHMG-2の発射地点から遠ざけた。里中は無線で指示を出した。
 「地上チーム! やつを排除しろ!」
 排除とはどういうことだろう? そう思った瞬間、その答えを人美はかいま見た。人美の乗るナイトハウンド2号機の投光器に照らされた男が、血しぶきを拭いて地面に倒れた。死んだのだろうか? 生まれて初めて見た光景は、人美の知る現実からあまりにも乖離(かいり)していたために、まるで映画を見ているような印象を与えた。こんなシーンはよくある。人の死はエンターテイメントに組み込まれているのだ。でも違う、これは現実だ。誰であれ、理由は何であれ、人があんなに簡単に死んでしまってよいのだろうか? いいわけがない。人美は拳を握りしめた。何とかしなくては…… 人美の心拍数は上昇しサイパワーが沸き上がってくると、人美の髪は重力を失ったかのようにふわりと広がっていった。
 暗闇に中に突然現れたまばゆい光は、ごう音をとどろかせながら天高く舞い上がっていった。それは一瞬の出来事で、HMG-2の迎撃の使命を担った狙撃手に対応させる余裕を全く与えなかった。沢木は叫んで指差した。
 「人美っ! あそこだ!」
 人美はナイトハウンドのドアを開け身を乗り出した。ヘリのローターが発するすさまじい風が人美を包み込む。沢木は人美のベルトをしっかりとつかんだ。HMG-2はわずか50秒で5キロ先の目標を捉えてしまう。人美は光の軌跡に向かって手をかざした。すると人美と沢木の周囲は無風状態となり、フワフワと漂う人美の髪は、まるで宇宙空遊泳をしているかのように沢木に目に映った。人美はかざした右手にミサイルをつかんだ感触を覚えた。ミサイルの激しい振動がその手に伝わっていたのだ。人美は周囲の地形情報を拡張現実として浮かび上がるインフォキューブから読み取り、利根川に着弾させるべくHMG-2を大きく旋回させていった。それは見るものの心を奪う光景だった。闇のかなたに消えかけた光の矢は、右から左に移動し、そして近づいてきた。誰の目にも、もうデータセンターに着弾することがないと読み取れる。HMG-2の発するジェット音が次第ボリュームを上げる。そしてその光の輝きとジェット音が最大に達した次の瞬間、遠くから爆発音がとどろいた。利根川の下流2キロ地点の水流の中にHMG-2が着弾したのだ。
 「やった! やったわ!」
 人美は沢木を振り返り笑みを見せた。
 「バカな…… 俺がプログラムを間違えたのか?」
 パクは「くそっ!」と怒鳴りながら2機目の発射ボタンを拳でたたいた。人美の背後に天高く昇る光が沢木の目に映る。
 「まだだ! 2機目が!」
 沢木の声に人美は振り返った。見ると2機目のHMG-2は、既に約2キロ離れた地点で小さな光を発している。人美はわずかに出遅れたが、インフォキューブから冷静に着弾地点を選定し、データセンターの更に先、3キロの地点にある多々良(たたら)沼を選んだ。
 できる…… 絶対にできる。やり遂げなくちゃ……
 人美はサイコキネシスでHMG-2を捉えた。先ほどと同じように、右手には激しく振動するHMG-2の感覚がある。
 もっと飛ぶのよ。私が思うところに飛んでいきなさい……
 沢木の視界からはHMG-2の放つ光は消えていたが、目の前の人美には4キロ先の標的が見えていた。伸ばした右手を震わせながら、HMG-2の推力と戦っている。2機目の発射から50秒が経過したが、人美は依然として闇に手をかざしていた。人美のベルトをつかむ沢木の腕にも、人美に腕の震えが伝わってくる。沢木にはとても長い時間に感じられた。そして26秒後、人美の腕の震えが収まった。ヘリのローターからの激しい気流が再び人美と沢木を包み込むと、そのあおりで人美はバランスを崩して落ちそうになったが、沢木に抱き寄せられた。
 「うまくいったかい?」
 沢木のその問いに、人美はにっこりと答えた。
 「ええ、沼に着弾させたわ。お魚には悪いことをしてしまったけど」
 HMG-2はデータセンターを飛び越え、更に3キロ先の多々良沼に着弾した。
 パクは、HMG-2の2機目は5キロ先の標的を捉えたと確信した。すると、なぜか大きな達成感が得られた。SOPに包囲されている、もう逃げられないだろう。誰かが犠牲になるしかない。パクはイムに言った。
 「俺がやつらを引きつける。その間にユンと逃げろ」
 「しかし……」
 「パク!」
 「俺はもう満足だ。結局のところ、俺は軍を首になった時点でもうどうでもいいと思ってたんだ。最後に後もう一暴れして、体制側の連中に一矢報いてやるさ」
 その時、キムの叫び声が三人に聞こえた。キムはまだ生きていた。
 「行け! このままじゃ全員犬死にだ」
 そう言うと、パクはイングラムを乱射しながらキムの方へと走り去った。
 「行こう、ユン。あいつらのためにも俺たちは生き残る」
 イムとユンは手を取り合って利根川の対岸に向かって走り出した。
 パクがキムを見つけると、キムは口から血を吹いてピクピクと全身をけいれんさせていた。
 「大丈夫か?」
 「大丈夫なわけ…… ないだろう……」
 キムは笑みを浮かべながら続けた。
 「やったのか?」
 「ああ、派手に爆発したはずだ」
 「そうか、イムとユンは?」
 「逃げるように言った」
 「ならお前も逃げろ。俺はこのざまだ。もう無理だ」
 「残念だがそうは行かない。イムたちを逃がすためにはもう少し粘らないとな。これでさよならだ」
 パクはキムに別れを告げると、雑草の茂みの中に走り込み、SOPの注意を引くためにイングラムを撃ちまくった。キムは最後の力を振り絞り、立ち上がるとSOPに向かってイングラムを乱射した。しかし、すぐに弾が尽きた。キムはデジタルカメラを取り出し、最後の思い出に目をやった。
 「楽しかった。もう十分だ」
 SOPの隊員たちが間近まで接近してきた。
 「お前らなんかに、楽しい旅を邪魔されてたまるか!」
 そう叫ぶと、キムはナイフで自分の首を切り裂いて息絶えた。
 ナイトハウンド1号機はHMG-2の発射地点上空でホバリングし、投光器によって3機目を探したが、それを確認することはできなかった。無線で指示を飛ばす里中。
 「HMG-2は2機にしかない。生け捕りにしろ」
 パクはSOPの隊員の姿を暗闇の中に見つけた。やつらを倒して武器を奪えばもう少し戦える。そう思って、パクはほふく前進でSOPに近づいていったが、暗視ゴーグルを装備するSOPにはパクの姿が丸見えだった。SOPの狙撃手が銃を持つパクの右肩を撃つと、パクには肩の骨が砕けたのが分かった。
 「うまくいかねーなぁ」
 あおむけになると、星がきれいに瞬いてることに気がついた。
 「まあ、俺の人生なんてこんなもんか……」
 パクは左手で銃を持ち自分の頭を打ち抜いた。
 イムとユンは利根川の浅瀬を走って対岸へと渡りきった。その姿をナイトハウンド1号機が投光器を灯(とも)しながら追跡する。里中は拡声器で「止まれ、もう逃げられないぞ」と警告する。イムは振り向きざまにMP5をナイトハウンドに乱射したが、アサルトライフルに持ち替えた星に脚を狙撃された。
 「イムっ!」
 太ももに銃弾を受けて倒れたイムにユンが駆け寄る。
 「ヨン、逃げろ!」
 「駄目よ、さっきも約束したじゃない。どこまでも一緒よ!」
 ユンはMP5を拾い上げ、ナイトハウンドを銃撃し出した。西岡は50口径の弾丸を二人のそばに撃ち威嚇する。砕けた石の破片がユンのほほを切る。しかし、ヨンはひるむことなく打ち続けた。星は正確にユンの太ももを打ち抜く。倒れるユン。イムははってユンに近づいた。
 「もう駄目だな。やつらに捕まるか、それとも……」
 「二人だけの世界に行きましょう」
 そう言うとユンは銃をイムに渡した。
 「今死ねれば幸せだわ」
 ほほ笑むユン。
 イムは銃口をユンに向けた――見つめ合う二人。イムもほほ笑みながら引き金を引こうとした。その瞬間、星の放った銃弾がイムの頭部を貫く。投光器のまばゆい光の中で、真っ赤な霧がイムの頭部から吹き出す。
 「イムーーーーっ!」
 崩れ落ちていくイムがスローモーションとなってユンの目に映る。そのゆっくりとした時の中で、ユンはすべての終わりを悟った。まだ自分は生きている。でも、この赤い霧とともに死んだのだ。降下したナイトハウンドから星が飛び降り、ユンに駆け寄り銃口を向けた。するとユンのゆっくりとした時の流れは終わり、崩れ落ちたイムに替わってSOPの隊員の姿が割り込んできた。どこまで邪魔をすればすれば気が済むのだろう? ユンは星をにらみつけて言った。
 「あんたがイムを殺したのね」
 星は一点の迷いもなく答えた。
 「私じゃないわ、あなたよ。なぜ彼を止めなかったの? 犯罪は、決して割に合わないの」
 殺したのは私…… ユンは泣き崩れた。
 里中はユンに駆け寄り「もう1機のミサイルはどこだ!」と尋ねたが、ユンは子供のように泣くだけだった。襟をつかみ、揺すり、もう一度尋ねる。
 「ミサイルをどこにやったんだ!」
 それでもユンは泣き続けるだけだった。里中はユンを離し無線で笠谷小隊長に確認するが、HMG-2の3機目は発見されていなかった。続けてICC(SOP統合司令センター)に連絡する。
 「まずいことになった。HMG-2が1機足りない。他のテロが進行中なのかもしれない!」
 人美は2機のミサイルの軌道を変え、データセンターを守ることに成功した自分に達成感を覚えていた。しかし、その直後からSOPの無線にはテロリストの死亡が次々と伝えられて、最後にはもう1機のミサイルが行方不明だと里中が告げている。これほどの力を持っているというのに、自分の果たせる役割が全体の一部でしかないという現実を突き付けられた。
 「誰も死なないでほしかった。沢木さん、私は本当に役に立ったのかしら?」
 沢木は人美の頭をなでてやった。
 「人美さん、みんな同じだよ。君のサイパワーも万能ではない。今この瞬間も、世界では戦争や犯罪、病気でたくさんの人が死んでいる。そのすべてを救うことはおのずと無理なことさ。でも、君の正義の心はきっと救われる人を増やしていくことになると思う。君は十分にやった。そして、この世に欠かすことのできない存在だと僕は思う」
 その言葉が暖かく胸にしみていくのが人美には分かった。沢木でよかった。自分のパワーを知る人が沢木でよかったと、人美は心から感じた。

 

続く……

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