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2010年4月4日日曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(46)

 白いバンが京急追浜駅前の交差点に近づくと、鮫島はバンを運転する太った男に指示した。
「あの交差点を左折しろ」
「何があるんだ?」
「横須賀自工の工場だ」
「そこで籠城するのか?」
「そうだ」
「で、その先は?」
 ここで沢木が口を挟んだ。
「そうか! テストコースを使う気か」
 鮫島が答えた。
「そのとおりだ。貴様が人質にいると分かれば、相模は喜んでエアステーションを寄越すだろう」
 横須賀自動車工業の追浜工場には、一キロ強の直線を有する巨大なテストコースがある。鮫島はこのテストコースを滑走路代わりにして、相模重工に用意させたビジネスジェット機―エアステーション1で、国外への脱出を図ろうと考えていた。
 白いバンは追浜工場の敷地内へと入り、テストコース近くにある資材倉庫の中で車を止めた。一方、渡辺は白いバンが倉庫の中に入ったところで車を降りた。
 バカなやつらだ。自分から檻の中に入るとは
 渡辺は上空を旋回しながら倉庫を監視するナイトハウンドの姿を認めると、ひとまずタバコに火をつけた。


 午前二時七分。SOP本部の屋上にあるヘリポートから、SOP13部隊を乗せたボーイングCH47Jチヌークが飛び立った。
 チヌークは、川崎重工がライセンス生産する全天候型輸送ヘリコプターであり、SOPでは隊員や武器弾薬類、指揮車の輸送に使用されている。最大積載重量は約一三トン、最大速度二九八キロ、航続距離二〇五七キロのスペックを誇り、ナイトハウンドと同様、防弾加工された機体を艶消し黒で塗装している。
 また、このチヌークで隊員たちとともに現場に向かう指揮車は、SOP1が小隊規模以上で行動する時―これを行動レベル2といい、レベル1は班規模の行動、レベル3は中隊規模の行動を意味する―に出動する。この指揮車は、相模重工が陸上自衛隊に納入していた四輪駆動の装甲車をSOP仕様に改良したもので、現場においては小隊の作戦指令室として機能する。
 各隊員と指揮車をつなぐものは、隊員たちが頭部に装備する無線機とモニターカメラが一体になったヘルメットであり、これにより音声や映像を指揮車に送信できる。指揮車にはこの映像を映す一四インチのモニターが七台あり、モニター一台は画面を四分割して一班分の映像を映し出し、六台のモニターにより全隊員の“視界”が映される。残りのモニター一台は、全二十四画面の中から任意の画像に切り換えできるようになっている。
 さらに、指揮車には戦術コンピューター・システムと呼ばれる高度なワークステーションや赤外線カメラなどが装備されていて、ナイトハウンドと連携することにより、膨大な量の情報を収集、解析できる。
 午前二時十七分。チヌークは鮫島たちが籠城する資材倉庫の近くにあるビルの裏手に着陸した。後部のハッチが開くと隊員たちが一斉に飛び出し、セオリーどおりの行動を開始した。
 第一に、警備員から資材倉庫の見取図を入手し、その情報を指揮車のコンピューターに入力する。そこへナイトハウンドの収集した情報を加え、コンピューター画面上に資材倉庫の立体モデルを作成する。さらに、赤外線カメラを使い、倉庫のどこに人質と犯人がいるかを探索する。赤外線カメラとは、熱源の発する赤外線をとらえる特殊なカメラであり、このカメラを用いれば、壁の向こう側にいる人間を透視するかのように見て取ることができる。そして、資材倉庫の立体モデルに赤外線カメラの映像を重ねることにより、内部の状況の一部始終を監視することができるのだ。
 第二に行われるのは、情報からの隔離である。その一つが電話配線を遮断することで、これは犯人が特定の交渉人以外にコンタクトをとるのを防ぐためである。また、状況によっては無線器や携帯電話の電波を妨害する“ジャミング”も行われるが、これを実行するとSOPの無線も使用できなくなるため、常時使用されることはない。


 渡辺はスカイラインに乗り込み、チヌークの着陸した地点に車を進めた。途中で出会う第三小隊の隊員たちは皆かつての部下であり、彼はすれ違いざまにある種の懐かしさを感じていた。
 第三小隊長の笠谷将樹は近づいて来るスカイラインを笑顔で出迎え、車を降りた渡辺に親しげに声をかけた。
「よう、久しぶりだな。元気そうじゃないか」
「ああ、SOPを辞めたおかげで健康状態は良好だ」
「ふふっ。しかし、やってることは大して変わりなさそうだな。里中から聞いたよ」
「静かに暮らしてくつもりだったんだが、相模の厄介になったのが間違いのもとだった」
 笠谷将樹は渡辺と同じ三十六歳で、渡辺がSOPを辞職した時に第三小隊の隊長に任命された。ともにポイントマンであった二人は、“栄光の第三小隊”を築いた立役者であると同時に、多くの困難な任務を切り抜けてきた“戦友”だった。
 渡辺と笠谷が話しをしていると、ナイトハウンドから降りたSOP131の四人が側に歩み寄って来て、かつての上官に再会の言葉を発した。そんな中、星は「はじめまして」と渡辺に声をかけた。彼女を見た渡辺は、一瞬、女? と見下しかけたが、その制服の襟に特級射撃手徽章が付いているのを見て取ると、その考えを改めた。
 特級射撃手徽章とは、最も勝れたCQB技術を持つ隊員に与えられるバッチであり、かつては渡辺もSOPの制服に付けていたものである。そして、この徽章を付ける者こそが、エースと称されるのである。現在、SOPの隊員の中でこの徽章を身に付けている者は、星と笠谷の二人しかいない。
 渡辺は星に言った。
「いいバッチをつけてるな。SOPに女がいるのは知ってたが、まさかエースとは」
 笠谷が言った。
「彼女は星恵里。お前が辞めた後に入ってきて、あっという間にそいつを付けるまでになった。まあ俺の見たところじゃ―そうだな、SOP史上最強ってところかな」
 渡辺は半信半疑で「ほう」っと言った後、星の持つMP5を見て感想を漏らした。
「エイミング・ポイント・プロジェクターか。俺はそんなものに頼りはしなかった」
 エイミング・ポイント・プロジェクターとは、銃に取り付ける照準器の一つであり、取り付けた銃の平均着弾点にレーザー光線を照射することにより、狙いを定めることができる装置である。
 星はその言葉に反論した。
「お言葉ですが、私はこれを使わなくても標的を射抜く技術は持っています。しかし、私はそれ以上の精度を求めているんです」
「それ以上とは?」
「相手が例えテロリストでも、できることなら命は奪いたくないんです。そのためには、ウイークポイントをより正確に撃つことが要求されます。これはそのために付けています」
「なるほど、優しいんだな。しかし、どこの対テロ部隊もそうだが、標的には可能な限りの銃弾を撃ち込むことを指導している。SOPもその例外じゃない。一発で仕留めるのは難しいことだ。かつての俺はそれでしくじった」
「もちろん状況によります。ですが、私の求めるものは必要最小限の弾で最大の効果を得ることです」
「ふふっ。その腕、どれほどのものか楽しみにさせてもらうよ」
「どうぞ、ごゆっくり見学してください」
 そう言うと、星はにこっと笑顔を浮かべた。


 沢木と人美は資材倉庫の二階にある事務室のソファに座らされていた。かなり大きなこの事務室は、ドアを入るとすぐにファイリングケースによる仕切りがあり、その向こう側に二人の座るソファとコーヒー・テーブルが置かれていた。ドアは東側の壁にあり、北側の壁にはテストコースが見渡せる窓と、屋外に設置された非常階段へのドアがあった。
 長髪の男は部屋の中央より窓側に並べられた事務机の上に銃を構えて座り、渡辺に撃たれた傷の痛み止めに注射されたモルヒネのせいで、ニタニタと薄気味悪い笑いを浮かべながら二人を見張っていた。眼鏡の男は閉ざされたブラインドに穴を開け、外のようすを探り、太った男はドアの陰から一階と屋上に通じる階段を見張っていた。また、鮫島は事務机の上に脚を載せ、踏ん反り返って座っていた。
 そんな中、沢木は、我ながら落ち着いたもんだ、と思っていた。最初に殺すと言われた時も動揺しなかったし、人質にされている今も恐怖を感じることはなかった。それがなぜかを考えはしなかったが、八年前から彼の心の中に宿っている虚無感は、こうした状況下でも彼に冷静さを与えていた。
 一方、人美はテロリストたちよりも、自分自身の力に不安を感じていた。力を使わなければならない時が来るのだろうか、コントロールできるのだろうか。それとも、暴走してテロリストたちを殺して…… そう思うと、彼女は沢木に身体を寄り沿わせ、頬を彼の肩に載せるのだった。


 渡辺と笠谷小隊長は、指揮車の中で強行突入の可能性を模索していた。そこへ、事故処理の渋滞に巻き込まれたために到着が遅れた里中と西岡の二人がやって来た。
 笠谷が言った。
「根岸港からにしては遅かったじゃないか」
 里中が答える。
「いやー、申し訳ない、渋滞に引っ掛かってね。で、状況は?」
 笠谷はコンピューターのモニターを指差しながら言った。
「まあ、見てのとおりだ。犯人は鮫島を含めて四人、人質はここに座らされている二人だ」
 西岡が尋ねた。
「部隊の配置は?」
「一班から四班までは通常装備で倉庫の周囲に展開してる。五班には五〇口径を装備させて倉庫一階に待機させた。六班はライフル装備でテストコース側に二名、ナイトハウンドに二名だ」
 里中が言った。
「強行突入した際の勝算は?」
「取り敢えずは我々に有利だ―これだけ状況を把握しているんだから。まあ、二流が相手なら五〇口径だけで決着がつくだろう。しかし相手は鮫島だ。おそらく仕掛けを作って待ってるだろう」
「だろうね。ほんじゃ、一応要求を聞いてみますか」
 笠谷は遮断中の電話回線を接続し、里中が電話をかけられるようにした。
「もしもし、里中だ」
 里中の耳元で鮫島の低い声が響いた。
「ふふっ、貴様もしつこい奴だな」
「あんたがのこのこ帰って来るから悪いんだよ。俺だっていつまでもお前に構ってられるほど暇じゃぁないんだよ」
「だろうな、では早速本題に入ろう。相模にエアステーションというビジネスジェット機を用意させろ」
「ジェット機だと、冗談じゃない。お前に逃げられた上、パイロットまで人質にされるんじゃ歩が悪過ぎる」
「心配するな、ジェット機は俺が操縦できる。それに、人質も空で釈放してやる」
「空で? スカイダイビングでもさせる気か?」
「そのとおりだ」
「バカなことをいうな」
「ふふっ。自分の命がかかっているんだ、パラシュートの紐を引くことぐらいできるだろう。どうだ、悪い取引じゃないだろう。相模にとっちゃ飛行機の一機ぐらい安いもんだし、人質も無事に釈放される。そして、俺も貴様とおさらばできる。最も勝れた選択だ」
「一体どこへ逃げる気だ。北朝鮮か?」
「どこへ行こうと貴様の知ったことじゃない。返事はイエスかノーか、それだけでいい」「あっそう、相模に問い合わせてみるよ。それで、飛行機はどこに用意すればいいんだ」「ここのテストコースに着陸させろ。もっとも、この暗いコースじゃ着陸は無理だろう、日が昇るまで待ってやる。今日の日の出は五時八分だ。その時刻きっかりにはエアステーションをここの上空で旋回させろ、着陸は十分な明るさになってからでいい。それと、パラシュートを二つ用意するのも忘れるなよ」

 
続く…

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