【案内】小説『エクストリームセンス』について

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2012年9月23日日曜日

小説『エクストリームセンス』 No.1

小説『エクストリーム センス』は笹沼透(Satohru)の著作物であり、著作権法によって保護されています。無断で本小説の全部または一部を転載等利用した場合には、民事罰や刑事罰に問われる可能性があります。

 

エクスプロラトリー ビヘイビア シリーズ 第2弾
『エクストリーム センス ~ Extreme Sense 』

                       笹沼 透

 

第1部

プロローグ1

 

 予定では、日本で開催されたこのイベントは成功という二文字で終わるはずだった。しかし、今日彼らの思惑はもろくも崩れ、その混乱は責任のなすり合いという愚行から始まった。一向に対策の方向性を見いだせない政権や警察官僚に対して、内閣危機管理監の桐ヶ谷利雄(きりがや としお)は現実的対応を迫った。すると、このような事態を経験したことのない生まれたばかりの政権の閣僚たちは、何の異論もなく桐ヶ谷の言葉に従った。
 五月晴れのこの日、東京国際フォーラムでは国際地球環境会議が開催されていた。世界30か国から環境問題担当の閣僚や研究者などが集まり、地球温暖化対策や生物多様性などについてそれぞれの成果や今後の取り組みなどを3日間にわたって議論するためだった。議長国である日本は、この場で環境技術を世界にアピールするとともに、国際社会でのリーダーシップを示すはずだった。とりわけピョンヤンや旧北朝鮮核施設で行われた環境浄化事業は世界的に注目され、その成果を華々しく発表する手はずになっていたのだ。そして、その実現を担保するために、会場周辺空域は半径3キロにわたって飛行制限区域とし、大幅な交通規制と全国から参集した約25,000人の警官によって警備を固めた。しかし、会議の最終日となった2021年5月15日土曜日。短機関銃で武装した数名のテロリストが生物多様性部会の会議場に押し入り、28人の人質を取って日本政府に要求を突き付けてきた。
 内閣危機管理監、桐ヶ谷が求めたことはこうだった。
 「みなさん、今は一刻も早く事態を収拾することに全力を尽くすべきです。議論はその後で幾らでもできます。このような事態で最も実績があるのはSOP(ソプ)の里中警視と第3小隊です。どんな事態になろうとも、彼らの出す結果であれば、それは最小限の被害で収まるはずです」

 東京晴海(はるみ)埠頭(ふとう)にある警察庁戦術法執行部隊、SOP(Special Operation Police)の本部内を緊急アナウンスが流れた。
 「出動命令入電中。第3小隊はアラート0に移行せよ。繰り返す、出動命令入電中。第3小隊は……」
 昼食を食べ終わったSOPのエース、星恵里(ほし えり)は、休憩室の大きなソファに身を沈め瞳を閉じてリラックスしていたのだが、もう間もなく眠りに入ろうかというところでアナウンスに邪魔された。アラート0とは出動命令の発動後0分で――直ちに出動できる態勢で待機せよという命令である。星は装備品室に駆け込み、装備を調えながら第3小隊長の笠谷将樹(かさや まさき)に尋ねた。
 「里中さんにも声がかかっているのかしら?」
 笠谷は答えた。
 「さあ? しかし、待機中の第4小隊を飛び越えて俺たちが出るんだ。大変な1日になりそうだ……」
 そこで、入電中の出動命令は指令発令に変わった。
 「指令37発令。第3小隊は直ちに出動せよ。繰り返す……」
 このアナウンスとほぼ同時に、笠谷が装備するウェアラブル・コンピュータに指令37の詳細が着信した。笠谷はこれを確認すると「こりゃ大変だ」とつぶやいた後、関係各所に次々と無線を入れた。

 「いい天気だなぁ…… このままドライブでもしたいねぇ」
 覆面パトカーの黒いメルセデスベンツCLSは、里中涼(さとなか りょう)と西岡武信(にしおか たけのぶ)の二人のSOP捜査官を乗せて青山通りを皇居方面に向かって走っていた。このベンツは、西岡が身をていして与党の大物議員の命を救った礼として、SOPに寄贈されたものだった。
 里中のつぶやきに運転する西岡が答えた。
 「冗談じゃないぜ。俺は里中と家族より多くの時間を過ごしてるんだ。そんなこと想像すらできないぜ」
 「つれないねぇ…… じゃあ、恵里さんでも誘うかぁ……」
 恵里とは第3小隊の星恵里のことである。里中と星はいわゆる友達以上恋人未満というような関係であった。
 「里中にしろ星にしろ、いつまでもハッキリしねうよなぁ。まあ、この商売じゃなかなか難しいかもしれないがな。どうだ、そろそろ本庁のデスクワークにしてもらって、星も現場を引退して、結婚でも考えたらどうだ?」
 「俺はいつでもその気なんだけどさぁ。本庁の連中は俺に戻ってきてほしくないみたいだよ。それに、恵里さんも照れちゃってなかなか本音を言わないから……」
 そんなたわいのない会話をSOP本部からの無線が断ち切った。
 「SOPよりSOP21、どうぞ」
 里中が答えた。
 「SOP21、どうぞ」
 「指令37を転送する。直ちに現場に急行せよ。どうぞ」
 助手席に座る里中は車載コンピュータのディスプレイで指令37の内容を確認すると、静かに「SOP21、コピー」と応答した。西岡が尋ねた。
 「何だ?」
 車の屋根に収納されたパトライトの展開スイッチを押しながら里中が答えた。
 「恵里さんと会えることになったよ。武装したテロリストが人質を取って籠城(ろうじょう)してる。場所は東京国際フォーラム。急ごう、第3小隊が待ってる」

 東京国際フォーラムは、シンボルであるガラス棟とホール棟から構成され、ホール棟は更に4つのブロックで成り立っている。そのホール棟の最南部がブロックDであり、問題の会議場、ホールD5はその5階にあった。
 日本文明革新連合、略して文革連と称する退行主義過激派のテロリスト6人は、MP5というドイツ製の短機関銃で武装し、人質28名をとって日本政府に要求を突き付けていた。その要求とは、自分たちの読み上げる声明をテレビで生中継しろというものだった。
 退行主義とは、1990年代にイスラエルの宗教社会学者、エイモス・シモンズが発表した論文を基礎とする思想で、現代社会の安全や便利さが脳の活動を減少させたことによって脳の退化が進行しているので、これを防止するために過度の便利さなどを排除しようとする考え方である。退行主義の大きな特徴は、様々な思想集団から支持を得たことにある。このため、退行主義は数多くの思想と結合することによって非常に多くの分派を生み出している。例えば、環境保護団体と退行主義が融合し、その分派が右翼系暴力団と融合することで過激な行動を起こす組織犯罪集団が誕生したことなどがあげられる。こうした幅広いバリエーションを持つ退行主義集団であるが、その中の過激派あるいは原理主義者と呼ばれる一派に共通することは、安全を一定のレベルで排除することで脳の退化を食い止めようとする思想である。そして彼らがいうところの退化した人間を排除する行為、すなわちテロリズムによって多くの人々が恐怖を体験することにより、現代文明のひずみを解消しようと主張する集団のことである。そして、その国内最大勢力が、文革連と名乗る非合法組織であり、日本政府及び警察機構は、文革連を組織犯罪集団と位置付けていた。

 晴海埠頭(ふとう)のSOP本部から出動したSOPの一団は、作戦指揮車、第3小隊を搬送するバス、戦術支援小隊を搬送するバスの計3台で、サイレンを響かせながら東京国際フォーラムに4分ほどで到着した。このうち作戦指揮車はマイクロバスを改造したものであり、現場の情報収集、分析、作戦立案など、現場作戦指揮の中核となる機能を備えている。そして、この車両の中で移動中から初動について検討していた笠谷小隊長は、テロリストの立てこもる会議室周辺を第3小隊で包囲し、次いで作戦支援小隊には、テロリストが立てこもる会議室を壁透過レーダーやX線センサー、コンクリートマイクなどを使い、あらゆる角度から内部の情報を収集させた。
 第3小隊の到着から5分後、里中と西岡を乗せたベンツが現場に到着した。車を降りた里中はスーツの上着を脱ぐと車に投げ込み、トランクルームに積んだボディアーマーと帽子を着用した。このボディアーマーは防弾チョッキであると同時に主要装備である無線機とウェアラブル・コンピュータが装着されている。ウェアラブル・コンピュータとは、現場の戦術チームと捜査官、作戦指揮車、SOP本部のICC(SOP統合司令センター)などと情報ネットワークを構築するためのもので、ポータブル・コンピュータとネットワーク機器をウェアラブル化したもので構成されている。
 作戦指揮車内の分析官が笠谷小隊長に告げた。
 「小隊長、システムリンク正常起動しました」
 作戦指揮車内のディスプレイには、全隊員のヘルメットに搭載されたモニターカメラのライブ映像や壁透過レーダーなどの情報が映し出されている。これを確認した笠谷はICCに初動完了を報告した。すると、TV会議システムに内閣危機管理センターから接続要求が来た。
 「私は内閣危機管理監の桐ヶ谷だ。里中警視は到着しているかね?」
 「ただいま到着しました」
 里中は笠谷の肩をたたきながら、TVカメラの画角に入り答えた。
 「よろしい、柏木総理からお話があるそうだ」
 あんたの話はどうでもいいけど…… そう思いながら里中は総理映像に答えた。
 「総理、本件の指揮を命じられたSOPの里中捜査官です」
 内閣総理大臣、柏木隆一(かしわぎ りゅういち)が静かな声音を発した。
 「総理の柏木だ。里中君、大変な任務になるがよろしく頼む。言うまでもなく、このような事態は日本にとってとても大きな損害だ。これ以上の状況悪化は何としても食い止めたい。現場の指揮は君に任せる。一刻も早く事態を解決してくれ」
 「承知しました。ベストを尽くします」
 里中がそう答えるとモニターの映像が総理からパンされ、再び内閣危機管理監の桐ヶ谷が映った。
 「データリンクシステムでそちらの状況はリアルタイムに把握している。何かあればこちらから声をかける。それから、犯人の要求している声明の生中継だが、国営テレビのスタッフをそちらに向かわせた。どう使うかは君の判断に任せる。頼んだぞ、里中警視」
 TV会議システムの映像が消えると、里中はつぶやいた。
 「声明をテレビ中継しろだなんて、素人もいいとこだなぁ」
 西岡が答えた。
 「文革連の連中も、組織が大きくなり過ぎて質が低下してるんじゃないか?」
 里中は笠谷に尋ねた。
 「で、中の状況は?」
 笠谷は情報ディスプレイを指差しながら説明した。
 「あまりいい状態ではない。ホールD5は入り口が二つ。そのほかのアクセスポイントは換気ダクトなども含めて見当たらない。人質は28人、犯人は今のところ5人以上とみているが、もう少し分析しないと正確な識別はできないな」
 里中は言った。
 「LRAD(エルラッド)も用意しておいてくれ」
 この後、里中はテロリストが連絡用にと示した携帯に音声チェンジャーを通して電話をし、改めて彼らの要求を確認すると、要求への交換条件として人質の半分を開放するようにと伝えた。しかし、テロリストは取引には一切応じない。我々の要求に応えられないのなら人質を順番に処刑すると言い、最初の期限を1時間後の14時と指定してきた。

 「見える、見えるわっ!」
 「本当に?」
 「ええっ! とてもよく見える。銃を持った人が6人、席に座った人たちを取り囲むように銃を構えて立っているわ」
 「どんな銃?」
 「待って、検索してみる。えーっと、これだわ」
 「MP5か。他にも何か持っているかな?」
 「見える範囲ではないわ」
 「よし、彼らの武器を無効化することに挑戦してみよう。この図を見てみて。撃鉄と呼ばれるところにバネがあるでしょう。このバネを折ってしまえば銃弾は発射できなくなる」
 「できるかしら?」
 「自信を持って! きっとうまくできるさ」
 「わかった。やってみる……」
 ややあってから、テロリストの持つ短機関銃MP5の一つから、パキッという小さな金属音がしたが、この音に気付く者はいなかった。

 SOPの作戦指揮車で情報分析の任に当たっていた分析官の一人は、テロリストの持つ銃器を特定するために、X線センサーの捉えた情報をデータベースと照合していた。そして、両者の間にほんの少しだけ差があることに気がついた。テロリストの持つMP5の撃鉄バネが折れているのだ。分析官はX線センサーを持つ戦術支援小隊の隊員を誘導し、既に特定済みのテロリスト全員の銃を調べると、すべての銃がMP5であり、そのすべてが同様の状態であることを確認した。つまり、テロリストは銃弾を発射することができないのだ。この驚くべき結果を報告された里中は、なぜそのようなことになっているのかといぶかしんだが、人質を処刑するというタイムリミットが迫る中で、疑問の一つひとつを解消している余裕はなかった。里中は突入準備を笠谷小隊長に指示すると、西岡とともに国営テレビのテレビクルーからカメラなどの撮影機材とテレビ局のロゴの入ったジャンパーを借り受けた。

 笠谷小隊長がテロリストの携帯に電話をし、テレビ中継スタッフが中に入ることを伝えると、ホールのドアが静かに開いた。ドアの正面には数名の人質がテロリストを守る壁として横に並ばされ、その後ろで二人のテロリストがMP5を構えているのが確認できた。テレビカメラを担いだ西岡と、ケーブルをさばく里中がホールの中に進むと、テロリストの一人がドアを閉めようとしたので里中は言った。
 「ああ、すみません。ドアは開けておいていただけますか? このアンテナとカメラが通信できないと中継ができないんです」
 このアンテナとは、ドアの入り口付近に置かれたLRADのことだが、もちろん、LRADは通信用アンテナではない。里中の説明に納得したテロリストは、里中と西岡の二人をボディチェックし、これに合格した二人はホールの奥、プロジェクター・スクリーンの前まで進んだ。
 テロリストのリーダーと思われる男はテレビカメラの前に立つと、ワンセグチューナーを片手に映像を早く映せと指示した。里中は、13時40分から衛星回線が使用できるようになるので、もう少し待ってほしいと伝えると、リーダー格の男は不満を口にしようとしたが、テレビカメラに装着されたライトが点灯し、西岡が「画、入れます。そちら準備どうですか?」と演技すると、生中継の段取りに理解を示したのか、リーダー格の男は自分の身なりを整え始めた。
 里中はホールの状況を確認した。西岡の前に一人、入り口で盾となる人質の後ろに二人、ホールの入り口から見て右に一人、左に二人が立っている。入り口で壁を作っている人質以外は、椅子に座ってホールの中央部に集まっている。問題ない、しかもテロリストの銃は無効化されているのだ。里中は口の中に仕込んだモールス信号の送信装置を使い、テロリストの配置をSOPの隊員たちに送った。
 里中のモールスを聞いた星恵里は、アサルトライフルHK416からゴム弾が装塡されたグレネードランチャーに持ち替えると、ホール入り口ドアの左側にしゃがんで待機した。
 「間もな衛星回線が開きます。開き次第放送でよろしいですか?」
 里中がそう尋ねるとテロリストは小さくうなずいた。
 「では、中継に入ります」
 里中は腕時計を見ながら時がくるのを待った。そして……
 「5秒前、4、3、2、1」
 ゼロ、のタイミングでホールの中の全員の感覚は、一気に麻痺(まひ)状態に突き落とされた。ホールの入り口に設置されたLRAD(長距離音響装置)から出力された警報に似た周波数の高い、しかも150デシベルまで到達する大音響が彼らの感覚器官を麻痺(まひ)させたのだ。そしてその2秒後、ドアのもう一つがブリーチングチャージ(テープ状の爆薬)によって吹き飛び、LRADが停止すると二つのドアから第3小隊が一気になだれ込んだ。
 星は、ブリーチされたドアからゴム弾を装塡したグレネードランチャーを構えて突入し、その桁違いの身体能力――敏捷(びんしょう)性を活(い)かしてテロリストを次々に倒した。ドア近くにいたテロリストの腹部に1発、その奥のテロリストの脚部に1発、更に突き進んでリーダー格の男の脚部に1発。ゴム弾とはいってもその威力は人体を大きく損傷しない程度に強力であり、テロリストの内二人は星の銃撃によって骨折した。そして倒れ込むテロリストは星に続くディフェンスマン、バックアップマン、テールガンの三人と第2班の隊員たちが拘束し、残りの三人はもう一方のドアから突入した第3班と第4班の8人によって制圧された。里中のカウントダウンから戦術チームの「クリア!」の声がホールに響くまで、ほんの数秒の出来事だった。人質は全員無事。テロリスト6名も確保された。
 里中はLRADにさらされた感想、「気持ち悪い……」をつぶやきながらテロリストのMP5を拾い上げると分解し、撃鉄バネを確認した。
 星はゴーグルを外しながら里中の手元をのぞき込んだ。
 「本当だ。バネ折れてる」
 里中はテロリストのリーダーに尋問した。
 「銃が撃てないことは知っていたのか?」
 テロリストはきょとんとした顔をして、「ええっ……」と答えた。その表情から答えを読み取った里中は、「そりゃそうだよな……」と言った後に心の中でつぶやいた。
 一体誰が細工したんだ?

 

続く……

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