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2009年12月30日水曜日

小説『エクスプロラトリー ビヘイビア』(17)

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 お知らせ
 2009年12月29日から2010年1月3日まで、『エクスプロラトリー ビヘイビア』を毎日アップします。
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 八月十四日、月曜日、午前九時三十分。フリー・ジャーナリストの木下賢治は、都内のアパートの自室でワープロのキーボードを軽快に叩いていた。
 彼はこれまでに多くの記事を書いてきたが、それらは軍事技術に関連したものが多かった。ある一部の人間たちは、彼のことを軍事評論家と呼んでいたが、彼はそれを嫌い、自分はあくまでもジャーナリストである、と主張していた。
 彼が記事を書いて生計を立てられるようになったきっかけは、中南米諸国の一つであるエルサルバドルの内戦を克明に記したことによる。今を去ること一九七九年、エルサルバドルでは軍事クーデターが起こり、それまでのロメロ政権が倒された。以来、革命評議会による暫定政権と、FMLN(民族解放戦線)との激しい内戦が展開された。彼は、そうしたエルサルバドルで一九八三年から一九八五年までの二年間を過ごし、自分の目で目撃した事実を衝撃的につづったのだ。帰国してからの彼は、ジャーナリストとしては一流の部類に仲間入りし、自らの取材で掴んだ、軍事、刑事事件、科学技術に関連した記事を、精力的に執筆していった。
 ちぇっ、乗ってきたところなのによ
 彼の仕事を邪魔したのは、訪問者の到来を告げるドア・チャイムだった。彼は口にくわえていたタバコを荒っぽく揉み消すと、玄関に向かって歩き出した。再びドア・チャイムが鳴る。「今行くから!」と彼はいらいらした口調で言った。「どなた」と言いながらドアを開けた瞬間、彼の左頬を激しい衝撃が襲った。彼は後ろに吹っ飛んだ―訪問者に殴られたのだ。殴った男はドアを閉め、仰向けに倒れた木下の前に近づくと、仁王立ちをして薄く笑った。その男は一八〇以上もありそうな背丈と、筋骨隆々の肉体を持っていた。 木下は叫んだ。
「お前は誰だ! 相模の人間か! 情報管理室か!」
 男はまた薄く笑うと、スーツの懐からサイレンサー付きのオートマチック・ピストルを取り出し、スライドを引き発砲できる状態にすると、銃口を木下に向けた。
「質問するのは俺だ」
 男は冷淡な響きの声音で言った。次の瞬間、シュッ―という小さな鋭い音と同時に木下の叫び声―「うわぁー!」―男が木下の太腿を撃ったのだ。
「貴様が調べていることについて言え」
「う…… な、何のことだ」
 再びシュッ―「あぁー!」―反対側の太腿を撃たれた。
「あー、分かった、話す。相模だよ。相模重工についてだ」
「もっと具体的に言え。きちんと整理して、原稿を書くようにな」
 男はまた笑った。
「プロメテウス計画だ。政府、防衛庁、そして相模重工の三者により立案実行された―相模は地球環境観測や衛星通信のための技術試験と銘打って、独自に人工衛星を打ち上げた。プロメテウスだ。ところがこの衛星には公に明かされていない極秘事項があった。高解像度衛星写真システムだよ。相模は画像解像度は十メートルと発表しているが、実際には一メートルなんだ。なぜ相模は撮影解像度を偽ったか。つまりプロメテウスは、日本初の軍事スパイ衛星何だよ」
 木下は苦痛に顔を歪ませながら必死に答えた。
「なるほど、貴様はなぜそれを知った」
「最初は単なる衛星の取材だった。ところがある時、プロメテウス計画の相模のトップが、白石副社長であることを知ったんだ。本来ならばそれは航空宇宙事業部長の管轄だ。にも関わらず軍需部門のトップである白石副社長が―そこに目をつけたんだ」
「そうか、君の着眼点は実にすばらしい」
「まだあるさ。沢木聡、相模の技術部門の最高頭脳で、総合技術管理部の部長だ。奴もまたプロメテウス計画に参加している。これも引っ掛かった」
「なぜだ」
 木下は息を切らしながら、脂汗を垂らしている。男は無情に言った。
「言え!」
「沢木は優秀な技術者だが、衛星などの宇宙関連技術に関しては奴の専門外だ。なのに沢木がいるということは、奴の技術が必要だということだ。沢木の最も得意な分野は制御システム工学であり、そして、SMOSの産みの親だ。SMOSという制御システムは、基本的な動作は毎回同じだが、動かす度に微妙に動作が異なる、というような機構の制御に適している。つまり、経験を反映させられるものでなければだめだ、ということだ。これに対しロケットは一度で終わりだし、衛星制御も現有の技術で間に合うはずだ。そんな時、ある極秘レポートの存在を知った。牧野レポートだよ。新防空戦略について書かれた。そしてそれはプロメテウス計画と結びついている。そこで俺は考えた。その防空システムの開発を沢木にさせているのだと」
「その確証は得られたのか?」
「ああ、もちろん。最近になって俺は、プロメテウス計画の中枢にいる相模社員との接触に成功した。そして、そいつから情報を聞き出した。それによると、沢木は現在、川崎工場で管制センターのシステム作りを指揮しているそうだ」
 男は深々と感心げに首を縦に振った。
「実に見事だ。君は一流のジャーナリストだよ。ところで、お前はこのことを誰かにしゃべったか」
「いいや、それより俺にも質問させてくれ。お前は誰だ」
 男はまたしても笑い、木下が生涯最後に聞くこととなった言葉を口にした。
「それは死に逝く人間が知ることではない」
 男は木下の書斎を物色した後に去って行った。頭を打ち抜かれた木下の死体を残して。


 午後二時四十分。進藤はプールで泳ぐ人美と彩香を双眼鏡で眺めていた。渡辺と進藤は、白石邸の裏にある小高い山の頂上付近で、それを監視していたのだった。
 進藤の口調はやけに陽気で明るかった。
「なかなかいー眺めですよ。室長も見ます。人美もかわいいけど、あの彩香っていう―あっ!」
 進藤がそこまで言いかけた時、渡辺は双眼鏡を強引に取りあげると言った。
「いい加減にしろ。俺たちの仕事はのぞきじゃないんだぞ」
 進藤はふて腐れた顔をして渡辺を一瞬見たが、すぐに顔をそらした。
 まったく、進藤といい、岡林といい、この世代はきっと不作だな
 渡辺はいぶかりながら、白石邸の周囲を双眼鏡で見渡した。
 本当は自分だって見たいくせに
 進藤は手の甲に止まった蚊を思いっ切り叩いた。が、蚊は逃げて行った。
 その時、進藤のズボンのポケットに入っていた携帯電話のベルが鳴った。
「室長。本社の倉田さんからです」
 それは、本社情報管理室からだった。
「もしもし、渡辺だ」
「室長、木下賢治が殺されました」
「何だって!」
「今日の午前十一時ごろ、自宅で死んでいるところを愛人に発見されました」
「手口は?」
「拳銃で頭と両脚の太腿に一発ずつ、計三発食らってます。致命傷はおそらく頭でしょう」
「プロの仕業か? 警察の見解は?」
「今のところは特にはありませんが―室長、どうしますか!?」
「とにかく情報を集めろ、詳しいことが分かったらまた連絡してくれ」
「こっちには戻れませんか、せめて相馬さんだけでも」
「すぐには無理だ。悪いがこっちも重要なんだ。何とかやってくれ、頼むぞ!」
 渡辺たち情報管理室は、プロメテウス計画の情報漏洩の可能性を察知し、プロメテウス計画に参加者した社員数人と、フリー・ジャーナリスト木下賢治の内偵を進めていた。
 現在、プロメテウス計画の一部は、相模重工の最高機密に指定されており、その詳細までは情報管理室の人間たちにも知らされていなかった。
 渡辺は険しい顔をしながら、進藤に電話機を突っ返した。
「どうしたんです」
「木下賢治が殺された。拳銃でな」
 渡辺は思った。
 雲行きが怪しくなってきたな。沢木さん、あんたにも話しを聞かせてもらわないと

続く…

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