【案内】小説『エクストリームセンス』について

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 小説『エクストリームセンス』のURLは、 http://ncode.syosetu.com/n7174bj/

2012年10月22日月曜日

執筆予定小説作品『Avesta(アベスタ) ~ 二つの封石』

 このアイデアは、小説『エクスプロラトリー・ビヘイビア』を書き上げた後、ゾロアスター教に関する本を読んだ時に思いついたもの。随分と長いこと放っておきましたが、そろそろ着手しようかと……

小説『Avesta(アベスタ) ~ 二つの封石』

 ファンタジーです。

2012年10月21日日曜日

森下 友紀

森下 友紀(もりした ゆき)

女、26歳。

神奈川県警察本部 刑事部 特定犯罪捜査室 巡査

※小説『エクストリームセンス』第2部登場予定。

2012年10月13日土曜日

小説『エクストリームセンス』 No.17

小説『エクストリーム センス』は笹沼透(Satohru)の著作物であり、著作権法によって保護されています。無断で本小説の全部または一部を転載等利用した場合には、民事罰や刑事罰に問われる可能性があります。

 

 そのころ、岡林敦のスマートフォンにはASMOSからの自動送信メールが着信した。隣に杉本美花が眠るベットの中で、寝ぼけながらも岡林はメールを読んだ。
 「ログ容量不足。何だよ……」
 スマフォを置き再び寝ようとする岡林――「何だって!」飛び起きると再びスマフォを手に取った。
 「容量不足なんて、一体ASMOSは何をやってんだ!」
 「どうしたの? 岡ちゃん」
 杉本は眠い目を擦りながら岡林に尋ねた。
 「ASMOSの動作ログが容量オーバーした警告メッセージが送られてきたんだ」
 「どうして? オペレーターの運用ミス?」
 「いや、そんなはずない。ASMOSは何かとてつもない処理を実行したんだ」
 岡林はワークステーションを起動し、ASMOSコアに接続した。状態を確認すると、既に夜勤のオペレーターがログを待避しアラートは消えている。しかし、岡林はASMOSコアのCPUがこれまでにないほど高負荷状態であることを確認する。
 「一体何が起こってるんだ?」
 極めて短時間の間に、人美のサイパワーは飛躍を遂げた。飛行に成功し、エクストリームセンスで意識下にサイバーワールドを展開し、EYE'sのハイパフォーマンス・モードでエクストリームセンスを発動し、拡張現実を実現した。更に強力なサイコキネシスはミサイルの軌道を変え、ズウォメイのコンシャスネス・ネットワークとのリンクをも体験した。その体験は、人美の脳内活動全般を捉えていたASMOSにもこれまでにないほどの膨大な学習を行わせることとなった。その結果、人美の意識と相関する神経活動――NCC(Neural Correlates of Consciousness)から、人美の最も強い思考パターン――興味を持つということを学んだ。これによりASMOSはあたかも意識を持っているかのような振る舞いを始めた。自ら興味を持ったものへの探求を開始したのだ。その探求は、人美が気にかけていたことを踏襲している。人美はエクストリームセンスの経験を重ねる中で、ネット上にはちりばめられた何かが存在すると感じていた。そして、今ASMOSはパブリック・ネットワーク上に点在する一見意味を持たない情報の相関関係を分析し、ついにネットワーク上にちりばめられたあるメッセージを浮かび上がらせた。

 あなたは自分を平凡だと思っていないだろうか? でも実際は、自分も豊かな才能を駆使して成功し、富を築き、自由に生きたいと思っているのではないか? もしそう思っているのなら、正しい社会の構成員となることが重要だ。会社や学校に不満があるだろう? あるいは社会に、親に…… 一体何が不満なのか考えたことはあるかい? 間違った社会は、あなたの価値を正しく認めない。だからあなたは不満を感じ、束縛観を覚え、もっと認められた社会で自由に生きたいと思うのだよ。えっ! そんな社会はないって? 諦めてはいけないよ。正しい社会は現存し、その中で自由に生きている人たちはたくさんいるんだ。あなたもその構成員たるオルガナイザーになれるんだよ。覚えておいてほしい。その社会こそがオルグが目指すものなんだ。
 オルグの社会に入るためには、表現者にならなくてはいけない。でも、それは難しいことではないんだ。いつもあなたが思っていることを実践すればいいんだよ。邪魔なやつは消してしまえばいいよ。つまらない会社は辞めてしまえばいい。えっ! 生活ができなくなるって? 心配はいらないよ。オルグに入れば、自由が手に入る。まずは表現者になるんだ。オルグはちゃんとあなたを見ているよ。そして、表現をしたらその思いをよく見えるところに記録してくれ。記録の方法はあなたに任せる。もう一度いうが、よく見えるところに書くんだよ。そのメッセージは別の表現者に必ず伝わる。そう、SNSは大昔からとっくにあるんだよ。何げなくあなたが見ていた落書きのほとんどには、実は意味があるんだよ。あなたがいい表現をすれば、大きな反響が起きる。そして、オルグでの地位も高くなり、あなたは幸せになれるのだよ。さあ、迷うことなんかないだろう。今から君も表現者だ。

 「何これ?」
 杉本はディスプレイに浮かび上がった意味不明の文章に首をひねった。
 「これ、ASMOSが作った文章なの?」
 岡林はASMOSの動作状況を確認しながら答えた。
 「まだ分からない。でも、とにかくとんでもないことが起こっているのは間違いないよ」
 そして、杉本を振り返り言った。
 「ごめん、これから本社に行ってくる。悪いけどここで待っててくれる?」
 そう言うと岡林は慌てて身支度を調え、杉本にキスをすると足早に部屋を出て行った。ワークステーションの電源も切らず、ログオフもしないで。杉本は一人残された岡林の部屋で、暗闇に光るワークステーションのディスプレイを見つめていた。
 「何てラッキーなの……」
 杉本はワークステーションの前に座った。

 国営データセンターミサイル攻撃テロ、それは未遂に終わった。現場にはSOP戦術チームに加えてSOP支援小隊や群馬県警、館林警察署の警官たち、それにやじうまたちが集結し、現場の検証が行われていた。その指揮を執る里中涼をICC(SOP統合司令センター)の真田が無線で呼んだ。
 「こちら里中、どうした?」
 「HMG-2が見つかりました!」
 「何だって!?」
 一瞬、里中は何というあっさりとした展開だろうと安堵(あんど)したが、続く真田の説明を聞いて新たな事件の始まりを認識した。里中は西岡武信とともにナイトハウンド1号機で3機目のHMG-2が発見された現場へと飛び立った。
 里中と入れ替わるように、渡辺昭博と進藤章を乗せた相模重工のヘリが現場に到着した。沢木聡と見山人美を迎えに来たのだ。そのヘリへと向かう人美の姿を見つけた星恵里は、駆け寄って人美に声をかけた。
 「人美!」
 「星さん」
 星は人美の肩をポンと叩いて肩言った。
 「あなたやるわね。助かったわ、ありがとう」
 「星さんのアドバイスのおかげです」
 「そんなことないわ、あなたの実力よ。自信持ちなさい」
 人美は照れながら小さくうなずいた。
 「それから、もう1機のミサイルも見つかったから、帰ったら安心して休んでね」
 「本当ですか、よかった!」
 そして星は人美に耳打ちした。
 「ねえ、私は口が堅いの、今度あなたの秘密を教えてくれない」
 人美は笑いながら小さくうなずいた。
 「人美、本当にありがとう。そのうちお友達になりましょうね」
 星はウィンクすると人美の返事も聞かずに走り去っていった。
 強いなぁ…… あの人……
 そう思いながら人美は心の中で「はい」と答えた。
 先にヘリに乗っていた沢木に、本社へタクシーで移動中の岡林敦から電話がかかってきた。
 「大変なんです。今から本社で会えませんか?」
 「どうしたんだ?」
 「ASMOSがヘンテコなメッセージを出してるんです」
 「メッセージ?」

 「そんなにひどいのか?」
 西岡武信の問いに神奈川県警の捜査員が答えた。
 「しばらく飯が食えそうにないですよ」
 里中涼は、「まあ、とにかく見てみよう」と言って雑居ビルの借り主のいない事務所へと入っていった。
 里中と西岡は、テロ現場を飛び立った後、横浜港にある横浜海上保安部にナイトハウンドを着陸させ、神奈川県警が向かいによこしたパトカーに乗って2時10分に現場に到着した。そこは横浜駅西口近くの雑居ビルの5階で、ここ数か月空(あ)いたままの貸事務所だった。里中が事務所の中に入ると、そこは蒸し暑く血のにおいが充満していた。里中はハンカチで鼻を覆いながら事務所の奥へと進み、その光景を見た途端思わず目を背けた。西岡は「何だこりゃ。こんなの初めてだぜ」とハンカチで口を押さえた。白いソファの上に人が座らされている。しかし、一目でおかしな造形だと気づく。頭部は切断され逆さまになって胴体の上に載せられている。切断された腕は脚の位置に、逆に脚は腕の位置に糸で縫い付けられていた。大量の血が流れ出て、白いソファと強烈なコントラストを生み出している。そしてその横に、テロ未遂現場と同じ特注の発射台に載せられたHMG-2が置かれていた。発射可能状態になっていると思われるHMG-2の機体には、子供のような字体でメッセージが書かれていた。
 相模重工へのプレゼント。僕らはいつでもやれるよ(^^)v

 ズウォメイ・エマーソンは、サイバーワールドで人美と別れた後、直ぐに自分の部屋で目を覚ました。しかし、今までのようなダイブから浮上した感覚がない。ズウォメイはカーテンを開け庭に目をやり、父ニールが庭でゴルフ・スイングの練習をしている姿を見て、間違いなくダイブから帰還したことを知った。
 私も変わるのかも知れない……
 ズウォメイは考えた。
 人美の力で、私に変化が訪れようとしているのかも知れない。人のバランスが崩れるとは、そもそも災いとは限らないのかも…… もっと知らなくては…… 何が起こるのかを確かめたい。
 そしてつぶやいた。
 「人美、あなたに会いたいわ」
 ズウォメイは庭に出てエマーソンに話しかけた。
 「お父様、私日本へ行くわ。人美と会わなくてはいけないの。だぶん、そういう運命なんだわ」

 沢木聡は相模重工川崎工場のヘリポートについた後、渡辺昭博と進藤章に見山人美を送らせ、自分はタクシーで相模重工本社へと向かった。ASMOS運用管理センターのオペレーションルームに入ると、岡林敦が必死になってASMOSの吐き出した動作ログを解析していた。沢木は早速ASMOSが出力したメッセージを読んだ。そして、動作ログの一部を確認すると岡林に静かな口調で感想を言った。
 「岡林、俺たちは神の領域に足を踏み入れたのかもしれない……」

 

(第1部 完、第2部へ続く)

小説『エクストリームセンス』 No.16

小説『エクストリーム センス』は笹沼透(Satohru)の著作物であり、著作権法によって保護されています。無断で本小説の全部または一部を転載等利用した場合には、民事罰や刑事罰に問われる可能性があります。

 

 23時55分。2機の〈やましぎ〉は航空自衛隊熊谷基地に着陸した。貨物室ハッチが開くとSOPの隊員たちが一斉に飛び出し、次いで隊員輸送用バス2台と作戦指揮車1台が降ろされた。数分遅れて飛行速度の遅い2機のナイトハウンドが到着し、エンジンが止まると静かになった熊谷基地のヘリポートに里中涼の声が響いた。
 「集合!」
 SOPの隊員たちが里中の前に整列する。見山人美は何が始まるのだろうと思いながら沢木聡とともに隊列に近づいた。
 「いよいよ作戦開始だが、何よりも優先しなければならないことはミサイルの発射を阻止することだ。第2に、テロの背景を探るためにテロリストを確保したい。この二つがある中で、現場でどう判断するかは一人ひとりに任せる」
 そこまで言うと、里中は沢木と人美に視線を移した。
 「沢木、見山両氏にはSOPの作戦に同行していただきます。以後作戦終了までは私の指揮下に入っていただきますのでご了承ください」
 沢木は深くうなずき、人美は「はい」と答えた。
 「では、皆に幸運を」
 そう言って里中が敬礼すると、整列したSOP隊員たちが一斉に返礼する。里中の敬礼がなおるとSOPの隊員たちはそれぞれのポジションに散っていった。そして翌7月26日、0時10分。走行距離で約21キロ先の作戦地点へ車で移動する先発隊――第3小隊と第5小隊が分乗する隊員輸送用バス2台と、射撃手2名を乗せた熊谷警察署の覆面パトカー1台――がサイレンを鳴らすこともなく出発した。それは、どこからやって来るか分からないテロリストたちに気づかれないようにするためだった。後発隊となるのは2機のナイトハウンド。1号機はテロリストを急襲する里中、星恵里、西岡武信。2号機には沢木と人美が搭乗した。
 ナイトハウンドの機中で、沢木はEYE'sの秘密を人美に話し出した。
 「今まで言わなかったけど、実はEYE'sの動作モードはもうひとつあるんだ。貸してごらん」
 沢木は人美からスマートフォンを受け取り、カチューシャを模したアイコンをタップしてEYE'sを起動し、隠しコマンドを入力してパスワード認証画面を出した。
 美しい人が見える山
 沢木は入力したパスワードを人美に見せてほほえみかけ、OKボタンを押すとモード切替の選択肢にハイパフォーマンス・モードが現れた。
 「これでいつでもハイパフォーマンス・モードが使える。このモードにすると、人美さんのパワーをEYE'sは増幅する。同時にASMOSとリアルタイムで通信できるようになってESが使えるんだ」
 人美は大きく深呼吸してから言った。
 「初めてなのに、使いこなせるかしら?」
 「僕の作ったASMOSはバカじゃない。君から学んだことをいかして、必ず君を助ける」
 人美はうれしい顔をして答えた。
 「ASMOSは、沢木さんだもんね」

 0時33分。発射地点まで後4キロほどのところで、イム・チョルはファミリーレストランの前で車を止めさせた。そして、ユン・ヨンに言った。
 「ヨン、ここで待っていてくれ。うまくすれば1時間もしないで帰ってくる。少し休んでてくれ」
 ユンは意外な言葉に「どうして?」と静かに尋ねた。
 「ヨンをテロリストにしたくない」
 イムの気持ちはうれしかった。しかし、ユンにとって最も意味のあることは、どんなことでも二人でやり遂げることだった。北朝鮮が崩壊し解放軍となったイムたちについて行ったユンは、しばらくして選択を迫られた。それは、イムが解放軍を離れる時だった。その時イムはユンに言った。
 「ついてこないか? これから先の人生もいろいろあるだろうが、二人なら乗り越えていけると思うんだ」
 田舎育ちの世間知らずで満足な教育も受けたことがなく、家族を捨てたユンに一人で生きる術などなかった。今やイムしか頼れる者はいない。でも、これからは頼るばかりでは駄目だ。自分もイムの役に立たなければ…… その時、ユンはイムにどこまでもついて行き、どんなことでも二人で乗り越えようと決心したのだ。ユンはイムに答えた。
 「二人でやることだから意味があるんでしょう。チョルが何かを背負っているのに、私は待つだけなんて耐えられない。一緒に行きましょう、今まで通り……」
 そう言うとユンはそっとほほ笑んだ。

 イムたちの乗るワンボックスカーは、利根川(とねがわ)の川岸に子供の背丈ほどに群生する雑草の中で車を止めた。月明かりはなく電灯もない場所ではあったが、利根川にかかる橋の街灯によってわずかな視界が保たれていた。イムは暗闇に目が慣れると車を降り、髪の乱れによって強まってきた風を認識した。ミサイル攻撃への風の影響を心配したイムだったが、パクの全く問題ないとの返事に安心して言った。
 「さあ、仕事にかかろう。ゴールは目前だ」
 ユンは辺りを見張り、三人の男たちはフラッシュライトの明かりを最小までに減光し、HMG-2の発射台の設置を開始した。
 川岸には利根川と平行に走る小高いサイクリングコースがあり、その丘の向こう――川岸から死角になる場所を移動しながら、HMG-2の発射地点を慎重に探索していたSOP隊員たちは、茂みにうごめく人影を暗視ゴーグルを通して発見した。作戦指揮車がその場に移動し、SOP第3小隊長の笠谷の指揮に従ってSOPの隊員たちはテロリストと目される人影を大きく包囲した。笠谷小隊長は拡声器で人影に呼びかけた――OEC(オリエント経済共同体)発足以来、SOPの隊員は英語に加えて朝鮮語を話せることが必須条件となっていた。
 「こちらはSOPだ。君たちを包囲した。そこで何をしている。両手を頭の上に載せてこちらに出てきなさい」
 突然のことにイムたちは動揺した。
 「何でSOPがいるんだ!」
 「計画が漏れたの?」
 「はめられたんじゃ……」
 「分からない。どうしてだ?」
 イムは深呼吸をして自分を落ち着かせた。そして声をかけた。
 「とにかく発射準備を急げ」
 パクはHMG-2のケースからパームトップ・コンピュータを取り出し、発射台にセットされたHMG-2に接続して攻撃プログラムの設定を始めた。現在位置、攻撃位置、弾道パターン…… その間に、キムはもう1機のHMG-2を発射台へと運んだ。2機の高機動誘導ミサイル、HMG-2は、夜空を鋭角ににらんでいる。
 SOP作戦指揮車内の分析官から丘で指揮を執る笠谷小隊長に無線が入った。
 「X線カメラ映像が準備できました」
 ヘッド・マウント・ディスプレイに映る映像でHMG-2の機影を確認した笠谷小隊長は、語気を強めてもう一度投降を呼びかけた。
 「ミサイルから離れなさい! こっちへ出てくるんだ!」
 この時既に、パクは2機目のHMG-2に攻撃プログラムをセットしているところだった。X線カメラのライブ映像により、HMG-2の機影と投降に応じないテロリストたちを確認したナイトハウンド1号機に乗る里中は、「よし、行け!」と叫んだ。その声は無線機を通じてナイトハウンド2号機に乗る人美の耳にも入った――いよいよ戦闘が開始される。そんな生まれて初めての場面に手が汗ばむのを感じながらも、人美はEYE'sをハイパフォーマンス・モードに切り替えた。これにより人美とASMOSはリアルタイム通信が行われるようになり、バイオフィードバックによって人美の脳は最大限に活性化し、同時にエクストリームセンスが起動する。すると、人美の目の前にインフォクラウドが浮かび上がった。人美の目が捉える現実空間とASMOSからの情報が意識下で合成され、脳裏に拡張現実空間を作り出したのだ。
 「俺がSOPを引きつける! みんなはミサイルを発射したらすぐに逃げろ!」
 そう叫びながらキムがワンボックスカーに乗り込もうとすると、ヘリのごう音が急接近してきた。そして投光器の強力な光が一瞬キムの視界を奪う。目を細めながら光源の方向に目を向けると、200メートルほど離れたところでヘリがホバリングしているのが確認できた。キムが手に持つ小型機関銃――イングラムM11の射程距離はせいぜい70メートル、ヘリには届かない。しかし、きっとやつらは狙撃銃を持っているのだろう。この戦闘力の違いはキムに抑圧されていた軍人時代を思い起こさせた。激しい怒りの感情がキムの全身を支配する。
 「畜生、お前らはそうやって俺たちを見下すのか!」
 キムは「うぉーーっ!」と叫びながらイングラムを乱射し、ドンキホーテのようにヘリに向かって走り出した。
 「キムっ!」
 イムは飛び出していったキムを援護するために、ワンボックスカーの影から届かぬはずの光源に向かってMP5を撃った。
 星と西岡は、有効射程距離2,000メートルにもなる大型狙撃銃――M82A1に暗視スコープを付けてHMG-2を狙うが、風で機体が揺れ狙いを定められない。西岡が操縦士に向かって叫ぶ。
 「くそっ! 揺れを止められないのか!」
 「無理です!」
 地上からは短機関銃の発射音が散発的に聞こえてくる。SOPとテロリストは銃撃戦を展開しているはずだ。そんな状況の中、ナイトハウンドの床にうつぶせ、狙撃銃の暗視スコープから見える標的に星は全神経を集中した。チャンスは必ずある――星の鼓動が周囲の音を消し去った時、ナイトハウンドの機体は一瞬安定した。すさまじい発射音と反動――その音は現場を旋回するナイトハウンド2号機の人美にも届いた。
 「やったの?」
 そう言って自分を見る人美に沢木はかぶりを振った。50口径もの弾丸がHMG-2を捉えたのならば、内部の液体燃料が爆発するはずだがその音は聞こえない。星の放った弾丸はHMG-2をそれ、地面の土を飛散させただけだった。星は微動だにせず集中を持続し次のチャンスを得ようとしていた。
 「やつら大型ライフルで狙ってるぞ!」
 そう言うイムの後ろにユンは隠れた。二人はワンボックスカーの影にいたが、作業するパクは狙い撃ちされてもおかしくなかった。イムが叫ぶ。
 「パク、まだか! 早くしないと!」
 パクは冷静に作業を続けながら同じことを繰り返し心の中で唱(とな)えていた。
 何が何でも俺は撃つ。俺は、一番うまくこいつを扱えるんだ…… 俺ならできる、やってやる……
 キムは「畜生!」と叫びながらナイトハウンドに向かって走り続け、地上のSOPやナイトハウンドに乱射を続けていた。その弾丸――届きはしないのだが――にひるんだナイトハウンドの操縦士は、機体をHMG-2の発射地点から遠ざけた。里中は無線で指示を出した。
 「地上チーム! やつを排除しろ!」
 排除とはどういうことだろう? そう思った瞬間、その答えを人美はかいま見た。人美の乗るナイトハウンド2号機の投光器に照らされた男が、血しぶきを拭いて地面に倒れた。死んだのだろうか? 生まれて初めて見た光景は、人美の知る現実からあまりにも乖離(かいり)していたために、まるで映画を見ているような印象を与えた。こんなシーンはよくある。人の死はエンターテイメントに組み込まれているのだ。でも違う、これは現実だ。誰であれ、理由は何であれ、人があんなに簡単に死んでしまってよいのだろうか? いいわけがない。人美は拳を握りしめた。何とかしなくては…… 人美の心拍数は上昇しサイパワーが沸き上がってくると、人美の髪は重力を失ったかのようにふわりと広がっていった。
 暗闇に中に突然現れたまばゆい光は、ごう音をとどろかせながら天高く舞い上がっていった。それは一瞬の出来事で、HMG-2の迎撃の使命を担った狙撃手に対応させる余裕を全く与えなかった。沢木は叫んで指差した。
 「人美っ! あそこだ!」
 人美はナイトハウンドのドアを開け身を乗り出した。ヘリのローターが発するすさまじい風が人美を包み込む。沢木は人美のベルトをしっかりとつかんだ。HMG-2はわずか50秒で5キロ先の目標を捉えてしまう。人美は光の軌跡に向かって手をかざした。すると人美と沢木の周囲は無風状態となり、フワフワと漂う人美の髪は、まるで宇宙空遊泳をしているかのように沢木に目に映った。人美はかざした右手にミサイルをつかんだ感触を覚えた。ミサイルの激しい振動がその手に伝わっていたのだ。人美は周囲の地形情報を拡張現実として浮かび上がるインフォキューブから読み取り、利根川に着弾させるべくHMG-2を大きく旋回させていった。それは見るものの心を奪う光景だった。闇のかなたに消えかけた光の矢は、右から左に移動し、そして近づいてきた。誰の目にも、もうデータセンターに着弾することがないと読み取れる。HMG-2の発するジェット音が次第ボリュームを上げる。そしてその光の輝きとジェット音が最大に達した次の瞬間、遠くから爆発音がとどろいた。利根川の下流2キロ地点の水流の中にHMG-2が着弾したのだ。
 「やった! やったわ!」
 人美は沢木を振り返り笑みを見せた。
 「バカな…… 俺がプログラムを間違えたのか?」
 パクは「くそっ!」と怒鳴りながら2機目の発射ボタンを拳でたたいた。人美の背後に天高く昇る光が沢木の目に映る。
 「まだだ! 2機目が!」
 沢木の声に人美は振り返った。見ると2機目のHMG-2は、既に約2キロ離れた地点で小さな光を発している。人美はわずかに出遅れたが、インフォキューブから冷静に着弾地点を選定し、データセンターの更に先、3キロの地点にある多々良(たたら)沼を選んだ。
 できる…… 絶対にできる。やり遂げなくちゃ……
 人美はサイコキネシスでHMG-2を捉えた。先ほどと同じように、右手には激しく振動するHMG-2の感覚がある。
 もっと飛ぶのよ。私が思うところに飛んでいきなさい……
 沢木の視界からはHMG-2の放つ光は消えていたが、目の前の人美には4キロ先の標的が見えていた。伸ばした右手を震わせながら、HMG-2の推力と戦っている。2機目の発射から50秒が経過したが、人美は依然として闇に手をかざしていた。人美のベルトをつかむ沢木の腕にも、人美に腕の震えが伝わってくる。沢木にはとても長い時間に感じられた。そして26秒後、人美の腕の震えが収まった。ヘリのローターからの激しい気流が再び人美と沢木を包み込むと、そのあおりで人美はバランスを崩して落ちそうになったが、沢木に抱き寄せられた。
 「うまくいったかい?」
 沢木のその問いに、人美はにっこりと答えた。
 「ええ、沼に着弾させたわ。お魚には悪いことをしてしまったけど」
 HMG-2はデータセンターを飛び越え、更に3キロ先の多々良沼に着弾した。
 パクは、HMG-2の2機目は5キロ先の標的を捉えたと確信した。すると、なぜか大きな達成感が得られた。SOPに包囲されている、もう逃げられないだろう。誰かが犠牲になるしかない。パクはイムに言った。
 「俺がやつらを引きつける。その間にユンと逃げろ」
 「しかし……」
 「パク!」
 「俺はもう満足だ。結局のところ、俺は軍を首になった時点でもうどうでもいいと思ってたんだ。最後に後もう一暴れして、体制側の連中に一矢報いてやるさ」
 その時、キムの叫び声が三人に聞こえた。キムはまだ生きていた。
 「行け! このままじゃ全員犬死にだ」
 そう言うと、パクはイングラムを乱射しながらキムの方へと走り去った。
 「行こう、ユン。あいつらのためにも俺たちは生き残る」
 イムとユンは手を取り合って利根川の対岸に向かって走り出した。
 パクがキムを見つけると、キムは口から血を吹いてピクピクと全身をけいれんさせていた。
 「大丈夫か?」
 「大丈夫なわけ…… ないだろう……」
 キムは笑みを浮かべながら続けた。
 「やったのか?」
 「ああ、派手に爆発したはずだ」
 「そうか、イムとユンは?」
 「逃げるように言った」
 「ならお前も逃げろ。俺はこのざまだ。もう無理だ」
 「残念だがそうは行かない。イムたちを逃がすためにはもう少し粘らないとな。これでさよならだ」
 パクはキムに別れを告げると、雑草の茂みの中に走り込み、SOPの注意を引くためにイングラムを撃ちまくった。キムは最後の力を振り絞り、立ち上がるとSOPに向かってイングラムを乱射した。しかし、すぐに弾が尽きた。キムはデジタルカメラを取り出し、最後の思い出に目をやった。
 「楽しかった。もう十分だ」
 SOPの隊員たちが間近まで接近してきた。
 「お前らなんかに、楽しい旅を邪魔されてたまるか!」
 そう叫ぶと、キムはナイフで自分の首を切り裂いて息絶えた。
 ナイトハウンド1号機はHMG-2の発射地点上空でホバリングし、投光器によって3機目を探したが、それを確認することはできなかった。無線で指示を飛ばす里中。
 「HMG-2は2機にしかない。生け捕りにしろ」
 パクはSOPの隊員の姿を暗闇の中に見つけた。やつらを倒して武器を奪えばもう少し戦える。そう思って、パクはほふく前進でSOPに近づいていったが、暗視ゴーグルを装備するSOPにはパクの姿が丸見えだった。SOPの狙撃手が銃を持つパクの右肩を撃つと、パクには肩の骨が砕けたのが分かった。
 「うまくいかねーなぁ」
 あおむけになると、星がきれいに瞬いてることに気がついた。
 「まあ、俺の人生なんてこんなもんか……」
 パクは左手で銃を持ち自分の頭を打ち抜いた。
 イムとユンは利根川の浅瀬を走って対岸へと渡りきった。その姿をナイトハウンド1号機が投光器を灯(とも)しながら追跡する。里中は拡声器で「止まれ、もう逃げられないぞ」と警告する。イムは振り向きざまにMP5をナイトハウンドに乱射したが、アサルトライフルに持ち替えた星に脚を狙撃された。
 「イムっ!」
 太ももに銃弾を受けて倒れたイムにユンが駆け寄る。
 「ヨン、逃げろ!」
 「駄目よ、さっきも約束したじゃない。どこまでも一緒よ!」
 ユンはMP5を拾い上げ、ナイトハウンドを銃撃し出した。西岡は50口径の弾丸を二人のそばに撃ち威嚇する。砕けた石の破片がユンのほほを切る。しかし、ヨンはひるむことなく打ち続けた。星は正確にユンの太ももを打ち抜く。倒れるユン。イムははってユンに近づいた。
 「もう駄目だな。やつらに捕まるか、それとも……」
 「二人だけの世界に行きましょう」
 そう言うとユンは銃をイムに渡した。
 「今死ねれば幸せだわ」
 ほほ笑むユン。
 イムは銃口をユンに向けた――見つめ合う二人。イムもほほ笑みながら引き金を引こうとした。その瞬間、星の放った銃弾がイムの頭部を貫く。投光器のまばゆい光の中で、真っ赤な霧がイムの頭部から吹き出す。
 「イムーーーーっ!」
 崩れ落ちていくイムがスローモーションとなってユンの目に映る。そのゆっくりとした時の中で、ユンはすべての終わりを悟った。まだ自分は生きている。でも、この赤い霧とともに死んだのだ。降下したナイトハウンドから星が飛び降り、ユンに駆け寄り銃口を向けた。するとユンのゆっくりとした時の流れは終わり、崩れ落ちたイムに替わってSOPの隊員の姿が割り込んできた。どこまで邪魔をすればすれば気が済むのだろう? ユンは星をにらみつけて言った。
 「あんたがイムを殺したのね」
 星は一点の迷いもなく答えた。
 「私じゃないわ、あなたよ。なぜ彼を止めなかったの? 犯罪は、決して割に合わないの」
 殺したのは私…… ユンは泣き崩れた。
 里中はユンに駆け寄り「もう1機のミサイルはどこだ!」と尋ねたが、ユンは子供のように泣くだけだった。襟をつかみ、揺すり、もう一度尋ねる。
 「ミサイルをどこにやったんだ!」
 それでもユンは泣き続けるだけだった。里中はユンを離し無線で笠谷小隊長に確認するが、HMG-2の3機目は発見されていなかった。続けてICC(SOP統合司令センター)に連絡する。
 「まずいことになった。HMG-2が1機足りない。他のテロが進行中なのかもしれない!」
 人美は2機のミサイルの軌道を変え、データセンターを守ることに成功した自分に達成感を覚えていた。しかし、その直後からSOPの無線にはテロリストの死亡が次々と伝えられて、最後にはもう1機のミサイルが行方不明だと里中が告げている。これほどの力を持っているというのに、自分の果たせる役割が全体の一部でしかないという現実を突き付けられた。
 「誰も死なないでほしかった。沢木さん、私は本当に役に立ったのかしら?」
 沢木は人美の頭をなでてやった。
 「人美さん、みんな同じだよ。君のサイパワーも万能ではない。今この瞬間も、世界では戦争や犯罪、病気でたくさんの人が死んでいる。そのすべてを救うことはおのずと無理なことさ。でも、君の正義の心はきっと救われる人を増やしていくことになると思う。君は十分にやった。そして、この世に欠かすことのできない存在だと僕は思う」
 その言葉が暖かく胸にしみていくのが人美には分かった。沢木でよかった。自分のパワーを知る人が沢木でよかったと、人美は心から感じた。

 

続く……

小説『エクストリームセンス』 No.15

小説『エクストリーム センス』は笹沼透(Satohru)の著作物であり、著作権法によって保護されています。無断で本小説の全部または一部を転載等利用した場合には、民事罰や刑事罰に問われる可能性があります。

 

 東京に向かうやましぎ1号機、その機内で里中涼の携帯電話に沢木聡から電話がかかってきた。
 「里中さん、単刀直入に言いますが、現在、国営データセンターへのミサイルテロ攻撃が進行中です」
 「何だって! どこからそんな情報を手に入れたんです!?」
 「我々が開発した新システムによる情報分析の結果です」
 里中は冷静に努めた。
 「私があなたを信じるに足りる根拠はありますか?」
 「HMG-2という地対地ミサイルが使用されます。射手(しゃしゅ)はパク・ジファンというコリアン人です」
 それは部外者が知り得る情報ではなかった。里中は、「はははは……」と笑った後に言った。
 「全く、あなたには驚かされることが多い。分かりました、沢木さんを信じましょう。今どちらですか?」
 「自宅、葉山です」
 「では、今からお迎えにあがりますので連絡するまで待機していてください」
 里中は電話を切るとICC(SOP統合司令センター)の真田薫に指示した。
 「真田さん、葉山でやましぎが着陸できる場所を確認して、周辺を所轄に警備させてください。それから到着時刻に合わせて、相模重工の沢木氏と合流できるよう、自宅に迎えのパトカーをやってください……」
 一方、沢木は情報管理室の渡辺昭博に電話してことの次第を伝えた。国営データセンターは、独立行政法人・情報産業基盤機構が運営する施設だが、その建設は相模重工グループの建設会社・相模都市開発が行い、運用は同じくグループ企業の相模情報システムズに委託されている。国営データセンターに対するテロは、相模重工へのテロといっても過言ではなかった。渡辺は沢木に代わり相模重工の経営陣に危機を伝え、代表取締役社長の海老原稔(えびはら みのる)から国営データセンターで働く従業員の安全確保を命じられると、進藤章とともに現地へヘリで飛ぶ準備を開始した。

 23時少し前、沢木邸の前に葉山警察署からやって来たパトカーが到着した。警官の話によると、里中は捜査の帰りでやましぎに搭乗中であり、湘南国際村の空き地に着陸するのでそこで会いたいとのことだった。沢木は万が一ミサイルが発射されれば、最も阻止できる可能性が高いのは人美のパワーだと考えていた。そこで、EYE'sの予備バッテリーを十分に持つと、人美に同行するように言い、一緒にパトカーで湘南国際村へと向かった。
 ランデブーポイントが近づくと、飛行機のエンジン音を迫ってきた。人美がパトカーの窓から外を見ると、暗闇の中に着陸態勢に入った〈やましぎ〉の姿が現れた。
 「すごい、あの飛行機ヘリコプターみたい」
 沢木が答える。
 「相模AV-2、世界最大の垂直離着陸機だよ」
 人美が〈やましぎ〉の進む方向に視線を移すと、数台のパトカーのヘッドライトに照らされた空き地が見えた。〈やましぎ〉はゆっくりと姿勢を制御しながらそこに着陸し、沢木と人美の乗ったパトカーが近づくと、後部の貨物室ハッチが開き里中が出てきた。そして沢木に話しかけようとしたが、思わぬ再会に一瞬言葉を失った。そして、「見山さん、どうしてあなたまで?」と口を開いた。沢木が答えた。
 「彼女は新システムを最もうまく扱えます。お役に立つ場面もあるかと思い来てもらいました」
 「そうですか、とにかく機内にお入りください。申し訳ありませんが羽田に帰る途中ですので、少なくともそこまでは付き合っていただきます」
 〈やましぎ〉は再び空に舞い、その機内で里中は沢木から事情を聞いた。
 「一体、新システムというのはどんなものなんです?」
 「ご理解いただくには時間がかかるでしょうが、簡単に言うと世界中のあらゆる電子情報を分析し、仮説を立てるシステムです」
 沢木は無難な答えを選んだ。
 「で、そのシステムがテロ計画を探し当てたというわけですか?」
 「そうです、HMG-2を使ってテロリストたちは館林市の第1国営データセンターを攻撃するつもりです。もう時間はあまりありません。計画時刻は2時間後の明日1時です」
 「HMG-2が発射された場合、阻止する術はありますか?」
 「高機動誘導ミサイルであるHMG-2は、トップアタックという攻撃を仕掛けます。これは攻撃対象をほぼ真上から攻撃することでより高いダメージを与えるとともに、迎撃を阻止する狙いがあります。ほぼ不可能といっていいでしょう」
 西岡が尋ねた。
 「戦闘機で迎撃とかは無理ですか? パトリオットでは?」
 「戦闘機の攻撃システムではロックオンすらできないでしょう。パトリオットもHMG-2のような短距離ミサイルは迎撃不能です」
 西岡はあきらめなかった。
 「対空砲は?」
 「確率論としては迎撃可能です。しかし、その場合でも何らかの被害が出ることは免れないでしょう」
 里中が言う。
 「発車前に止めるしかないというわけですね」
 沢木は一旦うなずいた。
 「しかし、発射を阻止できなかった場合、一つだけ可能性のある方法があります」
 「何ですか?」
 「人美さんは新システムを使うことで様々な電子機器に干渉することができます。HMG-2のマイクロ・プロセッサーに干渉することによって、軌道を変えることができると思います。そのために人美さんに来てもらいました」
 里中は首を横に数回振った。
 「あなたの話はとても短時間では整理ができない。しかし、世界の頭脳といわれるあなたがいい加減なことを言うわけもなく、現に通常では知り得ないHMG-2やパク・ジファンの情報も知っている。もう時間はありません。私はあなたを全面的に信じます。SOPと行動を共にしていただけるという理解でよろしいですね」
 そう言った後、里中はTV会議システムを通して内閣危機管理監の桐ヶ谷利雄と、SOP本部長の田口謙吾にことの成り行きを説明し、指揮権を得るとICC(SOP統合司令センター)に指示した。これによりSOP戦術チームの第3小隊と第5小隊の総員50名が夜間作戦装備をし、大型狙撃銃のバレットM82A1も携えて羽田のエアSOP基地に移動を開始した。また、エアSOPにはやましぎ2号機、ナイトハウンド2機に出動待機命令が出て、エアSOPの隊長は戦争でも始まるのかといぶかしんだ。

 23時23分。やましぎ1号機は羽田基地に着陸し、エンジンを停止して次の作戦に備えて給油を開始した。そして2機の〈やましぎ〉は貨物室ハッチを開け、作戦指揮車は1号機に、隊員輸送用のバスは1台ずつ1号機と2号機に載せられた。また、SOPの隊員たちは夜間作戦用の装備でスタンバイし、全員がヘルメットに暗視ゴーグルを、短機関銃やアサルト・ライフルには暗視スコープを装備していた。
 里中の考えた作戦はこうだ。ナイトハウンドでHMG-2の発射地点に近づき、空から大型狙撃銃でHMG-2のエンジンを破壊する。同時に地上に待機するSOP第3小隊と第5小隊の隊員がテロリストを確保する。万が一発射された場合は、50口径の大型狙撃銃で撃墜を試みる。そのためナイトハウンド1号機に狙撃手を2名、国営データセンター近くにも2名の狙撃手を配置させる。とにかく撃ちまくって仕留める。SOPの装備ではこれができることのすべてだった。里中はHMG-2を破壊する役目を担った射手(しゃしゅ)に星恵里と西岡武信を選んだ。星は長距離射撃の腕もトップ、西岡はその体格を活(い)かし大型狙撃銃のエキスパートとして認められていた。
 里中は沢木を格納庫の裏手に誘い、静かに語りかけた。
 「沢木さん。実際、どうやってミサイルの軌道を変えるんです。新システムといっても何もない。電波とかレーザーとか、そういうものなしにどうやるんです?」
 「疑問はごもっともです」
 沢木は星空を仰ぎながら続けた。
 「里中さんをだますいいうそを考える時間がありません。もう本当のことをいうしかありませんね。見山人美さんには超能力があります。物に物理的作用をもたらす、いわゆるサイコキネシスを持っています。そして私が開発したシステムと連携することで、人美さんは強力なサイコキネシスを意のままに操れるはずです。彼女のパワーならミサイルの軌道を変え、被害の少ないところに落とすことが可能性だと思っています。ただし、言うまでもなくこんなことは初めての試みですから、確約はできませんが……」
 そんなことだろうと思っていた。あの2年前の不可解な出来事。超能力でもなければ説明がつかなかった。しかし、本当に超能力とは…… 里中はフッと笑いながら言った。
 「参りましたね。技術の世界で生きる沢木さんが超能力とは…… でも安心しましたよ」
 沢木は「どうして?」と尋ねた。
 「そのくらいのことがなくちゃ、2年前のことも含めて説明がつかない。もう教えてくれますよね。東京国際フォーラムの事件、あれも沢木さんと見山さんのやったことでしょう?」
 沢木も笑いながら首を縦に振った。
 「人美さんの能力は日々進化しています。あの日はたまたまあの事件に遭遇し、MP5を無効化することに成功しました」
 「今日はもうあまり時間がありません。これからの戦いに勝利したら、是非ゆっくりお話しさせてください。でも、一つだけお願いがあります」
 「何ですか?」
 「私は報告書に超能力などという文字を書くわけにはいきません。見山さんの力が使われた時のうそを考えておいてくださいね」
 沢木は薄い笑みで深くうなずいた。

 人美はベンツの覆面パトカーの後部座席に座って出撃の時を待っていた。沢木さんは私のサイパワーに期待している。空を飛べるようになったとはいっても、こんなことは初めてだ。うまくできるだろうか? あの時の自信がもう揺らいでいる自分にがっかりした。すると、「見山さん」と優しく呼びかけられた。顔をあげると星恵里の姿があった。人美は車を降りて星の前に立った。星が尋ねる。
 「私のこと覚えてる?」
 「はい、あの時はありがとうございました」
 「私は星恵里、よろしくね」
 そういって星は人美に握手を求めたので、人美はそれに答えた。
 「あなた、本当にミサイルを食い止められるの?」
 人美は正直に答えた。
 「分かりません。こんなこと初めてですから……」
 「あなたはシステムをうまく使えるんでしょう? 自信ないの?」
 人美は何と答えようかと唇をかみ締めた。すると星は笑顔で言った。
 「安心しなさい。これが何だか分かる?」
 いいながら星は胸につけたバッチをつかんだ。それは銀色に輝き、中心部には獲物を狙う鷹(たか)のような鳥とライフルがデザインされた美しいバッチだった。
 「これはね、特級射撃手徽章(きしょう)というのよ。SOPの隊員は150人いるけど、このバッチをつけているのは私だけ。エースの印なのよ。だから、私が必ずミサイルを撃つ。あなたはリラックスしていればいいのよ」
 私だけ…… 星の言葉が人美の中でこだまする。周りを見渡すと、がっしりとした体格の男性隊員たちの姿が目に入る。こんなに強そうな男たちがいるのに、エースは唯一の女性、この星しかいないのか…… そうだ、私も、私だけだ。少なくとも今この場でサイパワーを持っているのは私しかいない。だから、失敗を恐れることの前に自分のできることを考えなくてはならないのだ。人美は星に言った。
 「ありがとうございます。自分の役割が分かったような気がします」
 「そう、よかった」
 そう言うと星はウィンクをして去っていった。人美は星空を見上げ、自分のなすべきことを考えた。

 23時45分。2機のナイトハウンドのエンジンが始動し、回転翼が大きな気流を生み出すと、その黒い機体は徐々に高度を上げ夜空に溶け込んでいった。続いてやましぎ1号機と2号機のエンジンが始動すると、ナイトハウンドをはるかに超える強烈な気流が辺りを包み込み、その気流が頂点に達すると2機の〈やましぎ〉は羽田を飛び立った。SOP2個小隊が目指すのは、埼玉県熊谷市(くまがやし)の航空自衛隊熊谷基地だった。
 〈やましぎ〉の機中、沢木はなぜ国営データセンターが狙われるのかということを考えていた。もちろん、どこが攻撃されようともテロのインパクトは極めて深刻だ。しかし、相模重工と縁の深い場所が狙われることが気になった。ひょっとしてテロリストの狙いは相模なのでは? そもそもHMG-2が奪われたカルダーラ共和国も相模が海水淡水化プラントを建設し運営している。カルダーラの反政府ゲリラには、相模に対して激しい批判をしている者もいる。もしも犯行後に相模を狙ったテロである趣旨の犯行声明が出て、今後も攻撃の対象にすると宣言されれば、相模の企業価値はダメージを受ける。株価は下がるだろう。それに乗じて相模買収を試みる勢力が出てくるかもしれない。沢木はふと、AHIのスティーブン・シンプソンの顔を思い浮かべた。沢木がシンプソンの誘いを断った時のあの形相…… まさか、そこまで……
 里中はテロの背景について考えていた。アメリカ軍からミサイルを強奪し、北アフリカから日本まで運び、テロの実行犯を送り込む。こんなことは国際的な組織力と財力がなければ無理だ。とてつもなく大きな組織が全体をコントロールしているに違いない。一体どんな連中なんだ……

 そのころ情報管理室の渡辺昭博は、進藤章とともに相模川崎工場から飛び立ったヘリコプターで、群馬県館林市の館林警察署に到着していた。館林警察署は既にICC(SOP統合司令センター)と連携し、相模側の危機対応責任者として渡辺が来ることが伝えられていた。これから渡辺と進藤は、国営データセンターに館林警察署員とともに移動し、目立たないように従業員を避難させなければならない。もしテロリストにこちらの動きを察知されれば、計画を変更されてしまう可能性があるからだ。

 対向車のヘッドライトが通り過ぎるたびに、イム・チョルはその時が確実に迫っていることを感じていた。後1時間もすれば、日本をミサイル攻撃したテロリストとして日本中の警察から追われることになるだろう。いや、国際指名手配か? 立派な大悪党だ。ミサイルで何人死ぬのだろうか? 死ぬ者の中には、家族や恋人がいる者がほとんどだろう。未来を夢見て生きている連中が、何の前触れもなく突然死んでいく。イムは自分が行おうとしていることの罪の深さを考えたが、これまでもそうしてきたように、今回も自分に言い聞かすように罪を否定した。これはテロじゃない、戦争なんだ。貧富の差を拡大させ、社会保障を縮小し、学のない者には過酷な肉体労働しか与えないOEC(オリエント経済共同体)への宣戦布告なのだ。自分のようなマイノリティがこの社会にメッセージを送るためには、この方法しかないのだ。そこまで考えるとイムは笑った。それはあのCIAのエージェントが言っていたことじゃないか。俺の言葉じゃない。本当は…… 本当は金が欲しいだけだ。そのために俺は何という罪を犯そうとしているのか。迷う自分が現れては消える。どうしたんだ? もうとっくに覚悟を決めたはずじゃないか! 俺は怖じ気づいたのか…… イムは隣に座り眠っているユン・ヨンの顔を見た。そうだ、俺の欲しいのは金そのものじゃない。ヨンを幸せにしてやることが自分の生きる目的なのだ。罪人になろうと、人殺しで手が汚れようと、ヨンさえ幸せならそれでいいのだ。他人の人生なんて、そんなものはどうでもいいことなのだ。しかし、ヨンを連れてきてしまった。今更ながらに最も大きな過ちにイムは気づいた。イムは万が一のために、現場近くでヨンを降ろし、計画がうまくいったら迎えに行こうと考えた。

 

続く……

小説『エクストリームセンス』 No.14

小説『エクストリーム センス』は笹沼透(Satohru)の著作物であり、著作権法によって保護されています。無断で本小説の全部または一部を転載等利用した場合には、民事罰や刑事罰に問われる可能性があります。

 

 21時ごろ、山口県萩市の事件現場に近い田床(たとこ)小学校の周囲は、萩警察署の警官18名によって警備されていた。その周囲にはどうしたのかとやじうまが集まり、そこにSOPのやましぎ1号機が姿を見せると、やじうまたちは「うわーっ!」と思わぬ出来事に驚き、近所の家から飛び出した男子児童らは「すげー!」と叫んで喜んだ。後日、〈やましぎ〉の離着陸で巻き上げられた校庭の砂ぼこりと騒音は、山口県警と萩警察著に多数の苦情電話をもたらした。
 〈やましぎ〉の貨物室から出た2台のSOP車両は、ベンツを先頭にGPSのガイドに従って事件現場に向かい、現場に着くと科捜チームが科学捜査を開始した。里中涼と西岡武信の二人も萩警察署の栗原警部補にあいさつをすると、手袋、フットシートを装着し、フラッシュライトを持って現場を捜査した。
 西岡は、大枝哲郎の遺体から腐敗防止用の冷却シートをはがし、フラッシュライトを当てながら傷口を注意深く観察した。そして、大きさ、形状、皮膚の損傷具合について科捜チームの一人と協議し、現時点では人間の手――手刀(しゅとう)による刺し傷である可能性が高いことを確認した。西岡の知る限り、このような殺しの技術を持つのは元北朝鮮の軍人しかいない。
 里中は、軽トラックに残されたバールと木くずに興味を持っていた。そして、科捜チームが木くずを携帯型成分分析計にかけると、害虫駆除のための臭化メチルの残留臭素が検出された。現在、OEC(オリエント経済共同体)では臭素メチルの木材への使用は禁止されているため、この事実はOEC圏外から運ばれた木材である可能性が高いことを示していた。より核心に迫りたかった里中は、指紋採取済みのバールをルーペで丹念に調べた。すると、先端部分に黒っぽく変色している部分を見つけた。科捜チームがその成分を分析計で調べると、塗料に近いことが分かり、里中は直ちにそのデータをICC(SOP統合司令センター)に送り、HMG-2の塗料との照合を依頼した。そして15分ほど経過すると、ICCの真田薫から里中の携帯に電話が入った。OUネービー(オリエント連合海軍――その中核は海上自衛隊)の情報業務群に所属する特務機関――SAU(O.U. Navy. Special Activity Unit)の協力へ得た真田は、「一致とまではいきませんが、HMG-2の専用ケースの塗料とかなり似た成分であることが分かりました」と里中に告げた。
 里中は状況から仮説を立てた。大枝哲郎は手刀で刺し殺された可能性があり、そのような殺人手法を持っているのは旧北朝鮮の軍人。HMG-2の射手(しゃしゅ)であるパクと一緒にいた男女三人は、身元が特定されてはいないものの旧北朝鮮の人間である可能性が高い。大枝の軽トラックにはHMG-2専用ケースの塗料と酷似した物質が付着したバールと、OEC圏外から持ち込まれたと思われる木材の断片があり、これはHMG-2を木箱のようなものに入れて搬送し、日本へは大枝の漁船で運ばれたと推測できる。
 確証を得るには至らないが、状況は一つの可能性を示していた。今、日本にはミサイルによるテロ攻撃の危機が迫っている……

 ズウォメイ・エマーソンは、ダイブによってエクストリームセンスの存在を認識してからというものずっと考えていたことがあった。それは見山人美へのダイブ……
 父ニール・エマーソンがEMSオリエントの江田克に調査を依頼してから、既に20日以上がたっているが、これといった進展がない中で、自らの予言の真意を確かめたいという思いは日に日に強くなっていった。しかし、沢木聡へのダイブを成功させるためには、人美を何とかしなくてはならない。キーになる人美を理解せずに、沢木の意識に深く探ることはできないだろうと考えたのだ。しかし、エスパーへのダイブという未知の試みには不安があった。そこでズウォメイは、前回のダイブで最も安心感を得た人物、秋山美佐子を最初のターゲットに選んだ。あの時感じた彼女の意識は、穏やかで優しさに満ちていた。その彼女の脳にある人美へのサイレント・インフォメーション(意識にのぼらないニューロンの活動)をたどっていけば、そもそも人美にダイブすべきか否かの判断が付くのではないかと考えたのだ。
 太平洋標準時が7月25日の6時に近づくころ、ズウォメイは寝室のベットで静かに目を覚ました。そして、カーテンを開けると気持ちのよい朝の光に満たされた。
 「いい朝だわ。日本は夜、いいタイミングだわ。飛び込むなら、今ね」
 ズウォメイはダイブの実行を決断した。

 21時49分。里中涼は科捜チームに継続捜査を指示し、自分は西岡武信とともに、東京への帰路についたやましぎ1号機に搭乗していた。この時、SOP本部のICC(統合司令センター)にはSOP本部長の田口謙吾(たぐち けんご)が、内閣危機管理センターには内閣危機管理監の桐ヶ谷利雄が待機していた。そして里中とTV会議システムで三者が結ばれると、里中はことの成り行きを説明した。
 「昨日の13時ごろ、フォートップスが元OUアーミーの軍人でコリアン人のパク・ジファンという人物の入国に対してアラートをあげました。その理由は、カルダーラで奪われたミサイル――HMG-2の射手(しゃしゅ)をパクが経験しているためです。念のためフォートップスで追跡をしていましたが、昨日22時半ごろから一緒に入国した身元不明の男二人、女一人とともに行方が分からなくなり、SOP警戒レベル1を発令しました。そして今晩、山口県萩市で殺人事件が発生し、科捜チームとともに現場を捜査したところ、次のような仮説にたどり着きました。
 殺されたのは漁師で、恐らく沖合でHMG-2を受け取り、殺人現場でその受け渡しをしたと思われます。根拠は漁師の所有する軽トラックの荷台に残されたバールに付着していた塗料と木くずで、SAUの協力でHMG-2のケース塗料と近い成分であることが確認できています。また、木くずには臭化メチルの残留臭素が検出されました。これはOEC(オリエント経済共同体)では使用できない薬品です。さらに、殺された漁師は手刀と思われる傷を喉に受けて死んでいます。このような殺法(さっぽう)は旧北朝鮮の軍人が用いていたものです。以上から、パクたち4人はHMG-2を最大で3機受け取り、それを発射するために今、どこかに向かっているものと考えられます」
 桐ヶ谷が質問した。
 「で、攻撃目標の見当は?」
 「全く分かりません。殺害された漁師は死後硬直の状態から死後24時間程度経過している可能性がありますので、相当な距離を移動できます。東京を含む以南、西日本全体で攻撃を受ける可能性があります」
 「捜査の切り口はあるのか?」
 「HMG-2、3機と4人が移動するとなれば、パクたちは盗難車を使用している可能性があります。そのような痕跡を一つひとつ当たっていくしか今はありません」
 田口がつぶやいた。
 「雲をつかむような話だな」
 桐ヶ谷が応じた。
 「危機が察知できただけでもまだましだ。すぐに総理に報告し、テロ警戒レベルの引き上げを発令してもらう。SOPにはセントラルネットへのアクセス権限を最高レベルに設定する。パクの追跡に全力をかけろ」

 この頃、イム・チョルたちは埼玉県川口市の廃墟となった木材加工工場で、作戦前最後の休憩を取っていた。HMG-2を受け取った後、彼らは山陽自動車道、東名高速道路などを通り、1,000キロ強の道のりを15時間以上かけてやってきたのだ。
 これより前の7月25日、日曜日の16時過ぎに川口市に着いたイムたちは、最初に田中鉄工所を訪れ、前田煙火工業の山中が注文した花火の発射台を受け取った。鉄工所の経営者、田中龍男の「楽しみにしてますよ」という笑顔に見送られ、次にイムたちはCIAのエージェントの指示通り西川口のコリアン・タウンに移動し、明城(あかぎ)という名の小さなスナックでコリアン人の男から2丁の小型短機関銃イングラムM11と、1丁の短機関銃MP5を入手し、「ここで時間まで待機しろ」と廃墟の木材加工工場への地図を渡されたのだ。
 工場に着いたイムたちは、ワンボックスカーを工場内に隠し、見張りを一人ずつたてながら交代で仮眠や食事をとっていた。後1時間ほどで、彼らは再び出発しなければならない。HMG-2を発射するために……

 見山人美は自信を深めていた。空を自由に飛べた今、エクストリームセンスをもっとうまく使えるはずだ。ならばあのズウォメイ・エマーソンのこともより深く調べられると感じていたのだ。
 沢木聡は、自宅の寝室の隅にある書斎で本を読んでいた。すると人美から電話があり、「今からちょっと行ってもいい?」と尋ねられ、承諾すると「じゃあ、家の外に出てもらってもいい?」と返された。沢木は「2階のバルコニーでいいかい?」と言いながらバルコニーに出ると、人美は「ええ、大丈夫よ」と返事した。
 「何が始まるんだい?」
 そう言いながら沢木が辺りを見回すと、ふわっと風が沢木の髪をなびかせた。スマートフォンから人美の声がする。
 「今の分かった?」
 人美の質問に沢木はしばし考えてから、「まさか!?」と言うと、バルコニーに着地した人美はクリスタル・フィールドを解除した。目の前に現れた人美に声をかけようとすると、人美はふわっと浮かび上がり、そのまま下の駐車場へと下りていった。
 「信じられない。特撮映画を見てるみたいだ」
 人美は「じゃあ、一緒に飛んでみる?」というと、再び浮上して沢木の横へ飛んで来た。そしてクリスタル・フィールドで自分と沢木を包むと、沢木の腕をとり「行くね」と言って空に舞い上がった。沢木は震えた。高いところが怖かったからではない。信じられないパワーを目の辺りにした興奮で鳥肌が立ったのだ。
 「すばらしい!」
 沢木は興奮して叫んだ。彼自身空にあこがれ、高校生のころからライトプレーンを製作し、空を飛んだこともあった。しかし、今はこれまでに人類が空を飛んだ方法と全く異なる方法で天を舞っているのだ。36年間生きてきて、まさかこれほどエキサイティングな出来事が訪れようとは、沢木は夢にも思っていなかった。
 人美は沢木邸のバルコニーに着地し、クリスタル・フィールドを解除してから言った。
 「ねっ! うまくなったでしょ。今ならESをもっと上手に使えると思うの? ズウォメイさんのこと調べてみませんか?」
 「人美さんのパワーには参ったよ。ああ、調べてみよう。ただし、無理の内容にね」

 同じころ、ズウォメイ・エマーソンはいつものようにハーブティーを用意し、心を落ち着かせてダイブの準備をしていた。今回のターゲットは見山人美だが、秋山美佐子を経由して試みる計画だった。そしてズウォメイの集中力がピークを迎えると、彼女の意識は秋山へと沈んでいった。
 その意識は、前回同様、暖かさと優しさに満たされていた。そしてその意識の奥深くにある秋山の人美への思い――サイレント・インフォメーションは、これまでズウォメイがあまり経験したことのないようなものだった。ほとんど母の記憶を持たないズウォメイは、きっと母の優しさとはこのようなものなのだろう、と感じることで、自分自身も幸福感に包まれた。この女性がこれほどのサイレント・インフォメーションを人美に対して持っているのなら……
 「行ける」
 ズウォメイはついに人美へとダイブした。

 ズウォメイに関する情報を得ようと試みる見山人美は、沢木聡のリードに従ってエクストリームセンスを開始した。目を閉じる人美の脳裏には、いつものようにインフォクラウドが組成されていく。その時、人美は人の気配を感じた。
 「ズウォメイさん!?」
 自室のソファに座るズウォメイの肩がピクッと動く。
 「人美!?」
 ズウォメイが自分を呼ぶ声が聞こえた。間違いない、彼女は近くにいいる――そう人美が認識すると、インフォクラウドは細かな光の粒子となって人美に降り注いだ。それはまるで、SF映画の宇宙飛行船が高速で星間を飛行する時の、後ろへ高速に流れる光の線のような光景だった。そしてその光の流れの中心に、まるで太陽のような光の塊が現れると、急速に接近して人美を飲み込んだ。
 目映い光から視界が戻ると、そこはどこかの都市の交差点だった。周りにいる人々は時間が止まったかのように動かず、日の光は強かったが全く暑さを感じなかった。よく見ると、人々は外人であり、街に散らばる文字は英語だった。どこだろう? 夢なのかしら? と人美が思うと、目の前に半透明のインフォキューブが浮かび上がり、地理情報を表示した。
 「サンフランシスコ?」
 そこはサンフランシスコのマーケット・ストリートとヴァン・ネス・アベニューが交差する地点だった。
 「人美さん、聞こえる?」
 人美は沢木の声に安堵(あんど)した。間違いなく自分はESを行っているのだ。しかし、今日は今までと違う。これまでは白く輝く空間の中にインフォクラウドが浮かび上がっていたが、今は時間の止まった世界の中に自分が立っていて、まるで飛行機のコクピットのように半透明のインフォクラウドが体の正面に浮き上がっているのだ。人美はそのことを沢木に伝えた。
 「ESのモニターにはものすごい勢いでデータが流れている。今人美さんが見ている世界は、ESが収集した膨大な情報と人美さんのパワーが作り上げた仮想世界なのかもしれない」
 そう、人美はサイバーワールドの中にいたのだ。
 人美は考えた。どうしてサンフランシスコなのだろうか? そうか、ズウォメイの家はこの辺りなのかもしれない。するとインフォクラウドうごめき、カリフォルニア州サンノゼの住所を表す文字列が浮かび上がった。サイバーワールドの中の人美は、既に操作コマンドを心の中で唱(とな)えなくともESを操作できるようになっていた。人美は飛び上がると周囲を見渡し、進むべき方向を示す矢印に向かって飛んだ。
 空から見るサイバーワールドは不思議だった。
 「ほとんど現実世界のように見えるけど、たまにただの箱みたいな建物があるの。遠くの景色は絵みたい。ものすごくリアルな世界だけど、やっぱり現実世界とは違う。時間の流れもおかしな感じ。連続した時間の流れじゃなくて、何て言ったらいいんだろう? コマ送りしているような感じかしら――そうかっ! 東京国際フォーラムの時はよく分からなかったけど、あの時もこの世界――サイバーワールドにいたんだわ」
 沢木からの応答がなかった。どうしたんだろう? と思い何度か「沢木さん」と呼んでいるうちに、前方に大きな屋敷が見えてきた。そして、その屋敷からはポップアップウィンドウで、Neil Emersonの文字が表示されていた。
 「あそこがズウォメイさんの家? 大きな家。白石のおじさまの家の何倍あるのかしら?」
 その屋敷はボザール建築様式の3階建てで、青々とした芝生に囲まれていた。車寄せには噴水があり、その裏手にはプールとテニスコートが見える。
 ズウォメイは、人美の気配を感じた後、光の線が様々に交錯する目映い空間の中で目を閉じた。そして、ややあってからそっと目を開くと、なぜか自分の部屋に立っていた。ダイブから浮上したの? ズウォメイは屋敷の中を歩き回ったが、そこはいつもと変わらぬ自分の家だった。人美のサイパワーが干渉しているのかしら? ズウォメイはエントランスのドアを開け外へと出て行った。
 屋敷の噴水の前に着地した人美は、噴水の水が止まっていることに気がついた。ここはサイバーワールド。新たな情報が入らない限り、人美の目に映る光景が更新されることはない。
 人美が辺りを見回していると、エントランスのドアが開き中からズウォメイが出てきた。二人は同時に「あっ!」と声を発した後、それぞれ歩み寄った。
 「ズウォメイさん、また会いましたね。こんにちは」
 「こんにちは、人美」
 二人の話す言葉は異なっていたが、それぞれの意味は互いに理解することができた。人美は続けた。
 「夢であなたと話をしたの。だから、あなたはどんな人だろうと思って探しに来たの」
 「あれは夢ではないわ。私は他人の意識に潜ることができる。あの時は沢木の意識にダイブして、人美の意識とコンタクトした。驚いたわ、私以外にエスパーがいるなんて…… そして今日は、人美にダイブした。私もあなたのことが知りたかったから」
 「すごい力ね」
 ズウォメイは首をひねりながら言った。
 「嫌じゃないの? 私はあなたの心をのぞこうとしたのよ」
 人美はほほえみながら答えた。
 「あなたは興味本位でそんなことをする人ではないわ」
 ズウォメイもほほ笑んだ。
 「ありがとう」
 「でも、どうして沢木さんにダイブしたの?」
 「人のバランスが崩れようとしている。そう感じたの」
 「人のバランス……」
 「沢木の開発するエクストリームセンスは、万人をエスパーにする能力を秘めている。そんなことが実現したら、この世の中は乱れることになる」
 「大丈夫よ。沢木さんは技術をそんなことには使わないわ」
 「ええ、でもその技術が盗まれたら? 悪いことを考える人に渡るかもしれない。だから、詳しいことが知りたかったの?」
 人美はズウォメイに握手を求めながら近づいた。
 「それなら私とお友達になりましょう。沢木さんにも直接会わせてあげるわ。きっと、沢木さんはあなたの疑問に答えてくれる」
 「そうね。こうして話し合ったのだから、もうダイブなんかすることはないわね」
 二人は握手をした。その途端……
 ズウォメイのコンシャスネス・ネットワーク・ダイブの能力は、人美のパワーと共振することで増幅され、ズウォメイの予言から始まった意識のつながりを次々とトレースし始めた。そのあまりにも膨大な情報量により、ズウォメイの認識力は追いつかなかったが、人美を通してエクストリームセンスに送り込まれることによって、さまざまな人々の意識にちりばめられたバラバラの情報は、ひとつの結実点をインフォクラウドに浮かび上がらせた。瞬時にそれを理解する人美――
 「ああ…… 大変。ズウォメイさん、また今度ゆっくり話しましょう」
 「人美、どうしたの?」
 「日本がミサイルで攻撃される。止めなくちゃ」
 人美はズウォメイに手を振ると天高く舞い上がった。
 沢木は交信の途絶えた人美を呼び続けていたが、リクライニング・シートから飛び起きた人美に逆に声をかけられた。
 「沢木さん、大変!」

 

続く……

2012年10月8日月曜日

小説家になろうに小説をアップしました。

小説『エクストリームセンス』を、小説投稿サイト「小説家になろう」に連載開始しました。

星空文庫に小説をアップしました

 自作小説は、長らくブログだけにアップしていたのですが、いろいろと限界を感じて小説投稿サイト「星空文庫」にあわせて掲載することにしました。

 掲載しているのは、下記2作品です。

2012年10月6日土曜日

小説『エクストリームセンス』 No.13

小説『エクストリーム センス』は笹沼透(Satohru)の著作物であり、著作権法によって保護されています。無断で本小説の全部または一部を転載等利用した場合には、民事罰や刑事罰に問われる可能性があります。

 

 7月25日、日曜日の18時32分。山口県萩市で発生した殺人事件の第一報がICC(SOP統合司令センター)の情報監視プログラムにヒットした。
 さかのぼること17時52分。山道整備状況の確認を終えた萩市の職員は、往(い)きに見かけた軽トラックがいまだに止まっていることを不審に思い、トラックの様子を窺うために近づいた。すると、トラック後方の雑草の上に血のような液体がこぼれた跡を発見し、警察に通報した。
 こうした日本全国で起こる事件事故の情報は、直ちにセントラルネットと呼ばれる政府機関の情報ネットワークで共有されるが、これをモニターしていたICCの情報監視プログラムが、この事件へのアラートをあげたのだ。
 早めの夕食――それはインスタント・ラーメンだったが――をSOP本部内の休憩室でとっていた里中涼と西岡武信は、館内放送でICCの真田薫に呼び出された。
 ICCに戻った里中が言った。
 「新情報?」
 真田が答える。
 「ええ、山口県の萩市で殺人事件です」
 「ほう、捜査状況は?」
 「萩警察署が現場を捜査中です」
 「ライブでつなげるか?」
 「はい」
 萩の殺人現場が投光器で照らされる中で、現場を仕切る刑事課の栗原(くりはら)警部補が軽トラックに残された遺留品を確認していると、制服警官が伝令にやって来た。
 「SOP? またかったるいところが絡んできたなぁ~」
 こんな田舎の殺人事件に、テロ対策部隊が何の用だ……
 栗原警部補は近くのパトカーの助手席に座り、セントラルネット経由でテレビ会議のできるモニターを自分に向けた。
 「はい、萩警察署捜査一課の栗原警部補です」
 ICCの中央ディスプレイに汗だくの栗原警部補の映像が映し出された。一方、栗原警部補のモニターには涼しそうな顔をする里中の表情を捉えている。涼しい場所からこき使う気か? 実に不愉快な映像だ。栗原警部補はそう思った。
 「SOP捜査部長の里中です。お疲れ様です。捜査状況を教えていただけますか?」
 SOPの捜査部長と言えば階級は警視、しかしたたき上げの刑事にはあまり関係なかった。
 「何でSOPが田舎の殺しに関わるんです?」
 「関わるかどうかを判断するために状況を知りたいのですが」
 仕方なく状況を説明した。
 「現場はGPSでお分かりですね。現場映像に切り替えます。ご覧のように軽トラックがキーをつけたまま放置されてまして、持ち主はナンバーから萩漁協の漁師と分かってます。自宅に連絡したところ、車で出たまま帰宅していないとのことだったので、周辺を捜索したところ親子の遺体を発見しました。どちらも遺留品に運転免許証があったので、殺されたのは漁業を営む大枝親子で間違いないです」
 「トラックの荷台には何かありますか?」
 「大型のバールが1本、それに木くずのようなものがパラパラ。後は魚の甲羅ですかね。今分かっているのはその程度です」
 大型のバールとは、大枝亮太が使ったものだった。
 漁師、バール、木くず…… 里中は事件に大きな関心を持ち、「ホトケの映像を見せてください」と言った。栗原警部補は若い制服警察官にビデオ通信装置を持たせ、遺体が遺棄された場所に走らせた。ややあって、ICCの中央ディスプレイに大枝親子の遺体が映ると、里中はカメラを持つ警官に話しかけた。
 「カメラを操作している警官、名前は?」
 「はい、今井巡査であります」
 「OK、今井巡査。父親の首の傷をアップで見せてくれ」
 里中は見たことのない傷につぶやいた。
 「何だこれ?」
 西岡は「手刀かも知ねえな」と言って、ぴんと指を伸ばした手で喉を突くまねをして続けた。
 「だとしたら、そこいらのチンピラの仕業じゃないぜ」
 里中は西岡にうなずくと、「ありがとう、今井巡査。栗原警部補、聞こえますか?」と呼びかけた。中央ディスプレイに再びだるそうな栗原警部補の顔が映る。
 「はい、何でしょう?」
 「非常に興味深い現場ですので、うちの科捜チームをそちらに送りたいのですが」
 「ええ、冗談じゃないよ。あんたたちと違って、こっちは外の暑さの中で捜査してるんだ。このまま明日まで現場を維持しろっていうの?」
 里中は真田に尋ねた。
 「〈やましぎ〉でどのくらいかかる?」
 真田は端末を操作して「ざっと1時間半です」と答えた。
 里中は、「よし、着陸地点を萩警察署と至急調整してくれ」と言うと中央ディスプレイに向き直り、栗原警部補に「ご心配なく、そこまではかかりません。1時間半後にお会いしましょう」と伝えた。
 里中と西岡は黒い覆面パトカーのベンツに、科捜チームは小型4ドアセダンのパトカーに乗り込むと、SOP本部からサイレンを鳴らして羽田(はねだ)へ急行した。
 東京国際空港、というよりも羽田空港の方が通りがいいかもしれない。この空港には、空輸関係機関の他に海上保安庁の特殊救難隊とSOP航空小隊の基地がある。そのSOP航空小隊――通称、エアSOPに里中からの出動待機命令が出された。
 エアSOPには、現在2種4機の航空機が配備されている。一つは、コールサインをナイトハウンドとする戦術ヘリコプター2機であり、作戦地域の情報収集や戦術チームの搬送などに使われる。二つ目は、コールサインを〈やましぎ〉とする垂直離着陸が可能な双発プロペラ輸送機2機であり、戦術チーム1個小隊と戦術車両1台、隊員搬送用バス1台を同時に輸送する能力を持つ。
 里中の命を受けたやましぎ1号機は、機長、副操縦士、搭乗運用員2名を乗せ格納庫から駐機場に出ると、機体後部の貨物室ハッチを開けて里中らの到着を待った。
 19時25分。羽田に到着した2台のSOP車両は、そのまま〈やましぎ〉の貨物室ハッチから機内に停車した。搭乗運用員が車両を固定しハッチを閉めると、〈やましぎ〉の双発プロペラ・エンジンは出力を上げ、機体を浮かべると徐々に上を向いたプロペラを前方に回頭させ、巡航速度の時速560キロメートルに加速しながら山口県萩市を目指した。

 

 20時を少し過ぎたころ、見山人美は暗闇に包まれた白石邸の庭の中央に立っていた。屋敷とその周囲は暗くひっそりと静まりかえり、空には転々と星が瞬いていた。
 人美はもっとうまくなりたいと思っていた。神から授かったのか、運命のいたずらか、人美にはサイパワーがある。せっかく得たこの特別な力を、自分の意のままに操りたい、そう願いいつもその術を模索していた。
 でも、何のために? 人美は心の中でつぶやきながら夜空を仰いだ。
 この力を使いこなした時、私は何になるんだろう?
 星の輝きは闇に対してあまりにもか弱い光だった。そして、闇の中に一人たたずんでいることを意識すると、脳裏には様々な光景が意思に反して浮かび上がり、背後に恐怖を感じた。
 超能力を持つが故に迫害され、国家に追われることになった少女。力に溺れ、悪の道に走る者。小説や映画の主人公たちはいつもそのような有り様だ。そんなことが脳裏に浮かぶと、この巨大な闇に飲み込まれ自分にも大きな災いが起こるのではないか、そんな恐怖がこみ上げてくるのだった。人美は激しくかぶりを振った。
 「違う、私は不幸にも悪にもならない!」
 人美はスマフォの音楽プレイヤーで、今一番気に入っている音楽ユニットの音楽を再生した。美しい女性ボーカルが響く……


  天から注ぐ恵みは、命を癒し光を与える。
  大地に根付く恵みは、命を支え力を与える。

  世界はひとつ、つながりあって、永遠の営みを続ける。

  争いをなくして、同じ視線で語りあおう。
  地球はひとつ、生きる大地もひとつ。

 

 恵みはひとつ。これは中国人の女性ボーカリストと日本人の男性キーボーディストによるユニット――The Art-Sprawl(ジ・アート・スプロール)の楽曲だった。彼女たちはアジアの平和への願いを託した音楽を奏で、特に日本、コリアン、中国、台湾、インドなどの国境にとらわれない文化交流世代――クロス・カルチャーといわれる10代、20代の年齢層から強い支持を受けていた。


  海が運ぶ恵みは、命を産み優しく育てる。
  風が伝える季節は、命を伝え世界に色を与える。

  世界はひとつ、関わりあって、平和を求め時を刻む。

  背伸びを止めて、自然に溶けあおう。
  世界はひとつ、私はひとり。


 恐怖を打ち消すように、人美は強く思った。
 「私は…… 私は正義になりたい…… 笑顔が明日も続き、みんなが優しく生きられる世界。そのために、私はこの力を使いたい」
 人美はぎゅっと握りしめた拳を開くと、音楽を止めヘッドフォンをしまい、EYE'sをパフォーマンス・モードに変更するとクリスタル・フィールドを展開した。そして大きく深呼吸をして空を飛ぶ自分をイメージした。すると、スーっと風が人美の体を一周するように流れ、風に舞う風船のように人美の体は静かに浮かび上がった。
 私に宿る力、どうか私と一つになって!
 その時、流れ星が人美の視界を横切った。あっ! と思ったその瞬間、人美の体は消えていった流れ星を追いかけるかのように天高く舞い上がった。
 うわぁーっ!
 人美の体はクルクルと回転しながら上昇を続けた。
 落ち着け!
 人美は両手を広げ、鳥のように飛ぶ姿をイメージした。すると、体の回転は収まり人美の姿勢は安定した。
 行けるわ!
 人美は加速した。そして上昇、下降、旋回。
 できた! 飛べる! 私は飛べるんだ!!
 それは夢のような世界だった。鳥のように人美は自らの力で天を舞っているのだ。
 人美は周囲を見渡した。
 あれは江ノ島(えのしま)ね。
 前方には江ノ島から伊豆半島にかけての光の水平線が見える。人美は上空約300メートルを光の水平線に向かって飛行し、海の沖合に出ると高度を海面ギリギリまで落とした。そして右手を海面に当てると、水しぶきが飛行機雲のように軌跡を描いた。人美はほほ笑んだ。それは自分に宿る力を意のままにコントロールすることの喜びを実感した瞬間だった。

 

続く……

小説『エクストリームセンス』 No.12

小説『エクストリーム センス』は笹沼透(Satohru)の著作物であり、著作権法によって保護されています。無断で本小説の全部または一部を転載等利用した場合には、民事罰や刑事罰に問われる可能性があります。

 

第3章


 7月24日土曜日の13時8分。山口県萩市の小さな漁港に、一隻の漁船が帰ってきた。ふだんのこの時期ならアジやイサキ、タイなどを一本釣りで仕留めるのだが、今日はその代わりに3つの木箱を積んで帰ってきた。この漁船は、大枝哲郎(おおえだ てつろう)48歳と、その息子・亮太(りょうた)19歳によって操業されている。
 父の哲郎は、それなりの腕を持つ漁師だが、数年前に不漁続きを経験し、その時にたまたま友人から真光信明会(しんこうしんめいかい)という新興宗教を紹介され、まさに神をもすがる気持ちで礼拝に参加した。すると次の日、久しぶりの大漁となり、以来熱心な信者として週に一度は祝詞を読み、日曜日には会館で行われる礼拝に参加するようになった。
 息子の亮太は中学校でデビューしたツッパリで、何とか入った工業高校も1年で退学した。哲郎のツテで地元の自動車整備工場に就職したが、整備士の資格を取る勉強も続かず、やがてサボって遊びほうけるようになると工場を首になり、結局おやじの船に乗ることになった。
 2週間前、哲郎は真光信明会の支部長から話があると呼び出され、コリアンの支部から大事な荷物が届くから、それを海上で受け取ってくれと頼まれた。苦労して海上を運ぶことが、宗教的にとても意味のあることだと説明された哲郎は二つ返事で応諾し、あなたには大きな御利益があるだろうと言われて上機嫌になった。そして今日、コリアンのプサンと萩市のほぼ中間地点である海域で、コリアンの漁船から荷物を受け取り帰ってきたのだ。
 港に着くと、亮太は軽トラックを船に横付けし、親子二人で木箱を軽トラックに乗せ替えた。そして幌(ほろ)をしっかりと掛けると、自宅の車庫に軽トラックを隠し、支部長から指定された時刻になるのを待った。

 

 15時40分。杉本美花が病院行きのバスを待っていると、黒い大型セダン――SAGAMI FC380が目の前に止まった。助手席のパワーウィンドウが開くと、橋本浩一が「乗れよ。病院に行くんだろう。送ってやる」と声をかけてきた。杉本は車に乗り込み、「どうして私の居場所が分かるの?」と質問をした。
 「あんた、ファミレスで話をした時にトイレに行ったろ。その時にあんたのスマフォに位置情報を発信するアプリを仕込んだ」
 杉本は前金の入金を確実に確認するために、トイレに行くと言って隣のコンビニで残高を照会したのだ。
 「何ですって、そんなこと聞いてないわ!」
 「まあ、そうプリプリするな。こっちだって1,000万も先行投資してるんだ。それなりに保険はかけておかないとな」
 杉本は黙った。
 「ふふ、あんたは本当に物分かりがいい。仕事がしやすくて助かる。で、収穫はあったのか?」
 「昨日、どこにいたか知ってるんでしょう?」
 「俺が聞きたいのはプロセスじゃない。結果だ」
 杉本はため息をついてから状況を話した。
 「沢木たちは確かにエクストリームセンスというコードネームのシステムを開発しているわ。今はテストを繰り返しながらチューニングをしているようね。これは今のASMOSのように脳からシステムへの単一方向の情報伝達だけでなく、双方向になるそうよ。岡林の話をそのまま言えば、人間の脳の高度な推論能力と、ASMOSの高速大容量データ処理が一体になることによって、名前の通り超感覚ともいうべきコンピューティングが実現するんだって。分かっているのはまだここまでよ。でも、相模から長期取材の許可をもらったし、岡林は私の虜(とりこ)。これからはもっと詳しい情報を探れるわ」
 橋本は口元を緩めた。
 「んん、上出来だ。わずか二週間足らずでここまで行けるとは、いい仕事をするな。どうだ、俺と組まないか? もっと稼げるかもしれないぜ」
 「私の目的は金ではないわ。妹の命を救うため。今はその手段のためにあなたの仕事を引き受けただけよ」
 「いいねぇ、ますます気に入った。若いのにしっかりしてるじゃないか。最近はノンポリのしょうもないやつらが多い」
 杉本は言った。
 「でも以外……」
 「何がだ」
 「相模の車に乗ってるなんて」
 ははっ、と笑って橋本は答えた。
 「いいぞ、この車は。ASMOSが搭載されてるからな」

 

 22時38分。ICC(SOP統合司令センター)の真田薫が大声で里中に叫んだ。
 「里中部長っ! パクが消えました!」
 自席からICCに駆け寄る里中涼に西岡武信が続いた。
 「消えたとはどういうことだ」
 里中の問いに真田が答える。
 「20時にパクがホテルを出てタクシーに乗って以降、4人が追跡できません。最初は19時28分に男と女がホテルを出ています。次は19時40分に二人目の男。最後がパクです」
 「タクシーは追跡できないのか?」
 「福岡空港東方2キロの地点でリリースされてます」
 真田は中央ディスプレイの画面を切り替えて続けた。
 「これは福岡市周辺の監視カメラの配置図です。ご覧のように主要な観光スポットにはたくさんの監視カメラがありますが、その他は大きな道路沿いに点在するのみです。彼らが観光を楽しんでいるのであれば、2時間近くも4人全員がフォートップスに補足されないわけがありません。彼らはカメラを意識して行動していると推測するのが賢明かと考えます」
 西岡が言った。
 「こりゃ面倒なことになった。ってことは、HMG-2が使われる可能性もゼロではないな」
 里中が指示した。
 「よし、まずは最悪のシナリオを想定して準備を進めよう。現在の情報をSOP警戒レベル1として内閣危機管理センター、福岡空港警察に伝えてくれ。次に、入管、税関、海保、海自、OUネービー、警察、消防を対象に、日本海沿岸部で発生する事案をすべて収集してくれ」
 西岡が尋ねた。
 「日本海?」
 「奪われたHMG-2が日本に上陸するなら、海しかないさ」

 

 22時47分。漁船で荷物を運んできた大枝亮太は、あの木箱の中身が気になって仕方がなかった。おやじは真光信明会の支部長から頼まれた祭祀(さいし)道具を取りに行ったと信じているが、そんなものは宅配で送ればいい。宅配はどんなものでもどんなところにでも運んでくれるとテレビのコマーシャルはいっている。亮太はそうした知識を総動員し、あれは絶対にやばいもんだ、と結論づけた。そして、それを確かめるためにおやじの目を盗んでシャッターの閉まった自宅のガレージに大型のバールを持って忍び込んだ。
 亮太は軽トラックの荷台にかかる幌(ほろ)を外し、釘で留(と)められた木箱のふたを傷つけないようにそっとバールで外そうとした。しかし、ヤワなやり方では木箱は開きそうになく、「めんどくせーなぁ」とつぶやきながら、一転、力業に変えた。木箱のふたはピシッと割れるような音をさせながら浮き上がり、勢い余ったバールは木箱に吸い込まれ、キューという歯の浮くような悲鳴をあげた。亮太は「やべっ!」と言いながらも木箱のふたを開けきった。中の荷物は深緑の金属製のケースで、バールによって傷が刻まれてしまった。そして、その傷の部分には、U.S. ARMYと刻印されていた。亮太は「これ! マジやばくね!」とつぶやいた。彼の知識でも、それがアメリカ陸軍を意味していることは理解できたのだ。

 

 7月25日、日曜日の0時43分。イム・チョルたちはワンボックスカーに乗って山口県萩市へとやって来た。
 さかのぼること24日の夕方。ユン・ヨンはバーで日本語のメモを見ながら若い男に声をかけた。私はコリアンから思い出を作りに来た。車を持っているならドライブに連れてって。小さい車では駄目よ。何もできないでしょ。4人乗りのセダンとか、そういう車を持っているのならお互い楽しめると思うんだけど。男は即答し、近所のコンビニでコンドームを購入し、自分の車――4ドアスポーツセダンに乗ってヨンとの待ち合わせ場所に現れた。ヨンが助手席のドアを開けるとイムが素早く乗り込み若い男の脇腹を殴り失神させた。そして手足をロープで縛り、口をテープで塞ぐとトランクルームに押し入れた。ハンドルを握ったイムが言った。
 「うまくいった。これで次の車を手に入れるまでNシステムを心配することはない」
 一方、キム・ウォンはユンの作戦が失敗した時に備え、車を盗む準備をしていたが、待機地点にイムとユンが車で現れキムを拾った。パク・ジファンはタクシーで人気の少ない場所に移動した後、しばらく歩いてイムたちと合流した。その後、4人は関門トンネルを抜け山口県に入り、萩市に近いところで荷物を載せられるワンボックスカーを盗み、乗り換えて萩市に到着した。
 1時ちょうど。約束の場所は田床山(たとこやま)という山のふもとの広い原っぱだった。辺りに住宅はなく、電灯もなく、本来なら真っ暗になる場所であったが、この日は月明かりで目が慣れればフラッシュライトがいらないくらいの明るさだった。その場所には既に白い軽トラックが止まっていた。運転するイム・チョルは徐行運転で軽トラックの脇にワンボックスカーを止め、ライトを消しエンジンを切った。すると、軽トラックから男が二人降りてきた。大枝親子である。イムも車から降り、合い言葉を口にした。
 「漁はうまくいったか?」
 哲郎が答えた。
 「注文通りです」
 合い言葉を確認したイムがワンボックスカーの方に振り返ってOKと合図すると、ユン・ヨン、キム・ウォン、パク・ジファンの三人が車を降りた。イムの「荷物をもらう」という声を聞いた哲郎は、「はいはい」と軽トラックの幌(ほろ)を外し、軽トラックの荷台の後ろあおりを開き荷物を引き出せるようにした。キムとパクはそれぞれバールを持って荷台に上がり、ユンはフラッシュライトで荷物を照らした。すると、木箱のふたは拍子抜けするほど簡単に開いた。最も日本語のうまいパクが哲郎に尋ねた。
 「中を見たか?」
 哲郎は「いや、触ってないよ」と首を横に振ったが、亮太は気まずそうな顔でおやじを見た。
 「お前、荷物に触ったのか?」
 木箱の中身を確認した時、亮太はこの荷物はやばいとおやじに言おうと考えた。しかし、荷物に無断で触ったことは必ずしかられる。中身がやばいものじゃなかったら、間違いなくぶん殴られる。明日は中学の同窓生と久しぶりに会うというのに、青あざのついた顔はごめんだった。だから、今まで黙っていたのだが、おやじや引き取りに来た連中の責めるような視線にさらされて、なんとか自分の正当性をアピールしようと余計なことまで口走ってしまった。
 「だって、話がおかしいじゃん。海で荷物を受け取るなんて。それ、アメリカ軍のだよ。USアーミーって書いてあるもん」
 哲郎は「ええっ!」といい荷物をのぞき込んだ。確かにそのような刻印がしてある。亮太はおやじの腕をつかみ「やべーよ、逃げようよ!」と言ったが、哲郎は「これ何なの?」とすぐ目の前に立つキムに尋ねた。話がもつれそうだと感じたイムは、素早く手刀を哲郎の首に突き刺した。声にならない息を吐きながら哲郎はその場に倒れた。その光景を目の辺りにした亮太は、全身を震わせながら後ずさりし、ユンのローキックをふくらはぎに受けるとその場に倒れ込んだ。イムはキムからバールを受け取ると、亮太の上にまたがった。「たた、助けて」それが亮太の人生最後の言葉だった。イムは手やバールに付いた血を亮太の服で拭き取り、素早く荷台に乗ると残りの木箱のふたを開け、パクは中身を確認した。予定外に運び屋を殺すことになってしまったが、とにかく目的の障害となるようなことは排除しなければならい。イムはキムとパクに木箱ごとワンボックスカーに乗せ替えさせ、自分は親子の死体を近くの茂みの中に隠した。そして最後にフラッシュライトで辺り確認すると、「行こう」と言って車を出させた。
 しばらく走ると、ワンボックスカーは脇道に入って停車した。イムとキムは辺りを確認した後、木箱に入った偽造ナンバープレートに付け替える作業を行い、それが終わるとパクの運転でその場を去った。
 後部座席に座っていたユンは、揺れる車窓から星空を見上げ、亮太が殺された時の光景から、自分が初めて人を殺した時のことを思い出していた。
 ユンは小さな農村で生まれ育った。気立てのよいかわいい娘として村では評判だった。16歳になってしばらくした時、ユンの村を朝鮮人民軍第9軍団の一派が通りがかり、その時に軍団の司令官にユンの姿を見られたことが彼女の悲劇の始まりだった。数日後、ユンの両親の元に将校が現れ、彼女を軍で雇いたいと言い出した。求めに応じれば、今より質も量もよい食料を配給するというのだ。両親は悩んだが、一家が生き残るための選択として、ユンを軍に奉公させることにした。
 ユンは軍団司令官の世話係として働き出したが、奉公の初日の夜に司令官にレイプされた。その後は司令官の性奴隷を強要され、そうしてふた月が過ぎた時、ユンは自殺を試みナイフで手首を切ろうとした。その時、「死んでは駄目だ。生きていれば、今の苦しみを乗り越えられる日が来るかもしれない」と声をかけられた。何を戯言(たわごと)を、私の苦しみの何が分かるの! ユンがそう思いながら声の方を向くと、そこには傷だらけ、泥だらけの男が立っていた。外見はボロ雑巾のような男だったが、ユンを見つめるその目は強烈な精気を放っていた。生きる希望などは既に失っていたが、ユンはなぜかこのボロ雑巾のような男の言うことを聞いてもいいように思い、ナイフを捨てた。
 それからしばらくして、ユンの部屋に突然ボロ雑巾のような男――イム・チョルが入ってきてこう言った。
 「今日から君は自由だ! 北朝鮮は解放された!」
 ユンは泣き崩れた。そして、捕らえられた司令官の姿を見つけると、イムから銃を奪いありったけの銃弾を撃ち込んで司令官を殺した。
 イムはユンに言った。家まで送っていこうと。しかし、ユンは自分をこんな目に遭わせた家族の元には帰りたくないといい、解放軍と行動を共にしたいと言い出した。イムは答えた。
 「好きにすればいい。君は自由なんだ」
 少女時代の悲しい思い出に、ユンは静かに涙を流した。

 

続く……

2012年10月3日水曜日

小説『エクストリームセンス』 No.11

小説『エクストリーム センス』は笹沼透(Satohru)の著作物であり、著作権法によって保護されています。無断で本小説の全部または一部を転載等利用した場合には、民事罰や刑事罰に問われる可能性があります。

 

 「いよいよ出発だ!」
 そう言うイム・チョルに、昨日までとは別人のような身なりのユン・ヨンがほほ笑んだ。キム・ウォンは、「日本進出の記念写真だ。パクも入って!」と言ってはしゃいだ。パク・ジファンは「お前たちは本物の観光客だ。誰も疑わないよ」と言いながらカメラのフレームに収まった。
 7月23日、金曜日。イムたちを乗せた日本行きの水中翼船は、10時ちょうどにプサン港を出港し、およそ3時間の航海の後、12時55分に福岡市の博多港国際ターミナルに到着した。

 13時26分。デスクで仕事をしていた里中涼の内線電話が鳴った。かけてきたのは同じフロアに隣接するICC(統合司令センター: Integrated Command Center)を仕切る情報部長の真田薫(さなだ かおる)警部だった。里中が顔をICCに向けると、こちらを見つめる真田と目が合った。
 真田はICCの開設と同時にやってきた情報分析の専門家であり、近代情報戦では欠かすことのできないSOPの戦力となっている。その彼女は36歳。里中と同じキャリアであり、冷静な分析力と強気な姿勢を併せ持った人物として知られている。
 「報告事項がありますのでこちらへ」
 その言葉に里中は捜査部の居室を進み、一段高くなったICCへの階段を登り切ると真田に言った。
 「どうしたの?」
 「本日13時1分、フォートップスから注意人物の入国アラートがあがりました」
 フォートップスとは、Facial Recognition Type Pursuit Systemの略、FRTPSからきた顔認識型追跡システムのコードネームである。日本国内に設置された監視カメラの映像は、テロ対策法によって設置されたフォートップスの端末により解析され、登録された人物を検出するとSOPのICCにアラートを送るようになっている。
 里中が「見せて」と言うと、ICCの中央ディスプレイにパク・ジファンの顔写真と、博多港国際ターミナルの監視カメラが捉えた静止画像が表示された。
 「博多港、コリアンからの入国か。アラート理由は?」
 「パク・ジファンは元OUアーミーに所属し、HMG-2の射手(しゃしゅ)をしていた経験があります」
 里中は10日前のミサイル強奪情報を思い出した。
 「なるほど、そこと紐付いたのか」
 「追跡しますか?」
 「そうだね、念のため追跡しよう」
 「では、サインを」
 フォートップスを利用して個人を追跡するためには、捜査部長である里中の許可が必要だった。、そのため里中は真田の差し出したスレートPCを使って電子追跡の書類に電子署名した。これでアラート以後のパクの追跡が可能となる。里中は指示した。
 「最新情報を出して」
 「13時16分。福岡ナショナルホテル前の防犯カメラの映像です。次がホテルの受付です」
 二つの映像にはパク以外に二人の男と一人の女が映っていた。
 「んーん、男三人と女一人で観光かぁ…… よし、この三人もフォートップスに登録して追跡してくれ。何か動きがあったら教えてね」

 

 15時に会う約束をした渡辺昭博が、沢木聡のオフィスに入ってきた。渡辺はソファに腰掛けると、早速用件を話し出した。
 「岡林を取材している杉本美花という記者について調べてみたが、なかなかの苦労人だ」
 沢木が尋ねた。
 「ほう、どんな?」
 「両親が6年前に交通事故で亡くなってる。以来、6歳年下の妹の親代わりだ。しかもその妹は難病を患っている。視床下部過誤腫という病で、脳にある腫瘍によって障害が出る病気だ。けいれん、吐き気、めまい、言葉を話せなくなることや突然死の可能性もあるらしい」
 「妹さんは幾つです?」
 「19」
 「若いのにかわいそうに…… 治療方法はあるんですか?」
 「手術すれば治るそうだ。しかし、その施術ができる医者は今のところ一人しかいない」
 「海外ですか?」
 「そうだ。渡米して治療するためには40万ドル必要だそうだ」
 「そんなに……」
 「あの女には注意した方がいい。金が必要なやつの常識は変化する」
 「というと、詐欺とかスパイとか?」
 「まあ、そんなところだな。用心に越したことはないだろう」
 「分かりました。情報ありがとうございます。岡林にはそれとなく私から注意しておきます。また何か分かったら教えてください」
 そこへ秋山美佐子がコーヒーを持って入ってきたが、渡辺は次の用があると言ってオフィスを出て行った。秋山はソファに座ると渡辺に出すはずだったコーヒーを自分に、もう一杯を沢木の前に置き、渡辺との会話を尋ねた。
 「あの記者さんにはそんな事情があったんですね」
 秋山はコーヒーを一口飲んだ後に続けた。
 「で、もしスパイだとしたらどうします?」
 「そうね、ひとつだけかな」
 「何です?」
 「人美さんの情報だけは気をつけないと。後は別にどうでもいいさ。僕らの技術を盗んだところで、僕らを超えることはできないからね」
 沢木はニコリと笑った。
 「相変わらず余裕ですね」
 「20年かけてるからね。おいそれと他人にまねできるはずないさ」
 「となると、取材変更の申請はOKですか?」
 「んん、今の段階で断る理由はないさ」
 この後、沢木はインダストリアル・ニュースのWebサイトにアクセスし、杉本が書いた記事を読み直してみた。よく勉強している。丁寧な取材で、技術を伝えるだけでなく、そこで生まれる人間ドラマや問題点に迫りつつ、常に技術や技術者に対する敬意が払われている。いい記事だ…… 沢木はそう感心した。そして社内システムにアクセスし、広報・IR課から出されている取材許可の書類に電子捺印(なついん)した。

 

 16時。里中涼はパクたちの動向をICC(統合司令センター)の真田薫に尋ねた。
 「パクたちはどこを観光してる?」
 「博多からJRで海の中道(うみのなかみち)へ移動し、水族館で4人とも一緒です」
 中央ディスプレイに監視カメラが捉えた映像が分割して映し出された。それは、パクたちの泊まるホテルの監視カメラ、街中の監視カメラ、駅、施設など、ありとあらゆるところに設置されたフォートップス端末付き監視カメラにより実現された映像だった。
 「おお、いいじゃない。ちゃんと観光してるね。ライブ映像は出せる」
 「やってみます」
 真田は水族館の監視カメラ映像をICCでダイレクトに受信し、フォートップスの識別結果をリアルタイムで表示させた。中央ディスプレイには、水族館でイルカショーを楽しむパクたちの姿が映る。
 「んん、楽しそうだ。で、パク以外の三人の身元は分かったかなぁ」
 「まだです。OEC刑事警察機構、OUアーミー情報局などにも情報提供を呼びかけていますが、まだ回答はないです。これだけ照会に時間がかかるということは、北朝鮮の出身者かも知れません」
 「OK、分かった。引き続き追跡を頼む」

 パク・ジファンは旧大韓民国の一般的な家庭に育ったので、旅行や娯楽などはそれなりに経験している。子供のころには、本当の観光で福岡に来たこともある。対して朝鮮統一後も貧しい暮らしをしていたイム・チョル、ユン・ヨン、キム・ウォンの三人にとっては、異国の地の見聞とは驚きと発見、感動の連続だった。イルカが芸をするのはテレビで見たことがあったが、ライブで見るイルカショーは迫力があり、イルカの持つ芸は彼らの想像を超えていた。
 イムはふと仲間たちに目をやった。横に座るユンが手をたたいて喜んでいる。キムはデジカメを忙しそうに操作している。平和だと思った。こんな日がずっと続くようにしなくてはならない。そうだ、自分はそのためにこの勝負に出たんだ。何としてもやり遂げて、残りの金を手にしなくては…… イムは決意を新たにした。
 ユンは、ついこの前までは貧しくともイムと一緒に生きられるのならそれ以上に望むものはないと考えていた。何度も死のうと思った少女時代、それから比べれば北朝鮮崩壊後の生活は十分なものだと思っていた。しかし、イムが大金を手にし、高級料理店で食事をし、生まれて初めておしゃれをし、こんな風に観光というものを楽しむと、たった12日間の出来事が自分の価値観に大きな影響を及ぼしていることを実感した。仕事がうまくいけば新しい人生を築ける。そう信じて、いや、そうするためにイムを支えよう。例えそれを他人が罪と呼ぼうとも。ユンもまた、覚悟を新たにしていた。

 

 17時42分。仕事を終えた岡林敦が本社ビル1階のセキュリティゲートを抜けると、彼のスマートフォンがメールの着信を知らせた。
 お疲れ様です、杉本です。長期取材の許可が出ました(^^)v。これで岡林さんの活躍をしっかりと世の中に伝えることができます。お祝いしませんか?
 ヤッターっ! 岡林は即座に返信しようとしたが、今度は電話が着信した。
 「何だよ、仕事か?」
 見ると杉本美花からの着電だった。
 「もしもし、今メールの返信をしようと思ったところです。しましょう! お祝い!」
 「よかった。実は、もうすぐそばにいるんです」
 岡林が辺りを見回すと、エントランス・ホールの隅で手を振る杉本の姿を見つけた。
 およそ30分後、みなとみらいのドックヤードガーデンにある牛肉料理店で、二人は食事をしていた。その席での杉本は、取材延長の申請が通ったことを心から喜んでいた。
 岡林は杉本の容姿はもちろんのこと、ジャーナリストとして自分に興味を持ってくれたことや、ハキハキとした率直な物言い、女性ならではの仕草や精神的な側面に夢中になっていた。もともとほれっぽい性格の彼ではあったが、これまで彼が接してきた女性たちは、ソフトウェア工学などの彼の得意分野について興味を示すことはなかった。しかし、この杉本という女性は、システム・エンジニアを目指したことがあり、今はソフト産業を専門に取材する記者だけあって、専門知識もありコミュニケーションにギャップを感じることは少なかった。しかも、仕事はそこそこがんばるが、プライベートは多少ルーズというようなところも共通であり、趣向などでも共有できるものが多かった。しかるに、岡林が杉本に対する気持ちにブレーキを踏む理由は一つもなかった。
 食事を終えた二人は、桜木町の駅に向かってみなとみらいの美しい夜景の中を歩いていた。ちょうど日本丸のそばに来た時、杉本は日本丸に続く階段に腰掛けた。
 「なんだかぁ、家に帰るのもったいない……」
 そうつぶやく杉本の隣に座りながら岡林は尋ねた。
 「どうして?」
 「だって、このきれいな夜景と日本丸。夢の世界みたい。駅に着いた途端に現実だよ。何だかつまらないよね」
 岡林は冗談っぽく言った。
 「じゃあ金曜日だし、朝まで遊ぼっか!」
 杉本は「いいよ!」と元気よく答えた。岡林は心の中でえっ?! と思いながらも、「酔ったんじゃない? だいじょぶ~」とふざけてみた。
 「だって、岡林さんといると楽しいもん。何だか好きになっちゃいそう……」
 「ええっ、誰を?」
 「誰って」
 杉本はわからないの? というような表情で岡林を見つめた。しばし見つめ合う二人…… 杉本は岡林のほほにそっとキスをした後に、息のような声音で言った。
 「ここにはあなたしかいないでしょう」
 その唇の動きはとてもセクシーだった。岡林は反射的に杉本の唇に自分の唇を合わせた。その瞬間、やり過ぎたかぁ? と思ったが、杉本の手が岡林の肩に掛かると、彼は杉本の肩に手を回した。
 信じられない! こんなドラマみたいなことがあるんだ……
 岡林はそう心の中で叫んだ。しかし、このドラマのシナリオは杉本によって書かれていたのだった。

 職安のようなものはあるのだろうか? 履歴書は必要なのだろうか?
 7月の初旬、そんなことを考えながら、杉本美花は川崎の風俗店が並ぶ街を歩いていた。すれ違う男たちのいやらしい目つき。ここで働くということは、こういう男たちを相手にすることだと思うと、悲しい気持ちになってきた。しかし、これまで多くのことを調べ、様々な人に相談し、思案に思案を重ねた結果がこれなのだ。今更迷ってなどいられない。彼女は辺りを見回し、比較的きれいなソープランドを認めると、深呼吸をしてから店へと歩みを進めた。
 「やめときな。あんたの欲しいのはもっと大金だろ。こんなところで働いたって、たいしちゃ稼げないぜ」
 男の声に杉本は振り向いた。
 「誰?」
 見ると180センチはありそうな、精悍(せいかん)な顔立ちの男がバリッとしたスーツ姿で立っていた。男は言った。
 「あんたの妹を助けられる唯一の人間だ」
 「ええ! なぜそれを!」
 「あんた杉本美花だろ。ビジネスの話がしたい。ついて来い」
 杉本はその誘いに躊躇(ちゅうちょ)した。
 「安心しろ、あそこのファミレスだ」
 男はそう言うとスタスタと歩き始めた。
 妹を助けられる……? 杉本は男の後を離れてついて行った。
 ファミリーレストランに入り、それぞれの前にコーヒーが来ると、男は静かに話し始めた。
 「俺の名前は橋本、まあ何でも屋みたいなもんだと思ってくれ。あんたのことは知っている。妹が難病で、そのために40万ドル必要なんだろう?」
 「なぜそれを?」
 「あんたキャバクラで働いてたろう。苦労を愚痴ることもあったはずだ。そういう情報を俺は集めて、ビジネスをコーディネートするのさ」
 「40万ドル、稼げる仕事があるというの?」
 「ああ、あんたにぴったりの仕事だ」
 「どんな?」
 「あんたなら沢木聡を知っているだろう」
 「相模重工の?」
 「その通り。その沢木がエクストリームセンスといわれる新しいシステムを開発しているらしい。俺はそのシステムに関する情報が欲しい」
 「沢木に近づいてスパイしろということ」
 「話が早いな。しかしターゲットは沢木ではない。片腕のプログラマー、岡林敦という男だ」
 橋本は上着の内ポケットから写真を取り出し杉本の前に置いた。
 「俺が言うのも何だが、ソープでハゲやデブのおやじを相手にするよりはよっぽどましだろう?」
 確かに、童顔で優しそうな顔の写真だった。
 「あんたの顔とその体、キャバクラで身につけた男の操縦術。それらがあればこんな青二才、手のひらで遊ばせられるはずだ。どうだ、やってみるか?」
 「本当に40万ドルもくれるの?」
 橋本は給与振り込みに使っている口座の残高を確認してみろと言ったので、杉本はスマートフォンを使って残高情報を確認した。すると、
 「はっ!」
 杉本は息のような声を発した後、思わずスマフォをテーブルの下に隠した。
 「1,000万アジア、前金だ。残りの3,000万アジアはあんたの働き次第だ」
 杉本はしばし考えた。こんな男を信じていいのだろうか? でも、金の一部は既に自分の口座にある。ASMOSが巨額の利益をあげていることを考えれば、その情報を得るためにこのくらいの投資をすることは十分に考えられる…… そうだ、沢木がMITを卒業する時には、世界中の有名企業が何億という金をちらつかせて沢木を勧誘したという。それに、妹のためとはいえ、やはり体を売るのは最後の手段にしたい。この男一人なら、金のためと割り切って何とか自分を偽ることができそうだ。
 「分かった。引き受けるわ」
 橋本は笑って答えた。
 「賢明な判断だ」

 みなとみらいから岡林と杉本の二人はシティホテルに移動した。そして二人はベットに入ったのだが、岡林はその行為の最中もとても優しかった。短大にいる時は彼氏がいたが、妹を進学させるためにキャバクラで働き出すと、そのことがばれて彼氏とは別れた。以来4年近くボーイフレンドがいない暮らしの中で、25歳の杉本の肉体が性的な欲求に満たされることは一度もなかった。しかし、岡林との相性はいいようだった。久しぶりの快感は、杉本の体を震わせた。セックスを楽しみ、同時に妹を救えるのなら、こんないい話はないと杉本は思った。だぶん…… きっと…… そう信じながら杉本はシーツを握りしめた。

 

続く……

小説『エクストリームセンス』 No.10

小説『エクストリーム センス』は笹沼透(Satohru)の著作物であり、著作権法によって保護されています。無断で本小説の全部または一部を転載等利用した場合には、民事罰や刑事罰に問われる可能性があります。

 

 二人は宮崎の地鶏(じどり)料理の店に入った。そして、岡林が杉本と酒にいい加減に酔った時、杉本はタイミングよく質問をした。
 「岡林さんが今一番没頭している技術って何ですか? やはりASMOSですか?」
 岡林は杉本の方に身を乗り出し、小さな声で言った。
 「ASMOSはもう古い。僕たちは既に次世代ASMOSの開発に着手してるんだ」
 「次世代ASMOS?」
 「しっ! 声が大きい」
 「でもぉ、ASMOSはまだ商用利用されて間もないじゃないですか?」
 岡林は得意げな顔をして言った。
 「僕らの開発スピードは桁違いだからね」
 「どんなものになるんです?」
 岡林は再び前のめりになり、ひそひそと話した。
 「絶対に秘密だからね。今のASMOSは思考をアウトプットとしてシステムに送るだけだけど、次世代ASMOSはシステムの処理結果を脳にインプットできるんだ。つまり、脳とコンピュータがダイレクトに通信できるようになる。すると、脳とASMOSコアが一体化された処理系ができあがる。人間の高度な推論能力と、コンピュータの高速大容量演算、これが一体になった時どうなると思う?」
 「具体的には分からないですが、全く新しいコンピューティングができそうですね。応用範囲もすごく広そう……」
 「その通り。第六感とも言うべき感覚を人間に付与できるとともに、その応用範囲は無限大と言っても言い過ぎではないよ。そんなシステムを、もう僕らは実現してるんだ」
 「すごい! 岡林さんってすごい!」
 「いや、すべては沢木さんのアイデアだけど」
 「でも、その実現に岡林さんが貢献しているわけでしょう? そんな人が目の前にいるなんてすごいわ」
 「いや、それほどでも」
 「その新システムは何ていうんです? 開発コードネームとか、あるんでしょう?」
 「んん、それはね。エクストリームセンスだよ」
 「かっこいいですねぇ~」
 こんなに早くたどり着けるとは…… 杉本は心の中でガッツポーズをした。そして続けた。
 「それなら取材計画を見直して、そのシステムが完成するまでのプロセスを世の中に伝えたいです。どう思いますか?」
 「んーん、悪い話ではないけど、エクストリームセンスは未発表だからね。直接取材対象にはできないと思うよ。僕がしゃべったのもばれちゃうし……」
 苦笑いする岡林に杉本は言った。
 「大丈夫です、そこはうまくやりますから…… それに……」
 杉本の間に岡林は注目した。
 「それに、私は岡林さんをもっと知りたいですから……」
 これがアニメーションであったなら、きっと岡林の周りを花が包む演出となるだろう。
 「うれしいです。杉本さんみたいな人に興味を持ってもらえて……」
 純粋で正直な人――杉本は岡林のことをそう思うと罪悪感を抱いたが、舞のため! そう心の中で叫んで日本酒を一気に飲み干した。

 

 7月17日、土曜日。イム・チョルとユン・ヨンの二人は、イムの弟分であるキム・ウォンと合流するためにソウル特別市中区の明洞(ミョンドン)にやって来ていた。
 イムとキムの二人は、旧朝鮮人民軍・陸軍第9軍団の駐屯地で出会った。そして、行軍訓練中に負傷し歩けなくなったキムを、イムが10キロもの道のりを背負って歩いたことをきっかけに、キムはイムを兄貴分としたうようになったのだ。キムは、イムとユンと三人でソウルに来て以来、この街の中心街である明洞で、イムたちと分かれて生活していた。
 イムとユンの泊まるホテルで三人は会い、イムは仕事の内容をキムに説明し仲間に誘った。この誘いをキムが断るはずがなかった。苦しい駐屯地時代を共に乗り越え、その後も協力しながら生きのびてきた二人は、堅く結束していた。キムは二つ返事で仲間に加わり、報酬1,000万アジアの前金として500万アジアを手に入れた。そして次の日、イム、ユン、キムの待つホテルに、CIAのエージェントから仲間にするようにと指定された人物、パク・ジファンが尋ねてきた。
 パクはユンの姿を見ると言った。
 「女がいるなんて聞いてないぞ! まさか日本にも連れて行く気じゃないだろうな!?」
 イムが答える。
 「一緒では何か問題があるのか?」
 「足手まといになるだろう?」
 その言葉にイムもキムも笑った。
 「何がおかしい?」
 パクがそう言うと、ユンは立ち上がりソファにあったクッションをパクに渡し、「構えて」と言った。パクがクッションも胸の前で構えると、ユンは回し蹴りをクッションに入れ、パクは後ろによろけて尻餅をついた。イムは「キョクスル(撃術)だ。俺が教えた」と言いながらパクに近づき、手を差し伸べて「問題ないだろう?」と問いかけた。パクはイムの手を取り起き上がり、「ああ、そのようだな」と言って苦笑いした。

 

 地中海に面したアルジェリア第2の都市オラン。その南、20キロほどの小さな空港に駐機されたビジネス・ジェット機には、3つの木箱が積み込まれるところだった。木箱は長さ2メートル、縦横30センチ程度の長方形で、重量は65キロほどあった。
 アラブ人たちの荷積みを見守っていたロシア人の副操縦士は、カルル・アリヴィアーノヴィチ・バビチェフに尋ねた。
 「これ、何なんですか?」
 カルルは答えた。
 「契約書読んでないの? 申告通り鉱石のサンプルさ」
 「どんな鉱石なんです? 金になるんですか?」
 カルルは笑った。
 「そりゃ、金にならないものをわざわざチャーター機で運んだりはしないだろう?」
 このビジネスジェット機がアルジェリアを離陸し4時間弱が経過して、間もなロシアのクラスノダールへ到着しようとしているころ、ソウルを出発したイム・チョルたちはプサンに到着した。そして観光客らしい身なりを整えるため繁華街に出向いた。
 キム・ウォンは、初めて手にした大金を使い日本製のデジタル・カメラを買った。駐屯地にいたころ、上官からカメラを見せてもらったことがあり、この時の驚きがキムの心に焼きついていた。いつか自分もカメラを手にし、美しい自然やイムたちとの思い出を残したい。昔と違う新しい人生、その記録を彼はカメラで切り取りたいと考えたのだ。
 パク・ジファンは、買い物を終えるとネットカフェに行き、アメリカに行くために必要なことを調べていた。彼は自分を裏切った国にとどまる気はなく、この仕事を終えたら渡米して、知らない土地で一から新しい人生を築いていこうと考えていた。
 イム・チョルは、仕事に必要なもの――特に重要なものは持ち運び可能なナビゲーション・システム――をそろえると、ユンの買い物に付き合った。自分が欲しいものなどは何もなかった。ユンさえいればそれで良く、彼女が幸せであることが彼の望みだった。
 ユン・ヨンは、生まれて初めて大きなデパートでの買い物という体験をした。北朝鮮で生まれ、田舎で育ち、軍の駐屯地に奉公させられ、その後はイムと野良猫のような暮らしで27歳まで生きてきた。まとまった金を手にしたことはなく、化粧はせず、服はどれも地味なものばかりだった。
 「ヨン、観光客になりすますんだから、おしゃれな服を買えよ」
 イムにそう言われても、どんな服を選べばいいのかユンには分からなかった。すると定員が声をかけてきた。ユンは素直に何を選んでいいのか分からないと伝えると、親切な店員は、「なら着てみるのが一番よ」と言ってユンの手を引いた。
 服なんて何を着たって変わらない――これまでのユンはそう考えていた。しかし、楽しかった。店員に進められて次々と試着をし、そのたびに鏡に映る自分の姿はどれも別人のようだった。そして、服を替えるたびにウキウキした。普通の女は、こんな風に人生を楽しんでいるのだろうか……
 「あなたはとてもチャーミングだわ。どれもよく似合うわよ」
 店員は言いながら、ユンがアクセサリーを何も身につけていないことに気がついた。
 「アクセサリーは?」
 「つけたことないわ」
 「そう、少しアクセントをつけると雰囲気が変わるわよ。待ってて」と言って店の奥からネックレスを持ってきた。
 「さあ、つけるわよ」
 店員の言うことは本当だった。十字架と星が合わさったようなデザインのシルバーのネックレスは、胸元で輝き顔の表情を明るくした。
 「ねえ、変わるでしょ」
 ユンは鏡の中の自分にほほ笑んだ。

 

 7月22日火曜日。19時を少し過ぎたころ、杉本美花は東京大田区の蒲田にある蓮沼(はすぬま)総合病院を訪れていた。彼女の妹、杉本舞(すぎもと まい)19歳が、視床下部過誤腫という難病を患いこの病院に入院していたからだ。
 舞の治療のためには施術が必要となるのだが、脳深部に過誤腫があるために、脳の正常な部分を傷つけずに切除することが難しいとされていた。唯一、ロサンゼルスの医師が新しい施術法により二つの成功例を持っているが、渡米して治療を受けるためには40万ドル、約4,000万アジアもの金が必要だった。
 美花と舞の両親は、美花19歳、舞13歳の時に交通事故で他界し、以来、親が残した家で姉妹二人で生きてきた。美花は短大を出るとソフトウェア開発会社に就職し、舞を学業に専念させるために夜はキャバクラでバイトした。そのかいあって、舞はかなり成績のいい都立高校に進学し、その後は奨学金で大学に進もうと計画していた。しかし、舞が高校2年の時に病状――めまい、吐き気、けいれんが目立つようになり、その秋に現在の病気と診断された。
 この日の舞は、会話が時折途切れることがあった。発作の回数も徐々に増えているという。
 早くしないと…… 美花は焦りを感じた。
 舞は言った。
 「お姉ちゃん、無理しないでね」
 美花はこぼれそうな涙をこらえて答えた。
 「何いってるの? お姉ちゃんは平気だよ。絶対に治してあげるから……」

 「ちょっといいですか?」
 杉本美花を尾行してきた渡辺昭博は、通りがかったナースに話しかけた。
 「杉本舞さんは、どんな病気なんです?」
 「お身内の方ですか? プライバシーに関することはお答えできませんが」
 「舞さんの姉、美花さんの会社の上司です。インダストリアル・ニュースの渡辺と言います。力になってやりたいのですが、なかなか美花さんが言わないので、こうして様子を見に来ました。ですが声をかけづらくて…… せめて病名だけでも教えていただけませんか?」
 ナースは姉妹の抱えている問題をよく知っていた。少しでも協力者が増えてくれれば…… そんな思いから「視床下部過誤腫です。後はお姉様とお話しください」と言って立ち去った。渡辺はスマートフォンで病名を検索し、金のかかる難病であることを知った。

 

続く……