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2010年1月23日土曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(26)

 神奈川県の三浦海岸にある海の家の座敷で、情報管理室の相馬はふて寝をしていた。彼は先週の月曜日から今日を含めた九日間を、三戸海岸で溺死した二人の男の足取りを探るべく捜査に費やしてきたのだが、これといった情報は何も得られず、連日を炎天下にさらされて、いい加減嫌気がさしてきたところだった。彼のすぐ脇の卓袱台の上にはビールの空き缶が二缶と、食べかけの枝豆が置かれていた。
「お客さん、お客さん!」
 バイトの若い女性が言った。
「何か鳴ってますよ、電話じゃありません?」
 彼は目を覚まし、「ああ、すまない」と言いながら携帯電話機を耳に当てた。
「もしもし、沢木ですが」
「ああ、こりゃどうも。あいにくまだ何も掴めてませんよ」
「こちらで有力な情報が得られました。二人の溺死体があがった日、人美は長浜海岸に友人の泉彩香と遊びに行っています。その帰り道、海岸近くの公園で二人の男に襲われかけたところを三人の男性に助けられています」
 彼は沢木の説明を聞きながら、目を完全に覚ましていった。
「そうか! 分かった。すぐに長浜海岸をあたってみる」
 彼はおもむろに靴を履くと、勢いよく海の家を飛び出そうとした。しかし、行く手をバイトの女性に阻まれた。
「お客さん! お勘定、まだなんですけど」


 相馬が海の家で勘定を払っているころ、渡辺、里中、西岡の三人が乗った車は、大平の自宅にまもなく到着しようかというところだった。
 地図を見ながら助手席に座る渡辺が言った。
「次ぎの角を左に曲がって一〇〇メートルほど行った右側だ」
 西岡はハンドルを左に切り、その角を曲がった。その時、「止まれ」と渡辺が指示した。「どうかしました?」
 後部席にいた里中の問いに、渡辺が前方を指差しながら答えた。
「あのタクシー」
 見ると、タクシーから大きな書類ケースを持った男が、足早に近くの家の中に消えていった。
「大平?」と里中が聞くと、渡辺はうなずいた。
 西岡が言った。
「さてと、どうしますかね。あのようすじゃ、中に誰かいそうですよ」
 次いで渡辺が―
「木下を殺った奴かもな」
 里中は―
「可能性は大ですね。大平が川崎から何を持ち去ったかは知りませんが、自身の意思での行動ならば、もっと計画的に行動したはずだ。押し込み強盗よろしくSOP隊員をねじ伏せて、急いで自宅に帰って来たところを見ると―こりゃ、物騒なお客がいそうですよ」「大平には妻と娘がいる。人質に捕られているかも知れん」
 渡辺がそう言った後に、西岡が言った。
「お客は複数かも知れない」
 里中は頭に手をあてがいながら言った。
「まいったなー、第一セクションの連中を連れてくりゃよかった―ああ、忘れてた。ここに一人いる」
 里中は渡辺の顔を見ながら尋ねた。
「こういう場合、どういう戦術をとります?」
 渡辺は答えた。
「とにかく状況を把握しないことには。まずは偵察だな」
「そうですね」と言いながら、里中は懐からSOP正式採用銃であるベレッタM92Fを取り出し、それを渡辺に渡した。
「これは渡辺さんが持っててください。大丈夫ですね」
 この“大丈夫”という言葉には、里中の渡辺に対するある想いが込められていた。彼は渡辺がSOPを辞めた理由を知っている。あの敗北に喫した人質救出作戦の際、その舞台となったテロリストのアジトを突き止めたのは里中だったからだ。そして今、大平の娘が人質に捕らわれているかも知れないのだ。
 渡辺と目と目を合わせた里中は、やや口調を明るくして続けた。
「私はろくに射撃訓練も受けてないですから」
 西岡もそれは踏まえたうえで、「いいのか? 今は民間人だぞ」と言った。
「俺が持っているよりはましだ」
「しかし、万が一のことがあったら」
「その時はお前がやったことにするさ」
 西岡は苦虫を噛み潰したような顔を里中に見せながら、自分の銃のスライドをカチャリと引いた。
「心配するな、腕は衰えていないよ。多分……」
 そう言いながら渡辺は車を降りていった。
「聞いたか? 多分だぞ、多分」
 里中は西岡の言うことを無視して言った。
「ささっ、行った行った」
 三人は大平の家へと歩き始めた。


「ご苦労だった」
 木下を殺った男は満足げに言った。ダイニングのテーブルの上には大平の持って来た資料が広げられ、椅子に座らされた娘に覆いかぶさるようにして、男はそれを眺めていた。「約束は果たした。さっさとこの家から出て行ってくれ」
 男は薄ら笑いを浮かべて言った。
「よし、いいだろう。ただし、俺がここに来たこと、お前に資料を持って来させたこと。そういったことをサツにばらしてみろ。例え俺が捕まろうと、俺の仲間が必ずお前たちを殺しに来るだろう。分かったな」
「ああ、誰にも言わん、約束する」
「では、お前は女房の隣に座れ。娘は勝手口を出たところで放してやる。それまでそこを動くんじゃないぞ」
 男は娘を抱き抱えると、ナイフをその頬に当て、後退りをしながら部屋を出て行った。 その途端、大平と妻の座るソファの裏にある、庭につながる大きな窓は音もなく静かに開いた。気配を感じた大平は、振り向きざまに思わず声を発しそうになったが、それよりも早く、飛び出した里中が彼の口をふさぎ、SOPの身分証明書を見せ、じっとしているようにと動作で指示した。やや遅れて西岡も入って来た。西岡は銃を抜き、足音を消して男が出て行った廊下のほうへと進んだ。一方、勝手口近くの裏庭にいた渡辺は、里中からの無線により男の接近を知り、側にあった物置の陰に銃を構えて身を忍ばせた。
 勝手口の前にたどり着いた男は、そのドアを開け、外のようすをうかがった。人の気配はない。男は娘を下ろすと、口をふさいでいたガムテープをはがし、ロープを解いてやった。娘はしばらく男をじっと見ていた―それは憎しみが半分と、拘束から解放してくれたことへの感謝の気持ちが半分だった―が、「行け!」と怒鳴られると、父と母の待つ部屋に向かって駆け出した。男が外へ出ようとした時、「あぁー!」という娘の悲鳴と、「ドタッ!」という音が男に聞こえた。部屋の入り口に隠れていた西岡に、娘がぶつかり転んだのだ。西岡は娘の足を引っ掴むと強引に部屋の中に引きずり込み、銃を構えて「SOPだ! 動くな!」と叫んだ。しかし、男は既にイングラム(小型の機関銃)を構えていた。彼は胸にガムテープでそれを止めていたのだ。シュシュシュシュシュシュッ―とサイレンサー付きのイングラムは音を発し、「バキバキバキ……」と廊下の突き当たりの壁に穴を開けた。とっさに身を隠した西岡は、銃声がとぎれたのを期に、部屋から身を乗り出して銃を撃とうとした。しかし、男は勝手口から外に出ていた。
 男は渡辺の目の前に飛び出して来た。渡辺は物置越しに銃を構え「これまでだ!」と叫んだが、男の反応は極めて早く、彼に向けてイングラムを乱射した。彼も身を隠しながら二発撃ち、このうち一発が男の左腕に当たった。「ううっ」と身を屈めた男に、西岡が素早く飛び掛かった。渡辺もすぐに西岡に加勢した。だが、男の力は一八〇もの背丈と屈強な肉体を誇る二人を持ってしても制することができなかった。男は背中にまとわりついた西岡を背負い投げにし、近づいて来た渡辺に回し蹴りを放った。が、渡辺はこれを両手で受け、掴んだ男の脚を手前に思い切り引き、男の身体にしがみついた。そして男の目開き帽に手を伸ばし、それをはぎ取った。
 勝手口まで来ていた里中は、その男の顔を見た途端一瞬息が止まった―そんな!―が、すぐに叫んだ。「鮫島っ!」―木下を殺った男―鮫島は、ナイフで渡辺の腕を切りつけ、立ち上がろうとした西岡の顎に蹴りを入れ、さらに催涙ガスのスプレーを撒き散らしながら庭の弊を乗り越えて逃走した。渡辺も西岡もこれを追おうとしたが、催涙ガスによる涙と痛みで視界を奪われ、それを阻まれた。里中はやや遅れて―あまりにも意外な人物の顔を見たためにすぐに動けなかった―弊を飛び越え追跡を試みたが、鮫島の姿は既に消えていた。彼は拳を握り締め、怒りの表情をあらわにした。これほどまでに感情を高ぶらせたのは、鮫島という男が里中にとって、これまでで唯一取り逃がした獲物だったからだ。
 彼は無線で本部に連絡し、鮫島の手配及び鑑識を寄越すよう要請した。
 里中に近づいて来た渡辺は、ハンカチで目を押さえながら言った。
「あいつを知ってるのか」
「ええ。ちょうど渡辺さんが辞めたころから暗躍しだしたテロリストですよ。それも一流の……」
 よろよろと目と顎を押さえながら西岡も側に来て言った。
「奴は海外に脱出したんじゃ?」
「ひょっこり帰って来たんだろう。おふくろの味でも懐かしくなって……」
 里中は渡辺に向き直り続けた。
「渡辺さん、奴は非常に邪悪な男です。十分用心したほうがいい。それからお貸しした銃は、そのまま持っていて結構です。あなたの身を守るために」
「そんなに危険な奴なのか? 詳しく教えてくれ」
「ええ―しっかし、まいったなぁー」
 突然口調の変わった里中に西岡は尋ねた。
「何が?」
「鮫島を取り逃がしたことを恵里さんが知ったら…… 何て言うかなぁ……」
 川崎工場にいるSOPのエース、星恵里がくしゃみをしたのは午後十二時四十一分のことだった。

続く…

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