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2009年11月30日月曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(8)

「それでは、今度は四件の出来事についてお聞きしたいのですが」
 沢木は質問を続けた。
「最初の出来事の発端は、人美さんがいじめられることに始まるわけですが、この加害者について、人美さんは何か言っていましたか」
 見山は当時のことを思い出そうと考え込んでいた。
「んんー、そうですね。確か、怖い、と言っていました」
「こわい」
「そうです。人美はなぜ自分がいじめられなければならないのか分からない、彼女のことが怖い、そう言ってました」
「憎しみを表すような言葉を言ったことはありませんでしたか」
「それはないです。先ほども言ったように、人美は人のことを決して悪く言う子ではありませんから。ただ、いじめをする女の子のことを恐れ、怯えていました」
「いじめの具体的な内容については、何か聞いてますか」
「ええ。いじめは最初、人美を仲間外れにすることから始まったようです。ただでさえ人見知りをする人美が、そのような状況の中で味方となる友達を作れるわけがなく、孤独が最初に人美を襲いました。それから、掃除当番を人美一人に押しつけたり、自分たちの嫌いな給食をむりやり食べさせようとしたり、細かいことを言い出したら切りがないです」
「暴力を奮われたりということはありませんでしたか」
「どうでしょう、そこまではなかったと思いますが。ただ、言葉の暴力や無視されるということに、人美は打ちのめされていました」
「そして、ついに学校に行かなくなった」
「そうです」
「その時、家ではどのように過ごしていたんですか」
「ほとんどを自分の部屋にいました。自分の好きなことをやって、気をまぎらわしていたようです」
「加害者である少女が行方不明になったということを知った時には、人美さんはどんな反応を?」
「人美にそのことを伝えたのは私ですが、これといった反応は特になかったと思います。ただ、素直に私の言うことを聞いていました」
「その後すぐに学校へ行くようになったのですか」
「いいえ。その後しばらくして夏休みに入りましたので、学校に行き始めたのは二学期になってしばらくしてからでした。ある朝突然学校に行くと言い出しまして。それからは休むことはなくなりました」
 沢木は興味を持った。
 なぜ、突然
「その、ある朝突然とは、いつのことか覚えていられますか」
「いいえ、覚えてないです」
「そうですか」
 沢木は期待を裏切られた気がした。
「ところで、その後いじめはなくなったのでしょうか。加害者は集団のようですが」
「人美の姿から想像する限りでは、なくなったと思います」
「幼女連続誘拐殺人事件については何か言ってましたか」
「いいえ。おそらく、その事件のことはよく理解できてないと思います。七歳の子供が新聞やニュースを見ることはないですし、私も妻も知らない人には気をつけなさいよ、といった程度の注意をしただけですから」
「そうですか。では、次のいたずら事件ですが。人美さんはこのことにより相当のショックを受けたようですが、口を利かなくなったのはどれくらいの期間なのでしょうか」
「被害者の女の子、つまり人美の友達が引っ越してしまった直後から、三、四週間くらいの期間だと記憶してます」
「人美さんは事件について何か言ってましたか」
「事件のあった直後に、友達がかわいそう、とだけ言っていました。口を利くようになってからは、もう事件の話題は人美も私たち夫婦もしませんでした」
「人美さんは事件を起こした教師のことを好意的に思っていたようですが」
「ええ。事件前までは、担任の先生はとても優しくて、分かりやすく勉強を教えてくれると言っていました」
 沢木はタバコを口にくわえると、ライターを取り出した。シュッ、シュッ、シュッっと、安っぽい音を三回発した後、四回めの音にしてようやく火が灯った。
 百円ライター? この男、かなりの高給取りなのだろうに
 見山はふとそんなことを思った。一服めの煙を吐き出した沢木は言った。
「今までのお話を聞いてますと、人美さんは自分のことをよく両親に話すお子さんのようですね」
「ええ。人美と私たちの親子関係はとてもうまくいっています。それは昔も今も変わりありません」
「そのようですね。ところで見山さん、質問ばかりされてお疲れになりませんか」
「いいえ、私は大丈夫です。人美のためなら、私はできる限りの質問にお答えします」
 見山は沢木の目を見ながら真剣な表情で言った。
「沢木さん。人美にはやはり特殊な能力があるとお考えですか」
 沢木は思った。
 この男はどういう返事を待っているんだろうか。肯定? 否定? あるいは、娘には何か得体の知れない力があると確信しているんだろうか?
 沢木はあえて挑発的な意見を言った。
「どうなんでしょうね。超能力とか、まあ、そういった超自然的現象の存在とは、海のものとも山のものともつかない未知の領域ですから、現段階では想像や推測をすることしかできないでしょうね」
 見山はその挑発に乗ってきた。
「では、どういう想像や推測をしているのですか。ぜひ、聞かせていただきたい」
 今度は惚けてみた。
「まあ、あるのかも知れないし、ないのかも知れないし……」
 見山は完全にいらついていた。
「そんな! とても科学技術の最先端にある人物の発言とは思えませんね。いくら未知なることとはいえ、もう少しまっとうな見識をお持ちにはなっていないんですか」
 二人の会話を隣で聞く秋山には、沢木の意図が見えていた。秋山は尋ねた。
「では、見山さんはどういう答えをお望みなのですか」
 白石は半ば呆れた顔をしていた。
「あなたがたは、私が思っていることは単なる妄想だ、と言いたいんですか」
 見山の顔は紅潮していた。
「白石さん。本当に彼らを信頼してもいいんですか!?」
 白石は穏やかに、諭すように一言言った。
「見山君。君は彼らをおいてほかに誰を信頼しようというのかね」


「そうだぁ!」
 彩香が突然声を張りあげた。
「人美。私、今晩人美の家に泊まりに行ってあげるよ。二人でいれば、怖い夢、見ないかも知れないし、少しは安心して寝られるでしょう」
「うん、そうしてくれるのは嬉しいけど、いいの」
「あったりまえじゃない。そうしよう、決めたっ!」
 なんとも頼もしい友人である。二人が出会ったのは運命的なものだったかも知れないと人美は思った。
 思えば、それまでの自分は人と接するのが苦手で、なかなか心を許せる友人ができなかった。六年生の時に、やっとそれに近い友達ができたがすぐに失ってしまった。もう自分には友達はできないんじゃないか? そう考えていた。中学に入学した時には、小学校に入った時の記憶が蘇ってきた。ぼやぼやしてると、また友達を作る機会をなくし、またいじめられるかも知れない。勇気を出して、勇気を出して友達を作ろうとしなくては―
 ある朝、人美は中学に行く途中で同じクラスの女の子を見かけた。人美は勇気を出してその子に声をかけた。「おはよう」―細く弱々しいその声に少女は振り向くと、にっこりと微笑んであいさつを返してきた。以来、その少女との間に友情が生まれ、人美は変わり始めた。
 ほんの少しの勇気があれば、本当に僅かの勇気さえあれば、人は変わることができる。その時人美はそれを確信した。何ごとにも積極的に取り組むようになったのはそれからだった。今では小学校の時が嘘のようだ。多くの友達に恵まれ、その中には彩香という親友もいる。どんなことでも話し合える、かけがえのない友達がいる。
 まず、勇気を持つこと、そして勇気は人生を切り開いてくれるもの。いつしかこれが人美の哲学となり、彼女の長い艶やかな髪は惜しげもなく短く切られた。それは、決意の証だった。
 人美は思った。
 もしもあの時、彩香が振り向いてくれなかったら今の自分は存在しない。ありがとう、本当にありがとう、彩香

続く…

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