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2010年4月21日水曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(50)

 午前五時八分。大和丸の停泊する埠頭にじっと立ち、海から昇る朝日を見つめていた橋本は、彼の運転手が持ってきた受信装置に耳を傾けた。
「……作戦終了。人質は無事救出、犯人は共犯者一名を除き全員死亡、鮫島守も本隊により射殺された。繰り返す、SOP13より神奈川県警本部へ。作戦終了……」
 橋本はこの時朝日に誓った。
「鮫島、敵は必ずとってやる」
 彼の頭上を調布飛行場へ帰還するエアステーションが通過していった。


 沢木と人美はSOPの隊員に手錠を外してもらい、資材倉庫の外へと出て行った。二人が並んで歩いていると、秋山が沢木に走り寄り、そして抱きついた。沢木が両手で秋山を受け止めると、彼女の髪の毛が頬に当たり、彼女の匂いがし、彼女の体温を感じることができた。そして、彼女の胸の膨らみから伝わる命の鼓動を感じ取った時、沢木はこう彼女に囁いた。
「よかった。君に会えて」
 人美は少し離れたところから、抱き合う二人を笑みをたたえながら見ていた。
 だから言ったでしょう。沢木さんには想ってくれる人がいるって
 そこへ、担架に載せられた渡辺が通りかかった。彼は人美と目が合った時、何も言葉をかけはしなかったが、にっこりと満面に笑みを浮かべると、人美に向かって拳を突き出し、そして親指を立てた。その笑顔は、渡辺がこの夏初めて見せた笑顔だった。見つめ合う二人に言葉などいらない―人美も同じようにして親指を立て、そして笑みを返した。


 里中は鮫島の死体に向かって言った。
「散々暴れた割にはあっけない最後じゃないか。一体お前は何を考えていたんだ。できればそれを聞かせて欲しかったよ」
 里中が振り向くと、星と西岡の二人が立っていた。星は瓦礫の山を見回しながら言った。「里中さん、これは一体どういうことかしら? 爆薬を使った形跡は今のところないし、不思議だわ」
 里中は答えた。
「疑問はいつか解決されるさ」
「いつかって?」
「さあ? いつかだよ」
 西岡が言った。
「沢木さんと見山さんの事情聴取はいつにする?」
「先に眼鏡をつるしあげたいから…… そうだな、明日にするか。ただし、沢木さんだけな」
「どうして?」
「あの娘のことは記録から削除する」
 今度は星が言った。
「どうして?」
「そりゃ、分かるだろう。普通じゃないからさ」
「でも」
「それもいつか分かることさ。でも、今は知らなくていい、というより、別にしておいた方がいいよ。多分、あの娘のために」
 二人は首を捻りながらも、取り敢えず里中の言うことを承知した。
「ああそれとさぁ」
 里中が言った。
「渡辺さんがサメを撃ったこともなしな。いろいろ不都合だから」
 星が尋ねた。
「じゃあ、誰が撃ったことに?」
「誰でもいいけど、そうねぇ、恵里さんにしとこうか」


 救急隊員に傷の手当を受けた人美は、黒いスカイラインの後部席に座っていた。そこへ沢木がやって来た。
「やあ」
 沢木が声をかけると、人美は尋ねた。
「さっきの女の人は誰?」
「職場の同僚だよ」
 人美はにこっと笑いながら言った。
「奇麗な人ね」
「ああ、そうだね。ところで、大丈夫かい?」
「私は全然平気よ。傷もかすり傷だもん」
「そう、よかった。精神的には?」
「それも大丈夫」
「本当かい?」
「ええ。私ね、自分の力がこの先どうなるのか、って考えると正直言って不安なの。でもね、沢木さんがさっき言ったでしょう。自分の力なんだから信じなさいって。そう思って力を使ったら自分のイメージどおりに使うことができたの。だから私、もう落ち込んだりしないわ。いつかきっと、この力を思いどおりに操ってみせる。それに、大人になったらなくなってしまうかも知れないし…… とにかく前向きに考えるようにするわ」
 それははつらつとした少女の姿だった。
「そうか、それを聞いて安心したよ」
「だからね、沢木さんも、過去の夢の惰性で生きてる、なんて思っちゃだめよ」
「ああ、そうだね。私も前向きに生きることにしよう」
 二人は微笑み合った。
「沢木さん、一つお願いがあるの」
「なんだい?」
「ずっと友達でいてね。そして、力になって」
「ああ、もちろんだとも」
 こうしてこの夏芽生えた沢木と人美の友情は、この先二人に訪れる冒険の数々を乗り越えるための原動力となるのだった。そして、二人はいつでも助け合い、信頼し合うことで、無敵ともいえるパワー―知恵と勇気を手に入れるのだった。

 
終章 沢木と人美 に続く…

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