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2009年12月4日金曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(9)

 沢木は質問を再開した。
「さて、次は初恋と自殺の件ですが。人美さんの恋が実らなかったということは、どうしてお知りになったんですか。これも人美さん自身からお聞きになったのでしょうか」
 見山は憮然とした表情をしながらも、言葉は丁寧に、冷静を努めていた。
「いいえ。それは彩香さんから妻が聞いたんです。彩香さんとは私たち夫婦も親しくしていましたので、ある時妻がそれとなくした質問に答えてくれたようです」
「人美さんも当然そのことを知っていたんでしょうね。つまり、自分の好きな人には別の交際相手がいるということを」
「ええ、知っていたはずです」
「それ以後は、初恋相手の男の子や、その女の子と関わることはなかったのでしょうか」「多分、なかったと思います」
「自殺の一件は人美さんも知っているわけですよね」
「ええ、随分話題になりましたから」
「何か言っていましたか」
「死ぬことはないのに、というようなことを言っていたと思います」
「そうですか。初恋相手の名前、お分かりになりますか」
「えーと。確か、やま…… 山本雄二といったと思います」
「ところで、人美さんの失恋から少女の自殺までの間には時間差があるようですが、それは具体的にどれくらいの期間なのですか」
「初恋云々の話しがあったのは、確か、高校二年の九月ごろだと思います。少女が自殺したのは二月ですから…… えー、五カ月間ですか」
「なるほど。では、最後の自動車事故の件ですが、この時見山さんの車に乗っていたのは何人ですか」
「私に人美、彩香さんに同級生の男の子一人、全部で四人です」
「人美さんは眠っていたわけですね。泉さんは?」
「ああ、彩香さんはもう死んだように眠ってました。よほど飲んだらしいので」
「すると起きていたのは見山さんと男の子一人、ということですね」
「ええ、そうです」
「となると自動車事故のことを知っているのも、見山さんと男の子ということになりますが」
「そのとおりです」
「見山さんは、人美さんは事故のことに気づいてないとお考えのようですが、その男の子から聞いて知っているのではないですか」
「そうかも知れないです。口止めをしたわけではありませんし、そんなことをすれば余計話しが面倒になると思いました。ただ、人美も彩香さんも、その後何も言っていないので、私は素直に知らないのだな、と考えていました」
「なるほど。で、その時人美さんは確かに“そうよ”と言ったのですね」
 見山は自信に満ちた表情で答えた。
「ええ、これは間違いありません。その言葉の響きは今でも鮮明に覚えていますから」
 そして、声のトーンを落として続けた。
「人美が“そうよ”と言った瞬間、男たちの車のエンジンが異常なほどの轟音を発し、私は彼らのほうを見ました。その時私が見たものは、顔をひきつらせて恐怖に怯える三人の男の顔でした……」
 見山はその顔を思い出したのか、顎が小刻みに震えていた。カツカツ、カツカツと― 沢木はこの時感じた。この見山という男は、過去の出来事の事実がどうであれ、既に自分の創りあげた世界に入ってしまっていると。そこで、沢木は質問の方向を変えることにした。
「なるほど、よく分かりました。さて、今度は見山さんと奥様の話をお伺いしたいのですが。まず初めに、奥様は見山さんが思っているような疑問を感じてはいないのでしょうか」「妻が? まさか。妻はそんなこと、夢にも思ってないでしょう」
「では人美さんについて、ある種の疑惑を持っているのは見山さんお一人なわけですね」「ええ、そうです」
「見山さん自身は、これまでの人生の中で何か不可解な体験をしたことがありますか。あるいは、奥様がされた体験を聞いたことがあるとか」
「いいえ、全くないです。妻からもそのような話を聞いたことは一度もありません」
「例えば、正夢とか虫の知らせとか、そういったものもないですか」
「んーん、なかったと思いますが」
「そうですか」
 沢木は身を前に乗り出して言った。
「実はですね、見山さん。私は見山さんがお書きになられた手紙を読んで、四つの可能性を考えたのです」
 やっとまともな意見が聞けるかな
 見山はそう思い、沢木の顔を期待を込めてじっと見つめた。
「まず一つめは、これらの出来事が全くの偶然により生み出されたものであるということ。二つめは見山さんの想像どおり、人美さんが何らかの力を持ち、それを無意識のうちに使ったということ。三つめは何か別の力―例えばオカルト的なものであるとか、そういった力です。そして、四つめは」
 沢木は見山の目を見据えた。見山は顔をこわばらせている。
「人美さん以外の人間に特殊な能力があるということです。例えば、見山さん、あなたにその力があるとか」
 白石と秋山ははっとして沢木の顔を見た。見山は驚愕の表情をし、かぶりを振りながら言った。
「ま、まさか、そんな……」
 沢木は見山の言わんとしている先を読んで言った。
「まさかそんなことがあるわけないと」
 見山は首を縦に振った。
「しかし、見山さんは人美さんに超能力があるのでは、と考えているわけですから、その論理からいけば、見山さん自身に超能力があると考えてもいいはずです。ご自分でそう考えたことはありませんか? あなたはすべての事件について、その背景をよくご存知だ。人美さんのことを守りたい、守らねばという心理は絶えず働いていたはずです。その時に、見山さんの隠された力が発揮されたと考えても、あなたの論理なら不思議ではありません」
 思ってもいなかった沢木の言葉に茫然自失となった見山は、何も言わずに窓の外をぼんやりと眺めていた。その窓からは、沈みかかった太陽の光が入り込み、白石の書斎をオレンジ色に染めていた。沢木は立ち上がって見山と窓の間に立ち、彼の視界の中に強制的に入って行った。
「見山さん、よく聞いてください」
 沢木は見山に一歩近づいた。
「私がなぜこのような推測を言ったのか、その理由はあなたがお書きになった手紙や先ほどの感情的な言動にあります。私はそれらに接しているうちに、あなたは、人美さんが不思議な力を持っているということを、半分では否定しながらも、もう半分では確信していると思ったのです。つまり、あなたは真実が何か、という以前に、既に自分で創りあげた世界の中に入ってしまっていると…… そんなあなたは、人美さんのことをとても恐ろしく思う、と手紙に書き記しています。ですが、私に言わせればその考えは間違いです。すべては状況だけで、さしたる証拠もなく、あなたは自分の娘を疑っている。そうした心理が無意識のうちに表に表れ、それを人美さんに悟られることを私は危惧するのです。あなたが一つの可能性を示唆するのなら、私はそれ以外にも可能性があることをあなたに理解していただきたい。そして、人美さんに対するその先入観を、まず、取り払ってもらいたいのです。過去に起こった四件の出来事には死者も出ているわけで、それは軽々に論じるような事柄ではありません。もちろん、あなたがことの真実を知るために、立ち上がったことには敬意を表します。そして、人美さんのことを心から思う気持ちも想像できます。しかし、現段階においては、誰にも超能力はないし、過去の出来事は事象の一つに過ぎないのです。そのことをよく理解しておいてください」
 沢木はそう言い終わるともとの席に座った。見山はしばらく顔を伏せながら、物思いに耽っているようだった。そして、沈黙の時が流れた―
 見山は娘にすまない気持ちで一杯だった。娘の身を案じていたこと、それは間違いない。しかし、この沢木という男の言うとおり、自分は勝手な思い込みで娘を疑い恐れていた。海外赴任の話しを受け入れたのも、人美から逃げたい一心からかも知れない―想像から、あるいは妄想から。それは、父親として失格なのだろうか。もしも、もしも人美が自分の思っていることを知ったら、どんなに傷つくだろう。そんなことを考えていると、彼の目には涙が込み上げてくるのだった。
 秋山は見山にそっとハンカチを手渡した。沢木は言った。
「見山さん。何よりも大切なことは、信じるとか、信じないという以前に、真実とは何なのか、それを知ること、それを知るための努力をすることだと私は考えます。そして、その努力を、私は人美さんや見山さんのためにするつもりです」
 見山はハンカチを目に当てたまま、つぶやくように静かに言った。
「ありがとう、沢木さん」


 人美と彩香はお気に入りの場所に並んで腰掛け、海に沈み込もうとしているオレンジ色の光の塊を眺めていた。海は夕日に照らされ、人美たちに向かって真直に伸びる光の絨毯を造り、空には赤く焼けた雲が浮かび、沖合の小さな灯台は、蜃気楼のように光に揺らめきながらたたずんでいた。
「ねえ、彩香。私って、変」
 その唐突な質問に彩香はたじろいだ。
「な、何よ。突然」
 人美は夕日を見ながら静かな口調で語った。
「私ね、漠然とだけど時々思うことがあるの。私には何かほかの子にはない力があるんじゃないかって」
「何でそんなこと思うの? 怖い夢のせい」
「んーん、そうじゃないけど。ただね、時々急に怖くなったり、悲しくなったり―さっきみたいにね。それから、直感、というのかな、それがよく当たったり。そんなことを考えてると、私、自分はほかの人と違うんじゃないかって思うの」
 彩香は人美のすぐ脇に座り直して言った。
 「考えすぎよ、人美。急に悲しくなったりすることは私にだってあるし、怖い夢を見ることだってある。なんか今日はやなことが起こりそうだなぁ、と思うとそのとおりのことが起こったりすることもあるよ。まあ、確かに人美の感はよく当たるとは思うけど、それは結局、ただの偶然よ、ぐーぜん。人美は普通の女の子よ」
 人美は少しほっとした。
 そうだよ。少し考え過ぎだったかも知れない。そうだ、考え過ぎだ。でも、いつからこんなこと考えるようになったっけ。そうだ、先週の土曜。襲われた日からだ……
「人美、人美」
 その呼び声に人美ははっとして答えた。
「ええ、なーに」
「もう、人美、しっかりしてよ。もうじきおじさんとおばさんはアメリカに行って、人美一人になるんだから」
 そうだ、そうだった。変なことで悩んでいられない。心配かけないためにも元気を出さなくっちゃ
 人美は最大級の作り笑いをして彩香に言った。
「ええ、そうね。元気を出すわ」
 でも、でもやっぱり気になる……

 見山の乗った車が走り去って行くのを、沢木は感慨深げに窓越しから眺めていた。
「全く意外な展開だったよ」
 白石会長は沢木の横に立つと、去り行く車を見ながら言った。
「まさか、ああいうことを君が考えているとはね。で、沢木。次はどうするのだ」
「取り敢えずは手紙に記された出来事を調査します―あっ! そうそう。片山の下見は終わりましたか?」
「ああ、明後日辺りに技術スタッフを連れたまた来るそうだ」
「そうですか」
 この時、沢木の腰に備えられていた携帯電話が鳴った。
「はい、沢木ですが」
「もしもし、渡辺です」
「ああ、ご苦労様です。何か収穫はありましたか」
「あったなんてもんじゃありませんよ。非常に興味深い事実が出てきました」
 その声は心なしか緊張しているように思えた。
「どういうことでしょう」
「ええ、まあ詳しいことは後日報告ということで。二、三日このまま調査を続けますので、承知しておいてください。本社へも出社しませんので。それでは―」
「あっ、もしもし」
 既に電話は切れていた。
 興味深い事実? 一体……
 沢木はそんなことを思いながら、背筋からじわっと冷気が入り込むのを感じていた。

続く…

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