【案内】小説『エクストリームセンス』について

 小説『エクストリームセンス』は、本ブログを含めていくつか掲載していますが、PC、スマフォ、携帯のいずれでも読みやすいのは、「小説家になろう」サイトだと思います。縦書きのPDFをダウンロードすることもできます。

 小説『エクストリームセンス』のURLは、 http://ncode.syosetu.com/n7174bj/

2010年2月12日金曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(32)

 午後四時ごろ、白石邸の門が見える場所に止まった黒いスカイラインの中に、人美の帰りを待つ二人の男の姿があった。
「いいでんすか? 本当に」
「何が?」
「だって、沢木さんは計画の一時中断を指示してるんですよ」
 運転席に座っていた渡辺は隣に座る進藤のほうを向き、この場にいる理由をもう一度言って聞かせた。
「いいか進藤。俺たちは鮫島から白石会長を守るためにここにいるんだ。決して人美を監視するためじゃない、分かるか」
 進藤は呆れ顔で質問した。
「そんな理屈が通用しますかね?」
「するさ」
「沢木さんにもしものことが遭ったらどうするんです?」
「人美にもしものことが遭ったらどうするんだ?」
 渡辺はショートホープに火をつけてから言葉をつなげた。
「世の中、二つのことを同時に満足させることは難しいんだよ。つべこべ言わずに少し黙ってろ」
 その時、人美が彩香と一緒に歩いて来る姿が進藤の目に映った。
「あっ! 帰って来ましたよ。彩香ちゃんも一緒だ」
 それを確認した渡辺がつぶやいた。
「やれやれ、やっと帰って来たか」
 進藤は思った。
 やっぱり目当ては人美じゃないか、嘘つき


 この夜、自宅に戻った沢木がシャワーを浴び終え、ビールを飲みながらタバコを吹かし、人美のことを考えているころ、人美もまた沢木のことを考えていた。彼女はパジャマ姿でベットに横になり、彩香が風呂からあがるのを待ちながら、『ボーア』に載った沢木のプロフィールを読んでいた。

 沢木聡。一九六三年、東京生。
 東京工業大学卒業後、マサチューセッツ工科大学に留学し、同校の人工知能分野の指導者、マービン・ミンスキー氏に師事、制御システム工学の研究に精励する。
 一九八七年、エクスペリエンス・フィードバック制御論理(経験帰還制御論理)を構築、翌年、EFC(Experience Feedback Control) プロセッサーからなるシステムを開発した。その後、ボーイング社の研究チームに参加し、一九八九年、今日では航空機制御のスタンダードともいえるSFOSを生み出す。
 現在、相模重工主席研究員兼総合技術管理部部長。次世代SMOSの開発に取り組んでいる。

 プロフィールを何度となく読み返し、沢木の写真を見ているうちに、人美は夢の中での会話の雰囲気を思い出し、この人はどんな人だろう、会ってみたいなぁ、と強く思うようになっていた。雑誌に載った沢木の表情には優しい笑みがうっすらと浮かび、淡いブルーのシャツに深い茶のネクタイ、黒のジャケットを着ていた。髪の毛は短くさらさらで、タバコを挟んだ人差し指と中指は、まるで女性の手のような細長さだった。
 一度も会ったことのない人、意識したことのない人、そんな人がなぜ夢に現れたのだろう? 彩香の説にもうなずけるところはあるが、それだけじゃない何かが―やはり“共時性”というのだろうか? そんなものの存在を感じつつ、本当に夢で感じたとおりの人なのか、外見から察するとおりの優しい人なのか。無性に会ってみたいと思う衝動、ただその一心から写真を見つめ続けていた。
 沢木と人美は会ったことはなかったが、いくつかの手がかりから互いの人間像の輪郭を知り、何よりもまず会ってみたい、と時を同じくして願っていた。それは単なる好奇心に起因する欲求のようなものではなく、ある種の運命―二人が出会うことがあたかも宿命づけられているような―を感じさせる崇高な願いだった。しかし、二人のその願いが、今、まさに目覚めようとしている人美の力を刺激して、彼女の意志とはまるで方向が違うところへ力を及ぼそうとしていた。もちろん今の二人には、これから起こることなど、想像すらしていないことだった。
 風呂からあがってきた彩香は沢木の写真を見つめる人美を認めると、長い髪を丁寧にバスタオルでふきながら声をかけた。
「ずいぶん熱心ね。まるで恋人の写真を見てるって感じじゃない」
「そんなんじゃないけど。でも、この人ってどんな人なのかなぁ、と思ってね」
 彩香は人美の横になるベットに腰掛けて言った。
「きっと、いい人だと思うよ」
 人美はその言葉が嬉しくて、少し大きな声で「本当に! そう思う!」と言った。
「うん。だって、優しそうな人じゃない。第一ハンサムだわ。私の好みとはちょっと違うけどね」
 人美は視線を写真に戻して納得するかのようにつぶやいた。
「そうよね、優しそうだよね」
「まあ、そのうち会えるよ、きっと。何せ“共時性”があるからねー。ところで人美、人美はさあ、こうゆう人はどう思う。つまり、男の人としてはどう?」
「んー、分からないわ。だって、そうゆう興味とは違う興味の人だもん」
「でもさあ、タイプかタイプじゃないかくらい分かるでしょう。自分のことなんだから」「そうねー、外見的には好きだよ。インタビューの受け答えも、このとおりにしゃべってるとしたら凄く知的で、想像力のある人だと思うし……」
「んん、想像力はあるに越したことはないわ。想像に乏しい人はつまらないからね」
 人美はにっこりと微笑んで彩香に言った。
「ねえ、私もう眠くなちゃった。今日は安心して眠れそうだし、私先に寝るね」
 時刻が午後十一時を回ったころ、人美はそう言って眠りについた。彩香は目を閉じた人美に、にこっと微笑みかけて、鏡の前に座りドライヤーで髪を乾かし始めた。
 彼女は右手にブラシ、左手にドライヤーを持ち、バン・ヘイレンの『ホエン・イッツ・ラブ』を鼻で歌いながら全身でリズムをとり、丹念に自慢の黒髪を乾かしていた。
 と、突然ドライヤーが止まってしまった。何度かスイッチを入れ直したが何の反応もない。どうしたんだろう? ああ、コンセントかなぁ、と思い当たり、鏡台とタンスの間にあるコンセントを、床にひざまずいてのぞき込んだ。しかし、プラグはきちんとコンセントに差し込まれている。おかしいなぁ、といぶかしんだ時、「ううっ、うーん」というかすかなうめき声を聞き取った。彩香は上半身を起こし、ベットで眠る人美のようすをうかがった。見ると、さっきまで穏やかな表情で眠りについていた人美の顔は歪み、夢にうなされているかのように頭を左右に振りながら、低いうめき声を発していた。彩香は「人美、人美」と呼びかけながら彼女の側に歩み寄り、「どうしたの? 夢なの? 起きて、人美。ねえ、起きてよ!」と彼女の身体を揺すりながら起こそうとした。しかし、目覚める気配は一向になく、むしろうなされる度合いは激しさを増し、呼吸は荒くなり額から脂汗を浮かべ始めていた。
「人美、起きてよ。起きて起きて起きてーっ! お願だから目を覚ましてよ!」
 彩香は必死に叫び続けたが、それでも効果は現れない。
 どうしよう、人美。どうしよう、どうしよう。あー、落ち着くのよ彩香
 人美はさらに激しくうなされ始め、それはもはや苦しんでいる状態だった。
 そうだ、とにかく会長に知らせなきゃ。急がなくちゃ
 彩香はドアに駆け寄りノブを掴むと、ぐいっと押した。しかし、ドアは開かない。もう一度押す―開かないっ!―今度は引いてみたがやはり開かない。押したり引いたり、何度か繰り返したがドアはピクリともしなかった。
「何よ! どうなってんの!」
 彩香はさらにドアと格闘を続けた。その時―バシャーン!―鏡台の上に置いてあった化粧水のビンがドアのすぐ横の壁に激突して木っ端微塵に砕け散った。「きゃあーっ!」と悲鳴をあげながら彩香はしゃがみ込み、恐る恐る後ろを振り返った。
 スヌーピーの縫いぐるみが宙を舞っていた。ドライヤーもブラシも、本、CD、鞄、そうしたものがまるで宇宙空間に投げ出されたかのごとく宙に舞っていた。そして、人美は青白い光に包まれていた。
「何よ、何なのよ!」
 彩香は目の前で繰り広げられている異常な光景に畏怖しながらも、光に包まれながら悶え苦しむ人美を見て悟った。
「人美だ、人美がやってるんだ。人美、人美…… ひとみー! 起きてー!」

続く…

0 件のコメント:

コメントを投稿