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2010年1月8日金曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(22)

八月十五日、火曜日、午前六時十二分。閑静な住宅街の一角に位置するある一戸建ての家では、その家の主婦により朝食の準備が着々と進められていた。また、その夫はダイニングルームに置かれた円い木製のテーブルに座り、熱心に新聞を読んでいた。
「あなた、幸子を起こしてきてくれませんか」
夫は妻の声には見向きもせず、相変わらず新聞を読んでいる。夫を釘づけにしている記事は、『軍事評論家殺される』という見出しの記事だった。妻は仕方なく、フライパンの上に載ったハムエッグを気にしながら階段のところまで歩いて行き、「幸子! 朝よ、起きなさーい!」と大声を出した。妻はすぐさま耳を澄ましたが、返事も物音も一向にしなかった。もう一度声をかけようと思い、最初の一言―「さち……」まで言いかけた時、その声は悲鳴に変わった―「きゃぁー!」
夫は驚きのあまり新聞を引きちぎって、「どうした!」と叫びながら妻のいる階段の下に駆け込んだ。階段の上を見上げた夫は声も出ずに硬直した。愛しいの七歳の娘はパジャマ姿で、口にガムテープを張られ、腕と脚をロープに縛られていた。そして、何よりも夫婦を畏怖させたものは、ナイフを持った巨人の腕に抱き抱えられていることであった。その巨人は、夫が熟読していた記事の当事者、つまり、ジャーナリストの木下賢治を殺した男だった。
木下を殺った男は、まず、彼と手を組む組織のところへ行き、木下の所有するワープロと互換性のある機種を用意させ、フロッピーディスクの中身を頂戴した。そして、そのほかに持ち去った手帳や資料などと照らし合わせ、その内容をじっくりと吟味したのだった。その結果、木下に情報を提供した相模重工社員、大平勇一の存在を知るに至ったのだ。 大平は相模重工本社にある衛星写真技術研究室に所属する技術者であり、その地位は研究主幹であった。年齢は四十三歳、三十七歳の妻と七歳の娘を持つ男である。また、彼の自宅は東京世田谷区の駒沢オリンピック公園の近くにあった。
男はある計画を立案し、その前段階として、寝静まる大平家へ一階の勝手口から侵入し、その時を待っていたのだった。
黒い目開き帽で顔を隠した男は、鋭く大きなナイフを娘の頬にあてがいながら、ゆっくりと階段を下りて来た。大平と妻はそれに押されるかのように、ダイニングルームとリビングルームがつながる部屋へと後退りして行った。
「なっ 何なんだ。娘をどうするつもりだ!」
大平は妻をかばいつつ叫んだ。
「心配するな。俺の言うとおりにすれば、娘と女房、そしてお前にも、危害を与えるつもりはない」
「目的は何なんだ!」
「まあ、そうあせるな。ゆっくり話してやる。だがその前に―」
男はたすき掛けにした黒いナイロン製の鞄の中から、ロープとガムテープを取り出すと、大平の前に投げつけた。
「これで女房を縛り、口をテープでふさげ。話しはそれからだ」
大平は床に落ちたロープを見つめながら言った。
「まさか、木下を殺したのは……」
「つべこべ言わずに早くしろ!」
男は娘を抱く腕の力を強めた。少女の顔が歪む―「んーう……」
「わっ! 分かった」
大平は床からロープを拾い上げると、妻を縛り始めた。妻はがたがたと震えながら、黙ってされるがままに従った。
「大丈夫。何とかなるさ」
大平は小声で妻に呼びかけながら、ロープを妻の身体に巻いていった。
「しっかりときつく縛れよ。足首にもガムテープを巻いて、済んだらそこのソファに座らせろ」
男は夫婦から二メートルほど離れたところから、その作業を注意深く見守った。大平は作業を終えると、妻をリビングルームに置かれた陶製のソファに座らせた。
「よし、お前も隣に座れ―いや、その前にあのガスコンロの火を止めろ」
ハムエッグはジュージューと悲鳴をあげていた。大平は言われたとおりガスコンロの火を止め、妻の隣に腰掛けた。男は彼の着席を確認すると、自分の後ろにあったキッチン・テーブルの椅子を引きずり寄せ、そこに腰掛けた。娘は男の膝の上に座らされ、相変わらずナイフをあてがわれている。
「さて、それでは自己紹介といこう。俺は昨日、木下を殺した人間だ。お前の対応いかんによっては、この娘も殺すことになるかも知れん、それをよく肝に銘じておけ」
大平はブルブルっと身体を震わせながら、首を縦に何回も振った。妻はしくしくと涙を流し始めた。男は続けた。
「お前は相模重工の社員であり、衛星写真技術研究室の一員だな」
「ああ、そうだ」
「よし、では俺の望みをかなえてもらおう」
「何だ」
「川崎工場及びプロメテウス管制センターの見取図が欲しい」
「そっ、そんな。一体何に使うんだ」
「余計な干渉は命取りになるぞ。イエスかノーか、どっちだ」
大平は必死に訴えた。
「そんなのは無理だ。川崎工場の見取図ならともかく、管制センターのほうは総合技術管理部の管轄だし、その部の部長の許可が必要だ」
「では、お前では用意できないと?」
「ああ、無理な注文だ」
男はうつむき、もの悲しげな口調で言った。
「そうか、残念だ。非常に残念でならない」
そして娘を見つめながら続けた。
「こんなかわいい娘が、この若さにして人生を終えなければならないとは、無能な父を恨むがいい」
男は娘に当てたナイフを頬から外し、喉もとへと移した。そして大平に視線を移すと、少しずつナイフの刃を娘の首の皮膚にめり込ませていった。
「やめてくれー!」
大平は立ち上がりながら叫んだ。男がナイフを娘の首から離すと、そこには一本の赤い筋ができていた。
「何てことを」
大平はそうつぶやき、妻は激しく首を振りながらもがいた。娘は涙を滝のように流している。
「では、再び聞こう。俺の望みをかなえてくれるかな」
「分かった、何とかする。だが、すぐというわけにはいかない。しばらく時間をくれ」
「どのくらいだ」
「川崎工場への往復の時間と、見取図を入手するのに必要な時間…… 半日以上かかる―嘘じゃない、あそこはガードが堅いんだ。特に、プロメテウスに関するものは―分かるだろう」
「よし、そのくらいの理解は示してやろう。ただし、妙な小細工をしてみろ、娘と女房の身体は血と肉の塊となり、その判別すらつかないほどになるだろう。分かったな」


午前八時三十分。始業を告げる鐘が相模重工本社内に響き渡るころ、最上階の大会議室には十二人の男性と一人の女性が、大きなドーナツ状の机に座っていた。まず、白石会長、その左に海老沢社長、右には紅一点の矢萩専務。海老沢の隣に白石副社長兼国需製品企画部長。以下、航空宇宙事業部長の宮本誠、衛星写真技術研究室長、川崎工場長、厚木工場長、相模総合研究所所長、富士総合試験場管理部長、防衛庁の実務代表者であるプロメテウス研究部会座長などが白石会長を囲むように着席し、白石の真向かいの席には沢木が、その横には渡辺が座っていた。渡辺を除く十二人は、プロメテウス計画実行委員会のメンバーであり、実行委員長には白石副社長が着任していた。
司会進行役の白石副社長が口火を切った。
「本日は早々からのお集まり、ご苦労様です。さて、本日緊急に委員会を招集いたしましたのは、会長からの火急の要請によるためです……」
沢木は今朝の七時三十分に車で白石会長を迎えに行くと、本社に向かう車内で木下殺しの一件などを話して聞かせた。白石は息子である白石副社長に電話をし、プロメテウス実行委員会の招集を促したのだ。
「では会長、ご趣旨を説明願います」
白石会長は軽くうなずくと、沢木を見やり言った。
「沢木」
まったく、不精者だなぁ
そう思いつつ沢木は答えた。
「では、私からご説明いたします。昨日、木下賢治というジャーナリストが殺害されました……」
沢木はことの経緯を説明し、さらに―
「そこで入手したのが、これからお配りする木下の草稿です」
ここで配られたものは、渡辺が徹夜で仕上げたものだった。彼は昨夜沢木と別れた後、ワープロリボンを持って本社へ戻り、そのリボンをカセットから引きずり出し、A4の用紙に切り貼りしたのだった。
二十八ページにもなる草稿を読み終えた各委員からは、口々に困惑の声があがった。
白石副社長が衛星写真技術研究室長に向かって怒鳴った。
「何ということだ! これ程までに情報が漏れていたなんて。君は部下にどういう教育をしているんだ! 管理能力に疑問があるぞ!」
やれやれ、また始まったか
火の粉はそんなことを思った沢木と渡辺にも降り掛かった。
「それに渡辺室長、君も君だ! こういう事態を招かないために、情報管理室は存在しているんだぞ! 聞くところによると君は最近沢木部長と―」
渡辺は白石副社長の言葉を遮り言った。
「お言葉ですが副社長。我々にすら秘密にしておきながら―」
さらに海老沢社長が割り込んだ。
「まあまあ、お互い大きな声を出すのは止めたまえ。副社長、実は沢木君には別件で動いてもらっているんだ。そして、渡辺君はその手伝いをしている。これは私も会長も承知していることだ。それに、いまさら責任云々を言ったところで―まあ、情報を漏らした者については処分を考えるにしても―結局は後の祭りだ。それよりも、今我々にとって重要なことは、何をなすべきか、ということだ。違うかね」
この言葉に怒れる二人は静まった。
矢萩専務が言った。
「それで、我が社がテロを受ける可能性はあるのですか? 犯人は情報を公開することが目的なのかも……」
渡辺が答えた。
「その程度の腹づもりなら、殺しまではしないでしょう」
川崎工場長が声を震わせながら言った。
「では、やはりテロを? 川崎が狙われるんですか?」
「断言はできませんが、その可能性は大です」
渡辺がそう言うと、白石会長が判断をくだした。
「うむ、分かった。早速政府側へ事態を説明し、警備の要請をしよう。また、相模の各施設並びに全社員に対し、細心の注意を勧告する。以上でいいかな」
再び川崎工場長が懸念を表した。
「会長。お分かりのこととは思いますが、川崎工場には六千人の従業員と、育児施設には十八人の子供や赤ん坊がいます。ぜひとも十分な警備体制をひいていただきたいと思います」
白石会長はその言葉にうなずくと、渡辺に尋ねた。
「渡辺君、君の専門家としての意見は?」
「SOPの出動を要請するのが最も適切かと」
渡辺の答えに矢萩専務が質問した。
「そんなことが要請できるんですか?」
「テロ対策法第三十四条の三項、及びSOP法第七条の四項に該当するケースです」
「よし。わしは早速官房長官を尋ねる。後のことは海老沢、頼んだぞ」
白石会長は足速に会議室を出て行った。
沢木は思った。
ふう、どうやら説明係で終われそうだ
この会議が重要であることは分かっていたが、沢木は早く本部に帰りたい一心だった。
人美さんは大丈夫だろうか?

続く…

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