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2010年3月9日火曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(39)

 少女は唇を噛み締めながら海を眺めていた。海岸に流れ着いた大きな流木に腰掛け、自分の胸を抱き小さく丸くなり、水平線に向かってゆっくりと落ちていく太陽を眺めながら、物思いに浸っていた。
 男は、その少女を遠く離れた場所から見守りながら、やはり物思いに浸っていた。
 人はなぜ海に来るのだろう? 悩みや悲しみがあった時、海を見ながら一人時間を過ごすのはなぜなのだろう? 物語の中でこんなシーンはいくつもあるが、現実の人間もまたそんな行動をする。生命を生み出した巨大な母性は、悩める人間たちを包み込むだけの慈悲を持っているのだろうか?
 今、人美と渡辺は夕暮れ迫る葉山の大浜海岸にいた。
「沢木さんかぁ」
 人美は溜め息のようなつぶやきを漏らした。
 沢木さん、あなたはどうして夢に出てきたの? 私にあるかも知れない力と関係があるの? でも、ほんと? そんな力があるなんて?
 太陽から視線を下に移すと、砂に半分埋もれたコーラの空き缶が光っていた。
 ものを浮かべたりガラスを割ることができるんだったら、コーラの缶ぐらいつぶせるよね
 人美はそう思い、「つぶれろ」と缶を見つめながら念じた。しかし、何の反応もなかった。
「ばっかみたい」
 そんなわけないよ。私が超能力者なんて
 人美はすくっと立ち上がり、白石邸に戻ろうと歩き始めた。が、その時、後ろで「キュキュキュキュキュッ」という音が聞こえた。振り返ると―
「つぶれてる」
 人美の心臓は高鳴り、全身に鳥肌が立った。
「そんなぁ、こんなのって……」
 辺りを見回し別の缶を探した。そして、今度はビールの空き缶を両手の手のひらに載せ、再び念じた。
 反応は早かった。缶はみるみるつぶれ、彼女の手のひらですっぽりと覆えるほどの大きさにまで小さくなった。
 私は…… 私は一体何なの!?
 渡辺は思わず双眼鏡を足元に落とした。
 とうとう、自分の力に気がついたか…


 秋山は白石邸に集まった沢木組の面々との討議―といっても大した話し合いはなく、参加したそれぞれの人間の憶測が空転するだけだった―を終えた後、沢木の家へと出向いた。
 家には午前中に見舞いに来ていた沢木の母がいた。荒れ果てた寝室は既に奇麗に片付けられ、割れた窓ガラスも白石会長の手配により新しいものがはめられていた。
 秋山は寝室に置かれた机の上に、一枚の写真を見つけた。それを手に持ち見つめていると、沢木の母が話しかけてきた。
「聡は、まだそんな写真を持ってたんですね」
「どなたですか、この女性は?」
「聡の婚約者だった人です。もう、八年も前に亡くなりました」
 えっ! そんな人が
「どうしてお亡くなりに?」
「飛行機事故です。大きな事故でしたぁ、たくさんの方が亡くなって……」
「そうですか。沢木さんにはそんな過去が……」
 秋山は謎が解けたような気がした。沢木が過去の恋愛に関することを話したがらないこと、時々ぼうっと物思いに耽っていること、自分との距離を今以上に近づけようとしないこと。きっと、きっと今でもこの人のことを想っているのだろう。
 秋山はそう思うと、沢木の顔を見たくてたまらなくなり、再び病院へと向かった。
 彼女が病室のドアを開けると、沢木はベットの上に腰掛けながら、窓の外に広がる夕焼けを眺めていた。
 秋山は沢木の側に歩み寄って尋ねた。
「起きてて、平気ですか?」
 沢木は秋山に向き直り、「んん、大丈夫だよ」と答えた。彼のそれは、思いもよらぬにこやかな表情だった。秋山はその笑顔に答えるかのように言った。
「奇麗な夕日ですね」
「んん」と返事をした後、沢木は再び夕日に目を移し、「秋山さん」と切り出した。
「何です」
 しばしの暇があった。
「ああ、いや、何でもない。今度にするよ」
 秋山には沢木が何を言おうとしたのか分からなかった。しかし、「はい」と一言返事をした。


第四章 リアクション・フォーメーション ― Reaction Formation に続く…

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