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2009年12月9日水曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(10)

 それから二日後の八月三日、木曜日、午前十時。片山は沢木組の技術スタッフ七名を引き連れて、白石会長の家を訪れていた。理由はもちろん、人美が入居予定の部屋にPPSなどを設置することにあった。
 片山たちの作業を興味深げに見守っていた白石会長が尋ねた。
「これが特製のエアコンかね」
 片山は大きな段ボール箱からエアコンを取り出しながら言った。
「そうです」
「どの辺が特製なのだね」
「観測の妨げとなる不必要な電波が漏洩しないように、カバーの内側をアルミと電波吸収塗料でコーティングしてあります。まあ、これでもある程度は漏れるんですが、ないよりはましです。それから、屋外機も同じような処理がなされ、さらに観測データを送信するための発信機が内蔵されています」
「んんー、なるほど」
「そのほかにする作業は、照明器具の変更、電源周りのコーティングなどです。後は人美さんが電化製品をあまり持ち込まないことを祈るのみです」
「PPSはどこに取り付けるんだ」
「天井です。PPS(長さ五センチ、直径一.八センチの円筒形をしている)を三つ一組とし、それを八組、円を描くように天井に埋め込みます。もちろん、PPSを隠すための偽装も行いますから、人美さんに気づかれる心配はないでしょう。そして、その円を一つのセンサーに見立てて観測を行うわけです。これでかなりの感度が期待できます」
「なるほど。で、作業は後どれくらいかかる」
「一応三時を目標にしています―ご注文の改装のほうは、明日行いますので」


 人美はすがすがしい朝を向かえていた。一昨日の晩に彩香が泊まってくれて以来、二晩怖い夢を見ていなかったからだ。怖い夢を見なくなった、ということも逆に気になることだったが、ぐっすりと眠れることの幸せにまずは満足していた。
 人美には今日もやることがたくさんあった。彼女はとても忙しく、退屈という言葉をすっかり忘れている。彼女はベットの上で眠りの余韻を覚ましながら、今日は何をしようかと部屋の中を見回した。部屋の片隅にはいくつかの段ボール箱が置いてある。引っ越しの準備は大体終わっている。後は衣類や細々としたもの、本棚の本、それにお気に入りの縫いぐるみ―背丈が七〇センチくらいのスヌーピーと小さなウッドストック―などを詰め込むだけだった。
 どうしようかなぁ
 例えば読書。彼女の本棚にはたくさんの本があるが、それは専門書がほとんどである。動物、自然、宇宙、進化、恐竜、音楽、宗教など、少しでも興味を持ったものはすぐに本を買ってきて読んでいた。そして、それらの本から得た知識やイメージを頭の中でさまざまに組み合わせ、想像し、自分の精神世界を広げていった。
 現在の一番の関心事は、海で暮らすイルカやシャチ―クジラはちょっと苦手だった。なぜなら彼らは結構グロテスクだから―にあった。人美はよく彩香に彼らのことを話した。イルカやシャチはクジラの仲間であり、大きく二つに分けられたグループのハクジラ類に属していること。クジラの定義は噴気孔と水平な尾を持つ水生哺乳類であること。彼らは高い知性とコミュニケーション手段を持ち、そのコミュニケーションは数百キロ離れた距離でも可能であるということなどなど―しばらくは興味を持って聞いてくれる彩香も、さすがに一時間近く話しが続くと、夢うつつの状態になってしまうようだった。
 人美は不思議だった。なぜイルカは音波を操る能力を持ったのだろう? その不思議をいつか解き明かしたいと思っていた。
 また、彼女は絵も描くし音楽を創ったりもする。それらはまったくの自己流で、技術的には未熟なのかも知れなかったが、創作作業は溢れる精神世界のはけ口だった。さらに、運動も好きで、最近はマウンテン・バイクを乗り回している。通学にも使っている彼女の愛車は、赤いメタリック塗装のフレームを持っていた。週に一度は必ず洗車をし、スポーク一本一本に至るまで奇麗に磨きあげた。彩香はよく、そんなに磨くと磨り減っちゃうよ、とからかっていたが、人美は自分の行動範囲を広げてくれるその愛車をとても大事にしていた。
 ああ、今日は何をしようかな。海に行こうか―でもあんまり日焼けするのもなぁ
 人美は平和な日常を取り戻していた。しかし、いつまで続くのだろうか。


 沢木は第六開発室に入って行った。その部屋の片隅では、岡林がコンピューターとの格闘の真っ最中だった。沢木は岡林の背中を軽くひと叩きして言った。
「どうだ、進み具合は」
 岡林はコンピューターのキーボードを叩きながら答えた。
「ええ、なんとか間に合いそうです」
「そうか、ご苦労さん」
「ただですね、脳波の再合成過程でノイズが入ってしまうことがあるんです。どうも、分解された波形の選別定義がいまいちあいまいのようなんです。もっと融通の効くプログラムでないと、現場では対応できないかもしれません……」
「んー。で、今はどういう仕掛けを考えてるんだ」
「はい。PPSでとらえた信号をこのプログラムで分解し、脳波成分だけを抽出します。それを別のコンピューターで合成処理させようと思っています」
 沢木は腕組みをし、しばらく思考のための沈黙に入った。そして―
「それならば、いっそASMOSにフーリエ解析機能を持たせてみてはどうだ。そうすればあいまいな選別定義に対しても、ASMOSが経験から学習したパターンにより、フレキシブルに対応してくれるはずだ」
「なーるほど、そうなると学習時間が問題になりますよね」
 岡林は隣にある別のコンピューターの前に移動しながら言った。
「ちょっと、試算してみます。えーと、ASMOSのハードの処理能力がこれで、パラメーターが……」
 沢木は試算結果の表示されたCRTをのぞき込んだ。
「六七.五時間か、約…… 三日ってところか」
「そうですね。実際には被験者が常に部屋にいるわけではないですから、これよりももう少し時間がかかるでしょうね」
「そうだな、一週間くらいは大した観測はできないかも知れないな。まあ、急ぐ旅ではないんだ、人美さんが白石邸に入ってからはじっくりやるさ」
「となると、後はPPSがどこまでやってくれるか、センサーの魔術師のお手並み拝見といったところですね」
 沢木は微笑みながら言った。
「多分、片山も俺たちのお手並み拝見と思っているだろうよ」
 岡林は苦笑した。


 午後一時。沢木は自分のオフィスでIBMのコンピューターに向かい、葉山の計画本部に運び込む機材リストを作成していた。その時、直通電話のベルが鳴った。
「はい、沢木ですが」
「渡辺です」
 やっと連絡してきたか
「ああ、どうしていたかと思っていましたよ。そろそろ成果を伺いたいのですが」
「ええ、ちょうど一区切りついたところですので、社に一度帰ろうと思っていたところです」
「そうですか。では夕方辺りから会議を開きその時にでも―時間は後でオフィスのほうに連絡いたしますから」
「了解。二時までには戻ります」
 電話を切ると沢木は思った。
 さあ、何が聞けるのか楽しみだ

続く…

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