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2010年2月23日火曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(35)

 これより前の午後十一時三十五分、彩香が救急車で運び出された後の白石邸では、白石会長が彩香の両親に連絡し、移送先の病院が分かり次第また連絡すると告げた。
 また、渡辺は沢木の自宅に電話をしたが、これに答える声があるはずもなく、沢木の携帯電話、葉山の本部と順にダイヤルしていらいらしていた。そして、もしやと思い秋山の自宅に連絡すると、「沢木さんとは夕方別れたきりですけど、自宅にいないんですか?」と逆に質問を返された。渡辺は胸騒ぎを覚え、ずぶ濡れの進藤とともに白石邸を飛び出しスカイラインに乗り込んだ。渡辺の指示を受けた進藤は、車に搭載された端末機を操作し沢木の住所を検索すると、それを相模製のサテライト・クルージング・システムに入力した。ディスプレイに映し出される葉山の地図を参照しながら沢木の家に向かう車の中で、渡辺は秋山に白石邸での出来事をかいつまんで説明し、それを聞いた彼女はすぐさま片山、岡林、松下、桑原の四人に連絡した上で、白石邸に集合することを決めた。
 渡辺たちが海岸沿いの道を走っていると、前方から赤と青の光が飛び込んできた。パトカー一台と警察の事故処理用のバン、それに事故車と思われる乗用車が一台止まっていた。渡辺はそれを気にとめるでもなく、事故現場の手前を山側にハンドルを切り、数秒で沢木の家の前に到着した。
 沢木の家の電気はすべて消えていたが、なぜか玄関のドアは開けっ放しになっていた。渡辺と進藤は玄関から家の中へと進み、荒れ果てた寝室をみつけた。窓ガラスが割れその破片が床に散乱し、タバコの吸い殻や本、枕などが床に転がり落ちていた。そして、赤い液体が床のところどころについていて、よく見ると、それは寝室を抜けピアノのある居間へ、さらに玄関へと続いていた。渡辺の直感は叫び声をあげさせた。
「さっきの事故だ!」
 渡辺は進藤を残して車に飛び乗り、海岸通りの事故現場に舞い戻った。そして、警官に事故の状況を聞くと、車に跳ねられたのは男の背格好からして沢木に違いないと確信し、運ばれた病院を聞きつけると直ちに確認に向かった。
 沢木の家に残った進藤は、白石に状況を報告した後、家の中や外を隈なく調査した。しかし、寝室が荒れ果てた理由を説明をしてくれるような物的証拠はどこにもなく、寝室に彼の目を引く一枚の写真が落ちているだけだった。壊れた額の中に納められたその写真には、幸せそうな一組の男女が映っていた。長い髪をまとった美しい女。その表情は幸せに包まれていることを雄弁に物語る笑顔を浮かべ、そして、その肩は同じように微笑む沢木に抱かれていた。
 渡辺がスカイラインで時速八〇キロ近いスピードを出し、国道一三四号線を南下しているころ、白石のもとには千寿子からの電話があった。それを受けた白石は直ちに彩香の両親に連絡し、知らせを受けた両親は急ぎ娘のもとへと向かった。
 横須賀市民病院に渡辺が到着したのは、翌十七日の午前十二時九分だった。渡辺は受け付けカウンターの前にいた警官に沢木と思われる人物の居場所を尋ねた。警官は、心臓が停止し現在手術室で蘇生中だと告げた。渡辺は死にもの狂いで走り出し、手術室の前に着くと、看護婦の制止の声も聞かずにそこへ走り込んだ。彼は己の目を疑った。そして、その場に呆然と立ち着くし、しばらくして看護士と看護婦の二人によって担ぎ出された。彼はその間、ベットの上に横たわり除細動器(電気ショックにより停止した心臓の活動を促す装置)を胸に当てられ、「バンッ!」という激しい音とともに身体を舞いあげる男を見つめながら、「沢木! 死ぬなー!」と絶叫した。


 心臓と肺の機能が停止した沢木だったが、彼にはまだ蘇生により命の火を取り戻すという希望が残されていた。医師たちは彼に心臓マッサージと人工呼吸を施し、さらに心臓の活動を促進するホルモン剤を注射して、彼の心臓が自ら動き出すのを待った。
 二分経過―心臓は動かない。
 医師たちは心臓マッサージから除細動器へ切り替えた。
 ブーン、バンッ!
 除細動器の蓄電と放電の音が鳴り響き、放電のショックで沢木の胴体は宙に跳ねた。心電計は軽く波うった後、再び直線に戻った。
 もう一度―バンッ!
 さらに―バンッ!
 すると、心電計は「ピ、ピ、ピ」という電子音を心臓の鼓動に合せて発し、光の波を描き始めた。医師たちは安堵した。沢木は蘇ったのだ。
 手術室の出入り口の前を行ったり来たりしながら数十分間を過ごしていた渡辺に、手術室から出て来た医師はこう告げた。助かりましたよ、と。
 秋山が自分の車で白石邸に到着したのは午前十二時二十五分のことだった。既に渡辺からの報告を受けていた白石は、沢木が死の瀬戸際から生還したことを彼女に告げた。しかし、沢木の顔を見ないことにはどうにも安心できない秋山は、取って返すように病院へと向かった。
 その後、片山、岡林、松下、桑原の四人も順を追って白石邸に到着し、沢木までもが危機に陥ったことを知りおののきの悲鳴をあげた。そして、人美の部屋の割れたガラス、床に滴り落ちた彩香の鮮血、それらを見て平常では考えられない出来事が起こったのだと確信し、恐怖した。
 こうして慌ただしい夜は明けていった。沢木は死の縁から生還し、彩香は傷つき、人美は親友を心配しつつも、自分には何か得体の知れない力があるのでは、といぶかしんでいた。渡辺は惨憺たる光景を一晩に何度も垣間見て、精神的疲労感に包まれ、また、沢木組の面々も、白石邸に集まりはしたものの、なす術もなく時が過ぎることにいらだちを感じ、状況を整理し分析するどころの状態ではなかった。一方、秋山は沢木の意識が戻り、戸惑う自分を力強く導いてくれることを期待し、彼が眠るベットの横で一夜を過ごした。
 後に沢木により〈ブラッド・アンド・サンダー〉と名づけられたこの壮絶な一夜は、人美のパワーが恐ろしいまでのサイ現象を引き起こすことを裏づける決定的事件となったのだが、完全なる力の開放を間近に控えた人美の真の力から比べれば、まだほんの小さな力でしかなかった。


続く…

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