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2010年3月16日火曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(41)

 沢木と人美が出会ったこの日の三日前、彩香は退院し、静養という名目で部屋にずっとこもっていた。しかし、これは予備校の夏季講習をサボるための口実であり、彼女の身体はすっかり健康体に戻っていた。そして、今日二十三日は、彩香の退院を祝って白石家での食事会が行われることになっていた。
 午後五時半、彩香は白石会長が差し向けた迎えの車―白石のベンツを家政婦の橋爪が運転した―に乗り、白石邸に到着した。
 彩香は人美の部屋に入るなり、「ねえねえ、見せて、見せて」とせがんだ。彼女が言っているのは人美のサイ・パワーのことである。
 人美は覚醒した次の日に彩香の病室を訪れ、自分に隠された力があることを告げた。その時彩香は「見せて」とせがんだが、コントロールする自信がないからと断ったのだ。
 人美は言った。
「いまだにうまくコントロールできないの。今日も午前中に少し練習したんだけど、花瓶を割っちゃって」
「んー、取り敢えず家の中では止めたほうがいいかも」
「そうみたい。でも、簡単なことならうまくいくと思うから」
「本当?」
「うん、多分」
 人美はコーラの空き缶を手のひらの上に載せ、そしてイメージした―缶がつぶれるところを。緊張の眼差しで見つめる彩香の目の前で、缶はくしゃくしゃに丸まってしまった。「すごーいっ! 人美」
「このくらいのことならできるんだ。でも、大きなものを動かそうとするとだめなの。花瓶はベットを動かそうとした時に割っちゃったから」
 彩香はびっりくした顔のままで言った。
「まあ、人美結構大胆ね。きっとベットじゃ大き過ぎて、必要以上に力が入っちゃうんじゃない。やっぱり、徐々にステップアップしていかなくちゃ」
「そうね」
「でもでも、信じられない。超能力があるなんて、しかも、人美にあるなんて」
 彩香の喜びようとは裏腹に、人美は深刻な顔になって言った。
「彩香、私こんな力欲しくないよ」
「何もったいないこと言ってるのよ」
「だって……」
「持っちゃったんだから仕方がないじゃない。もっと前向きに、うまくその力と付き合っていくしかないわ。練習すれば、きっと思いどおりに使えるようになるだろうし、この前みたいに暴走することもなくなるよ」
「そうゆうものかしら?」
「そうよ。人美、あなたはその能力を活かして、あなたにしかできないことをしなくちゃいけないのよ」
 人美は首をかしげながら尋ねた。
「例えば、どんなこと?」
 彩香は束の間考え込み、「そうだ!」と手を叩いて続けた。
「人美、あなたはセーラームーンになるのよ」
 人美は溜め息を一つ漏らした後に言った。
「また、彩香。そんな突飛なことを」
「いいじゃない。愛と正義のために、その力を駆使して闘うのよ」
「一体誰と闘うの? 第一、私たちの高校の制服は、セーラー服じゃないわ」
「んん、もう、じれったいわね。そんな細かいシチュエーションはどうでもいいのよ。心構えの問題ね。要は、悩んでいたって何も解決しないってことよ。ハッピーエンドを迎えるためには、自分自身で道を切り開いていかなくちゃ。苦難に立ち向かう物語の主人公たちは、みんなそうしているのよ」
「そうね、彩香の言うとおりだわ。とにかく、前向きに、ね」
 彩香は納得の表情とともに首を縦に振った。と、人美が切り出した。
「そうそう、今日沢木さんに会ったの」
 彩香はまたびっくりした顔で叫んだ。
「ひえぇー! もう、そんな大事なことは先に言わなくっちゃ」
「だって、彩香がセーラームーンとか言うから」
「で、何でなの。会いに行ったの?」
「んーん、偶然。自転車で散歩してたらピアノの音がして、誰が弾いてるんだろう、と思って探したら沢木さんだったの」
「凄いわ、運命の歯車はどんどん回ってる」
「でもね、沢木さんは私のこと、白石のおじさまからここにいるって程度にしか聞いてないって」
「そうかぁ。で、どんな人だった?」
「思ったとおりの人だよ。優しくて、ピアノが上手で」
「話しは? どんなこと話したの?」
「ピアノのこととか、音楽のこと」
「それだけ」
「だって、私の夢に出てきたの、なんて言えないでしょう」
「んー、それはそうだけど」
「でも、超能力ってあると思うって聞いたら、あると思うって答えたわ」
 彩香はいぶかりながら言った。
「怪しいわね、沢木さん」
「どうして?」
「だって、得てして科学者とか技術者っていうのは、そういうものを否定するものよ。あると思うだなんて、んー、怪しいわ」
「そうかなぁ、私はあるって言ってくれて嬉しかったけど」
「まあ、とにかく沢木さんの正体が分かるまでは油断は禁物よ」
「んん、心得とくわ」
「ところで、会長やおばさんはなんて?」
「何も聞かないわ。きっと、気を使ってくれてるんだと思う」
「そう。じゃあ、超能力のことも……」
「うん、話してない」
「そっかぁ。まあ、しばらくは二人だけの秘密にしておいたほうがいいね」
「うん」
「とにかく、問題は沢木さんよ」
 鋭い表情でそう言った彩香を見ながら人美は思った。
 ああ、また彩香一人の世界に…… 楽しい人


 里中は、SOP本部の捜査官居室に置かれた自分の机に座り、一枚の写真をじっと見つめながら考えていた。そこへ―
「里中さーん」
 甘い声音で里中の名を呼んだのは、SOPのエース、星恵里だった。
 一七〇センチの身長とスレンダーな体格、ポニーテールに結んだ髪を持つ彼女は、幼いころからずっと警察官を目指してきた。それというのも、彼女の父は警視総監章を表彰されたこともある優秀な警察官であり、その影響をずっと受けてきたためである。
 そんな彼女の、今日の“エース”たる射撃の腕前は、警察大学校在学中に既に開花していた。それゆえ、射撃のオリンピック強化選手に、との話しもあったのだが、彼女はそれを拒み、刑事になることを目指した―父のように。
 外勤警察官を一年務めた後、彼女はSOP入隊を志願したが、“SOPは女の来るところではない”との保守的な思想と、隊員の身体的資格条件―身長一七五センチ以上―とに道を阻まれ、それは実現しそうもない願いに思われた。しかし、これを聞き及んだ当時のSOP総括委員会のメンバー数名は、陳腐な政治的判断―SOPに女性隊員を誕生させることで、警察機構並びにSOPのリベラル性をアピールする―のもと、彼女の入隊を許可したのだった。こうして、SOP初の女性隊員は誕生した。
 半年間に渡る厳しい訓練をへた後、彼女はSOP第一セクション第五小隊に配属された―それは、渡辺が辞職した二か月後、一九九二年の十二月のことだった。高度な射撃技術と敏捷な動き、不測の事態に柔軟かつ冷静に対応できる彼女の働きは目覚ましく、三か月後にはディフェンスマン、さらに二か月後にはポイントマンに抜擢され、それは正に飛ぶ鳥を落とす勢いだった。そして、いつしか彼女は“エース”と呼ばれるまでに成長していた。
 里中は尋ねた。
「あれ、恵里さん。川崎はもういいの?」
「へへ」
「なーに、変な笑い方して」
 星は目を輝かせて言った。
「私、今日から第三小隊で仕事することになったの」
 里中は髪の毛を掻き上げながら言った。
「あーあ、かわいそうに。君も国家権力の先兵にされてしまったんだね」
「何よ、その言い方。せっかく栄光の第三小隊の一員になったっていうのに、もっと感激の言葉はないの?」
「ないねー」
「憎い人」
「全く本部長は何を考えているのやら。第三小隊ばかり強化してどうするんだろう?」
「約束したのよ、本部長と。第六小隊のお守りが終わったら第三小隊に、ってね」
「へー。でも、16部隊が他の小隊並になったとは思えないけど……」
「まあ、そうだけど。でも、私は念願かなって嬉しいわ。何せ、SOPが市民から高い信頼を得ているのも、第三小隊の功績のおかげですもの」
「でも、13部隊だって、勝ってばかりじゃないよ、へまだってしてる。もっとも、僕にも責任の一端はあるけど」
「ごめんなさい、気にしてるの?」
「いやぁ、渡辺さんほどではないよ」
「渡辺さんって、初代の第三小隊長ね」
「んん」
「SOPを辞めてどうしてるのかしら?」
「相模重工にいるよ」
「相模? へー、随分変わったところにいったのね」
「まあ、今でも似たようなことしてるみたいだけどね。でぇ、何班の所属?」
「第一班よ」
「ポジションは?」
「もちろん、ポイントマンよ」
「そう、じゃあ、訓練バッチリやっといてね」
「どういう意味、皮肉?」
「いや。いずれ鮫島と戦うことになると思ってね」
「望むところだわ」
「相変わらず勇ましいね」
「だって、私は闘うために生まれてきた女ですもの。でも、里中さんの言葉は戒めとして肝に銘じておくわ」
「そりゃ、結構」
「それで、鮫島の捜査は進んでるの?」
「まあ、ぼちぼちってとこかな」
 里中は再び写真に目を移した。
「何の写真?」
「経団連の新年会でのひとコマさ。この真ん中の白髭のじじいは田宮総吉と言って、田宮石油の会長だ。そして、隣の長身の男が秘書の橋本浩一。前から臭いとにらんでいるんだが、なかなか尻尾を出さなくてね。でも、僕の直感に間違えなければ、鮫島を陰で操ってるのはこいつらさ」
「つまり、〈民の証〉のメンバーってこと」
「そうかも知れない」
 ここで里中は写真を机の引き出しにしまい、満面の笑みを浮かべてこう言った。
「ねえねえ恵里さん。今夜、食事でも、どうかなぁ」
 星は愛くるしい笑顔を横に振りながら答えた。
「いーや。今夜は夜間戦闘訓練があるんだもん」
「はーあ。好きだねー、お仕事」
「もちろん。それから里中さん」
「なーに」
「名前で呼ぶのは、やめてね」


続く…

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