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2010年3月23日火曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(43)

 沢木は白石会長に用があるからと、人美と一緒に白石邸の中に入って行った。
「そうか、そんな展開になっていたのか。全く、突然人美君と一緒に来るから驚いたよ」
 白石会長は沢木の話しを聞いた後に言った。
「でぇ、偶然だと思うかね。つまり、出会ったことを」
 沢木は答えた。
「さあ? あるいは彼女の力が何かを感じ取ったのかも知れません。しかし、もうそんな推測はしなくてもいいでしょう」
「どういうことだ?」
「彼女にサイ・パワーがあることは間違いないし、渡辺さんの報告だとその力にも気づいている。そして、彼女自身の口からも、何度となく超能力に関する話題が出ています。彼女のサイ・パワーは実在し、また、それを自覚してもいるんです。これから我々にできることがあるとすれば、それは憶測や推測を行うことではなく、一つ一つの事実を検証しながら、彼女の力になってやることだと思います」
「具体的に考えていることはあるのか?」
「一つは、彼女が自らの能力について私に語ってくれればと思っています。しかし、それには時間が必要でしょうし、これから先のEB計画は、何より彼女を尊重したものであるべきだと考えています」
「つまり、彼女の本意のもと、研究が進められれば、ということか」
「そうです。彼女は秋山さんを通じて干渉するなとのメッセージを我々に示し、また、私に強烈な警鐘を鳴らしました。そして私自身、たった二日ですが彼女を知る中で、EB計画を打ち切ってもいいかと、そう思ってもみたんです。しかし、彼女の持つ能力が、過去に起こったようなことを引き起こしたり、あるいはこの前の夜のような現象を起こしたり、こうしたことが起こるのは好ましいこととはいえません。そして、何より私が一番危惧することは、彼女の能力が、彼女自身の精神や肉体に悪影響を及ぼすようなことがないか、という点です。こうしたことを回避するためにも、やはりEB計画は続けた方がいいかと、そう結論を出した次第です」
 白石は深くうなずいた後に言った。
「うむ、分かった。この先のことも君に一任しよう。ところでだ、君なら見山君に、つまり、人美君の父に何と答えるかね」
 沢木は「んんー」とうなった後に答えた。
「難しい問題ですね。真実を伝えればかなりのショックがあるでしょうし……」
「君の流儀からすれば、真実は伝えるべき、となるはずだが」
「ええ、確かにそうです。しかし、私は人美さんには今の輝きのままでいてもらいたいんです」
 白石は再び深くうなずいた。沢木は続けた。
「何も過去のことなど知る必要はないんじゃないかと。そう考えれば、当然彼女の父親にも知らせなくていいと思うんです」
「そうだな」
「しかし、真実を隠すことは弊害を起こしがちです。これについては慎重に検討したいと思いますが」
「んん、わしもいろいろと考えてみよう」
 こうしたやり取りが交わされた後、沢木は白石の勧めで夕食をご馳走になり、彼と人美、白石夫婦の四人による団欒の一時がこの夜は過ぎていった。白石は、最近ではめったに口にしなくなった酒を飲み、沢木は水野美和以外の人間には一度も披露したことのない、“ビリー・ジョエル”をピアノで弾き語りした。そして、人美は終始笑顔に溢れていた。



 それから一日が過ぎた八月二十六日、土曜日、午前一時、沢木は自宅の寝室に置かれたパソコンに向かい、総合技術管理部内に新しい部署を設立するための計画書を作成していた。
 キーボードを叩く手を休め、コーヒーカップを口に運ぶと、カップの中が空であることに気がついた。彼はカップを手に立ち上がり、寝室のドアを開けた。そして、一歩部屋を出て居間に立つと、彼は自分の目を疑った。
「……誰だ」
 台所に置かれたテーブルの椅子には、大柄な男が一人背を向けて座っていた。
「沢木聡だな」
「そうだが―」
 その先を言うことはできなかった。沢木の後ろに潜んでいた男が彼の口を押さえ込み、さらにもう一人が後ろ手に手錠をはめ、突き飛ばすようにしてソファに座らせると、銃口を身体に押し当てた。
 MP5! テロリストか
 沢木がそう思いながら部屋の中を見回すと、顔を目開き帽で隠した男たちは全部で四人いた―台所にいる大柄な男、眼鏡をかけた男、太った男、目開き帽から茶色い髪がはみ出した長髪の男。そして、全員がMP5SD3で武装していた。
 MP5シリーズは、SOPも採用している九ミリ口径のサブ・マシンガンであり、その中のSD3というモデルはサイレンサーを組み込んでいる。ドイツのヘッケラー&コッホ社が製造し、高い信頼性と毎分八〇〇発もの連射能力を持つこの銃は、いくつかの特殊部隊―イギリスのSASやアメリカのネイビーシールズなど―でも使用されている。
 沢木は言った。
「なんだお前たちは」
 その声を聞くと、椅子に腰掛けていた男はゆっくりと立ち上がり、沢木の方に歩み寄りながら言った。
「我々が何者かは好きなように想像すればいい。今夜はちょいと用があってやって来た」「何の用だ」
「大したことじゃない。ただ、遺書を書いてもらいたい」
「遺書? 残念だが私に自殺の予定はない」
「安心しろ、俺が殺してやる。もちろん自殺にみせかけてな」
「何だと。なぜ遺書がいる。何を企んでる」
「では、冥土の土産に教えてやろう。まず、貴様にはプロメテウス計画の全貌を暴露する遺書を書いた後に死んでもらう。俺はその遺書を新聞社やテレビ局に送る。どうだ、簡単だろう?」
「なるほど、いいアイデアだ。相模も政府も大ダメージだな」
「お誉めにあずかって光栄だ。では、早速遺書を書いてもらおう」
「そんな要求を受け入れると思うのか。どっちにしろ殺されるというのに」
 鮫島はかぶりを振りながら言った。
「一つだけ違うことがある」
「何だ」
「遺書を書けば死ぬのはお前一人で済むが、拒めばほかの人間も死ぬことになる」
 男は笑い声で続けた。
「そうだなぁ、一人めは秋山とかいう女にしようか」
 その言葉に沢木の表情の険しさは増した。
「愚劣な奴め。木下賢治を殺したのもお前か」
「ほう、いい読みだ」
「お前は、鮫島だな」
 男の視線は鋭く沢木に注がれた。
「図星のようだな」
「なるほど。切れる奴が相模にいると思っていたが、貴様だったのか」
 男は目開き帽を脱ぎ捨てながら言葉を続けた。
「いかにも、俺が鮫島だ。さあ、遺書を書いてもらおうか」
 沢木は思った。
 さて、どうする。このまま終わるわけにはいかないぞ

続く…

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