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2009年11月12日木曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(4)

「それではそろそろ始めようか」
 全員がコーヒー・テーブルを囲んだソファに着席すると、沢木は切り出した。
「初めに言っておくが、これから話すことは今まで我々が出会ったことのないような不可解な事柄だ。それと同時に非常にデリケートな部分も合わせ持っている。したがって、この件は一切部外秘とする。また、各自この件を最優先事項として仕事に取り組んで欲しい。その保証は白石会長がする」
 沢木は用意してあった資料を配った。白紙の表紙をめくると、カラーコピーされた人美の写真があった。
「その少女の名前は見山人美といい、年齢は十八歳。横須賀市の県立高校に通っている。その娘の父親の見山哲司氏は貿易会社に勤めていて、来月の七日からアメリカのロサンゼルス支社に赴任することになっている。本来ならば娘を一緒に連れて行きたいところなのだろうが、高校卒業までの残り七カ月間は―正確には来年三月十五日までは、友人である白石会長のもとに預けることにした」
 ここで沢木はタバコに火をつけた。
「ところが見山人美には、ほかの人間にはない特殊な能力があるらしいんだ」
 皆が沢木の顔に注目した。
「見山哲司氏はその疑問を一人抱えて悩んでいたのだが、そこへ海外赴任の話しがきた。娘を一人残すのは心配だが高校も卒業させてやりたい。そこで、白石会長に相談を持ちかけ、会長は疑問解明を約束するとともに、見山人美を預かることにした。というのがことの粗筋だ」
 秋山が尋ねた。
「特殊な能力って、何なんですか?」
 岡林が間髪入れずに言った。
「超能力だよ! それとも心霊現象とか」
 沢木は岡林を軽くにらむと話しを続けた。
「では本題に入ろう。三ページめをめくってくれ。そこにあるのは見山氏が会長宛に送った手紙のコピーだ。まずはそれを読んでくれ」
 沢木も手紙を読み返した。

 最初の出来事は人美が七つの時、小学校に入学した年のことでした。そのころの人美は人見知りが激しくて、友達を作るのに苦労していました。
 そんなある日、学校から帰って来た人美が延々と泣き続けていたという話しを妻から聞きました。どうやら同じクラスの女の子にいじめられていたようなのです。私も妻も一時の出来事と思い、人美を励ますこと以外には何もしてやりませんでした。しかし、いじめは数カ月に渡って続いていたようで、ついに人美は登校拒否という手段を選びました。私は怒りに震えながら、ひとまず担任の教師のところへ相談に出向きました。ところが、人美をいじめていた女の子が、相談に行った前の日から行方知れずになっているということを聞かされました。
 事情はどうであれ、いじめの心配がなくなった人美は再び学校へ行くようになり、ひとまず安心しました。
 ちょうどそのころ、貴兄もご記憶のことと思いますが、三浦半島地区では奇怪な幼女連続誘拐事件が起こっていました。確か九月の初めごろにようやく犯人が捕まり、誘拐された少女たちの遺体が発見されました。その被害者の中には、人美をいじめていた少女もいたのです。もちろんこの時は、たまたま不幸にして人美の同級生が悲惨な目に遭ったとしか思いませんでした。

 次は人美が六年生の時です。
 人美がとても仲よくしていた女の子が、担任の教師にいたずらされるという事件が起こりました。教師は警察に捕まり新聞にも取り上げられ、たいへんな騒ぎになりました。
 その教師の話は幾度となく人美や妻から聞いていましたが、人美をはじめ生徒皆から好かれ、また父兄の間からも教育に対する熱心さに好感を持たれていました。
 まさに、魔が差したとしかいいようのない事件でした。しかも、事件を犯したのは、人美たち生徒全員が見ている目の前だったのです。
 数日後、被害者の女の子と家族はどこかへ引っ越してしまいました。人美は親友を失ったことと事件のショックが重なって、しばらく口を利かなくなりました。
 それからまもなくして、留置場に入れられていた教師は精神錯乱を起こして、しかるべき施設へと送られました。

 人美が中学三年生の時に、妻から人美の初恋話しを聞きました。同じクラスの男の子に恋心を持ったらしいのです。その話を聞いた私は、時の過ぎることの早さを実感するとともに、ある種の嫉妬心を覚えたのを記憶しています。
 しかし、その恋は実りませんでした。初恋の相手は、隣のクラスの女の子に奪われてしまったのです。
 時が過ぎ、受験の時が人美にもやってきました。元々成績のよかった人美は、それほど苦労もせずに、県下でも有数の県立高校に合格しました。
 ある日、仕事から帰って来た私に妻が言いました。人美と同じ中学の生徒が、受験失敗を苦に自殺したというのです。その生徒とは、人美の初恋相手を奪った女の子でした。

 そして、いよいよ人美に対する疑惑を持つことになった出来事は、昨年の秋、人美が高校二年生の時に起こりました。
 その秋、人美の高校では文化祭が行われました。人美たちは打ち上げと称して街に繰り出し、居酒屋で大人気取りの時を過ごしたようです。飲み慣れない酒を口にした人美は酷く酔ったようで、駅前まで迎えに来て欲しいと家に電話をしてきました。私は叱るのを後にして、急いで車で迎えに出かけました。
 駅前に着くと、人美の同級生らしき男子数人と、大学生風の男たち数人との激しい喧嘩の真っ最中でした。そして、人美は喧嘩を止めようと盛んに大きな声を出していました。 私は必死の思いで殴り合う若者たちの間に入りました。幸い、私より遥かにたくましい、誰かの父兄と思われる男性がいてくれたお蔭で、その場は何とか治まりました。
 私は、帰る方向が同じ同級生数人と人美を車に乗せ家路につきました。道中、人美は酔いと疲れからぐっすりと眠っているようでした。
 しばらくして、辺りがさびしい道を走っている時に、突然後ろの車がけたたましくクラクションを鳴らしたかと思うと、私の車の横を並走し、空き缶などを投げつけてきました。その車に乗っていたのは、先ほど人美たちが喧嘩をしていた相手でした。どうやら、私たちをつけて来たようなのです。後ろの席に乗っていた男の子もそのことに気づき、「てめえら死んじまえ」と、大声で怒鳴りました。そのすぐ後の人美のつぶやきが、私には確かに聞こえました。「そうよ」と。その瞬間、隣を走っていた車は突然加速すると、急なカーブの入り口にあるガードレールに向かって一直線に突っ込んで行き、激しい音とともに激突し炎上しました。私は人美を守らなければならない、という考えで頭が一杯になり、そのまま走り去りました。
 翌日の夕刊の地方欄に、そのことは小さな記事で載っていました。車に乗っていた男性三人は、全員死んだそうです。
 私は身が凍りつくような思いをしながらも、人美がそのことを眠っていて気がついていなかったことにほっとしました。

 以上がこれまでに起こった出来事です。最後の出来事のことを考えているうちに、その前の三件の不可解な出来事を思い出し、それらがすべて人美と関わっていることに不安を抱きました。人美は何か不思議な力、恐ろしい力を持っているのでは、これらの出来事はすべて人美が起こしてのでは、と疑問を持つようになったのです。

 どうか白石様……

 沢木はそこまで読み終わると、全員をゆっくりと見まわして口を開いた。
「皆、読み終えたかな」
 黙ってうなずく六人の姿を確認すると、桑原が切り出した。
「これが人美という少女により本当に引き起こされたものならば、いわゆる超能力、と考えてよさそうですね」
「心霊現象かも知れないよ。何かに取り憑かれているとか」
 岡林は特に普段と変わらぬ口調で言った。再び桑原が発言した。
「いずれにしても、超自然的な現象ということになりますね。そう、サイ現象ということに」
「偶然と想像力の産物だ」
 松下がけげんそうな顔でそう言うと、岡林はがっかりした顔をした。松下はさらに続けた。
「沢木君。君は我々をここに集め、一体何を始めようというのかね。まさかこんな絵空事に取り組もうというんじゃないだろうね。こんな寄り道をすることよりも、我々はASMOSの開発に全力を尽くすべきだ。だいたい、我々に何ができるというんだ!」
 桑原が言った。
「しかし、松下さん。サイ現象の研究は立派な学問として認知されているものなんですよ。超心理学とか、意識科学とかの名で」
「そんなことは私だって知ってるさ。要は、この手紙の内容をどう判断するか、そういうことだろう」
「沢木さんはどう考えているんですか?」
 秋山が言い、片山が続けた。
「沢木の考えが聞きたいな」
 渡辺は視線をじっと下に向けて渋い顔をしていた。
 沢木はゆっくりと座り直すと、髪の毛を一度掻き上げ口を動かした。
「まず何よりも大切なことは、真実がどこにあるのか、それを確かめることだと私は思う。過去の出来事一つ一つをできる限り詳しく検証し、それらの実体が何なのかを見極めることが必要だと…… みんなそれぞれにいろいろな考えがあるだろうが、今現在、このことについてはっきりとした答えを出せる者はいるか? 確かに松下さんの言うように、偶然と想像の産物かも知れない。しかし、例えそうだとしても、彼らにとってはある種の現実なんだ。精神世界における“現実”とは、事象の出来事とは異なる。見山氏が誤った現実を作り出しているのなら、それは取り除かれるべきだろう―娘さんのためにも。そしてもう一つの可能性―もしも、過去の出来事が見山氏の推測どおり、見山人美により引き起こされたものならば、驚異と同時に少女の今後の人生を、未来を不安に思う。結果的がどう出るのかは分からない。だが、万に一つの可能性で超自然的現象の発見と少女の未来がかかっているのなら、私は十分にやる価値があると思うんだ。そして、新しいチャレンジに不毛はないと私は信じる」
 沢木はそう言うと、ソファに深く身を沈め皆の反応を見守った。しばらくの沈黙の後、秋山が言った。
「ASMOSの完成にはまだまだかなりの時間がかかります。その間にちょっとだけ好奇心を持って寄り道してみても、大した害にはならないと思います。やってみましょう、見山人美という少女のために」
「そうそう、何だかわくわくするなぁー」
 岡林はそう言った後に松下の顔を見た、思ったとおり自分をにらみつけている。
「反対意見は」
 沢木の問いに口を開く者はいなかった。
「ありがとう。では具体的な仕事の話に移ろう」

 見山家では、人美の白石会長宅への引っ越し準備と、両親の海外赴任の準備が同時進行で行われていたため、そこは戦場と化していた。人美の両親は八月七日の午後にアメリカに向けて出発する。人美は両親を空港で見送った脚で、所帯道具一式がすっかり運び込まれた白石会長宅に行き、それから約七カ月間をそこで過ごす予定になっている。
 自分の荷物を丁寧に段ボール箱へと詰めていた人美は、ふと窓の外の空を見上げた。すると、紫色の美しい夕暮れ時の光景が広がっていた。彼女は慌てて一階に下りて行き、母に向かって叫んだ。
「ちょっと行って来る!」
 人美は赤いフレームのマウンテン・バイクに飛び乗ると、夕日に向かってこぎ出した。自転車はいつになくスイスイと心地よく前進し、いつもより余計に走る気分にさせてくれた。薄いピンク色の綿の半袖シャツは風になびき、スリムのジーンズに包まれた細い脚は軽快なペダルリングで、疲れることを知らないかのようだった。
 三戸海岸まで行ってみよーっと
 人美はその心地よさに身を任せ、自宅から三キロほど離れた海岸まで行ってみることにした。
 三戸海岸まで来ると、紫色の空と海と赤い太陽が人美を迎えてくれた。
「奇麗だ」
 人美はそうつぶやくと、砂浜近くの駐車場に自転車を止め、波打ち際に向かって歩き出した。
 目を覆うばかりのまばゆい光は富士山の後ろに回り込み、まるで巨大な影絵のように、そのシルエットを浮かびあがらせ、海は鏡の絨毯のように、赤々とした光りを照り返していた。それはいつ見ても飽きることのない美しい光景だった。しかし、感動の時間は短かった。突然の寒気が人美を襲う。
「何だろう?」
 人美には分からなかった。自分が二人の男の溺死体が発見された場所に立っているということが。





続く…

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