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2009年11月20日金曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(5)

 沢木は計画の概要を説明し始めた。
「まずは過去の出来事の調査だ。そして事件、事故の詳しい情報を入手次第、見山人美の心理面からの考察が必要だろう。また、手紙に記されたこと以外の出来事も彼女の周辺で起きている可能性があるので、過去から現在に至るまでの身辺調査も必要だ。さらに、彼女が会長宅に入り次第、リアルタイムでの観測も試みたい。これらの作業を進めれば、確証を得られないまでも、偶然か、あるいはそれ以外の何かなのか、おおよその見当はつくはずだ。取り敢えずはこれらの作業を行おう」
「話は分かった。で、俺は何をすればいいのかな」
 渡辺が初めて口を開いた。沢木は答えた。
「渡辺さんには過去四件の出来事の詳細をできる限り詳しく調べてもらいたいんです。しかも早急に。見山氏の手紙がすべてを語っているとは思えないので」
「なるほど」
「その後は見山人美の身辺調査をお願いします。特に彼女の周辺に類似したことが起こっていないかということを」
「了解した」
 沢木は次に秋山に指示をした。
「秋山さんは取り敢えず、白石邸の近くに空き家があるかどうかを調べてくれ。そこに計画本部を設営する」
「分かりました」
 片山が言った。
「沢木の家を使うのが手っ取り早いんじゃないか。会長宅にも近いんだし」
 沢木の自宅もまた葉山にあり、白石邸から一キロほど離れたところに位置していた。
 沢木は苦笑しながら答えた。
「それは勘弁だな。短期間ならともかく、今回は長くなるかも知れないし、第一、みんなだって私の自宅じゃ気を使うだろう」
 秋山が言った。
「明日早速、不動産屋をあたってみます」
「お願いします」
 沢木は続けて言った。
「片山は八月六日までに、つまり見山人美が入居する日の前日までに、白石邸の彼女の部屋にPPSを設置してくれ」
「PPSを!」
 片山は驚いたように言った。
「PPSとソフトに細工を施せば、現時点でのPPSの完成度でも成果を期待できるはずだ。つまり……」
 沢木がそこまで言いかけた時に、桑原が口を挟んだ。
「あの。お話の途中すいませんが、PPSとは何なのでしょうか?」
「ああ、すいません」
 沢木はPPSの説明を始めた。
「人間の脳が活動する時、そこには電流が発生し、決まったリズムの電位変化が起こります。つまり、交流電気信号が発生するわけです。ただし、これは非常に微弱なもので、具体的には五〇〇万分の一から五〇〇〇万分の一ボルトという大きさです。これがいわゆる脳波というもので、脳波は意識の状態と密接に関係しています。ここまではご存じですね」
 桑原はうなずいた。
「さて、次は電気のお話です。一本の電線に交流電気を流すと、その周りには電磁波が発生します。電磁波とは、電波や可視光線、赤外線、紫外線、X線などの総称と考えてください。そして、人間の脳からも非常に微弱ながら、この電磁波が出ているのです。PPSはこの電磁波をとらえるためのセンサーであり、PPSとはPsychological Pulse Sensorの略です。したがって、PPSを使えば見山人美の意識の状態を観察することができるわけです」
「なるほど」
「ところが問題がありまして、我々の普段いる空間には電磁波が無数に飛び交っているのです。例えば、人間の体から放出される赤外線、家電製品から漏れる電波など、その数は計り知れません。しかも、それらの電磁波は脳波のそれよりも遥かに強力で、脳の電磁波などはマスキングされてしまうのです。今までは、PPSをそれらから隔離された実験室の中で使用してきました。電波暗室といわれる電波を遮断する部屋にさらに改良を加えてです。しかし、今回は普通の家にPPSを設置しなければなりません」
 片山が言った。
「どうするんだ」
 沢木は桑原に尋ねた。
「桑原さん。フーリエ分解というのを御存じですか」
 岡林はその沢木の発言から予想される自分への指示を察して悲鳴をあげた。
「ええー! それ俺がやるの……」
 桑原は一瞬岡林を見た後、沢木に視線を戻して言った。
「いいえ」
「では、これもご説明しましょう。我々が耳にする音、これはなにがしかの振動が、空気を伝わって鼓膜を振動させることにより知覚されます。例えば、ピアノの音は弦の振動が耳に伝わります。つまり音の実体とは波であり、同じく波の性質を持つ交流電気信号や電磁波と性質は同じなのです。ですから音を例にして説明します。ピアノの音の波形は非常に複雑な形をしていますが、実はサイン波という単純な波形の集合体なのです。サイン波の音は、ピアノの調律などに使う音叉の音を想像して頂ければいいと思います。この世に存在するすべての音は、サイン波の合成によりできているわけです。ですから、サイン波を出力する発振器を複数用意し、それぞれの周波数と音の大きさを変えてやれば、さまざまな音を理論的には作れることになり、その発振器の数が多ければ多いほど、より複雑な音が作れるわけです。実際に一部のシンセサイザーには、この加算合成方式と呼ばれる音作りの方式が使われています。そして、音を複数のサイン波に分解すること、すなわち波の構造を分解することを、フーリエ分解と呼びます。この技術を利用すれば、複数の音の中から一つの音だけを抽出することが可能になります。さて、これをPPSにどう用いるかですが。まず、PPSでとらえたさまざまな電磁波を、一定時間単位でサンプリングし、このサンプルをフーリエ解析します。これを繰り返していけば、いくつもあるサイン波の内どれが脳波成分かを判断することができます。後はそれを再合成し、見山人美から放たれた脳波として観測すればよいのです」
「はあ。大体のことは理解できました」
 桑原がそう答えた後、岡林が桑原に向かって言った。
「まあ、口で言うのは簡単なんですけどね、それを行うためのプログラムを新たに組むのはたいへんなんですよ」
 沢木は岡林を諭すように言った。
「岡林、俺もできる限り手伝うから何とか今度の日曜日までにやってくれないか。ゼロからとは言わない。手本は船舶事業部から潜水艦のソナー用のものをもらってくるから」
 岡林は渋々うなずいた。この瞬間、今度の週末から予定されていた岡林の夏休みは消滅した。
「松下さんと桑原さんは、サイ現象の事例をそれぞれの見地から考察しておいてください。渡辺さんが詳しい情報を持ってき次第、心理面や医学面からの分析をしていただきたいと思いますから」
「はい」と桑原が返事をし、それに合わせて松下がうなずいた。
「それから桑原さんは、この計画が進行中の間は総合技術管理部に一時籍を置いてもらいます。いろいろお仕事を抱えているでしょうがよろしくお願いします。手配は私のほうでしておきますので、明日からはこちらに出社願います」
「たいへん興味あることですので、願ってもないです」
「ありがとうございます。秋山さん。桑原さんの仕事場を用意しておいてください。それから夏季休暇のことだが、しばらくは各自見合わせて欲しい。どうしても無理なようならその限りではないが。みんな大丈夫だろうか?」
 岡林以外は全員うなずいた。
「では、最後にもう一度言っておくが、このことは一切部外秘だ。また見山人美に我々の行動が悟られることのないように、特に渡辺さんと片山は慎重に行動してください」
「言われるまでもない。この道のプロだ」
 渡辺はやや不愉快そうに言った。
「失礼」
 沢木は渡辺の目を見ながら軽く詫びた。その時彼は一瞬思った。この男をメンバーに加えてよかったのだろうかと。
「さて、質問がなければ今日の会議はこれで終了したいと思うが」
 言いながら沢木は全員を見まわした。
「では、これにて終了します。ご苦労様でした」


 沢木は皆が去った後のオフィスの窓際に立ち、すっかり暗くなった外の景色を眺めていた。眼下に広がる黒い海―横浜港の彼方に見える横浜ベイブリッジには、何台もの車が光の粒となって走り、ランドマークタワーは点々とした光を灯しながらシルエットを闇に浮かべ、その近くには巨大な観覧車がネオンを輝かせていた。それは現実そのものであり、また、日常だった。それに比べ、今自分が探究しようとしていることは、非現実、非日常の最たるものであり、自分はそれに有能なスタッフを従え取り込もうとしている。そこまでやってどうなるのだろう? 彼は好奇心という名の欲求をいぶかしく思いながらも、その先にある答えとは何なのか、そんなことを考えていた。
 そこへ、秋山がコーヒーを持って入って来た。
「コーヒー入れました」
 秋山はそう言いながらコーヒー・テーブルにカップを置いた。
「ありがとう」
 沢木はソファに腰掛けコーヒーを口にした。秋山も近くに座り口を開いた。
「何て言ったらいいのか。まさか相模でこんな仕事をすることになるとは」
「そうだね」
 沢木は優しく答えた。秋山はうつむき加減に言った。
「人美という女の子、もしも自分に特殊な能力があり、犠牲者が出ていることを知ったら、一体どうなるんでしょう?」
 沢木はしばらくの暇を空けてから答えた。
「僕には想像もつかないよ」
「そうですね」
「でもね、それは何としても回避しなくてはならないことなんだ。そのために、我々は知恵を絞らなくては……」
 秋山は作り笑いをしながら言った。
「沢木さんならきっとできますよ。でも、私は偶然の産物であることを祈ります」
「僕もその意見に賛成だ」
「ところで沢木さんは何をするんですか?」
「見山哲司氏に会ってみようと思ってる」
「見山氏に」
「ああ。見山家の事情をもう少し知りたいからね。何かヒントがあるかも知れない―」
 沢木はそこまで言うと、突然口調を変えて言った。
「ところで秋山さん、もう夕飯時だよ。何かおいしいものでも食べに行こうよ」
 秋山は心からの笑みを浮かべ、涼しい声で答えた。
「はい。お供します」

続く…

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