【案内】小説『エクストリームセンス』について

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2012年10月3日水曜日

小説『エクストリームセンス』 No.10

小説『エクストリーム センス』は笹沼透(Satohru)の著作物であり、著作権法によって保護されています。無断で本小説の全部または一部を転載等利用した場合には、民事罰や刑事罰に問われる可能性があります。

 

 二人は宮崎の地鶏(じどり)料理の店に入った。そして、岡林が杉本と酒にいい加減に酔った時、杉本はタイミングよく質問をした。
 「岡林さんが今一番没頭している技術って何ですか? やはりASMOSですか?」
 岡林は杉本の方に身を乗り出し、小さな声で言った。
 「ASMOSはもう古い。僕たちは既に次世代ASMOSの開発に着手してるんだ」
 「次世代ASMOS?」
 「しっ! 声が大きい」
 「でもぉ、ASMOSはまだ商用利用されて間もないじゃないですか?」
 岡林は得意げな顔をして言った。
 「僕らの開発スピードは桁違いだからね」
 「どんなものになるんです?」
 岡林は再び前のめりになり、ひそひそと話した。
 「絶対に秘密だからね。今のASMOSは思考をアウトプットとしてシステムに送るだけだけど、次世代ASMOSはシステムの処理結果を脳にインプットできるんだ。つまり、脳とコンピュータがダイレクトに通信できるようになる。すると、脳とASMOSコアが一体化された処理系ができあがる。人間の高度な推論能力と、コンピュータの高速大容量演算、これが一体になった時どうなると思う?」
 「具体的には分からないですが、全く新しいコンピューティングができそうですね。応用範囲もすごく広そう……」
 「その通り。第六感とも言うべき感覚を人間に付与できるとともに、その応用範囲は無限大と言っても言い過ぎではないよ。そんなシステムを、もう僕らは実現してるんだ」
 「すごい! 岡林さんってすごい!」
 「いや、すべては沢木さんのアイデアだけど」
 「でも、その実現に岡林さんが貢献しているわけでしょう? そんな人が目の前にいるなんてすごいわ」
 「いや、それほどでも」
 「その新システムは何ていうんです? 開発コードネームとか、あるんでしょう?」
 「んん、それはね。エクストリームセンスだよ」
 「かっこいいですねぇ~」
 こんなに早くたどり着けるとは…… 杉本は心の中でガッツポーズをした。そして続けた。
 「それなら取材計画を見直して、そのシステムが完成するまでのプロセスを世の中に伝えたいです。どう思いますか?」
 「んーん、悪い話ではないけど、エクストリームセンスは未発表だからね。直接取材対象にはできないと思うよ。僕がしゃべったのもばれちゃうし……」
 苦笑いする岡林に杉本は言った。
 「大丈夫です、そこはうまくやりますから…… それに……」
 杉本の間に岡林は注目した。
 「それに、私は岡林さんをもっと知りたいですから……」
 これがアニメーションであったなら、きっと岡林の周りを花が包む演出となるだろう。
 「うれしいです。杉本さんみたいな人に興味を持ってもらえて……」
 純粋で正直な人――杉本は岡林のことをそう思うと罪悪感を抱いたが、舞のため! そう心の中で叫んで日本酒を一気に飲み干した。

 

 7月17日、土曜日。イム・チョルとユン・ヨンの二人は、イムの弟分であるキム・ウォンと合流するためにソウル特別市中区の明洞(ミョンドン)にやって来ていた。
 イムとキムの二人は、旧朝鮮人民軍・陸軍第9軍団の駐屯地で出会った。そして、行軍訓練中に負傷し歩けなくなったキムを、イムが10キロもの道のりを背負って歩いたことをきっかけに、キムはイムを兄貴分としたうようになったのだ。キムは、イムとユンと三人でソウルに来て以来、この街の中心街である明洞で、イムたちと分かれて生活していた。
 イムとユンの泊まるホテルで三人は会い、イムは仕事の内容をキムに説明し仲間に誘った。この誘いをキムが断るはずがなかった。苦しい駐屯地時代を共に乗り越え、その後も協力しながら生きのびてきた二人は、堅く結束していた。キムは二つ返事で仲間に加わり、報酬1,000万アジアの前金として500万アジアを手に入れた。そして次の日、イム、ユン、キムの待つホテルに、CIAのエージェントから仲間にするようにと指定された人物、パク・ジファンが尋ねてきた。
 パクはユンの姿を見ると言った。
 「女がいるなんて聞いてないぞ! まさか日本にも連れて行く気じゃないだろうな!?」
 イムが答える。
 「一緒では何か問題があるのか?」
 「足手まといになるだろう?」
 その言葉にイムもキムも笑った。
 「何がおかしい?」
 パクがそう言うと、ユンは立ち上がりソファにあったクッションをパクに渡し、「構えて」と言った。パクがクッションも胸の前で構えると、ユンは回し蹴りをクッションに入れ、パクは後ろによろけて尻餅をついた。イムは「キョクスル(撃術)だ。俺が教えた」と言いながらパクに近づき、手を差し伸べて「問題ないだろう?」と問いかけた。パクはイムの手を取り起き上がり、「ああ、そのようだな」と言って苦笑いした。

 

 地中海に面したアルジェリア第2の都市オラン。その南、20キロほどの小さな空港に駐機されたビジネス・ジェット機には、3つの木箱が積み込まれるところだった。木箱は長さ2メートル、縦横30センチ程度の長方形で、重量は65キロほどあった。
 アラブ人たちの荷積みを見守っていたロシア人の副操縦士は、カルル・アリヴィアーノヴィチ・バビチェフに尋ねた。
 「これ、何なんですか?」
 カルルは答えた。
 「契約書読んでないの? 申告通り鉱石のサンプルさ」
 「どんな鉱石なんです? 金になるんですか?」
 カルルは笑った。
 「そりゃ、金にならないものをわざわざチャーター機で運んだりはしないだろう?」
 このビジネスジェット機がアルジェリアを離陸し4時間弱が経過して、間もなロシアのクラスノダールへ到着しようとしているころ、ソウルを出発したイム・チョルたちはプサンに到着した。そして観光客らしい身なりを整えるため繁華街に出向いた。
 キム・ウォンは、初めて手にした大金を使い日本製のデジタル・カメラを買った。駐屯地にいたころ、上官からカメラを見せてもらったことがあり、この時の驚きがキムの心に焼きついていた。いつか自分もカメラを手にし、美しい自然やイムたちとの思い出を残したい。昔と違う新しい人生、その記録を彼はカメラで切り取りたいと考えたのだ。
 パク・ジファンは、買い物を終えるとネットカフェに行き、アメリカに行くために必要なことを調べていた。彼は自分を裏切った国にとどまる気はなく、この仕事を終えたら渡米して、知らない土地で一から新しい人生を築いていこうと考えていた。
 イム・チョルは、仕事に必要なもの――特に重要なものは持ち運び可能なナビゲーション・システム――をそろえると、ユンの買い物に付き合った。自分が欲しいものなどは何もなかった。ユンさえいればそれで良く、彼女が幸せであることが彼の望みだった。
 ユン・ヨンは、生まれて初めて大きなデパートでの買い物という体験をした。北朝鮮で生まれ、田舎で育ち、軍の駐屯地に奉公させられ、その後はイムと野良猫のような暮らしで27歳まで生きてきた。まとまった金を手にしたことはなく、化粧はせず、服はどれも地味なものばかりだった。
 「ヨン、観光客になりすますんだから、おしゃれな服を買えよ」
 イムにそう言われても、どんな服を選べばいいのかユンには分からなかった。すると定員が声をかけてきた。ユンは素直に何を選んでいいのか分からないと伝えると、親切な店員は、「なら着てみるのが一番よ」と言ってユンの手を引いた。
 服なんて何を着たって変わらない――これまでのユンはそう考えていた。しかし、楽しかった。店員に進められて次々と試着をし、そのたびに鏡に映る自分の姿はどれも別人のようだった。そして、服を替えるたびにウキウキした。普通の女は、こんな風に人生を楽しんでいるのだろうか……
 「あなたはとてもチャーミングだわ。どれもよく似合うわよ」
 店員は言いながら、ユンがアクセサリーを何も身につけていないことに気がついた。
 「アクセサリーは?」
 「つけたことないわ」
 「そう、少しアクセントをつけると雰囲気が変わるわよ。待ってて」と言って店の奥からネックレスを持ってきた。
 「さあ、つけるわよ」
 店員の言うことは本当だった。十字架と星が合わさったようなデザインのシルバーのネックレスは、胸元で輝き顔の表情を明るくした。
 「ねえ、変わるでしょ」
 ユンは鏡の中の自分にほほ笑んだ。

 

 7月22日火曜日。19時を少し過ぎたころ、杉本美花は東京大田区の蒲田にある蓮沼(はすぬま)総合病院を訪れていた。彼女の妹、杉本舞(すぎもと まい)19歳が、視床下部過誤腫という難病を患いこの病院に入院していたからだ。
 舞の治療のためには施術が必要となるのだが、脳深部に過誤腫があるために、脳の正常な部分を傷つけずに切除することが難しいとされていた。唯一、ロサンゼルスの医師が新しい施術法により二つの成功例を持っているが、渡米して治療を受けるためには40万ドル、約4,000万アジアもの金が必要だった。
 美花と舞の両親は、美花19歳、舞13歳の時に交通事故で他界し、以来、親が残した家で姉妹二人で生きてきた。美花は短大を出るとソフトウェア開発会社に就職し、舞を学業に専念させるために夜はキャバクラでバイトした。そのかいあって、舞はかなり成績のいい都立高校に進学し、その後は奨学金で大学に進もうと計画していた。しかし、舞が高校2年の時に病状――めまい、吐き気、けいれんが目立つようになり、その秋に現在の病気と診断された。
 この日の舞は、会話が時折途切れることがあった。発作の回数も徐々に増えているという。
 早くしないと…… 美花は焦りを感じた。
 舞は言った。
 「お姉ちゃん、無理しないでね」
 美花はこぼれそうな涙をこらえて答えた。
 「何いってるの? お姉ちゃんは平気だよ。絶対に治してあげるから……」

 「ちょっといいですか?」
 杉本美花を尾行してきた渡辺昭博は、通りがかったナースに話しかけた。
 「杉本舞さんは、どんな病気なんです?」
 「お身内の方ですか? プライバシーに関することはお答えできませんが」
 「舞さんの姉、美花さんの会社の上司です。インダストリアル・ニュースの渡辺と言います。力になってやりたいのですが、なかなか美花さんが言わないので、こうして様子を見に来ました。ですが声をかけづらくて…… せめて病名だけでも教えていただけませんか?」
 ナースは姉妹の抱えている問題をよく知っていた。少しでも協力者が増えてくれれば…… そんな思いから「視床下部過誤腫です。後はお姉様とお話しください」と言って立ち去った。渡辺はスマートフォンで病名を検索し、金のかかる難病であることを知った。

 

続く……

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