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2009年12月22日火曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(14)

 人美は両親の姿が見えなくなった後、しばらくの間出発ロビーに設置された巨大な航空ダイヤの電光表示盤を眺めていたが、突然くるっと回れ右をして、意気揚々と歩き始めた。それはまるで―どんな困難でも克服してやろう、私の行く手には輝かしい未来が待っているのだから―とでも主張しているような、そんな威風堂々の行進だった。渡辺と進藤は人込みにうまく紛れ込みながら、その行進に続いた。

 第二旅客ターミナルビルの地下一階にある、JR空港第二ビル駅には、午後三時発の横須賀線直通逗子行きの快速電車、エアポート成田が待機していた。人美はそれに乗り込むと、四人掛けの対座席の窓側に、進行方向に向かって座った。
 逗子までの所要時間はおよそ二時間半ある。人美はこの間を、本を読んだり、新しい生活の構想を練ったりして過ごそうと思っていた。そのために、人美は二冊の本―それはイルカについて書かれたものと、彩香が面白いといって貸してくれた小説だった―を用意していた。
 電車が発車してからしばらくの間は、車窓から見える外の景色を眺めていた。すると、ジャンボジェット機が人美の真上を飛んで行く姿が飛び込んできた。「うわぁー」と小さな歓声を漏らし、初めて見るジャンボの真下からのアングルに心を躍らせた。彼女の感受性は、見聞きするあらゆるものに反応するのだった。
 ややあって、人美は彩香ご推薦の小説を読み始めた。しかし、うとうと―
  車窓から差し込む夏の陽光と、クーラーから吹き出す冷たい風は、絶妙のハーモニーとなって人美を睡魔に導いた。

 人美はマウンテン・バイクに乗り、海岸沿いの道を走っていた。舗装されていない土の道の右側には海と砂浜が、左側には森があった。
 突然、どこからともなく―
「あー急がし急がし、早くしないと遅れちゃうよー!」という声が聞こえてきた。人美は辺りを見回した。すると、海の上をジャンプしながら凄い勢いで泳ぐイルカの姿があった。「そんなバカなぁ」
 人美はそうつぶやいた。なぜなら、そのイルカは赤いチョッキを着て、大きな懐中時計をせびれからぶる下げていたからだ。
「急がないと、急がないとー。急がないと遅れちゃうー!」
「待って! イルカさーん! 何でそんなに急いでるのー!」
 イルカはちらっと人美を見たが、返事もせずにさらに加速した。
 よーし、後をつけてみよう
 人美はマウンテン・バイクのギアをトップに入れ、最大スピードでイルカを追った。
 イルカと人美の競争がしばらく続くと、前方には砂浜に突き出た絶壁が出現し、その波打ち際には洞窟が見えはじめた。イルカはその中へと入って行った。人美も後に続いた。「よーし、もう少しで追いつくぞ!」と人美が言った瞬間、イルカの姿がすっと消えた。「あれっ」と声を漏らすと、突然ペダルが軽くなった。そして浮遊感―「わぁー!」人美は穴の中に落ちて行った。
 気がつくとそこは、イルカの人々が行き交う町の中だった。
 ああ、なんてことなの。ここは、ここは―そう、イルカの国だわぁ。でもこんな話し、どっかで聞いたことある。えーと、えーと―そうだ! 不思議の国のアリスだ!ふふっ、それならきっとこれはイルカの国の人美ね
 人美はそんなことを考えながら一人笑っていた。すると―
「お嬢さん、何がそんなにおかしいのかね」
 一頭のイルカが尋ねてきた。
「だって、イルカの国の人美なんですもの」
「これこれ、間違ったことを言うではない。それを言うなら不思議の国のイルカだぞい」
「イルカ?」
「そうじゃ。イルカがお嬢さんのような生き物のいる世界に迷い込むお話ぞい」
 人美はくすくすと笑った。
「ところであなたの名前は何ていうの?」
「イルカじゃ」
「それは分かってるわ。名前よ、名前、あなたのな・ま・え」
「だからそれがイルカじゃ」
 そこへもう一頭のイルカが通りかかった。
「こんにちは、イルカさん」
「よう、イルカ君、元気かね」
「おかげさまで元気です」
「ほう、それはなにより。奥さんや子供たちも元気かね」
「ええ。妻のイルカも、娘のイルカたちもいたって元気です」
 人美は首をひねりながらその会話を聞いていた。ややあって、通りがかりのイルカが去って行った後に人美は尋ねた。
「ここのイルカたちはみんながみんなイルカという名前なの?」
「そうじゃよ」
「それでよく混乱しないわね」
「何を混乱するのじゃ。イルカはイルカ、イルカ以上でもなくイルカ以下でもない、あくまでもイルカじゃ」
 人美は声を出して笑った。
「ははははぁ。そうね、あなた―いえ、イルカさんの言うことはもっともだわ」
「ところでお嬢さん、お主は何の用でここへ参られた」
 人美は追いかけていたイルカのことを思い出した。
「あっ、そうそう、私はイルカを追っていたの。赤いチョッキを着て、大きな懐中時計を下げたイルカよ」
 すると、またあの声が聞こえてきた。
「あー急がし急がし、早くしないと遅れちゃうよー!」
 赤チョッキのイルカは、猛然と人美たちの横を通り過ぎて行った。
「私、行かないと。イルカさん、さようなら」
「おい、おい、待ちなされ。行くのは危ないぞ」
 イルカの制止の声も聞かずに、人美は赤チョッキイルカの後を追って走った。
 原っぱの中にたたずむ赤チョッキイルカにようやく追い着くと、人美は尋ねた。
「ねえねえ、赤チョッキのイルカさん。なぜあんなに急いでいたの?」
「これから僕は決闘をするんだ」
「決闘?」
「そうだ。僕らの町を侵略しようとするサメ族の戦士と、一対一の真剣勝負だ」
 赤チョッキのイルカは胸を張って答えた。すると、三頭のサメが現れた。
「卑怯者! 一対一の勝負のはずだぞ!」
 赤チョッキイルカはサメ戦士に向かって叫んだ。
「へへへへ、戦いというのはなぁ、勝ちゃいいんだよ」
 三頭のサメはほくそ笑んだ。人美はイルカに言った。
「大丈夫よ、私も闘うわ」
「君が?」
 見つめ合う人美とイルカには、それ以上の言葉は必要なかった。
 やがて戦いが始まり、幾時間かが過ぎた後―
「畜生、覚えてやがれ」
 頭に絆創膏をつけたサメ戦士は、負け惜しみを言いながらも後退りしていた。「なによ!」と人美が一歩足を前に踏み出すと、サメたちは尻尾を巻いて逃げて行った。人美と赤チョッキイルカは勝ちどきをあげた―
 気がつくと、そこはイルカの女王陛下の前だった。女王陛下が言った。
「皆の者、よく聞け。ここにいる赤チョッキのイルカと、人美という人間の勇気ある働きにより、我らの国に再び平和が訪れた。私は、この二人の勇気をたたえるとともに、国民を代表し、そなたたちに感謝の意を表するものである」
 人美の後ろにいるたくさんのイルカたちから大歓声が沸き起こった。そして、イルカのオーケストラによって『威風堂々』が演奏された。
 女王陛下が人美に小さな声で言った。
「お主、何か持っていないか?」
 人美は戸惑いながらもジーンズのポケットの中を探った。
「こんなものしかありませんけど」
 それはくしゃくしゃになった、二枚のブルーベリー・ガムだった。女王陛下はそれを取ると、今度は大声で言った。
「今ここに、二人の勇気をたたえ、ブルーベリー・ガムを進呈する」
 赤チョッキのイルカが深々と頭を下げながらそれを受け取った。人美もそれに習った。そして、二人は回れ右をして、観衆のほうを向いた。
 目の前にいる何万ものイルカの群衆が、人美たちに熱い拍手と歓喜の声を送った。それは人美の頭にこだまし、深い感動を誘った。
 拍手と歓声はなおも続く―


 旅の出だしは実にあっけなかった。人美が眠りから覚めると、電車は北鎌倉の駅を出るところだった。
 なんだぁ、寝ちゃったんだぁ
 がっくりきた。しかし、旅立ちの第一歩など、案外あっけないものかも知れない―
「イルカの国の人美かぁ…… ふふふふっ」
 人美は思い出し笑いを浮かべながら、不本意な旅の出だしを、楽しい夢を見たことで帳消しにした。

続く…

1 件のコメント:

  1. イルカの国の人美、いうまでもなく、不思議の国のアリスに対する敬意を込めて…

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