【案内】小説『エクストリームセンス』について

 小説『エクストリームセンス』は、本ブログを含めていくつか掲載していますが、PC、スマフォ、携帯のいずれでも読みやすいのは、「小説家になろう」サイトだと思います。縦書きのPDFをダウンロードすることもできます。

 小説『エクストリームセンス』のURLは、 http://ncode.syosetu.com/n7174bj/

2009年12月31日木曜日

今年1年を振り返って…

 今年を1年を一言で言い表すと、大変充実した年だったと言えるでしょう。
 大小さまざまな失敗を公私にわたってしましたが、今となればどれも勉強になることばかりでした。特に、基幹システムの開発プロジェクトでの失敗は、開発者としての自分を高めるための素晴らしい契機になりました。そして、その教訓から要件定義を勉強し直そうとした時に出会った神崎善司氏の『顧客の要求を確実に仕様にできる要件定義マニュアル』という1冊の本が、私の進むべき道を示唆してくれました。今年最も大きな出来事は何か? と問われれば、この本に出会ったことであると答えます。

 今年は、インターネットの魅力や可能性を再認識する年でもありました。私自身、BlogとTwitterを始めることにより、インターネットで情報を発信することの意味や、情報共有の意義、コミュニケーションの魅力を実体験として感じることができたのは、Performance Exchangeという概念をビジネスにしたいと考えていた自分にとって、大変に意義のある取り組みでした。そして、 Performance Exchangeは、すでにネット上に存在するさまざまな手段によって、始まっているのだということを実感しました。

 多くのことを学び、経験できたことは、今後の私にとって大きな糧となります。来年も、充実した1年となるようにしていきたいと考えます。そして、いつまでも成長する自分でありたいと願います。

  • ジョーさん、来年は飲み過ぎないように。また楽しくやりましょう。
  • 青木君、いい営業マンになってください。宿題を忘れずに。
  • 黒田君、人間力を鍛えてください。それであなたの能力はもっと開花します。
  • 小田君、情熱を外に出してください。
  • イッチー、自信を持って、さまざまなことにチャレンジしてください。
  • 井上さん、勉強熱心なあなたの成長を楽しみにしています。
  • よしかず、ちょっとダイエットしなさい。すると開発力も増すかもよ。
  • オカチョウ、ワークライフバランスを。
  • 清水君、石渡君、若いんだから失敗を恐れずに。
  • かとちゃん、ずいぶん立派になりましたね。
  • 和田さん、自分の進むべき道を探求しましょうね。
  • システム障害担当部長、うちのシステムを巻き込まないでね。
  • こまちゃん、最近あってないけど、トラブルと戦っているのですか?
  • 矢作さん、も、ちょっと体を絞りましょう。マネジメント力が増すかもよ。
  • 遠藤君、トラブル発生時はもう少しあせりましょう。
  • 成田君、最終日はご一緒できなくすみません。また今度!
  • 吉岡君、あなたのストーカー営業は凄い!
  • くるちゃん、子会社のシステムは任せましたよ。
  • 長野の今井さん、ちゃんと連絡くださいね。
  • 大高さん、大変な1年でしたね。心中お察しします。
  • 我が弟子よ、助かりましたよ。
 それではみなさん、よいお年をお迎えください。

IT投資の意思決定に必要なこと

 IT投資の意思決定において、「どのような仕組みを作るか」という機能要件と並んで重要なことは、「いくらで、いつまでにできる」というコストと時間の見積です。場合によっては、見積が機能要件を超える意思決定要素になることもあります。

 無い袖は振れない、という言葉があるように、実際、どんなに素晴らしいIT投資案件でも、お金がなければ投資することはできません。逆に、少ないコストであれば、取り敢えず導入してみるか、という判断があり得ます。
 IT投資の意思決定をする実際の現場では、IT投資にかかる見積を早い段階で正確に知るということは、極めて重要なことなのです。

 見積の精度を向上させるためには、「今わかっていること」に「将来わかること」を加えなくてはなりません。例えば、システム開発のライフサイクルをウォーターフォールモデルとした場合、システムの構想段階で、次工程のシステム企画で明らかになることを知ることができれば、見積精度は確実に向上します。また、要件定義段階で、設計の要素を知ることもしかりです。極論すれば、システムをリリースしてから見積を行えば、すべてが今わかっていることになるわけですから、完璧な見積ができることになります。
 ということは、設計まで行ってから見積を行い、それを持って意思決定すればいい、という選択肢が考えられますが、意思決定するということは、投資を見合わせることもあるわけですから、見積までにかかったコストをどうするか、という問題が出てきます。

 この問題へのひとつの解として、共通フレーム2007などでは、システム開発の工程によって契約を分割することで、ユーザーと開発側のリスクをヘッジすることが推奨されています。なるほど、理にかなった手法です。しかし、ユーザー(組織)は、その理屈を知ったうえでも早く未来を約束することを開発側に求めてきます。現実問題として、いや、一般論ではなく、少なくとも私の所属している組織では、予算時にかなりの精度の見積を示す必要があります。なにしろトップが、「予算とは会社に対するコミットメントである」と宣言しているのですから、『アジャイルな見積もりと計画づくり』を共有するには相当な時間を必要とするでしょう。

 私は実務を行わなければなりません。また、個人としてどんなに異なる意見を持っていたとしても、組織として意思決定されたことには従わなければなりません。当たり前ですよね、民法上の使用人ですから。
 私は、予算という名の見積を会社にコミットメントすることを要求されているのです。そこで、IT投資かかる見積の精度を向上することは、私の重要な使命となります。

 では、どうするのか?

 これが現在の私の問題の中心です。そして特に、要件定義から生じる見積を高い精度にするためには、要件定義に「将来わかること」の何を加えればいいのか?(しかも効率的に…) そんなところを試行錯誤しているのが現在連載中の『Open Knowledge System』です。
 RDRAベースの要件定義工程に、ICONIXプロセスを組み合わせることにより、予備設計という要素を加えることで、ユーザーが求める将来価値と現在価値のギャップを解消したい。上流工程に関わる開発者として、何としても成果を出したいという思いを実現するための「戦術を研究する」テーマです。

 予想される結論として、要件定義のアウトプットを改善しただけではこの問題は解決しないでしょう。『アジャイルな見積もりと計画づくり』や共通フレーム2007に紹介される思想を組織に広めることも必要です。そうしたさまざまなアプローチが、いつの日か、相互理解による価値の共有という理想へ辿り着かせるのだと思います。そして、その理想のひとつが、私が「流麗なシステム開発の上流工程」と称しているものです。これについては、来年から本格的に活動を開始する予定です。

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(18)

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 お知らせ
 2009年12月29日から2010年1月3日まで、『エクスプロラトリー ビヘイビア』を毎日アップします。
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 午後六時十三分。森田、篠原の両名と、ウッドストックの任を交代した渡辺と進藤が本部に帰って来た。渡辺は沢木の前に来るなり、厳しい表情と口調で言った。
「聞きたいことがあるんだが」
 ただならぬ雰囲気を悟った沢木は、「上に行きましょう」と言って歩き出した。渡辺はそれに続いた。二階の和室にたどり着くと、渡辺が重々しい口調で切り出した。
「プロメテウス計画の全貌を知りたい」
 沢木は窓の脇の壁に寄りかかりながら、腕組みをして言った。
「理由を言ってください。正当な理由があればお話ししましょう」
 渡辺はいらついているようだった。
「今日、木下賢治というフリーのジャーナリストが何者かによって殺された。アパートの自室で、拳銃の弾を三発食らって―殺された男は我々情報管理室がマークしていた男だ。その理由は―」
「プロメテウス計画の情報漏れ?」
「そのとおり。我々は相模の社員数人がある人物と密会しているとの情報を入手し、調査を開始した。その相模社員はいずれもプロメテウス計画の参加者。そして、密会の相手は木下賢治だ。ここまで突き止めた。しかし確証を得るまでには至らず、内偵作業を進めていたんだ。とこがだ―奴が殺された。沢木さん、一体プロメテウス計画には何が隠されているんだ。それは人殺しまで誘うような計画なのか? あんたなら知っているはずだ!知らないなんて言わせませんよ、沢木さん」
 沢木は渡辺に対して最初に思ったことを思い出した。この男をメンバーに加えてよかったのだろうか―彼は渡辺の真意が知りたかった。
「とぼけるつもりはありませんよ。ただ、それを知ってどうするんです。その木下という男に情報を漏らした相模社員は分かっているんでしょう。ならば、その社員たちを取り調べればいい。それだけの権限が情報管理室にはあるんだから。それに、その男の殺された理由がプロメテウス計画と関連しているかどうかも、現段階では定かじゃない。違いますか?」
「おっしゃるとおりだよ」
 渡辺は皮肉っぽく言った。
「しかしねぇ、沢木さん。あなたはテロの驚異というものを分かっていない。実は、私が信頼できる筋から聞いた情報によると、テロ対策法により解体された過激派組織が、水面下で再び結集し活動を再開しようとしている。彼らは手段を選ばない。彼らなりの大義名分のもと、テロ行為を再び繰り広げるつもりだろう。そうなった時、この相模重工も標的にされる可能性は十分にある。私が危惧するのは、今日の木下殺しが、その第一歩かも知れないということですよ! 私は情報管理室の室長として、相模の企業秘密保全に努めるとともに、そうした驚異から相模を守ることも自分の仕事だと考えている。そのためには、相手が何を考え、何を狙っているのか、それを十分に理解する必要がある。そうでなければ相模を驚異から守ることはできない!」
 沢木は渡辺の表情と言葉に、その内に秘めるものを感じ取った。
「なるほど、よく分かりました」
「それじゃ、聞かせてもらいましょうか」
 沢木はタバコに火をつけた。そして、立ち上る煙を見つめながら言った。
「ええ、それもいいんですがね。その前にちょっと確かめたいことがあるんですよ」
 渡辺はいぶかりながら言った。
「何を?」
「一つはSOP第二セクションに動きがあるかどうか、ということ」
 警察の特殊部隊であるSOPには、第一セクションと第二セクションがある。第一セクションは、かつて渡辺が所属していた武装警察隊だが、第二セクションのほうは、公安関係の捜索活動を主な任務としている。
「いや、ないと思う。あればとっくに情報が入ってくるはずだ。SOPが絡むようなことなのか?」
 沢木は渡辺の質問を無視した。
「もう一つは、木下賢治がなぜ殺されたのか? そして、どこまで知っていたのか? ですよ」
「何だって!」
 沢木は淡々とした口調で言った。
「あなたに情報管理室長としての責務があるように、私にも相模社員として、プロメテウス計画の参加者として、守秘義務というものがある。私は決して組織に執着した人間ではありませんが、それを破るのには、それ相応の条件というものが必要なんですよ」
「その条件が殺しの理由か?」
「そうです。殺害理由がほかにあるならば、あるいは情報漏れの程度が軽症ならば、私は何も守秘義務を犯さなくてもいいはずだ。そうでしょう?」
「まあ、確かにそうともいえるが……」
 沢木は渡辺の真ん前に移動しその顔を見つめると、弾んだ口調で言った。
「行きましょう」
「どこへ?」
「木下は自宅で殺されたんでしょう。そこへ行くんですよ」
「何だって!」
 渡辺は意外な言葉に驚いた。そして、思った。
 何て奴だ! どういう頭の構造をしてるんだ! 好奇心もいい加減にしないと怪我するぞ!
 沢木は襖を開けるとすたすたと階段を下りて行った。
「お、おい、待て!」
 階段の途中で立ち止まった沢木が振り返って言った。
「あっ、そうそう。自宅の場所、知ってますよね?」
「あ、ああ」
 沢木はにっこり笑って言った。
「では、参りましょうか」
 もはや何を言ってもこの男は行くつもりだろうと渡辺は思った。が、一応言ってみた。「行ったって何にもありゃしないさ! 警察だってバカじゃない。重要なものは見つけて持って行ってるさ」
 沢木は階段の残り三段を飛び下りると、再び渡辺を振り返り答えた。
「そうですかね? まあ、とにかく行ってみましょうよ」
 沢木の声はパソコンに向かって作業をしていた秋山まで届いた。
「行くって? どこに行くんですか?」
 秋山が沢木に歩み寄りながら尋ねた。
「ちょっと、いや、しばらく留守にするがよろしくお願いします」
 沢木の勢いは止まらない。吸いかけのタバコを秋山に渡すと、機材の脇に置いてあった自分の鞄を引っ掴み、玄関で靴を履き始めた。あきらめた渡辺が言った。
「秋山さん、あなたの上司には困ったもんだよ―進藤! 俺は出かけるがお前は帰っていいぞ! あばよ!」
 事情が分からずポカンとする秋山と進藤を残して、二人は外へ出て行った。


 沢木と渡辺の乗った黒いスカイライン4ドアセダンは、横浜横須賀道路を北上していた。ハンドルを握る渡辺は、法定速度をはるかに越えるスピードで、東京足立区にある木下の自宅を目指していた。
 二人の乗る黒のスカイラインは情報管理室用の車両で、無線機、電話機、端末機などを搭載しているほか、エンジンやサスペンションなどにも改造が施されていた。渡辺はこのスカイラインを気に入っていて、車を使う時にはいつもこの車を指名していた。
 沢木が言った。
「警察関係者なんていないですよね?」
 渡辺はちらっと時計を見た後に答えた。
「多分な。しかし、警備の警官ぐらいは立っているかも知れん。まあ、その時は沢木さん、あなたがぶちのめすんだな」
 沢木は肩をすくめておどけて見せたが、渡辺は前方を見たままだった。
「ところで渡辺さん。SOPにいたっていう噂は本当なんですか?」
「ああ、本当だ」
「どの小隊に?」
「第三小隊だ。そこで小隊長をやってた」
「第三小隊っ! すると、東京サミットの時のアメリカ大使館人質救出作戦はあなたが?」
「ああ、俺が指揮した」
 沢木は驚かずにはいられなかった。まさか、渡辺がそこまでの人物とは……
「驚いたなぁ、凄い実績じゃないですか。でも、なぜ辞めたんです?」
「聞きたいか?」
 それは三年前、渡辺がSOPを辞める二週間前の出来事だった。渡辺率いるSOP第一セクション第三小隊の精鋭たちは、テロリストにより拉致された某石油会社社長の娘を救出すべく、テロリストのアジトを急襲した。人質奪還作戦は極めて正確に、かつ敏速に実行され、テロリストは次々とSOPの放った銃弾の前に倒れていった。
 最後の一人を撃った渡辺は、六歳の少女を抱き抱え、「もう大丈夫だよ」と優しく声をかけ、少女はそれに涙で答えた。が、その時それは起こった。渡辺により倒されたはずのテロリストが、銃口を彼と少女に向けた。渡辺はそれに素早く反応し、短機関銃を構えテロリストに六発撃ち込んだ。しかし、それでも遅かった。テロリストは死んだが、少女もまた死んだ。腕の中でぐったりとした少女を床に寝かせると、彼のボディ・アーマーには少女の鮮血がべっとりと染みついていた。それは渡辺にとっても、“栄光の第三小隊”と賛美されたSOP第一セクション第三小隊にとっても、初めて経験する耐え難い敗北の瞬間だった。
「俺はミスをした。最初の銃撃でテロリストを撃ち損じたんだ。あの時ミスさえしなければ、少女は死なずに済んだ。俺のミス、間違いなく俺のミスだ」
 渡辺は今でも自分を責めているようだった。沢木にもその気持ちはよく理解できた。守るべきものを守れなかった悔しさは、状況こそ違えど同じだった。
「俺はねぇ、沢木さん。もう二度とミスはしたくない。人の生死に関わるようなミスはしたくないんだよ。そして、今回の計画に関わるうちに、死んだ少女と人美とが重なって、何が何でも人美を守ってやりたい、と思うようになったんだよ」
 沢木は何も言い返しはしなかった。ただ、人それぞれにいろいろな過去があるものだ、と思い、自分の過去を振り返っていた。
 ピピピピピッ、ピピピピピッと電話が鳴った。
「ん、ん、そうか。分かった」
 渡辺は電話を切った後に言った。
「木下の家からは犯人を特定できるようなものは何も見つからなかったそうだ」
「そうですか」
「無駄骨になりそうだな」

続く…

2009年12月30日水曜日

Open Knowledge System(9)

 今回は、knowledgeをCRUDするユースケースシナリオをロバストネス分析します。

 Rは前回分析済みですので、残りのCUDに該当するユースケースとユースケースシナリオを下図のように配置しました。これは今回の作業をしやすいようにした状態ですので、ロバストネス分析が終わればロバストネスモデル以外は破棄します。なお、私は全体の関係を一望にしたいので、下図のようにひとつのモデルとして描いていきます。モデルを分割するかどうかはお好みでよいのでしょうが、要素の関係をトレースできることが失われないように注意が必要だと思います。
 *言い方を変えると、私は「うっかり」が多いので、それを予防するためにも全体を見ながら作業します。今回の作業用モデルも、その一環です。
 
 下図中、灰色のダイアグラムは前回分析が終了したもの、薄いピンクが今回抽出したもの、赤字で示した「ユーザーを認証する」コントロールは、前回までは「トップページを表示する」コントロールでしたが、今回の分析により、管理者だけがknowledgeを削除できるという要件を再認識したので、修正しました。


 knowledgeを更新・削除するユースケースシナリオには、knowledgeを世代管理するための記述があります。このことは、世代管理のためのコントロールの出現を予感させますが、今回は「knowledgeを更新する」と「knowledgeを削除する」のふたつのコントロールに内包されているという解釈のもと、別のコントロールに分けることはしませんでした。knowledgeの世代管理に関するユースケースシナリオは他にもありますので、その分析時に世代管理の的確なモデル化ができると予想しています。

追記
 ひとつコントロールを見落としていたので追加しました。


 knowledge追加画面には、更新者などをデフォルト値としてセットしておいた方が良さそうです。そこで、「knowledge追加画面を表示する」コントロールを追加しました。

続く…

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(17)

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 お知らせ
 2009年12月29日から2010年1月3日まで、『エクスプロラトリー ビヘイビア』を毎日アップします。
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 八月十四日、月曜日、午前九時三十分。フリー・ジャーナリストの木下賢治は、都内のアパートの自室でワープロのキーボードを軽快に叩いていた。
 彼はこれまでに多くの記事を書いてきたが、それらは軍事技術に関連したものが多かった。ある一部の人間たちは、彼のことを軍事評論家と呼んでいたが、彼はそれを嫌い、自分はあくまでもジャーナリストである、と主張していた。
 彼が記事を書いて生計を立てられるようになったきっかけは、中南米諸国の一つであるエルサルバドルの内戦を克明に記したことによる。今を去ること一九七九年、エルサルバドルでは軍事クーデターが起こり、それまでのロメロ政権が倒された。以来、革命評議会による暫定政権と、FMLN(民族解放戦線)との激しい内戦が展開された。彼は、そうしたエルサルバドルで一九八三年から一九八五年までの二年間を過ごし、自分の目で目撃した事実を衝撃的につづったのだ。帰国してからの彼は、ジャーナリストとしては一流の部類に仲間入りし、自らの取材で掴んだ、軍事、刑事事件、科学技術に関連した記事を、精力的に執筆していった。
 ちぇっ、乗ってきたところなのによ
 彼の仕事を邪魔したのは、訪問者の到来を告げるドア・チャイムだった。彼は口にくわえていたタバコを荒っぽく揉み消すと、玄関に向かって歩き出した。再びドア・チャイムが鳴る。「今行くから!」と彼はいらいらした口調で言った。「どなた」と言いながらドアを開けた瞬間、彼の左頬を激しい衝撃が襲った。彼は後ろに吹っ飛んだ―訪問者に殴られたのだ。殴った男はドアを閉め、仰向けに倒れた木下の前に近づくと、仁王立ちをして薄く笑った。その男は一八〇以上もありそうな背丈と、筋骨隆々の肉体を持っていた。 木下は叫んだ。
「お前は誰だ! 相模の人間か! 情報管理室か!」
 男はまた薄く笑うと、スーツの懐からサイレンサー付きのオートマチック・ピストルを取り出し、スライドを引き発砲できる状態にすると、銃口を木下に向けた。
「質問するのは俺だ」
 男は冷淡な響きの声音で言った。次の瞬間、シュッ―という小さな鋭い音と同時に木下の叫び声―「うわぁー!」―男が木下の太腿を撃ったのだ。
「貴様が調べていることについて言え」
「う…… な、何のことだ」
 再びシュッ―「あぁー!」―反対側の太腿を撃たれた。
「あー、分かった、話す。相模だよ。相模重工についてだ」
「もっと具体的に言え。きちんと整理して、原稿を書くようにな」
 男はまた笑った。
「プロメテウス計画だ。政府、防衛庁、そして相模重工の三者により立案実行された―相模は地球環境観測や衛星通信のための技術試験と銘打って、独自に人工衛星を打ち上げた。プロメテウスだ。ところがこの衛星には公に明かされていない極秘事項があった。高解像度衛星写真システムだよ。相模は画像解像度は十メートルと発表しているが、実際には一メートルなんだ。なぜ相模は撮影解像度を偽ったか。つまりプロメテウスは、日本初の軍事スパイ衛星何だよ」
 木下は苦痛に顔を歪ませながら必死に答えた。
「なるほど、貴様はなぜそれを知った」
「最初は単なる衛星の取材だった。ところがある時、プロメテウス計画の相模のトップが、白石副社長であることを知ったんだ。本来ならばそれは航空宇宙事業部長の管轄だ。にも関わらず軍需部門のトップである白石副社長が―そこに目をつけたんだ」
「そうか、君の着眼点は実にすばらしい」
「まだあるさ。沢木聡、相模の技術部門の最高頭脳で、総合技術管理部の部長だ。奴もまたプロメテウス計画に参加している。これも引っ掛かった」
「なぜだ」
 木下は息を切らしながら、脂汗を垂らしている。男は無情に言った。
「言え!」
「沢木は優秀な技術者だが、衛星などの宇宙関連技術に関しては奴の専門外だ。なのに沢木がいるということは、奴の技術が必要だということだ。沢木の最も得意な分野は制御システム工学であり、そして、SMOSの産みの親だ。SMOSという制御システムは、基本的な動作は毎回同じだが、動かす度に微妙に動作が異なる、というような機構の制御に適している。つまり、経験を反映させられるものでなければだめだ、ということだ。これに対しロケットは一度で終わりだし、衛星制御も現有の技術で間に合うはずだ。そんな時、ある極秘レポートの存在を知った。牧野レポートだよ。新防空戦略について書かれた。そしてそれはプロメテウス計画と結びついている。そこで俺は考えた。その防空システムの開発を沢木にさせているのだと」
「その確証は得られたのか?」
「ああ、もちろん。最近になって俺は、プロメテウス計画の中枢にいる相模社員との接触に成功した。そして、そいつから情報を聞き出した。それによると、沢木は現在、川崎工場で管制センターのシステム作りを指揮しているそうだ」
 男は深々と感心げに首を縦に振った。
「実に見事だ。君は一流のジャーナリストだよ。ところで、お前はこのことを誰かにしゃべったか」
「いいや、それより俺にも質問させてくれ。お前は誰だ」
 男はまたしても笑い、木下が生涯最後に聞くこととなった言葉を口にした。
「それは死に逝く人間が知ることではない」
 男は木下の書斎を物色した後に去って行った。頭を打ち抜かれた木下の死体を残して。


 午後二時四十分。進藤はプールで泳ぐ人美と彩香を双眼鏡で眺めていた。渡辺と進藤は、白石邸の裏にある小高い山の頂上付近で、それを監視していたのだった。
 進藤の口調はやけに陽気で明るかった。
「なかなかいー眺めですよ。室長も見ます。人美もかわいいけど、あの彩香っていう―あっ!」
 進藤がそこまで言いかけた時、渡辺は双眼鏡を強引に取りあげると言った。
「いい加減にしろ。俺たちの仕事はのぞきじゃないんだぞ」
 進藤はふて腐れた顔をして渡辺を一瞬見たが、すぐに顔をそらした。
 まったく、進藤といい、岡林といい、この世代はきっと不作だな
 渡辺はいぶかりながら、白石邸の周囲を双眼鏡で見渡した。
 本当は自分だって見たいくせに
 進藤は手の甲に止まった蚊を思いっ切り叩いた。が、蚊は逃げて行った。
 その時、進藤のズボンのポケットに入っていた携帯電話のベルが鳴った。
「室長。本社の倉田さんからです」
 それは、本社情報管理室からだった。
「もしもし、渡辺だ」
「室長、木下賢治が殺されました」
「何だって!」
「今日の午前十一時ごろ、自宅で死んでいるところを愛人に発見されました」
「手口は?」
「拳銃で頭と両脚の太腿に一発ずつ、計三発食らってます。致命傷はおそらく頭でしょう」
「プロの仕業か? 警察の見解は?」
「今のところは特にはありませんが―室長、どうしますか!?」
「とにかく情報を集めろ、詳しいことが分かったらまた連絡してくれ」
「こっちには戻れませんか、せめて相馬さんだけでも」
「すぐには無理だ。悪いがこっちも重要なんだ。何とかやってくれ、頼むぞ!」
 渡辺たち情報管理室は、プロメテウス計画の情報漏洩の可能性を察知し、プロメテウス計画に参加者した社員数人と、フリー・ジャーナリスト木下賢治の内偵を進めていた。
 現在、プロメテウス計画の一部は、相模重工の最高機密に指定されており、その詳細までは情報管理室の人間たちにも知らされていなかった。
 渡辺は険しい顔をしながら、進藤に電話機を突っ返した。
「どうしたんです」
「木下賢治が殺された。拳銃でな」
 渡辺は思った。
 雲行きが怪しくなってきたな。沢木さん、あんたにも話しを聞かせてもらわないと

続く…

2009年12月29日火曜日

システム開発の上流工程に関する研究グループ

 2010年は、システム開発の上流工程に関する研究グループを立ち上げる構想を持っています。以下は、その青写真です。

目 的
 システム開発の上流工程について、組織横断的なメンバーによって研究し、研究成果を公開することによって多くの人々の英知を吸収し、研究成果の成熟度を高めるとともに知識の共有を図ることを目的とします。

定 義
  • 上流工程とは、SDEM@富士通の情報化構想立案工程、システム企画工程、要件定義工程、ユーザーインターフェース設計工程の各定義を基礎とします。
  • 研究成果の公開とは、誰もが閲覧可能な状態でインターネット上に配置されたコンテンツをいいます。
  • 知識の共有とは、誰もが自由に知識にアクセスし、利用できる状態であることをいいます。
目 標
 共有された知識により、「誰もが上流工程を実施でき、かつ、その品質を継続的に改善していける」こととします。

研究活動のルール
  • 研究グループへの参加者は、グループの目的等に自らの意思によって賛同した者のみとします。
  • 研究グループの参加者は、いつでも自らの意思によってグループを脱退できます。
  • 研究の対象や方法、役割分担、成果の確定などは、研究グループ参加者の合意によって決定します。

 2010年2月を目途に、まずは少人数で研究グループを立ち上げたいと考えています。

Open Knowledge System(8)

 今回は、「新着のknowledgeを新着リストに表示する」ユースケースとprecedesの関係にある「knowledgeを参照できる」ユースケースをロバストネス分析します。
 まず、「新着のknowledgeを新着リストに表示する」ユースケースのユースケースシナリオは、修正前は不要ですのでモデルから削除します。次に、「knowledgeを参照できる」ユースケースのユースケースシナリオをノートに表示させます。この辺の作業は、Enterprise Architectを使うととても効率的に行えます。





 これで準備完了です。


 ユースケースシナリオを読みながら、「knowledge参照画面」バウンダリ、「knowledgeを表示する」コントロールを抽出し、「knowledge」エンティティは前回抽出したものに関係線をつなぎます。
 *灰色のクラスは前回抽出したもの。薄いピンクは今回抽出したもの。
 さて、問題はprecedesと表現した関係をどう分析するかです。まずは、青色で表示しているユースケースシナリオから「新着リストで選択されたknowledgeの識別子を渡す」コントロールを抽出し、上記図のように分析しました。んんぅ? 何かしっくりきませんね…
 ふたつのユースケースは本当にprecedesの関係なのでしょうか?
 precedesとinvokesの意味を今一度確認すると、ユースケースモデルにそもそもの間違いがあることに気づきました。そこで、下図のように修正しました。

 ユースケースがひとつ足りなかったのです。これにより、

  1.  「新着のknowledgeを新着リストに表示する」ユースケースの後に、「新着リストのknowledgeを参照する」ユースケースがあり、

  2. 「新着リストのknowledgeを参照する」ユースケースは、「knowledgeを参照できる」ユースケースを呼び出す
 というすっきりとした関係になります。

 Open Knowledge Systemシリーズは入門講座ではありません。ですから今回の間違いは、実際に私が犯した間違いです。しかし、このように正しい手順でプロセスを重ねていけば、間違いを発見し修正できるのです。
 先人たちの知恵、素晴らしいですね。

 

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(16)

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 お知らせ
 2009年12月29日から2010年1月3日まで、『エクスプロラトリー ビヘイビア』を毎日アップします。
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 長者ケ崎―人美が降りたバス停の一つ先―でバスを降りた渡辺と進藤は、タクシーで本部へと戻って来た。二人は沢木らに初めて見た人美の感想を語り終えると、本社へと引きあげた。沢木は二人の感想を興味深く聞き入っていたが、中でも特に印象に残ったのは、渡辺のこんな言葉だった。

〈今日一日で私が見たものは、両親と楽しげに会話をする姿、軽快に歩く姿、かわいらしい仕草などです。それから思うに、彼女は一般的な女子高生とは違う―理由を聞かれても困るのですが、とにかく違う、ということを強く感じました。そして、もしも彼女にサイ・パワーなるものがあるのなら、彼女はそれに気づいていないような気がします。なぜなら、あの表情や雰囲気、明るさというのは、本物だという気がするからです。心に陰のある人間に、あんな雰囲気は出せませんよ、きっと……〉

 沢木は次ぎなる作業をしながら考えていた。
 違う、そう渡辺さんに思わせたものは何だろう? 確かに写真からでも彼女の独特の雰囲気は伝わってくる。少女の顔と女の顔、大人と子供の境目、そんな言葉がぴったりの顔立ちをしてる。そういうところなのか? それとも、内面からにじみ出てきているのだろうか? 特異な力を持つという内面から…… しかし、彼は人美さんが自分の力に気づいていないようだとも言った。あー、彼女に会ってみないなぁー
 リビングルームに置かれた折り畳み式の机の一つには、六台のCRTと、それに接続されたパソコンなどが載っていた。沢木はテプラでラベルを作り、そのCRTへ左から順に、PPS検知波、フーリエ分解後、抽出波、制御用、汎用1、汎用2、とラベルを貼り付けていった。このうち人美の脳波を示すものは、〈抽出波〉のラベルが貼られたCRTであるが、そこに映し出される波形は、波の形や大きさをひっきりなしに変えているだけであり、それはASMOSが学習を行っていることを示していた。
 ラベルを貼り終わり満足げな沢木のもとに、秋山が近寄って来て言った。
「相変わらず几帳面ですこと」
 言いながら彼女は沢木の横の回転椅子に座った。
「こうしないと落ち着かなくてね。やはり物事の基本は整理整頓だよ」
 秋山は「ふふっ」と笑った後に、〈抽出波〉のCRTを見ながら言った。
「振幅がだいぶ大きいですね」
 沢木はタバコに火をつけながら返事をした。
「んん、そうだね」
「でも、脳波の観測だけでは…… どうなのかしら?」
「まあ、僕らも一つ一つ経験を積んでいくしかないね」
 「人美さんって、どんな娘なんでしょう?」
「興味ある?」
「沢木さんだってそうでしょう?」
「そうね、会ってみたいよ、彼女に直接。どんな話しかたをするのか? 何を考えているのか? 将来の夢は何なのか? そんなことをサイ・パワーの有無に関わらず、ぜひ知りたいね」
「随分お熱なんですね」
「まあね、若い人って、いいだろう」
「沢木さんには若すぎるわ」
「そういう意味じゃなくてさぁ。つまり、若いということは、僕らよりも多くの可能性を秘めている、ってことじゃない」
「ああ、そういう意味ですか」
「うん」
「私にはどんな可能性があるんだろう……」
 秋山は思った。
 沢木さんと結婚する、何て可能性、あるのかなぁ
 そしてつぶやいた。
「ないかなぁ」
「あるさぁ」
 沢木は元気よく答えた。
「本当!?」
「ああ。プロメテウスを契機に僕たち総合技術管理部も本格的に宇宙開発事業に進出する。そうなった時には君に活躍してもらわないとね。夢だったんでしょ? 宇宙が」
 何だぁ
 秋山はがっかりし、それを見て取った沢木は思った。
 嬉しく、ないのかなぁ
 秋山は気を取り直すかのように言った。
「ええ、楽しみだわ。でも、今の仕事に不満はありませんよ。何せ、世界でも屈指の技術者のアシスタントを務めてるんですから」
「誉め過ぎだよ」
 沢木はタバコの灰を落とした。
「ところで沢木さん。プロメテウスのほうが最近お留守になってますけど、いいんですか?」
「そうね、あっちにも顔を出さないと。でも、スタッフはみんな有能だから、ちょっとぐらい僕がサボってたって大丈夫でしょう」
「のんきですね」
「忙し過ぎるのはよくないよ。創造力にかけてしまうからね」
「で、今は人美さんに夢中なわけですね」
「そういうこと」
 それからの一週間は特に変わったこともなく過ぎていった。そのことは沢木の手帳に次ぎのようにメモされていた。

八月八日(火曜日)晴れ
○チャーリー担当 片山、岡林
ASMOSに変化なし。
人美は夕方海に散歩に出る。
会長から電話あり(人美部屋の整理、見山氏から人美に国際電話)。

八月九日(水曜日)晴れ
○C 秋山、松下
ASMOSに変化なし。
人美は一日中部屋の整理。ASMOSにとっては都合がいいが退屈だ。
家政婦の橋爪が足を捻挫したとのこと。彼女のおてんばぶりを思えば、人美のせいではないだろう。
秋山が夕食を作ってくれた。

八月十日(木曜日)晴れ 暑い
○C 桑原、岡林
抽出波に若干の変化あり、脳波成分を理解し始めたらしい。
人美の友達が訪れる。会長により泉彩香と判明(学籍簿より、 住所 神奈川県横須賀市林……、ウッドストック写真撮影)。
岡林がTVゲームを持ち込み、そのことで岡林と桑原、喧嘩になる。

八月十一日(金曜日)晴れ 今日も暑い
○C 片山、秋山
人美は午前中、自転車で近所の散策。その間、抽出波を映すCRTには
何も出ず。予定よりも早く学習が進んでいるようだ。
秋山の作った夕食は今日もおいしかった。
秋山の帰宅後、片山と二人で酒を飲んだ。今の恋人と結婚する決心がついたらしい。

八月十二日(土曜日)晴れ あつい、あつい、あつい
○C 松下、桑原
抽出波の周波数が〇.五~四〇ヘルツの間に収束してきた。松下さんが
検討するも、特に異常なし。
人美は午後から自転車。かなりの時間と距離を走り回り、ウッドストックを困らせた。本屋で本を買ったらしいが、何の本かは不明、残念。
それにしても自転車の機動力には車では対応できない。明日からウッドストックにはスクーターも使ってもらおう。
松下がゲームがうまいのは意外だった。聞けば子供たちの相手をさせられているとのこと。ご苦労なことだ。
午後から久しぶりに本社へ。幕張でのシンポジウム用の資料作成。
夕方には本部へ。突然寿司が食べたくなり出前を三人分取る。

八月十三日(日曜日)暑さで気が狂いそうだ
○C 久しぶりに全員そろう
松下さんによる脳波講習会が行われた。
松下さんの分析によると、若干ノイズが混入しているようだ。
念のため岡林と二人で位相補正プログラムをチェック。
人美は外出しなかった。
岡林に寿司を食べたことが発覚。おごらされることになってしまった。

続く…

2009年12月27日日曜日

システム開発に用いるドキュメントに関する考察

 システム開発にはさまざまなドキュメントが必要になりますが、SIerなどが作成したドキュメントを見ると、これは本当にいるのだろうか? とか、形式に囚われ過ぎじゃないの? と思うことがよくあります。
 例えば提案書。PowerPointなどのアプリケーションで作成したであろうドキュメントをよく拝見しますが、メモ書きで数行あれば足りてしまうようなことを、グラフィカルで色鮮やかにお化粧している場合が多いようです。
 ドキュメントの品質を内容品質形式品質に分けた時、多くのドキュメントは内容品質よりも形式品質の比重が高いように感じます。言い換えると、中身が薄い(あるいはまったくない!)。

 開発関係の技術ドキュメントになると、形式品質への比重がさらに高まります。過日、こんなエピソードがありました。
  • 「このプロジェクトIDって、何?」。SEの回答「………」。
  • 稼働中のシステムで障害を発見。この画面のこの項目はDBのどこを参照しているんだっけ? 設計図書がありながら、どこ見ればいいのか迷ったり、「解析しないと…すぐにはわかりません…」。
 意味も分からず項目があるから記入する。どこを参照してよいかわからないドキュメントや解析しないとわからないドキュメント。いや、これはドキュメントとはいえません。これらの「もの」を作成するための対価を我が社が支払っていると思うと、非常に悲しい気分になってきます。

 どうしてこのようなことになるのか? ひとつは、開発標準に対する間違った認識と、そこから生じる開発標準の間違った運用が原因でしょう。WBSを定め、必要となるアウトプットをテンプレート化する。こうすることで作業効率は本来向上するのですが、プロジェクトやプロダクトの特性を考えず、とにかく決められたテンプレートの項目を全部埋めればいい、こんな風に思いこんでしまっているようです。
 さらに、近年の品質マネジメントやリスクマネジメントの要求事項が、ドキュメントの種類と量を増やし、形式品質を満たすことに目が奪われてしまっていると考えられます。

 いうまでもなく、ドキュメントにとって大切なことは中身です。内容品質が、そのドキュメントの価値を決めるのです。では、内容品質とは何か? 私は次のように考えます。
  • ドキュメントを作成する意味は、まず、自分自身が理解するための記録をとること。
  • ドキュメントの本質的価値は、未来の自分を含む読み手に情報伝達し、コミュニケーションできること。
 内容品質が満たされているのであれば、手書きだろうと、ワープロだろうと、厚化粧だろうと、何でもよいということであり、よって、形式品質を追求することにシフトできるのです。

 価値あるドキュメントとは何か? 意味のあるドキュメントとは何か? 価値や意味は誰にとって重要か? そうしたことを十分に考えたドキュメンテーションを私は期待します。

2009年12月26日土曜日

Open Knowledge System(7)

 ユースケースシナリオを書き終えたところで、ユースケースシナリオのレビューと予備設計を同時に行えるロバストネス分析に入りたいと思います。
 今の考えとしては、ロバストネス分析によってシステム全体の関連性を確認してから、RDRAの画面帳票モデル、機能モデル、データモデルにバウンダリ、コントロール、エンティティを落とし込んではどうか? と思っています。かなり冗長なイメージですが、実験プロジェクトですので、トライしてみます。また、RDRAの機能モデルとICONIXのコントロール、この違いも(教科書を読んだだけではなく)体験として捉えることができるかもしれません。ということで、作業に入りましょう。

 最初に選んだユースケースは、

 新着のknowledgeを新着リストに表示する

 そしてユースケースシナリオは、
  1. システムは、トップページを表示する時に、現在の日付から7日前までに作成(更新)されたknowledgeを、作成(更新)された順番の新しいものから順番に表示する。
  2. ユーザーは、トップページにアクセスした時に、新着リストを参照する。
  3. ユーザーは、新着リストの項目を選び、該当するknowledgeを参照する。
 ICONIXプロセスの教えによれば、ユースケースシナリオがしっかりしていれば、バウンダリ、コントロール、エンティティの抽出は簡単に行えるはずです。試してみましょう。

 ユースケースシナリオを読みながら、順番にクラスを抽出していきます。
  1. トップページ(バウンダリ)
  2. トップページを表示する(コントロール)
  3. おっと、ここでユースケースシナリオの不備が見つかりました。新しいものから順番に表示するものは何? それは新着リストであることが読み取れません。ですから、 新しいものから順番に新着リストに表示する、とユースケースシナリオを修正します。これで新着リストを表示する(コントロール)を見つけることができました。
  4. トップページを表示する(コントロール)は、具体的に何をするのかよく分かりませんが、新着リストを表示する(コントロール)は、ユースケースシナリオによって明らかになっています。これにより、knowledge(エンティティ)が発見され、新着リストを表示する(コントロール)と結びつきます。
 素晴らしですね。実にシステマティックです。

 ユースケースシナリオの最後に「…該当するknowledgeを参照する」が残っていますが、このシナリオには独立した「knowledgeを参照する」ユースケースが用意されていて、これとprecedesの関係であることがユースケースモデルによって明らかにされています。ですから、最後の参照部分はここでは扱いません。

 下の図は、この作業の一場面をキャプチャーしたものです。


 ご覧のように、ユースケースシナリオとそのオーナーであるユースケース、関係するユースケースを眺めながら、先のようにシナリオを読み進めれば、簡単にロバストネス分析は終了します。また、この作業を通じてユースケースシナリオのレビューを行うことができます。
 また必要により、図のように新旧のユースケースシナリオを並べておくと、ユーザー(要求者)とのコミュニケーションなどに役立つかもしれません。


続く…

2009年12月25日金曜日

Open Knowledge System(6)

 ユースケースシナリオができたので、ここでOpen Knowledge Systemの「規模」を見積もってみたいと思います。手法には、「アジャイルな見積りと計画づくり」に紹介されているストーリーポイントを使ってみます。


 私のやり方は、Enterprise Architectからユースケース名とユースケースシナリオを出力し、一つひとつのユースケースを下写真のようにカード化し、全体を眺めながらストーリーポイントを与えていきます。ストーリーポイントは相対評価ですので、これとこれはどっちが大きい? というような比較の時、物理的なカードは非常に処理しやすいインターフェースです。個人的にも、このようなアナログ作業は好みです。

 19あるユースケースカードを、下写真のように1、2、3、5、8、10の各ポイントに割り振っていきます。






 この作業の結果は以下のとおりです。


 ユースケース(ストーリーポイント)
  1. knowledgeが更新された時、更新前のknowledgeを世代管理する (5)
  2. knowledgeを全文検索できる (3)
  3. knowledgeを削除できる (2)
  4. knowledgeを参照できる (2)
  5. knowledgeを更新できる (3)
  6. knowledgeを追加できる (3)
  7. ブックマークを削除する (2)
  8. ブックマークを追加する (3)
  9. ブックマークリストを表示する (8)
  10. ラベルでknowledgeを絞り込める (2)
  11. ラベルを削除できる (2)
  12. ラベルリストから複数のラベルを選択し、knowledgeに付けることができる (3)
  13. ラベルリストを表示する (1)
  14. 世代管理されたknowledgeを公開中のknowledgeと交換できる (10)
  15. 人気のknowledgeを人気リストに表示する (5)
  16. 任意のラベルをラベルリストに追加できる (2)
  17. 新着のknowledgeを新着リストに表示する (2)
  18. 誤って更新されたknowledgeを知ることができる (1)
  19. 誤って更新してしまったknowledgeには誤修正フラグを付けられる (3)
  ストーリーポイント合計:62



 現時点で、Open Knowledge Systemの規模は、62ストーリーポイントであることが分かりました。次は、規模から期間を導出することになりますが、それはまたの機会に行うことにします。

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(15)

 そのころ、吹き出る汗をハンカチでぬぐいながら、海水浴場を歩く男の姿があった。その男はスーツの上着を肩に引っ掛け、折り目のないズボンを履いた冴えない中年男だった。 彼の名前は相馬雄介、渡辺の部下の一人である。彼は今、三戸海岸で溺死した男たちの足取りを探るべく、地道な聞き込み調査をしているところだった。これまでの調べで、溺死した男たちの車には、濡れた水着があったことが分かっている。ということは、どこかの海水浴場に立ち寄った、と予想できる。彼は男たちの残したわずかな手がかり(衣笠インター、ファミリー・レストラン、コンビニの各領収書)と顔写真をもとに、その足取りを調査していたのだ。それは、五十二歳という年齢の彼には、決して楽とはいえない仕事だった。
「畜生、よりによって何でこんなに暑いんだ。バカ野郎」
 彼はそう毒づきながらも、革靴を砂に汚しながら調査を続けた。
 相模重工情報管理室は現在十五名のスタッフにより運営されているが、創設当時は渡辺と相馬の二人しかいなかった。彼ら二人を相模に導いたのは、某政治家秘書を務める人物であった。政治家秘書は白石会長からの要請を受け、司法関係者から適性人物を選定し、これにより渡辺と相馬が相模に招かれたのである。渡辺は元SOPの精鋭、相馬は新宿警察署捜査四課の敏腕刑事だった。
 相馬は相模への誘いがある前に、既に警察を辞めていた。いや、辞めさせられたのだ。その成り行きはざっとこんなものだった。ある情報屋からの垂れ込みで、マンションの一室に出向く。そこには肌もあらわの女が一人いて、突然叫びながら彼に抱きつく。そこへカメラを持った男が入って来て写真を撮る。それが警察署へ送られる。彼は懲戒免職処分となった。相馬は、彼を敵視する香港マフィアの陰謀に、ものの見事にはまってしまったのだ。それは彼にとって一世一代の不覚であった。
 渡辺と相馬以外のスタッフは、その後彼らにより元警察官を中心に集められた。例えば進藤は、SOPを志願したものの、厳しい訓練の前に挫折し、国へ帰ろうとしたところを渡辺に声をかけられたのだ。


 午後五時二十五分。定刻より一分遅れて、人美を乗せた電車は逗子駅に到着した。ホームに降り立った人美は、「ふわぁー」とあくびとも背伸びともつかない動作をした後、改札口に向かって歩き始めた。
「あの娘、かわいいですよね。室長はどう思います」
 渡辺は進藤の顔を見たが、冷めた視線を送るとすぐに人美の後を追って歩き出した。
 まったく、どうしたらああいう無愛想な人間ができるんだか
 進藤はそう心の中でつぶやいた。
 渡辺たちが改札口を抜けると、人美は既に葉山行きのバス停の列に並んでいた。渡辺は改札口の横に立ち、ショートホープを一本取り出すとそれに火をつけた。そして、通話距離に入った無線機のマイクに向かい、沢木たちに逗子到着の連絡をした。
 数分後、人美が並んだ列の前にバスが止まり、彼女は一番後ろの席に座った。渡辺と進藤も、それぞれバスに乗り込む時間をずらして、素早く前側の席に座った。
 さらに数分が経過した後、人美と渡辺たちを乗せたバスは、黒々とした煙を噴き出しながら発車した。


「私は田宮さんの思想の共感し、できる限りの援助をしてきたつもりです。しかし、もう余裕がないのです。ご存じのように、相模の技術力は群を抜いています。私の会社よりも優れた製品を、より安く提供でき、さらに、政治力もかなりのものを持っています。このままいけば、相模にすべて食いつくされてしまいます」
 男は落胆の表情を浮かべ、溜め息混じりの声で胸の内を語った。
 白髭の老人は答えた。
「君らしくもない、そんな弱気でどうすんだ」
「私も努力はしています。開発部門への増資、営業の強化、それにリストラ―ですが、根本的なところで力が足りないのです。今日ではあらゆるものにマイクロプロセッサーが搭載され、ソフトウェアで制御されるのです。家電製品から軍需製品にいたるまで、何もかもすべてです。つまり、ソフトの開発技術がないメーカーに、未来などないのです」
「では君の会社はどうなる?」
「メカの技術は大手に負けない自信があります。しかし、ソフトの技術がない限り、いずれは下請けに成り下がってしまうでしょう……」
 男は「はぁ」っと深い溜め息をついた後に心の中でつぶやいた。
 あの時沢木を獲得できていれば……
「何とか挽回できんのかね? 君の会社は建設機械に強いはずだ」
「ええ。ですが、秋には相模の新製品が登場します……」
 白髭の老人は立ち上がると男に歩み寄り、肩を叩いて言った。
「君の言いたいことはよく分かった、私に任せなさい」


 午後六時を過ぎたころ、人美は葉山公園前停留所でバスを降りた。渡辺たちはバスを降りずにその場を離れ、それから先を交代要員に任せた。
 ウッドストックの任をこの先引き継ぐのは、渡辺の部下である森田雄二と篠原久美の二人だった。森田は四十一歳になる小太りの男で、元は厚生省の麻薬取締官。篠原は二十六歳になる小柄な女性で、元は科学警察研究所の研究員だった。
 脇道の路肩に駐車された、ガンメタリックパール塗装のサニー4ドアセダンから降りた森田は、人美との距離を約三〇メートルおいて歩き出した。サニーの運転席に座る篠原は、ゆっくりと車を動かし始めた。
 白石邸に行くには、バス通りである国道一三四号線から、細く急な坂道を登っていかなくてはならないが、人美の足取りは軽快で、急な坂道は大した障害ではないようだった。しかし、森田には息切れの原因となった。
 約一〇〇メートルも坂を登ると、人美の視界に白石邸が映り始めた。それは、青い空に栄える真っ白な壁とブルーの屋根を持つ、家というよりは西洋風のお屋敷という印象だった。お屋敷の周りは石壁で覆われ、その壁の上には人の背丈くらいの植木が透き間なく植えられていた。石壁を繰り抜くように造られた大きなガレージには、黒いベンツと白いシビックが駐車してあり、もう一台分のスペースには、人美のマウンテン・バイクが置かれていた。
 人美はガレージ脇の門に据え付けられたインターホンのスイッチを押した。
 居間のソファに腰を下ろして、今か今かと人美の到着を待っていた白石は、家政婦の橋爪から人美の来訪を知らされると、一目散に外へと飛び出した。
 バタバタバタというせわしない足音とともに、人美の前に白石が現れた。
「やあやあ、人美君。さあさあ、中にお入りなさい」
 白石はニコニコしながら門を開け、人美を中に通した。
 門を入るとすぐに石造りの階段があり、それを数段昇りきると、道路より一段高くなった前庭に出て、そこから真直一〇メートルほど歩くと、玄関にたどり着いた。
 白石は玄関のドアを開けるなり、家の中に向かって叫んだ。
「千寿子! 千寿子!」
「はいはい、そんなに大声を出さなくてもちゃんと聞こえてますよ」
 和服姿の千寿子が姿を見せた。そして、人美の姿を認めると、品のある笑みを浮かべながら歩み寄って来た。人美は白石夫婦に向かって言った。
「白石のおじさま、おばさま、しばらくご厄介になりますが、どうぞよろしくお願いします」
 人美はペコリと頭を下げた。
 おじさまか、悪くないな
 そんなことを思いつつ白石が言った。
「今日からはここを我が家と思ってもらっていいぞ。何の遠慮もすることはない。どうせわしらはこの家では食べることと寝ることくらいしかせんからなぁ」
「ええ、そのとおりよ。私たちは人美さんが来てくれて、心から嬉しく思うわ。仲よくしましょうね」
 千寿子は優しく言った。
「ありがとうございます。おじさまも、おばさまも、私に何か問題があればすぐにおしゃってください。すぐに改めるよう努力しますから」
「人美さんは本当によくできた子だわ。ねえ、あなた」
「ああ、そうだな。まあ、堅苦しいあいさつはこのぐらいにして―とにかく、楽しくやろうじゃないか。はははははは……」
 白石の豪快な笑い声にまみれて、黒のワンピースに白いエプロンをした二人の中年女性が現れた。千寿子が言った。
「このお二人は、家の中のことを面倒みてもらってる方たちで、こちらが橋爪京子さん、こららは紺野啓子さん。二人ともとっても楽しい人たちよ」
 人美は家政婦の二人と簡単なあいさつを済ませた後、千寿子に連れられて新しい生活の場を一通り見て回った。
 玄関の右側には十六畳もある大きな居間があり、少し高くなったダイニングルームへと階段でつながっている。ダイニングルームの床はフローリングで、カウンターを挟んで広々とした明るいキッチンへと続いている。また窓からは、日本庭園風の裏庭と、横庭にあるプールを眺めることができた。キッチンを抜けたその先の廊下には、バスルームやトイレがあり、家政婦たちの居室やピアノを置いた部屋に通じている。半地下室には立派なシステム・コンポと大きなテレビなどが置いてあり、それは和哉がホビールームとして使っていた部屋だった。階段から二階に上がると、二階を真直に突き抜ける長い廊下へと出る。二階には白石の書斎、白石夫婦の寝室、客間が数室あり、西側の一番端の角部屋が人美の部屋となる場所だった。人美の部屋の近くにはバスルームとトイレがあり、それらは今後、人美専用として使われることになる。


 白石邸の近くにサニーを止め、車中での監視に入った森田と篠原からの連絡により、沢木たちが動き出した。
「よし、システムのほうの準備はいいな」
 沢木は岡林に言った。
「はい、問題ありません」
「よーし、いよいよだ。サンプリングを開始しよう」
「了解」
 CRTの画面には、PPSがとらえた電磁波の波形が映し出されていた。それは秩序正しく揺らめいていたが、しばらくすると波形が乱れだした。
「部屋に入ったようだな」
 沢木はそう言うと、固唾を飲んで揺らめく光の線を見守った。


 部屋の真ん中に立った人美は「うわぁー」と声をあげて喜んだ。なぜなら、人美が前に見た時と、部屋の内装が一変していたからだ。
 人美は父と一緒に白石家へあいさつに訪れた時、一度だけこの部屋を見ているのだが、その時の印象は決してよいものではなかった。部屋の壁には染みが点々とあり薄気味悪く、元はアイボリーと思われる絨毯は茶色くくすんでいた。白石のおじさんは確かに改装しておくとは言っていたが、まさかここまで変わっているとは思わなかった。
 まず、床の絨毯は取り払われ、美しい木目のフローリングになっていた。壁は真っ白く塗装され、二つある出窓も木製のものからアルミ製のものに変えられていた。エアコンも据え付けられていたし、部屋の照明は無表情な蛍光灯から、おしゃれな白熱球のシャンデリアへと衣替えされていた。沢木組建築工学部門のスタッフの技術力は、少女を感動させるに十分過ぎるほどだった。
 この部屋は十二畳半もある大きな真四角の部屋で、入り口の正面北側の壁には一間(約一.八メートル)の横幅の出窓、その左側の壁には同じく一間幅の西向きの出窓があり、右側の壁には一間の押し入れと、三尺(約九〇.九センチ)の収納戸があった。そして、西向きの出窓からは、葉山の海と横庭のプールを眺めることができた。
 出窓を開け外の景色を興味津々と見渡す人美に千寿子が言った。
「ここからはね、とっても美しい夕日を眺めることができるのよ。富士山だって見えるんだから」
 だいぶ低くなった太陽を見ながら、人美は富士の裾野に沈んで行く太陽の姿を想像しながら言った。
「素敵な出窓ですねぇ」
「それから、下に見えるあのプール。人美さんのために奇麗にしておいたから、思う存分使ってちょうだいね」
「はい! ありがとうございます」
 人美の瞳はきらきらと輝いていた。千寿子は人美がそんな目をするのが嬉しくてたまらなかった。

続く…

2009年12月23日水曜日

ユースケースを考える

 システム開発の上流工程の中で、要件開発からユーザーインターフェース設計への流れは、現実からシステムへの変換過程における「現実とシステムの変換点」と捉えることができます。また、要件開発に用いるユースケースは、「ユーザーとシステムとの接点」となります。ということは、ユースケース駆動開発という手法があるように、ユースケースはシステム開発における極めて重要な要素、システム開発の中心ともいうべき要素といえます。
 このような前提の基、私はユースケースを深める試行錯誤を行い、次のような整理をしました。
  • まず、ユースケースの定義をRDRAの「人とシステムとの接点」とする。
  • 次に、ICONIXプロセスを組み合わせ、ユースケースシナリオ、ロバストネス分析を行うことによって、ユースケースの粒度と質をそろえると同時に網羅性を検証する。*これは、開発者の能力不足を補う意味もあります。
 ところが、あるプロジェクトで実践してみると、他のユースケースよりも粒度の大きなものがひとつだけ残りました。それは次のようなユースケースです。

 顧客の対応をする。

 これは、ユーザーが顧客の対応を行いながら、氏名などの基本となる顧客属性を入力したり、コミュニケーションの内容を記録したりする、複数の機能を必要とする作業です。粒度を他のユースケースとそろえることは簡単ですが、私はユーザーに示すユースケースとしては、この粒度の方が良いと考えました。

 それから数週間ほどの時間が経っていますが、この粒度の違いを正当化する論理を見いだせないでいました。しかし今朝、KenichiroMurata氏のブログ「UMLの参考書籍」を読んで、解決の糸口を見つけることができました。

 ユースケースは何を表すものか? ユーザーがシステムから受けるサービスか? それとも、ユーザーが使用する機能か? そう考えた時、私は「ユースケースとはユーザーにとって魅力的なストーリーであるべきだ」と考えました。
 ユースケースは、ユーザー(要求者)と「何を作るか?」を決めるための重要なコミュニケーションツールであり、それはユーザーにとって魅力的であることが最も重要なはずです。なぜならば、これが実現すれば便利になる、楽になる、安くなる… こうした魅力(価値)を感じなければ、ユーザーがシステム開発に参加する際のモチベーションが低下し、結果的に十分な問題領域の分析ができなくなってしまうリスクが高まるからです。

 さて、ここで疑問が生じます。であるならば、ユースケースを階層化すれば?

 なるほど、階層化すればボトムのユースケースの粒度は均一になります。しかし、私がユースケースを作る目的は、ユーザーにとって魅力的なシステムを実現するためであり、学術的であったり、規範に準拠することではありません。また、そもそも、ユースケースの粒度をそろえなければならない理由は何なのでしょうか?
 ユースケースポイントによりシステムの規模を見積もろうとするならば、粒度は一定である必要があります。しかし、ユースケースをストーリーとし、ストーリーポイントで相対的に規模を見積もるのであれば、粒度がそろう必要はないはずです。

 では、現時点での私の仮説を整理します。
  • ユースケースとは、ユーザーにとって魅力的なシステムとの接点である。
  • この段階での規模見積もりにストーリーポイントを採用するのであれば、ユースケースの粒度は無視できる。
  • ユースケースシナリオとロバストネス分析は、要件開発段階ではユースケースを深めるための手段であり、プロジェクトやプロダクトの特性によりその使用を判断する。
 この仮説に従い、しばらく検証を続けたいと思います。

2009年12月22日火曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(14)

 人美は両親の姿が見えなくなった後、しばらくの間出発ロビーに設置された巨大な航空ダイヤの電光表示盤を眺めていたが、突然くるっと回れ右をして、意気揚々と歩き始めた。それはまるで―どんな困難でも克服してやろう、私の行く手には輝かしい未来が待っているのだから―とでも主張しているような、そんな威風堂々の行進だった。渡辺と進藤は人込みにうまく紛れ込みながら、その行進に続いた。

 第二旅客ターミナルビルの地下一階にある、JR空港第二ビル駅には、午後三時発の横須賀線直通逗子行きの快速電車、エアポート成田が待機していた。人美はそれに乗り込むと、四人掛けの対座席の窓側に、進行方向に向かって座った。
 逗子までの所要時間はおよそ二時間半ある。人美はこの間を、本を読んだり、新しい生活の構想を練ったりして過ごそうと思っていた。そのために、人美は二冊の本―それはイルカについて書かれたものと、彩香が面白いといって貸してくれた小説だった―を用意していた。
 電車が発車してからしばらくの間は、車窓から見える外の景色を眺めていた。すると、ジャンボジェット機が人美の真上を飛んで行く姿が飛び込んできた。「うわぁー」と小さな歓声を漏らし、初めて見るジャンボの真下からのアングルに心を躍らせた。彼女の感受性は、見聞きするあらゆるものに反応するのだった。
 ややあって、人美は彩香ご推薦の小説を読み始めた。しかし、うとうと―
  車窓から差し込む夏の陽光と、クーラーから吹き出す冷たい風は、絶妙のハーモニーとなって人美を睡魔に導いた。

 人美はマウンテン・バイクに乗り、海岸沿いの道を走っていた。舗装されていない土の道の右側には海と砂浜が、左側には森があった。
 突然、どこからともなく―
「あー急がし急がし、早くしないと遅れちゃうよー!」という声が聞こえてきた。人美は辺りを見回した。すると、海の上をジャンプしながら凄い勢いで泳ぐイルカの姿があった。「そんなバカなぁ」
 人美はそうつぶやいた。なぜなら、そのイルカは赤いチョッキを着て、大きな懐中時計をせびれからぶる下げていたからだ。
「急がないと、急がないとー。急がないと遅れちゃうー!」
「待って! イルカさーん! 何でそんなに急いでるのー!」
 イルカはちらっと人美を見たが、返事もせずにさらに加速した。
 よーし、後をつけてみよう
 人美はマウンテン・バイクのギアをトップに入れ、最大スピードでイルカを追った。
 イルカと人美の競争がしばらく続くと、前方には砂浜に突き出た絶壁が出現し、その波打ち際には洞窟が見えはじめた。イルカはその中へと入って行った。人美も後に続いた。「よーし、もう少しで追いつくぞ!」と人美が言った瞬間、イルカの姿がすっと消えた。「あれっ」と声を漏らすと、突然ペダルが軽くなった。そして浮遊感―「わぁー!」人美は穴の中に落ちて行った。
 気がつくとそこは、イルカの人々が行き交う町の中だった。
 ああ、なんてことなの。ここは、ここは―そう、イルカの国だわぁ。でもこんな話し、どっかで聞いたことある。えーと、えーと―そうだ! 不思議の国のアリスだ!ふふっ、それならきっとこれはイルカの国の人美ね
 人美はそんなことを考えながら一人笑っていた。すると―
「お嬢さん、何がそんなにおかしいのかね」
 一頭のイルカが尋ねてきた。
「だって、イルカの国の人美なんですもの」
「これこれ、間違ったことを言うではない。それを言うなら不思議の国のイルカだぞい」
「イルカ?」
「そうじゃ。イルカがお嬢さんのような生き物のいる世界に迷い込むお話ぞい」
 人美はくすくすと笑った。
「ところであなたの名前は何ていうの?」
「イルカじゃ」
「それは分かってるわ。名前よ、名前、あなたのな・ま・え」
「だからそれがイルカじゃ」
 そこへもう一頭のイルカが通りかかった。
「こんにちは、イルカさん」
「よう、イルカ君、元気かね」
「おかげさまで元気です」
「ほう、それはなにより。奥さんや子供たちも元気かね」
「ええ。妻のイルカも、娘のイルカたちもいたって元気です」
 人美は首をひねりながらその会話を聞いていた。ややあって、通りがかりのイルカが去って行った後に人美は尋ねた。
「ここのイルカたちはみんながみんなイルカという名前なの?」
「そうじゃよ」
「それでよく混乱しないわね」
「何を混乱するのじゃ。イルカはイルカ、イルカ以上でもなくイルカ以下でもない、あくまでもイルカじゃ」
 人美は声を出して笑った。
「ははははぁ。そうね、あなた―いえ、イルカさんの言うことはもっともだわ」
「ところでお嬢さん、お主は何の用でここへ参られた」
 人美は追いかけていたイルカのことを思い出した。
「あっ、そうそう、私はイルカを追っていたの。赤いチョッキを着て、大きな懐中時計を下げたイルカよ」
 すると、またあの声が聞こえてきた。
「あー急がし急がし、早くしないと遅れちゃうよー!」
 赤チョッキのイルカは、猛然と人美たちの横を通り過ぎて行った。
「私、行かないと。イルカさん、さようなら」
「おい、おい、待ちなされ。行くのは危ないぞ」
 イルカの制止の声も聞かずに、人美は赤チョッキイルカの後を追って走った。
 原っぱの中にたたずむ赤チョッキイルカにようやく追い着くと、人美は尋ねた。
「ねえねえ、赤チョッキのイルカさん。なぜあんなに急いでいたの?」
「これから僕は決闘をするんだ」
「決闘?」
「そうだ。僕らの町を侵略しようとするサメ族の戦士と、一対一の真剣勝負だ」
 赤チョッキのイルカは胸を張って答えた。すると、三頭のサメが現れた。
「卑怯者! 一対一の勝負のはずだぞ!」
 赤チョッキイルカはサメ戦士に向かって叫んだ。
「へへへへ、戦いというのはなぁ、勝ちゃいいんだよ」
 三頭のサメはほくそ笑んだ。人美はイルカに言った。
「大丈夫よ、私も闘うわ」
「君が?」
 見つめ合う人美とイルカには、それ以上の言葉は必要なかった。
 やがて戦いが始まり、幾時間かが過ぎた後―
「畜生、覚えてやがれ」
 頭に絆創膏をつけたサメ戦士は、負け惜しみを言いながらも後退りしていた。「なによ!」と人美が一歩足を前に踏み出すと、サメたちは尻尾を巻いて逃げて行った。人美と赤チョッキイルカは勝ちどきをあげた―
 気がつくと、そこはイルカの女王陛下の前だった。女王陛下が言った。
「皆の者、よく聞け。ここにいる赤チョッキのイルカと、人美という人間の勇気ある働きにより、我らの国に再び平和が訪れた。私は、この二人の勇気をたたえるとともに、国民を代表し、そなたたちに感謝の意を表するものである」
 人美の後ろにいるたくさんのイルカたちから大歓声が沸き起こった。そして、イルカのオーケストラによって『威風堂々』が演奏された。
 女王陛下が人美に小さな声で言った。
「お主、何か持っていないか?」
 人美は戸惑いながらもジーンズのポケットの中を探った。
「こんなものしかありませんけど」
 それはくしゃくしゃになった、二枚のブルーベリー・ガムだった。女王陛下はそれを取ると、今度は大声で言った。
「今ここに、二人の勇気をたたえ、ブルーベリー・ガムを進呈する」
 赤チョッキのイルカが深々と頭を下げながらそれを受け取った。人美もそれに習った。そして、二人は回れ右をして、観衆のほうを向いた。
 目の前にいる何万ものイルカの群衆が、人美たちに熱い拍手と歓喜の声を送った。それは人美の頭にこだまし、深い感動を誘った。
 拍手と歓声はなおも続く―


 旅の出だしは実にあっけなかった。人美が眠りから覚めると、電車は北鎌倉の駅を出るところだった。
 なんだぁ、寝ちゃったんだぁ
 がっくりきた。しかし、旅立ちの第一歩など、案外あっけないものかも知れない―
「イルカの国の人美かぁ…… ふふふふっ」
 人美は思い出し笑いを浮かべながら、不本意な旅の出だしを、楽しい夢を見たことで帳消しにした。

続く…

2009年12月20日日曜日

Open Knowledge System(5)

 今回は、ユースケースにユースケースシナリオを記述します。



 私は、できるだけ全体の構造(関係)を見ながらモデリングを行いたいので、ユースケースシナリオを含めたユースケース図は、ご覧のような大きさになってしまいます(A4、4枚位)。
 ユースケースシナリオを記述していると、足りないユースケース、概念のブレや漏れを発見できます。また、システムの振る舞いが見えてきます。
 このユースケースにはまだ足りないものがありますが、このプロジェクトは実験プロジェクトですので、それはレビューの時まで触れないでおきましょう。

 また、ユースケースシナリオの作成と並行して更新していった、概念モデルとユースケースモデルを示します。






 概念モデルは、概念の数が増えました。ユーザーとシステムの振る舞いを叙述的に検討していった結果、足りない概念を抽出することができました。
 ユースケースモデルは、新たにひとつ、ユースケースを発見しました。これも、ユースケースシナリオを書いたお陰です。
 ひとつのことを、視点を変えて考えることは、網羅性を維持する上で大変重要なことです。正直、私自身この作業(ユースケースシナリオ)が一番面倒ですが、その苦労は成果に確実に出ますので、やり抜いてください。現に、これまでのモデルを眺めると、システムの動作イメージや、設計時の考慮点などが浮かんでくるはずです。

 ちなみに、ユースケースシナリオを今回のようにモデル化すれば、ユースケースモデルをあえて最終成果物とする必要ないでしょう。ただし、ユースケースシナリオにアクターを追加することをお忘れなく。

2009年12月18日金曜日

学習パターン

 学習パターンに関するBlogとTwitterが公開されていました。

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(13)

第二章 エクスプロラトリー・ビヘイビア―Exploratory Behavior

 八月七日、月曜日。人美が白石会長宅に入居する日がやって来た。
 人美は両親の旅立ちを見送るために、成田空港の第二旅客ターミナルビルにやって来ていた。彼女の両親は、午後三時三十分発マレーシア航空九三便にて、ロサンゼルスへと旅立つのだった。所要時間は約十一時間。そして、旅のパートナーを務めるのは、ボーイング747400S、SFOSを実装した機体である。
 時刻は午後二時を少し回ったところ。見山一家はターミナルビル内のとんかつ屋で、遅い昼食をとっていた。
 哲司は噛み砕いた食べ物を、お茶で喉の奥に流し込んだ後につぶやいた。
「いまさら言うのも何だが、やはり人美も連れて行くべきだったかな」
「なーに言ってるのよー、ほんとにいまさらね」
 人美はそう言った後に、とんかつを口にほうり込んだ。そして、屈託のない笑顔で口をもぐもぐ―
 母、泰恵が言った。
「人美の言うとおりですよ、あなた。それに、高校はきちんと卒業するべきだと言ったのはあなたじゃないですか。今はもう、人美を信頼してさえいればいいんですよ」
「そうだな、確かにそうだ」
 哲司は心の中で続けた。
 そして、白石夫妻と、あの沢木という男を信頼するしか……
「お父さん。私はしばらくの間、お父さんやお母さんと離れることになるけれど、彩香や白石のおじさんやおばさんもいるし、決して一人じゃない。それに、私、心配をかけるようなことはしないわ。だから、安心して行って来てちょうだい」
 人美は何も案ずることがなかった。むしろ、初めて親元を離れて生活することへの期待に、胸を膨らましていた。
「まったく人美ったら、ちょっとぐらいさびしがってくれたっていいんじゃないの」
 泰恵がおどけた口調でそう言うと、母と娘は笑った。それは、まったくもって明るい平和な家庭の一場面として、他人の目には映ったことであろう。しかし、哲司の脳裏には、その二人の笑い声、人美の輝く瞳、娘を信頼しきっている妻の笑顔、それらが自分だけが知っていることへの当てつけのように思えた。
 俺だって人美を信じてるさ。でも、人美…… いや、それを考えるのはやめよう
 哲司の脳裏に今度は沢木の顔が浮かんだ。
「どうしたの、お父さん」
「んっ、いやぁ、何でもない。お前はしっかりした子だからな、いまさら心配することなんてないな」
「うん! そのとおりよ」
 心配ない、心配なんてすることない。心配なんか……
 哲司は人美にぎこちない笑みを見せながら、胸の奥に何か異物を詰められたような圧迫感を感じていた。


「出て来ました」
 ガラス張りの壁の向こうに見える、駐機中の旅客機を眺めていた渡辺は、その声に振り返った。その声の主は渡辺の部下の一人、進藤章であった。
 進藤は二十八歳の見た目は精悍な男であったが、実際の彼はやや精神的に弱いところがあった。彼がSOPに採用されなかったのも、おそらくその辺なのだろうと渡辺は思っていた。彼の身長は一七五センチ、体格は中肉で、灰色のスーツを着込んだそのこざっぱりとした姿には、元機動隊員の匂いなど少しも漂ってはいなかった。
 そんな進藤と渡辺は、今朝、見山一家が自宅を出発した時点から、人美の監視を始めていた。
 とんかつ屋から出てきた見山一家は、エレベーターで階下に下り、出発ロビーへと向かった。渡辺たちは彼らの後を追う。
 見山哲司は旅客サービス施設利用料のチケットを自動販売機で二枚買い、そのうち一枚を妻に渡した。そして、一家三人のしばしの別れの儀式が始まった。
 出発ロビーの中央に据えつけられたたくさんのソファ群。その一つに腰を下ろして彼らを見つめていた渡辺は、この時初めて気がついた。人美のバックパックに、小さなスヌーピーが―それはキーホルダーだった―ぶら下がっていることを。
「スヌーピーね」
 渡辺はつぶやいた。


「それじゃ、先に行っているからね。くどいようだが、くれぐれも体に気をつけて、白石さんに迷惑をかけることのないように。いいね」
 哲司の言葉に人美は静かにうなずいた。
「人美、何かあったらすぐに連絡するのよ」
 人美は泰恵の言葉に答えた。
「うん、その時はそうする。お父さんとお母さんも、何かあったらすぐに連絡するのよ」 人美の冗談めかしの言葉に、哲司は自分が励まされた気になった。
「秋には一度帰ってくるから、その時会うのをお互い楽しみにしよう」
「それじゃ、人美。しばらく会えないけど元気でね」
「うん。お父さんも、お母さんも」
 見山夫婦は出国審査カウンターに向かって歩き、その前まで着いた時に後ろを振り返った。そして、二人そろって人美に向かい大きく手を振った。人美も両手を一杯に伸ばし、思いっ切り手を振った。
 人美の両親は旅だった。それは人美の旅立ち―親元を離れての新しい生活への旅立ちをも意味していた。そして、沢木たちにとっても……


 葉山の本部で待機している沢木たちのもとへ、渡辺からの電話連絡が入った。その声はスピーカーで皆が聞けるようになっていて、こちら側で発せられたすべての声は、マイクを通して相手に聞こえるようにもなっていた。
「今、両親と別れたところです、引き続き監視します。ところでコードネームのことですが、スヌーピーはどうでしょう」
 まさか渡辺の口からスヌーピーなどという言葉が出てくるとは思ってもいなかった沢木たちは、思わず笑ってしまった。
 昨日、沢木たちは今日に備えての最終的な打ち合わせをした。その時、渡辺から出された提案は、電話及び無線での通話の際に、“人美”などの固有名詞を出さないほうが機密保持に適し、それらはコードネームで呼んだほうがいいだろう、ということであった。
 沢木たちが今回使用する携帯電話機及び無線機には、特製の周波数変調装置―それは沢木組で作られたもの―がつけられているので、万が一盗聴されても、「ピーガラガラガラ」という、周波数変調独特の信号音が聞こえるだけなのだが、渡辺は念には念を入れたほうがいいと主張した。
 さまざまなネーミング案が出されたが、どれもぴったりとせず、その案は宙に浮いた形となっていた。
 沢木は笑みを浮かべながら尋ねた。
「どうしてスヌーピーなんですか?」
「目標のバックパックにぶら下がってるんですよ。スヌーピーが」
 秋山が楽しげに言った。
「それなら、スヌーピーを監視するのはウッドストック、こちらはチャーリーにしましょう」
 沢木は秋山にうなずきながら、渡辺に言った。
「よし、そうしましょう」
 渡辺が答えた。
「了解。チャーリーへ、ウッドストックは引き続きスヌーピーを監視する」
 秋山たちの間からまたしても笑いが漏れたが、沢木にはその笑い声がある種の歓声に聞こえた。エクスプロラトリー・ビヘイビア計画が開始されたことへの―

続く…

2009年12月17日木曜日

今日のスナップ

 とてもきれいな空と雲でした。


 Canon PowerShot G10 焦点距離 6mm  TV 1/125  AV 8.0  ISO 80

福久(ふくきゅう)のふぐ料理

 先日、福久(ふくきゅう)でふぐのコース料理を食べてきました。お店のトップページには、
横浜市中区、創業明治26年の老舗「割烹 福久(ふくきゅう)」。 ふぐ・うなぎ・はも・おこぜなどの新鮮な食材を贅沢に使い、風味豊かな味わいの和食・日本料理・会席料理を皆様にお届けいたします。接待やご会食、お祝い事や法事・法要、ご宴会など、幅広くご利用いただけます。馬車道や関内からもアクセス抜群です。老舗ならではの風情ある時間をお楽しみください。

 とあります。とても良いお店ですのでお勧めです!

 お酒が好きな私は、ふぐひれ酒。香ばしくておいしいです。ひれは味が出過ぎないように出すのが良いそうです。


 以下、料理はこんな感じです。










 一部の写真は、写真を撮るのを忘れて一口ほど食べた後のものです。出てきた直後の料理を撮ろうと思っていたのですが、つい手が先に出てしまいました…

システム要件のペア開発

 エクストリーム・プログラミングの開発プラクティスのひとつ、ペアプログラミングを要件開発に適用するとどうなるのか? そんな実験を行いました。
 この実験では、コンテキストモデル、要求モデル、業務モデル、概念モデル、ユースケースモデル、ユースケースシナリオ、ロバストネスモデルを作成し、生産性のデータとペア開発の効果を採取することが目的です。

 初めての試みだったので、実験のやり方を議論する場面もあったため、生産性は落ちましたが、お互いのナレッジを交換できる点など、予想されうる効果のいくつかを体験することができました。

 今回は、「なんちゃってAmazon」と名づけた機能限定の小さなシステム開発を題材にして、1時間半というあらかじめ設定した時間制限の中で、コンテキストモデルで示された構想を基に、要求モデル、業務フローモデルを作成しました。

 具体的に、良かった点。
  • 相手の思考プロセスをのぞくことができるので、その実力を知ることができた。
  • まさに実践で、部下を指導できた。
  • モデリングツールの機能の使い方など、ナレッジを交換することができた。

2009年12月16日水曜日

システム開発上流工程のライフサイクルと主要WBS

 *一部、呼称を変更しました。
  1. PreVP *仮称。新たに定義する工程。日常的な脳内活動など。
  2. VP(情報化構想立案:IT Vision Planning)
  3. SP(システム企画:System Planning)
  4. RD(要件開発:System Requirement Definition)
    1. SPのアウトプット(システム企画書)からプロジェクト特性等を確認し、プロジェクト計画を作成する(全体、RD、次工程UI)
    2. 要件開発の進め方をユーザーにレクチャーし、作業の進め方について合意する。
    3. 要件を開発する。
      1. コンテキストモデルの作成
      2. 業務シナリオの作成
      3. 要求モデルの作成(要望の吸収)
      4. 概念モデルの作成
      5. 業務モデルの作成(要望の要求化)
        1. 業務フローモデルの作成
        2. 利用シーンモデルの作成
      6. ユースケースモデルの作成
      7. ユースケースシナリオの作成(要求の要件化)
      8. イベントモデルの作成
      9. プロトコルモデルの作成
      10. ロバストネスモデルの作成
      11. データモデルの作成
      12. 画面帳票モデルの作成
      13. 機能モデルの作成
      14. クラスモデルの作成 ←呼称変更 ドメインモデルをクラスモデルに改める。
    4. 非機能要件を定義する。
    5. 要件定義書を作成する。
    6. 要件定義書をレビューし、要件に対し最終的に合意する。
  5. UI(ユーザーインターフェース設計:User Interface Design)
 *基盤となる参照ナレッジ
  富士通SDEM
  RDRA(リレーションシップ駆動要件分析)
  ICONIXプロセス

参考までに

 Value Exchange Systemの構想段階で、私が最初に描いたスケッチです。



 旧システムの機能をサービスとして切り出し、SOAによって疎結合されたシステム。それはインターネットを通じて他者にも提供される。今の言葉でいえば、クラウド・コンピューティングを私は目指していたんですね…
 実現されたシステムは、いくつかの制約のためにある種の下方修正をしなければなりませんでしたが、このスケッチの大半は実現されたといっていいでしょう。


 2007年の5月になると、RXDBやトランザクション ストリーム、ストック&フローという概念がシステム アーキテクチャーに盛り込まれました。しかし、XMLの積極的な活用は、今回見送られました。
 
 同じ時期の次の図は、システムへの期待(価値)を良く表しています。



 業務フロー、業務リスク、アクティビティと対応するWebサービス、BPM、リスク コントロール、そして将来は、ABC的活動把握。凄いですね! これこそ継続的改善基盤です。
 実際のシステムは、これよりもスペックダウンしましたが、このような大きな志のもと、私は開発チームを率いてきました。

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(12)

 八月四日、金曜日、午前十一時。白石邸で沢木組建築工学部門のスタッフが人美の部屋の改装作業をしているころ、沢木と秋山、片山、岡林の四人は、松下名義で借り入れた葉山の一軒家に到着していた。一行は三台のワゴン車に分乗し、沢木がリストアップした機材とともにやって来たのだ。

 その家は白石邸から約八〇〇メートル、沢木の自宅からは約一二〇〇メートル離れたところに位置し、近くに小学校と幼稚園がある住宅街の一角にあった。道幅の広い道路沿いに建てられたその家は、道路よりも一段高くなっている土地にたたずみ、正面の玄関へはコンクリートの階段を少し登って行くのだった。家の正面には車が一台駐車できるスペースがあり、左側には小さな庭があった。そこには屋根までとどきそうな背の高い木が三本立っていて、二階のベランダを覆い隠すように枝葉が伸びていた。
 沢木たちが中に入ると、岡林は興味津々といった面持ちで、家の中を隅から隅まで探索した。
 玄関を入ってすぐ正面にはドアが二つあり、右の部屋はダイニングキッチン、左の部屋はリビングになっていて、その二部屋は間仕切りを挟んでつながっていた。二階には六畳の和室と四畳半の洋室が二部屋、計三部屋あり、ベランダへは和室から出るようになっている。
 探索を終えた岡林が、リビングルームにいるみんなのもとに戻って来た。
「なかなかいい家じゃないですか」
 岡林が感想を口にした。
「そうだな。よし、それじゃ部屋の割り当てを決めよう」
 沢木が指示を始めた。
「まず、メインの機材はこのリビングに設置する。二階の和室のベランダには各種アンテナを設置し、部屋の中には通信機器関係を置きラインをここまで引き込む。残りの二部屋は仮眠室に使い、一つは秋山さんと桑原さん用で、もう一つが男性用だ」
「それじゃ、後で僕が鍵を付けといてあげますよ。片山さんがのぞくといけないから」
 岡林は秋山の顔を見ながら冗談っぽく言った。
「ありがとう」
 秋山はそう言って微笑んだが、片山は岡林の額を軽くひっぱたいた。
「よし、機材の搬入から始めよう」
 沢木はそう言って手のひらを打った。
 未知の能力を探るための観測システムは、次ぎのような構成になっている。
 人美の部屋に設置されたPPSは、そこで発生するすべての電磁波をとらえ、そのデータはエアコンの屋外機内に仕込まれた送信機から本部に送られる。受信したデータは解析システムの中枢となる、IBM社製ワークステーション(コンピューター)で処理される。このワークステーションには、沢木たちが開発したASMOS用の処理回路、及び岡林により作成されたソフトが実装されている。ここでさまざまな処理が行われ、人美の脳波が抽出、分析される。

第二章へ 続く…

2009年12月15日火曜日

新基幹システム 稼働開始

 本日、新しい基幹システムが稼働を開始しました。中期IT投資計画として、全ミッションを4年以上の歳月をかけて取り組んできました。これまでのミッションの中で、多くの困難に遭遇しましたが、多くの人々の英知によって、一つひとつ問題をクリアしてきました。そして今日、最終ミッションが終了しました。

 基幹システムの構想段階で、MicrosoftIBMリコーグループにご協力を頂きました。

 システム開発の工程全般においては、富士通グループにその中核を担って頂きました。

 オフショア開発で中国の北京富士通系統工程有限公司にプログラミングをお願いしたので、私が名前も知らない中国の方たちが、たくさんのコードを書いてくれたはずです。

 そして、我が社のユーザーの最終段階での努力と協力は、感動的でした。

 多くの方々に支えられて、基幹システムの開発プロジェクトはゴールを向かえました。
 プロジェクトの開発総指揮者として、すべての方々に感謝いたします。
 ありがとうございました。

 基幹システム、その名は、

 Value Exchange System

カウントダウン開始

 基幹システムの起動作業が始まっているはずです。私は会社に向かう電車の中です。ゴールはもう直ぐそこ。
 8時本稼働、これが私の、このプロジェクトでの最後の約束です。

2009年12月14日月曜日

Open Knowledge System(4)

 前回のユースケースモデルと画面スケッチについて、疑問を感じた方がいるのではないでしょうか? まず、画面スケッチをもう一度見てみましょう。


 この図は、「Knowledge参照画面は、概念モデルKnowledgeに、依存する」と読むことができますが、画面と概念が不一致しています。これは整合がとれていない、と指摘されて当然のことですが、なぜ、整合がとれていないことを簡単に認識できたのでしょうか?
 それは、画面と概念、およびその関係をこのモデルによって認識できたからです。ひと言でいえば、これがRDRAのパワーです。「もの、こと」の関係に着目することで要件を開発していこうとするRDRAのパワーを、「おかしい」と思った方は体験したことになります。
 モデル間の不整合は、それを気づいた時に修正すればよいでしょう。

 次に、ユースケースモデルですが、これは要求モデルと整合しているのでしょうか? 図による関係線でこれを検証しても良いのですが、Enterprise Architectには関係マトリックスという便利な機能があります。



 これによって、要求とユースケースの関連性を図のようにチェックすることができます。要求にないユースケース(図の薄い青色背景色に対応するユースケース)がありますが、これは基本的に問題ありません。逆は、大変大きな問題になることはいうまでもないことです。

Open Knowledge System(3)

 前回までで、コンテキストモデル、要求モデル、業務シナリオ、概念モデルを作成しました。RDRAではこの後、業務フローモデル、利用シーンモデルを作成するのですが、業務シナリオを見ると、フローよりもシーン、私の言葉でいうとフローよりもストック系の業務が大部分のように見えるので、業務は業務シナリオで把握できたという仮説のもと、ユースケースモデルの作成に移りたいと思います。ユースケースを考える中で、必要があれば業務モデルに戻ることにしましょう。



 業務シナリオを見ながら、ユーザーとシステムとの接点をユースケースとして表し、その関係性をprecedesとinvokesで表現します(ユースケースの関係表現は、ICONIXプロセスに基づいています)。また、ユースケースのアクターも関係線により明記しておくのがよいでしょう。

 次は、ユースケースシナリオを記述します。人によっては、随分と冗長な作業をするなぁ、と感じるかもしれませんが、これは、ひとつのことを違う視点で考察することにより、分析の品質を上げることができるためです。例えば、図で表現したことを文章にしてみることで、気づきが生じることがあると思います。
 *冗長な作業…とは、業務フローモデル、利用シーンモデルを作成した上で、さらにユースケースシナリオを詳細に記述することを前提とした表現です。本文だけでは言葉足らずと気づき、加筆しました。なお、私が定義している要件開発時のライフサイクルについては、こちらを参照してください。

 しかし、ユースケースシナリオをより良く作り上げるために、私は画面イメージをスケッチしたくなりました。


 このように、概念モデルと対比させるような形でスケッチすると良いでしょう。また、HTML対応という「設計」をこの段階に持ち込むことには異論のある方もいると思いますが、私はICONIXの予備設計という概念を参考に、要件開発に設計の要素を適度に加えることにしています。また、要件開発の前工程であるVP(情報化構想立案)やSP(システム企画)では、既にシステム アーキテクチャーの概要が検討されているはずですので、これを考慮した要件開発には正当性があります。言い方を変えると、設計や実装をまったく考慮しない要件開発は現実的ではないと私は思います。

2009年12月13日日曜日

お祝い

 今日はこれからフグ料理を食べに行きます。1年頑張った自分へのご褒美と、次期基幹システムの本稼働の前祝い、そして、大切な人の誕生祝い。
 明日は月曜日ですから、飲み過ぎないようにしないと…

Twitterを始めてみました

 Twitterを始めてみました。

2009年12月12日土曜日

次期基幹システム(8)

 データ移行後の確認作業がすべて完了しました。関係者の皆さん、お疲れ様でした。
 私はこれから食事がてら軽く一杯やって帰ります。3日後の本番稼働が楽しみです…

次期基幹システム(7)

 データ移行が無事に終了しました。ユーザーが作成した移行用データの精度が良く、予定より4時間も前倒しで完了です。正直、ホッとしました。お昼ですし、ちょっと休憩です…

Open Knowledge System(2)

 今日は次期基幹システムのデータ移行作業の日です。私の主な役割は不測の事態に備えた待機ですので、何事もなければ溜まった仕事をかなり片付けられるはずです。
 昨日から作業を始めたOpen Knowledgeが気になったので、脳を活性化する意味で、昨日作ったモデルを投稿することから始めたいと思います。

 前回は、Open Knowledgeのコンテキストモデルを掲載しました。次は、Open Knowledgeの価値である要求モデルを作成します。





















 今の段階では、思いつくままに、つまり要望レベルで列挙すればいいと思います。RDRAの思想に則り、できるところから広く浅く作業を進め、広く浅くを積み重ねることによって、十分な要件が開発できればよいという訳です。
 
 *要望、要求、要件の定義
  • 要望 : アイデア、思いつき
  • 要求 : 要望の内、問題解決に必要なもの。
  • 要件 : 要求の内、システムに実装するもの。
 Open Knowledgeのように小さなシステムでは、要望の一つひとつがそのままユースケースになりそうな感じです。

 次は、Open Knowledgeを使った業務の姿を業務シナリオでスケッチしてみます。これは、業務モデルを作るための事前作業と私は考えています。














 スケッチですのでこんな感じでちょうど良いのではないでしょうか? 既に、要求モデルにはない要求が盛り込まれていますが、これは後で要求モデルに反映させていきます。このように、静的な機能を想像して作った要求モデルと、動的な動きを想像して作った業務シナリオのふたつにより、あるべきシステムの価値を把握することができます。

 コンテキストモデル、要求モデル、業務シナリオの三つによって、Open Knowledgeのアウトラインが表れてきました。次は、Open Knowledgeの概念を整理しましょう。
















 knowledgeという概念だけは、属性まで記述してみました。そのことが、今後の作業に重要だと考えたからです。他の概念については、今の段階で属性を気にすることはないでしょう。
 テキストと添付ファイルの概念は、knowledgeの属性と重複しますが、まあ、今の段階ではこのままにしてみましょう。モデリングに対する私の姿勢は、気になるのなら残しておけということです。不用なものを取るのは簡単ですが、ないものに気づくのは難しいからです。
 概念モデルができたら、これまでのモデルの言葉を概念モデルに合わせましょう。

 分析時に気をつけなければいけないことは、厳密にモデリングし過ぎることです。次の概念モデルはその例です。






















 これは明らかな過剰分析です。いわゆる分析の罠、分析地獄です。要件開発の段階で、このような細かい概念を必要とすることはないでしょう。

続く…

2009年12月11日金曜日

Open Knowledge System

 ブログを始めたことによって、このような仕組みを組織内で日常的に活用したら、いろいろな用途に役立つだろうと考えるようになりました
 一方、流麗なシステム開発の上流工程を考えていると、とにかく実践がしたくなります。もちろん、会社では仕事として上流工程を行っていますが、もっと自由に、好き勝手にトライしたいのです。となると、プライベートなシステム開発のテーマが欲しくなります。
 以上から、Open Knowledgeというシステムを考えました。ずばり、Wikipediaのパクリです。


 Open Knowledgeを開発する目的は、システム開発の方法論に関する実験検証と、どうせ作るのなら役に立つものを、というふたつです。
 ブログがそうであるように、経験、思想、知識等をオープンにすることには意味があります。しかし、今回の開発目的からするとブログは規模が大きく思えるので、簡易的なWikipediaがいいだろうという結論にいたったのです。
 *この段階で、VP(情報化構想立案)、SP(システム企画) の2工程が終了しました。予算とスケジュールはOpen Knowledgeにはありません。システム開発のライフサイクルについては、「流麗な上流工程の研究(メモ)」の「ライフサイクルとWBS」を参照してください。


 Open Knowledgeの開発過程は、随時、本ブログで紹介していく予定ですが、本日は要件開発工程に入ったOpen Knowledgeのコンテキストモデルをご紹介します。 
 御覧のように、非常にシンプルです。 knowledgeという概念を含めているのは、Knowledgeが問題領域の中心であり、その取り扱い方法を規定するのがOpen Knowledgeというシステムであることを明確にするためです。
 目的には、「完成したOpen Knowledgeが果たすべきこと」が記述されています。開発手法の実験という目的は、いうまでもなく「完成したOpen Knowledgeが果たすべきこと」ではありません。
 
続く…

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(11)

 午後五時三十分。沢木のオフィスにスタッフが集まった。
 沢木が言った。
「片山。PPSの取り付けのほうはどうなった」
 葉山から戻ったばかりの片山が答えた。
「予定より時間はかかったけど無事完了、テスト結果も良好だ。同行したスタッフには固く口止めしておいた」
「そうか、ご苦労さん。それではまず、私のほうからの経過報告としては、見山哲司氏に一昨日会ってきた。これから配るのはその時の会話を録音したものを文書化にしたものだ。松下さんと桑原さんには既にお渡ししてあるので、残りの者に配る。よく読んでおいてくれ」
 ざわざわと紙がうごめく音がやんだ後に沢木が続けた。
「それから、葉山の計画本部の場所が決まった。明日、機材の搬入及び設営を行いたいと思う。が、その件は後に回そう。ちなみに、本部となる借家は松下さんの個人名義で契約した。相模の重役という設定で」
 岡林がからかうように言った。
「松下さんが重役ねー」
 松下の険しい視線が岡林に飛んだ。彼はまた余計なことを言ってしまったと思った。
「岡林。観測システムのほうの経過を、簡単にみんなに説明してくれるかな」
「はい。えー、システムのほうは土曜日までには完成できると思います。何か問題が生じたり、付加する機能が望まれた時には、随時バージョン・アップで対応していきます。試算ではシステムが稼動してから六七.五時間後から、有効なデータが得られると思いますが、実際には被験者が部屋にいる時間が関係しますので、まあ、一週間くらいは必要かも知れません」
 片山が苦笑しながら言った。
「どうやら今回の計画は、PPS及びASMOS初の臨床実験ということになりそうだな。一石二鳥というのかな」
 松下は不機嫌そうに言った。
「まったくだな。こんな形で使うことになるとは」
 秋山が言った。
「いいじゃありませんか。人美さんを観測することでASMOS用の貴重なデータが得られれば、まったくの無駄ということはなくなるんですから」
 沢木が付け加えた。
「まあ、結果的にそういうことになったな。ある意味で今回の一件はタイムリーな巡り会わせだったかも知れない。もっとも、ASMOSやPPSがなかったら、この件には関わっていなかったかも知れないがな…… さてと、桑原さんは何かありますか」
「いいえ、今のところは特に報告するようなことはありません」
「そうですか。松下さんは?」
「右に同じだ」
 沢木は松下の言葉にうなずいた後、視線を渡辺のほうに向けた。そして、今日二回めの言葉を心に浮かべた。
 さあ、何が聞けるのか楽しみだ
 沢木は言った。
「それでは渡辺さん。どんなことが分かったのか、聞かせていただきましょうか」
「では資料を配りましょう」
 渡辺の作成した資料が全員に配られた。沢木はそれにパラパラっと目をとおした。その資料は奇麗にワープロで印刷されていて、新聞の切り抜きなど―スキャナーを使って取り込まれたもの―が奇麗に添付されていた。また、A4サイズの資料の左端は、ホチキスで三カ所留められていた。沢木はその几帳面な仕上がりの資料を見て、渡辺を意外に思った。沢木は彼のことをもっと粗野な人間だと思っていたのだ。
「最初のページを見てください。これは幼女連続誘拐殺人事件の犯人が逮捕された翌日の朝刊です。見てすぐに分かるように、六体の遺体が犯人の自宅の裏山から発見されています。私はこの件に関して、当時の捜査責任者に会って話しを聞いてきました。その結果、こういう事実が分かったのです」
 全員が渡辺を注目する中、彼の静かな語り口の報告は続いた。
「逮捕後の取り調べに対して、犯人が犯行を認めたのは五件、残る一件については犯行を否認しています。そして、その後の裁判で刑が確定されたのも五件までで、残りの一件は宙に浮いた形となっています」
 沢木が尋ねた。
「どういうことです」
「捜査当局は遺体捜索の際に、五体の遺体を捜していました。なぜなら、奇怪な電話や手紙、むごたらしい被害者の写真など、同一犯の犯行を示すものは被害者宅や警察に送られ、それが五人の被害者の存在を示していたからです。ところが、犯人が遺体を埋めたと自供した場所からは、六体の遺体が発見されたわけです。このプラス1の少女は、行方不明者として警察が扱っていた少女です。当初捜査当局は、この少女についても犯行を追求しました。ですが、犯人はあくまで犯行を否定し、また、犯行を裏付ける証拠も発見されませんでした。もちろん、遺体の状態も他の被害者とは異なっています。他の被害者は皆遺体の一部が切断されたり、焼かれた跡があったりしていますが、プラス1の少女の遺体は完全な形で発見されています。直接の死因は不明ですが」
 渡辺はひと呼吸、間を空けた。
「宙に浮いた一体。これに該当するのは安西真理子。見山人美をいじめていた少女です」 誰も口を開かなかった。渡辺が続けた。
「この当時見山人美は登校を拒否し自宅にいました。登校を再開したのは一九八四年九月十一日火曜日です。学校の記録で調べました。さて、新聞の日付を見てください、同じです」
 岡林がつぶやいた。
「なんてこった」
 ほかの者は沈黙していた。
「安西真理子については、十一年たった今も死体遺棄事件として捜査中だそうです。しかし、実態は迷宮入りでしょう」
 松下が言った。
「謎が謎を呼ぶとはこういうことだな」
 秋山が小さな声を出した。
「安西真理子に何があったんだろう」
 渡辺はクールに一言言った。
「そこまでは分かりませんね。おそらく、誰にも」
 沢木が少し大きめの声を出した。
「取り敢えず報告の続きを聞こうじゃないか。細かいことはその後で話し合おう」
 沢木は渡辺の目を見てうなずいた。
「三ページめはいたずら事件の記事です。この事件が明るみになったのは、被害者の父兄が警察に訴え出たことによります。事件の明くる日、その教師は幼年者への強制わいせつ罪で逮捕されました。精神錯乱を起こしたのは拘置されて三日めのことだそうです。担当警察官の話しでは、それまではまったく異常は認められなかったそうです。四日めには舌を噛み自殺未遂を起こし、ついに精神病院に収容されました。そして一年後、極度の拒食症により衰弱死したそうです」
 片山が言った。
「死者二名か」
 沢木はタバコに火をつけて、ゆらゆらと揺らめく煙をぼんやりと眺めながら言った。
「次の事件は」
「自殺したのは西田純子という子です。彼女は自室の天井からロープをつるし、首をつりました。ところが遺書がなかったのです。こういう場合必ず検死解剖に回されます。そこで検死に立ち合った警察官に話しを聞いたのですが、要点は二点、一つは自殺に間違いないということ、もう一つは妊娠二カ月だったということです」
 桑原が言った。
「つまり自殺の原因は二つあるわけですね。受験失敗と妊娠と」
 秋山が言った。
「それなら、人美さんの関与はないんじゃありませんか。妊娠し悩んでいた、その影響による受験失敗、そして自殺。つじつまが合います」
「ところが、後日談があるんですよ」
 相変わらず渡辺はクールだった。
「西田純子の宿した子の父親は山本雄二という少年です。これは当時の警察の調べで確認されています。その少年なんですが、高校進学後すぐに中退しまして、地元の自動車修理工場で働いていました。ところが事故が起こったんです。ジャッキで持ち上げられた車の下に潜って作業している時に、それが外れて車の下敷きになったんです。幸い一命は取り留めましたが、下半身不随の身になってしまったそうです。彼は現在母方の実家のほうで暮らしているとのことです」
 秋山は沢木の顔を見て言った。
「山本雄二って」
 沢木が答えた。
「んん、見山人美の初恋相手だ」
「そういうことです。これは私の想像なんですが、下半身不随ということはつまり男性機能の喪失ということでして…… その辺が非常に引っ掛かるんですよ」
 片山がせかすように言った。
「最後の件は」
「事故が発生したのは昨年の十月二十四日、日曜日、午後十一時ごろです。事故現場はかなりの急カーブでして、そのカーブの進入口にあるガードレールに事故車は衝突しています。事故の通報は近くの住人からのもので、警察に加えて消防車も出動しています。事故車から火災が発生しているためです。消火後、事故車から三人の男性の遺体が発見されています。さて、この事故には不審点がいくつかあります。まず、事故現場にはブレーキを踏んだ痕跡がありません。たいていは道路にタイヤの摩耗した跡がつくものなんです、急ブレーキを踏んでいれば。そしてもう一点は、なぜ三人とも脱出できなかったのか、ということです。三人の直接の死因は有毒ガスによる中毒死であり、火災によるダメージのためではありません。つまり、彼らを襲った火災は爆発的なものではないわけです。事実、彼らの遺体はあまり傷んでいません―一人ぐらい脱出できてもいいはずです」
 岡林が声を震わせながら言った。
「やばいよ。これって……」
 片山は目を閉じ腕を組ながらささやいた。
「死者六名、身体障害一名か。確かにまずい、まずい気がするな」
 松下が言った。
「しかしだ。へ理屈ではなく実際問題としてまだ確証を得たとはいえない。沢木君、そうだろう」
 沢木は松下の動揺ぶりが手に取るように分かった。なぜなら、彼が前置きをし同調を求めたからだ。
「確かにそうです。状況証拠は完全にそろい、どれも人美さんにサイ・パワーがあるとするならば奇麗につじつまが合う。しかし、まだ確証がない。確証がない限り断定はできない」
 片山が反発した。
「だが沢木、偶然にも限度があるぞ。十八年という間に四件の、それも不可解な出来事に遭遇する可能性は、統計学的に考えたって極めて少ないはずだし、それは偶然の域を超えているんじゃないか」
 岡林が付け加えた。
「そうだよ。具体的な数値は出せないにしても、少なくとも僕らの経験則からしてこれは異常だ」
 沢木は腕組みをし、溜め息を一度した後に言った。
「まあ、そう結論を急がなくてもいいだろう。まだ計画は始まったばかりなんだから」
 秋山が言った。
「でも、沢木さん。仮に人美さんにサイ・パワーがあり、そして彼女が私たちの存在に気づいたとしたら、一体私たちはどうなるんでしょう」
「殺される」
 岡林が青ざめた顔をしてつぶやいた。その瞬間、誰もが背筋から冷たいものが入り込むのを感じた。
 しばらくの沈黙の後、桑原が言った。
「……でも、それはちょっと悲観的過ぎると思います。過去の事例では、人美さんに何らかの危害を加えた者が奇怪な出来事に遭遇しています。少なくとも私たちは彼女に危害を与えることはないはずです。この計画自体、それと悟られないように行うわけですから」
「でも!」
 岡林は桑原の話しをかき消すように叫んだ。
「彼女は予知能力を持っているかも知れない。そして、彼女の正体を暴こうとしている僕らを快く思わなかったら……」
 沢木が静かに言った。
「クールにいこう、みんなクールにいこうよ。今ここで想像や憶測で話しを広げたところで、何も問題は解決されない。我々は科学や技術の世界に生きる人間なんだ。確証を得るまでは中立のスタンスを崩すべきではない。そうだろう岡林」
 沈黙の時間が再び流れた。それぞれの脳裏に不安、恐怖、好奇心の感情が、そして、想像や憶測の思考が駆け巡った。
「それとですね。もう一件気になる事件があるんですよ」
 渡辺が口を開いた。
「まだ何かあるんですか」
 桑原が驚異の眼差しで渡辺を見た。
「これは見山人美と関連があるかまでは分からないんですが、横須賀警察署をうろついてた時にこんな事故の話しが耳に入ったんです」
 渡辺が沢木の顔をうかがった。沢木は言った。
「どうぞ、聞かせてください」
「先週の土曜日の午後七時半ごろ、二人の男性の溺死体が発見されました。場所は三浦市の三戸海岸、見山人美の家から三キロほどの距離です」
「ああ、それなら知っています。酔って海に入ったために溺れたとされている事故ですね」 沢木は日曜の昼に見たニュースを覚えていた。
「そうです。ところがこの事故も実に不可解でして」
「どういったことが?」
「実は、アルコールが検出されたのは二人いるうちの一人だけなんです。一人は体質的に酒が飲めなかったそうですから、当然酔っていたのは一人だけということになります。そこで考えられるのは、酔って溺れた一人を助けるためにもう一人が海に入り、結果二人とも溺れた、ということです」
「そうですね。それが自然な推測です」
「ところが不自然な点がありましてね。その酒を飲めないほうの男なんですが、遺体で発見された時、衣服も靴も身に着けたままなんですよ。酔っていたほうもそれは同じです」
「なるほど。普通海に入るなら、緊急時ならなおさら、靴ぐらい脱いでもよさそうですね」
「ええ、そうなんです」
「他殺の可能性は?」
「海で溺死させたのなら、そのまま沈めておくはずです。二人の死因は窒息死、外傷はありません。警察も事故以外の可能性は否定しています」
「その二人は住居はどこですか」
「二人とも東京です」
「となると、事故当日以前に人美と関わっている可能性は少ないですね」
「ええ、私もそう考えてます。もしも見山人美と関わるならば事故当日だと」
「二人の足取りは?」
「当日は車でやって来てます。海岸近くの駐車場から車が発見されてますから。現在までに分かっているのは、横横(横浜横須賀道路)を衣笠インターで下り、コンビニとファミリー・レストランに立ち寄ったということだけです。それぞれ車内から領収書が見つかりました」
「それ以上のことも掴めそうですか」
「今は調査中としか言えないですね」
「そうですか。後は見山人美の足取りですね」
「ええ、これから調査するつもりですが、そこでお願があるんですよ。人員を増やしたいんです」
「ああ、そのことは私も相談しようと思っていたんです。人美さんが白石邸に入り次第、二十四時間体制の監視を行いたいと思っていましたから。で、何人くらい必要ですか」
「それならば私以外に四人要りますね。監視役二名にそのバックアップ二名、もう一名は調査要員です。私の部下でやりくりします」
「分かりました。お任せしましょう」
 岡林は恐る恐る沢木に尋ねた。
「あのー、沢木さん。ということはまだやるんですか?」
「もちろん」
 沢木は力強い口調で言った。
「私はこの目でしっかりと真実を見極めるまではとことんやるつもりだ。しかし、この考えをみんなにまで強制するつもりはない。辞退したい者は遠慮なく言って欲しい」
 沢木は全員を見回した。岡林も皆を見回した。誰も辞退を申し出はしなかった。
 岡林は怖かった。見山人美という少女には関わらないほうがいい、関わることは避けなければいけない、そう考えていた。しかし、ここにいるみんなはまだ続けるという。自分には勇気がないのか、自分は情けない奴なのか、それともほかのみんなは狂人なのか、恐怖という感情を持たない変人なのか。さまざまな思いが短時間のうちに駆け巡った。
 でも、僕は仲間を見捨てたくない。それは卑怯なことだ。怖がりと思われるのは構わないが、卑怯者とは思われたくない。そう、松下は無愛想なおやじだがこれまで一緒に仕事をしてきた仲間だ。沢木さんは? 沢木さんはとても頭のいい人だ。きっと素晴らしいしアイデアを持っているんだ。勝算があるから怖くないんだ。秋山さんはとても奇麗だ。それは今は関係ないことだ。ああ、僕は何を考えてるんだ。でも、でも僕は仲間を大切にしたい
 岡林はなんとも頼りない口調で言った。そして、それはユーモラスでもあった。
「まいったなぁ、みんなやるんだ。勇気あるよなぁ…… だったら、だったら僕もやりますよ。みんな死んで僕だけ生き残ったりするのは、僕だけ死ぬよりもっと嫌ですから。みんなの死と呪いを背負ってこれから生きていくなんて考えられないから」
 沢木は思わず笑ってしまった。
 秋山も、片山も、松下も、桑原も、声を出して笑った。
 岡林も作り笑いをした。
 渡辺はクールだった。
「岡林、そしてみんな、ありがとう」
 沢木は言った。
「それではこの計画の呼称を決定する。エクスプロラトリー・ビヘイビア計画だ」
「どういう意味ですか?」
 秋山が尋ねた。
「心理学用語の一つなんだが私の解釈はこうだ。“未知なるものへの探索行動”」

続く…

Avesta

 Transformationとは、2005年の8月から始まった中期IT投資計画の名称です。この計画は三つのフェーズで構成されています。
  • Mission 1 : ネットワークの再構築
  • Mission 2 : 社内IT基盤の再構築
  • Mission 3 : 基幹業務システムの再構築
 そして今、Mission 3が最終段階を迎えています。今日から明日にかけて、新システムへのデータ移行を行い、来週の15日には本稼働する予定です。4年4ヵ月におよぶ多くの人々の努力が結実する日が刻一刻と迫っています。

 しかし、私の関心は既に次へと向かっています。

 次期中期計画では、我が社にイノベーションを起こします。
 ひとつは、テクノロジーによる業務の革新です。そしてふたつ目は、ITに関するさまざまな思想を社に拡げていくことです。例えば、我が社の社長は、「予算とはコミットである」と発言していますが、これは明確な誤りです。こうした考えを、アジャイルな思想により修正しなくてはなりません。物事の本質が見えていない社員には、コンテキストモデルによる問題領域の関係分析という手法を教えなくてはなりません。形骸化した目標管理制度も、正さなければならないでしょう。課題や問題は山積しています。

 次期中期計画はまだ策定中ですが、計画の呼称だけは数年前から決まっています。

 Avesta

 古代ペルシアの"神話"を現代に再現したいものです…

2009年12月10日木曜日

勉強すること

 最近、2万円分の本を買いました。会社が資格取得のための補助という名目で、書籍購入費を年間2万円まで補助する制度を利用しての買い物です。資格を取るつもりはまったくないのですが、自分が欲しい本を買うためにこの制度を毎年利用しています。そんなわけですから、最近は仕事の合間を縫って勉強に勤しんでいます。

 新しい知識と出会うたびに、自分はなんて無知なんだろうという思いを抱きます。あるいは、知っていると思っていることを、こんなにも自分は知らなかったのかと反省します。しかし、それ以上に強く思うことは、知識を身につけるということは素晴らしい! という実感です。

 知識は、限界を突破するための大きな力になります。また、昨日はつまらなかった仕事を今日は楽しくしてくれます。アイデアの原石となり、イメージからデザインまでのワークフローを提供してくれます。こんなに素晴らしい知識の習得が、高い授業料を払わずとも(本を買ったとして)数千円くらいで実現できるのですから、なんてリッチなことなんだろうと感じます。

 新しいテーマに出会った時は、必ずといっていいほど本を買います。今日ではインターネットにもそれなりの質を持ったコンテンツが無料で公開されていますが、情報の量と質という点で、私は本を強く支持しています。
 買った本は、電車で読むことも多いので、読みやすいようにカバーは外してしまいます。そして、重要だと判断した文には蛍光ペンでマーキングします。そうして読み終える頃には、本の表側には手の油が染みこみ、ページの端は折れ曲がり、かなりの貫禄を持った本となります。このような状態になった本は、もう捨てられないです…

2009年12月9日水曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(10)

 それから二日後の八月三日、木曜日、午前十時。片山は沢木組の技術スタッフ七名を引き連れて、白石会長の家を訪れていた。理由はもちろん、人美が入居予定の部屋にPPSなどを設置することにあった。
 片山たちの作業を興味深げに見守っていた白石会長が尋ねた。
「これが特製のエアコンかね」
 片山は大きな段ボール箱からエアコンを取り出しながら言った。
「そうです」
「どの辺が特製なのだね」
「観測の妨げとなる不必要な電波が漏洩しないように、カバーの内側をアルミと電波吸収塗料でコーティングしてあります。まあ、これでもある程度は漏れるんですが、ないよりはましです。それから、屋外機も同じような処理がなされ、さらに観測データを送信するための発信機が内蔵されています」
「んんー、なるほど」
「そのほかにする作業は、照明器具の変更、電源周りのコーティングなどです。後は人美さんが電化製品をあまり持ち込まないことを祈るのみです」
「PPSはどこに取り付けるんだ」
「天井です。PPS(長さ五センチ、直径一.八センチの円筒形をしている)を三つ一組とし、それを八組、円を描くように天井に埋め込みます。もちろん、PPSを隠すための偽装も行いますから、人美さんに気づかれる心配はないでしょう。そして、その円を一つのセンサーに見立てて観測を行うわけです。これでかなりの感度が期待できます」
「なるほど。で、作業は後どれくらいかかる」
「一応三時を目標にしています―ご注文の改装のほうは、明日行いますので」


 人美はすがすがしい朝を向かえていた。一昨日の晩に彩香が泊まってくれて以来、二晩怖い夢を見ていなかったからだ。怖い夢を見なくなった、ということも逆に気になることだったが、ぐっすりと眠れることの幸せにまずは満足していた。
 人美には今日もやることがたくさんあった。彼女はとても忙しく、退屈という言葉をすっかり忘れている。彼女はベットの上で眠りの余韻を覚ましながら、今日は何をしようかと部屋の中を見回した。部屋の片隅にはいくつかの段ボール箱が置いてある。引っ越しの準備は大体終わっている。後は衣類や細々としたもの、本棚の本、それにお気に入りの縫いぐるみ―背丈が七〇センチくらいのスヌーピーと小さなウッドストック―などを詰め込むだけだった。
 どうしようかなぁ
 例えば読書。彼女の本棚にはたくさんの本があるが、それは専門書がほとんどである。動物、自然、宇宙、進化、恐竜、音楽、宗教など、少しでも興味を持ったものはすぐに本を買ってきて読んでいた。そして、それらの本から得た知識やイメージを頭の中でさまざまに組み合わせ、想像し、自分の精神世界を広げていった。
 現在の一番の関心事は、海で暮らすイルカやシャチ―クジラはちょっと苦手だった。なぜなら彼らは結構グロテスクだから―にあった。人美はよく彩香に彼らのことを話した。イルカやシャチはクジラの仲間であり、大きく二つに分けられたグループのハクジラ類に属していること。クジラの定義は噴気孔と水平な尾を持つ水生哺乳類であること。彼らは高い知性とコミュニケーション手段を持ち、そのコミュニケーションは数百キロ離れた距離でも可能であるということなどなど―しばらくは興味を持って聞いてくれる彩香も、さすがに一時間近く話しが続くと、夢うつつの状態になってしまうようだった。
 人美は不思議だった。なぜイルカは音波を操る能力を持ったのだろう? その不思議をいつか解き明かしたいと思っていた。
 また、彼女は絵も描くし音楽を創ったりもする。それらはまったくの自己流で、技術的には未熟なのかも知れなかったが、創作作業は溢れる精神世界のはけ口だった。さらに、運動も好きで、最近はマウンテン・バイクを乗り回している。通学にも使っている彼女の愛車は、赤いメタリック塗装のフレームを持っていた。週に一度は必ず洗車をし、スポーク一本一本に至るまで奇麗に磨きあげた。彩香はよく、そんなに磨くと磨り減っちゃうよ、とからかっていたが、人美は自分の行動範囲を広げてくれるその愛車をとても大事にしていた。
 ああ、今日は何をしようかな。海に行こうか―でもあんまり日焼けするのもなぁ
 人美は平和な日常を取り戻していた。しかし、いつまで続くのだろうか。


 沢木は第六開発室に入って行った。その部屋の片隅では、岡林がコンピューターとの格闘の真っ最中だった。沢木は岡林の背中を軽くひと叩きして言った。
「どうだ、進み具合は」
 岡林はコンピューターのキーボードを叩きながら答えた。
「ええ、なんとか間に合いそうです」
「そうか、ご苦労さん」
「ただですね、脳波の再合成過程でノイズが入ってしまうことがあるんです。どうも、分解された波形の選別定義がいまいちあいまいのようなんです。もっと融通の効くプログラムでないと、現場では対応できないかもしれません……」
「んー。で、今はどういう仕掛けを考えてるんだ」
「はい。PPSでとらえた信号をこのプログラムで分解し、脳波成分だけを抽出します。それを別のコンピューターで合成処理させようと思っています」
 沢木は腕組みをし、しばらく思考のための沈黙に入った。そして―
「それならば、いっそASMOSにフーリエ解析機能を持たせてみてはどうだ。そうすればあいまいな選別定義に対しても、ASMOSが経験から学習したパターンにより、フレキシブルに対応してくれるはずだ」
「なーるほど、そうなると学習時間が問題になりますよね」
 岡林は隣にある別のコンピューターの前に移動しながら言った。
「ちょっと、試算してみます。えーと、ASMOSのハードの処理能力がこれで、パラメーターが……」
 沢木は試算結果の表示されたCRTをのぞき込んだ。
「六七.五時間か、約…… 三日ってところか」
「そうですね。実際には被験者が常に部屋にいるわけではないですから、これよりももう少し時間がかかるでしょうね」
「そうだな、一週間くらいは大した観測はできないかも知れないな。まあ、急ぐ旅ではないんだ、人美さんが白石邸に入ってからはじっくりやるさ」
「となると、後はPPSがどこまでやってくれるか、センサーの魔術師のお手並み拝見といったところですね」
 沢木は微笑みながら言った。
「多分、片山も俺たちのお手並み拝見と思っているだろうよ」
 岡林は苦笑した。


 午後一時。沢木は自分のオフィスでIBMのコンピューターに向かい、葉山の計画本部に運び込む機材リストを作成していた。その時、直通電話のベルが鳴った。
「はい、沢木ですが」
「渡辺です」
 やっと連絡してきたか
「ああ、どうしていたかと思っていましたよ。そろそろ成果を伺いたいのですが」
「ええ、ちょうど一区切りついたところですので、社に一度帰ろうと思っていたところです」
「そうですか。では夕方辺りから会議を開きその時にでも―時間は後でオフィスのほうに連絡いたしますから」
「了解。二時までには戻ります」
 電話を切ると沢木は思った。
 さあ、何が聞けるのか楽しみだ

続く…

2009年12月7日月曜日

人間力?

 『アジャイルな見積りと計画づくり』という本を買いました。



 今日、Amazon.comから届いたばかりなので、まだ前書きしか読んでいませんが、次の一文が印象強く残りました。

こうした組織では、ソフトウェアを提供できないことは許容されるが、コミットしないこと(無茶な目標であっても)は論外なのだ。

 見栄えの良い計画書を作り、関係者を集めて何度も会議を重ね、上司に報告や相談をこまめにすることが、結果以上に重んじられるような傾向があるのかもしれません。
 かつて、ある提案を部の会議で行ったことがあります。私としては、部の利害関係者が集まる部内会議で提案することが最も効率的な意思決定を行えると考えたのですが、時の部長は、「聞いてない」と不機嫌な顔をしてろくな議論もせず私の提案を却下しました。「聞いてない」といわれても、今初めて話したのだから当然です。一方で、効率的に仕事をしろ、とは口癖のように出る言葉です。人って不思議ですね…

 しかし、そうした人々を排除することができない以上、道はひとつしかありません。それは、説明し、議論し、理解を得る、という繰り返しです。そして、相手の性質までもを考慮して物事を進めていかなければならないのです。
 大変ですね。私もできればこんな面倒なことはしたくありませんが、面倒なことをきちんと行えるというのが、人間力というものの一面なのかもしれません…

2009年12月6日日曜日

スナップ写真

 今日は久しぶりにカメラを持って散歩しました。


PowerShot G10 焦点距離 6.1mm Tv  1/160 Av 8.0 ISO感度 80


PowerShot G10 焦点距離 15.7mm Tv 1/200 Av 8.0 ISO感度 80


PowerShot G10 焦点距離 30.5mm Tv 1/125 Av 8.0 ISO感度 80


PowerShot G10による動画

2009年12月5日土曜日

流麗な上流工程の研究(メモ)

目的
 ITソリューション開発の上流工程品質を高める。

基本的な方向性
 富士通のシステム開発標準プロセスSDEMおよび共通フレーム2007をベースに、RDRAやICONIX等の各種方法論からWBSを改良する。
 また、『仮称:ソリューション連鎖熟成度モデル』と統合する。




上流工程の範囲
 SDEMのVPからUIまでを基本とする。

ライフサイクルとWBS *WBSは抜粋
  1. PreVP *仮称。新たに定義する工程。日常的な脳内活動など。
  2. VP(情報化構想立案:IT Vision Planning)
  3. SP(システム企画:System Planning)
  4. RD(要件開発:System Requirement Definition)
    1. SPのアウトプット(システム企画書)からプロジェクト特性等を確認し、プロジェクト計画を作成する(全体、RD、次工程UI)
    2. 要件開発の進め方をユーザーにレクチャーし、作業の進め方について合意する。
    3. 要件を開発する。
      1. コンテキストモデルの作成
      2. 業務シナリオの作成
      3. 要求モデルの作成(要望の吸収)
      4. 概念モデルの作成
      5. 業務モデルの作成(要望の要求化)
        1. 業務フローモデルの作成
        2. 利用シーンモデルの作成
      6. ユースケースモデルの作成
      7. ユースケースシナリオの作成(要求の要件化)
      8. イベントモデルの作成
      9. プロトコルモデルの作成
      10. ロバストネスモデルの作成
      11. データモデルの作成
      12. 画面帳票モデルの作成
      13. 機能モデルの作成
      14. ドメインモデルの作成
    4. 非機能要件を定義する。
    5. 要件定義書を作成する。
    6. 要件定義書をレビューし、要件に対し最終的に合意する。
  5. UI(ユーザーインターフェース設計:User Interface Design)
 *上記工程は以前のものです。最新版は「システム開発上流工程のライフサイクルと主要WBS」をご覧ください。

関連記事
流麗な上流工程の研究(メモ)
コンテキストモデル(カスタマイズ版)
流麗なシステム開発の上流工程を実現するために
小さな要件開発
システム開発の要件定義に関する考察
要件開発の進め方~私のRDRA運用法~
RDRA(2) - RDRAとの出会い
RDRA

2009年12月4日金曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(9)

 沢木は質問を再開した。
「さて、次は初恋と自殺の件ですが。人美さんの恋が実らなかったということは、どうしてお知りになったんですか。これも人美さん自身からお聞きになったのでしょうか」
 見山は憮然とした表情をしながらも、言葉は丁寧に、冷静を努めていた。
「いいえ。それは彩香さんから妻が聞いたんです。彩香さんとは私たち夫婦も親しくしていましたので、ある時妻がそれとなくした質問に答えてくれたようです」
「人美さんも当然そのことを知っていたんでしょうね。つまり、自分の好きな人には別の交際相手がいるということを」
「ええ、知っていたはずです」
「それ以後は、初恋相手の男の子や、その女の子と関わることはなかったのでしょうか」「多分、なかったと思います」
「自殺の一件は人美さんも知っているわけですよね」
「ええ、随分話題になりましたから」
「何か言っていましたか」
「死ぬことはないのに、というようなことを言っていたと思います」
「そうですか。初恋相手の名前、お分かりになりますか」
「えーと。確か、やま…… 山本雄二といったと思います」
「ところで、人美さんの失恋から少女の自殺までの間には時間差があるようですが、それは具体的にどれくらいの期間なのですか」
「初恋云々の話しがあったのは、確か、高校二年の九月ごろだと思います。少女が自殺したのは二月ですから…… えー、五カ月間ですか」
「なるほど。では、最後の自動車事故の件ですが、この時見山さんの車に乗っていたのは何人ですか」
「私に人美、彩香さんに同級生の男の子一人、全部で四人です」
「人美さんは眠っていたわけですね。泉さんは?」
「ああ、彩香さんはもう死んだように眠ってました。よほど飲んだらしいので」
「すると起きていたのは見山さんと男の子一人、ということですね」
「ええ、そうです」
「となると自動車事故のことを知っているのも、見山さんと男の子ということになりますが」
「そのとおりです」
「見山さんは、人美さんは事故のことに気づいてないとお考えのようですが、その男の子から聞いて知っているのではないですか」
「そうかも知れないです。口止めをしたわけではありませんし、そんなことをすれば余計話しが面倒になると思いました。ただ、人美も彩香さんも、その後何も言っていないので、私は素直に知らないのだな、と考えていました」
「なるほど。で、その時人美さんは確かに“そうよ”と言ったのですね」
 見山は自信に満ちた表情で答えた。
「ええ、これは間違いありません。その言葉の響きは今でも鮮明に覚えていますから」
 そして、声のトーンを落として続けた。
「人美が“そうよ”と言った瞬間、男たちの車のエンジンが異常なほどの轟音を発し、私は彼らのほうを見ました。その時私が見たものは、顔をひきつらせて恐怖に怯える三人の男の顔でした……」
 見山はその顔を思い出したのか、顎が小刻みに震えていた。カツカツ、カツカツと― 沢木はこの時感じた。この見山という男は、過去の出来事の事実がどうであれ、既に自分の創りあげた世界に入ってしまっていると。そこで、沢木は質問の方向を変えることにした。
「なるほど、よく分かりました。さて、今度は見山さんと奥様の話をお伺いしたいのですが。まず初めに、奥様は見山さんが思っているような疑問を感じてはいないのでしょうか」「妻が? まさか。妻はそんなこと、夢にも思ってないでしょう」
「では人美さんについて、ある種の疑惑を持っているのは見山さんお一人なわけですね」「ええ、そうです」
「見山さん自身は、これまでの人生の中で何か不可解な体験をしたことがありますか。あるいは、奥様がされた体験を聞いたことがあるとか」
「いいえ、全くないです。妻からもそのような話を聞いたことは一度もありません」
「例えば、正夢とか虫の知らせとか、そういったものもないですか」
「んーん、なかったと思いますが」
「そうですか」
 沢木は身を前に乗り出して言った。
「実はですね、見山さん。私は見山さんがお書きになられた手紙を読んで、四つの可能性を考えたのです」
 やっとまともな意見が聞けるかな
 見山はそう思い、沢木の顔を期待を込めてじっと見つめた。
「まず一つめは、これらの出来事が全くの偶然により生み出されたものであるということ。二つめは見山さんの想像どおり、人美さんが何らかの力を持ち、それを無意識のうちに使ったということ。三つめは何か別の力―例えばオカルト的なものであるとか、そういった力です。そして、四つめは」
 沢木は見山の目を見据えた。見山は顔をこわばらせている。
「人美さん以外の人間に特殊な能力があるということです。例えば、見山さん、あなたにその力があるとか」
 白石と秋山ははっとして沢木の顔を見た。見山は驚愕の表情をし、かぶりを振りながら言った。
「ま、まさか、そんな……」
 沢木は見山の言わんとしている先を読んで言った。
「まさかそんなことがあるわけないと」
 見山は首を縦に振った。
「しかし、見山さんは人美さんに超能力があるのでは、と考えているわけですから、その論理からいけば、見山さん自身に超能力があると考えてもいいはずです。ご自分でそう考えたことはありませんか? あなたはすべての事件について、その背景をよくご存知だ。人美さんのことを守りたい、守らねばという心理は絶えず働いていたはずです。その時に、見山さんの隠された力が発揮されたと考えても、あなたの論理なら不思議ではありません」
 思ってもいなかった沢木の言葉に茫然自失となった見山は、何も言わずに窓の外をぼんやりと眺めていた。その窓からは、沈みかかった太陽の光が入り込み、白石の書斎をオレンジ色に染めていた。沢木は立ち上がって見山と窓の間に立ち、彼の視界の中に強制的に入って行った。
「見山さん、よく聞いてください」
 沢木は見山に一歩近づいた。
「私がなぜこのような推測を言ったのか、その理由はあなたがお書きになった手紙や先ほどの感情的な言動にあります。私はそれらに接しているうちに、あなたは、人美さんが不思議な力を持っているということを、半分では否定しながらも、もう半分では確信していると思ったのです。つまり、あなたは真実が何か、という以前に、既に自分で創りあげた世界の中に入ってしまっていると…… そんなあなたは、人美さんのことをとても恐ろしく思う、と手紙に書き記しています。ですが、私に言わせればその考えは間違いです。すべては状況だけで、さしたる証拠もなく、あなたは自分の娘を疑っている。そうした心理が無意識のうちに表に表れ、それを人美さんに悟られることを私は危惧するのです。あなたが一つの可能性を示唆するのなら、私はそれ以外にも可能性があることをあなたに理解していただきたい。そして、人美さんに対するその先入観を、まず、取り払ってもらいたいのです。過去に起こった四件の出来事には死者も出ているわけで、それは軽々に論じるような事柄ではありません。もちろん、あなたがことの真実を知るために、立ち上がったことには敬意を表します。そして、人美さんのことを心から思う気持ちも想像できます。しかし、現段階においては、誰にも超能力はないし、過去の出来事は事象の一つに過ぎないのです。そのことをよく理解しておいてください」
 沢木はそう言い終わるともとの席に座った。見山はしばらく顔を伏せながら、物思いに耽っているようだった。そして、沈黙の時が流れた―
 見山は娘にすまない気持ちで一杯だった。娘の身を案じていたこと、それは間違いない。しかし、この沢木という男の言うとおり、自分は勝手な思い込みで娘を疑い恐れていた。海外赴任の話しを受け入れたのも、人美から逃げたい一心からかも知れない―想像から、あるいは妄想から。それは、父親として失格なのだろうか。もしも、もしも人美が自分の思っていることを知ったら、どんなに傷つくだろう。そんなことを考えていると、彼の目には涙が込み上げてくるのだった。
 秋山は見山にそっとハンカチを手渡した。沢木は言った。
「見山さん。何よりも大切なことは、信じるとか、信じないという以前に、真実とは何なのか、それを知ること、それを知るための努力をすることだと私は考えます。そして、その努力を、私は人美さんや見山さんのためにするつもりです」
 見山はハンカチを目に当てたまま、つぶやくように静かに言った。
「ありがとう、沢木さん」


 人美と彩香はお気に入りの場所に並んで腰掛け、海に沈み込もうとしているオレンジ色の光の塊を眺めていた。海は夕日に照らされ、人美たちに向かって真直に伸びる光の絨毯を造り、空には赤く焼けた雲が浮かび、沖合の小さな灯台は、蜃気楼のように光に揺らめきながらたたずんでいた。
「ねえ、彩香。私って、変」
 その唐突な質問に彩香はたじろいだ。
「な、何よ。突然」
 人美は夕日を見ながら静かな口調で語った。
「私ね、漠然とだけど時々思うことがあるの。私には何かほかの子にはない力があるんじゃないかって」
「何でそんなこと思うの? 怖い夢のせい」
「んーん、そうじゃないけど。ただね、時々急に怖くなったり、悲しくなったり―さっきみたいにね。それから、直感、というのかな、それがよく当たったり。そんなことを考えてると、私、自分はほかの人と違うんじゃないかって思うの」
 彩香は人美のすぐ脇に座り直して言った。
 「考えすぎよ、人美。急に悲しくなったりすることは私にだってあるし、怖い夢を見ることだってある。なんか今日はやなことが起こりそうだなぁ、と思うとそのとおりのことが起こったりすることもあるよ。まあ、確かに人美の感はよく当たるとは思うけど、それは結局、ただの偶然よ、ぐーぜん。人美は普通の女の子よ」
 人美は少しほっとした。
 そうだよ。少し考え過ぎだったかも知れない。そうだ、考え過ぎだ。でも、いつからこんなこと考えるようになったっけ。そうだ、先週の土曜。襲われた日からだ……
「人美、人美」
 その呼び声に人美ははっとして答えた。
「ええ、なーに」
「もう、人美、しっかりしてよ。もうじきおじさんとおばさんはアメリカに行って、人美一人になるんだから」
 そうだ、そうだった。変なことで悩んでいられない。心配かけないためにも元気を出さなくっちゃ
 人美は最大級の作り笑いをして彩香に言った。
「ええ、そうね。元気を出すわ」
 でも、でもやっぱり気になる……

 見山の乗った車が走り去って行くのを、沢木は感慨深げに窓越しから眺めていた。
「全く意外な展開だったよ」
 白石会長は沢木の横に立つと、去り行く車を見ながら言った。
「まさか、ああいうことを君が考えているとはね。で、沢木。次はどうするのだ」
「取り敢えずは手紙に記された出来事を調査します―あっ! そうそう。片山の下見は終わりましたか?」
「ああ、明後日辺りに技術スタッフを連れたまた来るそうだ」
「そうですか」
 この時、沢木の腰に備えられていた携帯電話が鳴った。
「はい、沢木ですが」
「もしもし、渡辺です」
「ああ、ご苦労様です。何か収穫はありましたか」
「あったなんてもんじゃありませんよ。非常に興味深い事実が出てきました」
 その声は心なしか緊張しているように思えた。
「どういうことでしょう」
「ええ、まあ詳しいことは後日報告ということで。二、三日このまま調査を続けますので、承知しておいてください。本社へも出社しませんので。それでは―」
「あっ、もしもし」
 既に電話は切れていた。
 興味深い事実? 一体……
 沢木はそんなことを思いながら、背筋からじわっと冷気が入り込むのを感じていた。

続く…

コンテキストモデル(カスタマイズ版)

 RDRAのコンテキストモデルのカスタマイズ例を書いてみました。
 以前、小さな要件開発新たな仕事舞い込むで示したように、フルスペックのRDRAモデルが必要ではない小規模な要件開発では、下図のように要点をひとつのモデルに集約し、全体を俯瞰しながら業務を進めることが効果的です。


 
 モデリングの技法などには囚われず、まずは自分自身が理解するための道具としての活用が第1段階。他者とのコミュニケーションを円滑にするのが第2段階。そうしたアプローチの中で、表記法などの統一を図るなど、組織内の標準化を進めてもいいかもしれません。
いずれにしても、問題領域を「捉えて、理解して、コミュニケーションする」ための自分に合う道具を見つけることが重要です。



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