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2012年9月29日土曜日

小説『エクストリームセンス』 No.9

小説『エクストリーム センス』は笹沼透(Satohru)の著作物であり、著作権法によって保護されています。無断で本小説の全部または一部を転載等利用した場合には、民事罰や刑事罰に問われる可能性があります。

 

 埼玉県川口市の南部、荒川と京浜東北線が交差する辺りに小さな鉄工所があった。6人の従業員で、孫請けかあるいはもっと下請けなのか、とにかくそれを見ただけではどんな製品になるのかさっぱり分からない金属部品を製造していた。
 この鉄工所の経営者、田中龍男(たなか たつお)64歳のもとに、前田煙火工業の山中(やまなか)という男から電話が入った。
 「新型の花火を開発中なんだけど、これは今までのものとぜんぜん発射方式が違って、専用の発射台が必要なんですよ。いろいろ当たったら、田中さんは腕もいいし仕事も速いっていうので、これを作るのをお願いしたいんですよ」
 花火の発射台…… なかなか面白そうな仕事だった。
 「どんな花火なん?」
 「それは企業秘密ですけど、8月の花火大会でドーンと打ち上げる予定ですから、その時にはご招待しますよ。とにかく、見たらぶったまげるような花火なんですよ」
 「ほう、それはすごいね。ほんで設計図はあるん?」
 「ええ、これから伺ってもいいですかね?」
 こんなやりとりをして、田中は少しウキウキした気分で男を待つことになった。

 

 7月13日火曜日の19時過ぎ、捜査部長の里中涼はSOP本部の自席でデスクトップPCを操作し、対テロ国際情報ネットワークの情報を閲覧していた。これは、国連を中心とする国際協力の中で構築されたもので、加盟各国の情報機関、警察、軍隊などが保有するテロ情報を共有するための基盤となっている。日本においては、対テロの基幹組織となるSOP――警察庁戦術法執行部隊が情報の集約、展開のための起点としてこのネットワークに加わっていた。
 里中が海外の退行主義過激派の動向について検索していると、「里中さ~ん」という甘い声音とともに私服に着替えた星恵里が現れた。
 「やあ、恵里さん。あがりですか?」
 星は里中のデスクに腰掛けて答えた。
 「うん。もう疲れたぁ…… 40時間も待機させられたわ」
 口をアヒルのようにしている星の顔は、とてもSOP史上最強の戦士には見えなかった。
 「お疲れ様」
 「まだ終わらないの? おなかすいたよ」
 「恵里さんがそう言うなら、帰りましょうか」
 里中がそう言うと、PCから新着情報を告げる効果音が鳴った。里中と星が共に画面へと視線を移すと、ポップアップウィンドウが画面の隅に表示されていた。
 Alerting information: Missile has been deprived.
 二人は口をそろえて、「ミサイル!?」とつぶやいた。それはアメリカ軍から高機動誘導ミサイル、HMG-2が奪われたことを伝えるメッセージだった。

 

 高機動誘導ミサイル、HMG-2(High Mobile Guided missile - 2)が持つパワー、精密さ、破壊力を意のままに操ることのできる自分に、パク・ジファンは大きな誇りを感じていた。彼はOUアーミー(オリエント連合陸軍)の上等兵として、中国国境付近に駐屯する第4地上打撃団に所属し、HMG-2の射手(しゃしゅ)として任務についていた。
 パクは、コリアン民国の徴兵制度で初めて軍隊を経験した時に、俗世間と乖離(かいり)した世界に強い魅力を感じた。そこはこれまでの無秩序な世界と異なり、厳格な規律が支配する世界だった。軍隊では規律に従っていれば文句を言われることはない。しかし、世間ではルールを守ろうとすればするほどバカをみる。そして、軍隊には明確な組織目標があり、成果は正当に評価された。彼は国を愛し、軍を信じ、誰よりもうまくHMG-2を操れるようになったのだ。
 そんなパクに悲劇が訪れる。ある日、パクは上官たちに誘われて酒を飲んでいた。すると、悪酔いした上官の一人が若い女たちのグループに絡み出した。パクは上官をいさめようとしたが、その行為はむしろ上官の愚行をエスカレートさせた。いつの間にか他の上官たちは姿を消し、醜態をさらす上官とパクだけが残された。上官は女の胸をつかんだ。泣き出す女。パクは上官を殴った。
 次の日、パクは暴行罪などの容疑で軍の警務官に逮捕された。当然パクは無実を主張したが、張本人の上官も被害者の女も、すべてはパクの仕業と証言した。どんなからくりかは分からないが、この世にはびこる私欲の連鎖はパクを有罪に仕立て上げ、その結果、執行猶予こそついたが軍を不名誉除隊処分になった。忠誠を誓った軍に裏切られたパクの自尊心や正義感はズタズタに引き裂かれ、それは深い憎しみとなってパクの心に焼きつけられた。
 7月14日水曜日の18時過ぎ、ソウルの物流センターで日雇いの仕事を終えたパクが繁華街で夕飯は何にしようかと歩いていると、欧米人が話しかけてきた。
 「パク・ジファンさんですね。探してました」
 「誰だ、あんた?」
 「HMG-2の射手を探している者です」
 「なにっ!?」
 「どうです? 食事でもしながら話しませんか?」
 パクはイム・チョルに大金を渡した欧米人とともに焼き肉屋へと入っていった。

 

 7月16日、金曜日。岡林敦の取材をするに当たって、まずは彼の働く職場を見てみたいという杉本美花は、14時ちょうどに相模重工本社ビル1階のエントランス・ホールで岡林と待ち合わせした。この日の杉本は、白いノースリーブにスカート、髪はアップといういでたちで、うなじから肩、腕と流れる美しい曲線に岡林は胸を躍らせた。そして、先端技術開発本部がある23階に上るエレベーターの中で、人混みに押されて杉本の柔らかな胸が数回岡林の二の腕に当たると、今日はいい日だなぁ…… とささやかな幸福感に包まれた。
 「ここはプロジェクト管理部。その名の通り各種プロジェクトのマネジメントと本部の総務がこの部署の役割です。あそこに座っているのは秋山さん。沢木さんのフィアンセだよ。で、奥のガラス張りの部屋が沢木さんのオフィス」
 そこには沢木聡の姿があった。世界の沢木、日本の頭脳、制御システムの神様――そんな風に形容される人間を目にし、杉本は少し緊張した。
 「紹介するよ」
 その声に杉本は気後れした。
 「大丈夫なの?」
 「心配ないよ。気さくな人だから」
 杉本が沢木と名刺を交換すると、沢木は「あなたの記事は何度か読んだことがあります。技術に対して愛情を感じます。どうか岡林のこともよく書いてやってください」と笑顔で語りかけてくれた。
 技術に愛情…… 私の記事を認めてくれるんだ。世界の沢木が……
 杉本は例えお世辞でも沢木の言葉をうれしく思ったが、同時に後ろめたさも感じた……
 岡林と杉本が沢木のオフィスを出て行くと、秋山美佐子が代わりに入ってきて言った。
 「随分かわいい記者さんね。岡林君メロメロ……」
 沢木は笑いながら答えた。
 「そうだね。あれじゃ岡林、聞かれたことには何でも答えてしまいそうだ」
 岡林に案内された杉本は、中階段を下りてASMOS運用管理センターのある22階に通された。
 「このフロアの目玉はASMOS運用管理センター。世界中のASMOS系システムとネットワークでつながっていて、24時間365日、学習データを洗練化して世界中のシステムにデータを配信してるんです」
 説明を受けながら、杉本は幾つかあるセキュリティ・ゲートを抜け、センターの中に入った。
 「あのガラスの向こうにあるのがASMOSコアと呼ばれる基幹サーバー群。OSはLinuxをベースに僕らが改良したFuture Base。開発言語はエクスフィール。トータル6,000コアでメモリは60テラバイト。計算速度は30ペタフロップス。ただし、これは現時点のスペックで、ASMOSコアはスケールアウトによってほぼリニアに性能をアップしていけます。すごいでしょ! だから、その気になればスーパー・コンピュータの世界ランクを取ることだって可能なんですよ。ただし、フロアのスペースや床荷重の関係で、そろそろサーバーの追加も限界に来ているから、先端技術開発本部ごと移転する構想もあるんです」
 そう話す岡林の顔は輝いていた。世界最先端の現場で生き生きと働く岡林の姿に、杉本は好感を持った。
 「移転ですか。候補地などはあるんですか?」
 「みんな好き勝手なことを今は言ってます」
 岡林は笑いながら続けた。
 「沖縄がいいとか、北海道がいいとか、海外とか。うちは独身の若手が多いので、まともな答えは返ってこないですね」
 「みなさんで決めるんですか?」
 「沢木さんがみんなのアイデアを聞きたいって社内SNSでつぶやいたらそんな反応です。以来、この件について沢木さんがSNSでつぶやくことはなくなりました」
 杉本は笑顔を返した。
 「先端技術開発本部って、もっと堅い印象だったんですけど」
 「うちは雰囲気いいですよ。沢木さん流のマネジメントのおかげかな?」
 「それはどんな?」
 「一言で言えばクロス・ファンクション組織。それを支えるITで沢木さんからペーペーまで、全員のスケジュールやミッションがオープンになっていて、社内SNSによるコミュニケーションが盛んです。後、ラインの管理職の機能がプロジェクト管理部という組織に集約されてるから、ペーペーの立場からすると直の上司がいないんです。だからPM(プロジェクト・マネージャー)と直の上司に2回報告するみたいな煩わしさがない。例えば、僕がAとBの二つのプロジェクトに関わっていて、Aプロジェクトが遅れ出して優先度を変更しなければいけないとすると、AとBのPMが調整した結果から僕に指示が出ます。プロジェクト間の利害関係をちゃんとプロジェクト管理部が調整してくれますから、エンジニアは技術を発揮することに集中できるんですよ」
 何もかもが違う。杉本はそう思った。杉本はもともとはシステム・エンジニアになることを目指していた。そして実際システム開発会社に就職したのだが、そこは岡林の住む世界とは正反対だった。ラインの上司は技術を知らず、技術系の上司はマネジメントの素人……
 「ちょっと座って休みましょうか?」
 ASMOS運用管理センターを出た二人は、22階に設けられたリフレッシュ・ルームに移動した。窓際のソファにコーヒーを手に落ち着いたところで、杉本は岡林に質問した。
 「岡林さんと沢木さんの出会いはどのようなものだったんですか?」
 「専門学校を出て、ダメ元で相模の採用試験を受けたら合格しました。とにかくプログラミングが好きだったから、どんな仕事でもゴリゴリとコーディングしてましたよ。周りのプログラマーはなかなか品質が出せなくて苦労してたけど、僕はテスト駆動でやってたんで、バグの入ったプログラムをビルドすることなんてなかったです。でも、だからといってそれほど高い評価はしてもらえませんでした。まあ、それもそうですよね。バグがないのが当たり前ですから…… それに、テスト駆動だとテストを書くぶん周りに比べて効率が悪いように見える。トータル的な生産性は僕の方がいいはずなんだけど、当時の上司とはソフトウェア開発に対する考え方に大きな違いがあって、職業プログラマーというものにだんだん魅力を感じなくなってきてたんです。ゲーム会社にでも転職しようかなぁ、何て考えていた時に、沢木さんが入社してきて、開発スタッフを社内から選考する、そんな話題で周りは盛り上がってたけど、沢木さんみたいなエリートが僕みたいな人間に興味持つわけないよな、何て勝手に決め込んでしらけてました。何せ相手は東京工大からMIT。こっちは専門学校ですから。そしたら沢木さんから呼び出されたんです。で、沢木さんのオフィスに行ったら、いきなり分厚い設計書を渡されて、感想を明日聞かせてくれって言うんです。それが、SMOS(ソモス)の設計書だったんですよ。興奮したよ。夢中になって読んで気がついたら朝だった。それから沢木さんのところに出向いて、すごいですねって面白くも何ともない感想を言ったら、やってみるか? って聞くんだよね。だから、はいって答えてその日の夕方には沢木さんの下に異動になりました。後で沢木さんから聞いたら、僕の開発経歴、開発手法、実際のソースまで見てこいつだって思ってくれたらしいです。うれしかったですよ。神様はちゃんと見てるんだなぁ~、って実感しました」
 神様かぁ…… 私のことも神様は見ているのだろうか……?
 杉本は、最初に就職したソフトウェア開発会社でマニュアルを執筆する仕事を与えられた。まあ、一人前になるまではどんな仕事でもしなくては、と思い手を抜くことなく努力した。すると、彼女の意に反してその文才が認められ、いつの間にかテクニカル・ライターという肩書きで技術文書の執筆をするのがメインの仕事になった。しかし、それは悪い仕事ではなかった。むしろ自分では気がつかなかった自身の強みを発見できたと前向きに捉え、更に伸ばしていこうとインダストリアル・ニュースに1年前に転職したのだ。そして上司に相模重工を取材すると言えば、すんなりとOKがもらえるくらいの信用を得て、先端技術の最前線をこうして取材できるのだから、決して不遇とはいえないだろう。しかし、杉本には背負っているものがあった。それを考えると、神の存在は希薄に感じられた……
 17時38分、取材を終えた杉本を見送るために乗ったエレベーターの中で、岡林はどうしようかと考えていた。もう少しこの楽しい時間、杉本と一緒にいる時間を楽しみたかった。食事に誘うべきか否や。断られて今後の取材が気まずくなるのは嫌だし…… 岡林の脳は相当なスピードで様々なケースをシミュレーションしたが、結論として当たって砕けろというシンプルな答えにたどり着いた。
 エントランスホールに着くと、以外にも杉本の方から切り出してきた。
 「私、今日は直帰なんです。岡林さんの都合がいいならご飯でも行きませんか?」
 助かった、という安堵(あんど)感とヤッターという喜び、それは「はいっ!」という一言に集約された。岡林は「ちょっと待っててください」というとダッシュで23階に戻り、就業管理システムの退社処理もせずに杉本のもとへと戻った。

 「んん、あの女は誰だ?」
 出先から進藤章とともに戻ってきた情報管理室の室長、渡辺昭博(わたなべ あきひろ)は、岡林と杉本の後ろ姿を見て言った。
 「ああ、多分記者だと思いますよ。岡林さんに取材願が出てましたから……」
 「記者? 随分と仲良さそうじゃないか」
 渡辺は上着の内ポケットからスマートフォンを取り出し、専用アプリから相模重工のネットワークに接続して取材申請の内容を確認した。
 「インダストリアル・ニュース、杉本美花。今日が取材初日か……」
 進藤はうれしそうな顔で言った。
 「岡林さん、もう口説いちゃったんですかね?」
 「そんな行動力があるとは思えないな……」
 渡辺は楽しそうに歩く二人の後ろ姿を今一度確認すると、心の中でつぶやいた。
 念のため、調べてみるか……

 

続く……

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